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亀裂

皆が町に移住してから3日が経った。

俺はハイリーとヴァルの3人で草原に狩りに来た。

今回の狩りの目的は食料調達もあるが、他の目的で来ていた。

その目的は、

「いたぞ。あの昆獣がいいだろう」

ハイリーが身を低くし、静かに言った。

俺とヴァルも身を低くした。

俺達の目線の先にいたのは馬のサイズくらいあるイナゴだった。

数匹が芝生の上を歩いまわっている。

「ローナゴだ。あれがいいだろう」

「確かに、ローナゴだったら足にもなるし、繁殖力も強いから家畜にもいいね~」

そう。マジ―ルがメスの牛たちの看病を終え、俺の腕も治ったので次の町に行くための準備を始めた。

「なんで俺まで連れてきたの?」

俺は渋い顔でハイリーに尋ねる。

ただでさえ虫が苦手だというのに、あんなにでかいとなると魔物にも思えてくる。

幸いにも、バッタと言った昆虫類はまだ触れるし、見慣れてはきたものの虫唾が走る様な感覚がまだある。

「今回は捕獲できたんだが、あいつは跳んで逃げられると追いかけるのに大変だ。だが、あんたの足なら追いつくと思ってな」

「あと、これから暗殺しなきゃいけないんだから、ローナゴで練習するのもいいんじゃない?」

「昆獣で練習って・・・まあ、実力をつけるにはそれしかないか」

「そういうこった。頑張ってこい!」

ハイリーが俺の背中をドンをたたき、送り出した。

いきなり来た衝撃に対応できず、顔を地面にぶつけてしまう。

「あ、わりぃ」

「・・・」

俺は鼻を抑えながら立ち上がり、振り返ることなくローナゴに向かった。

草原には5匹くらいのローナゴがいた。

その内、1匹はみんなと離れた所にいる。

俺はそいつに気付かれないように静かに後ろに回り込む。

ローナゴは俺の存在には気づいてはいないようだ。

どのようにして捕まえるのか考え、顎に手を当てた。

ブォン。

「「ガナード!」」

ローナゴが後ろ脚を俺の顔にめがけ蹴りを入れてきた。

まるで馬が繰り出す後ろ蹴りのように。

風邪を切る音が離れたヴァルとハイリーの所まで聞こえてくるほど大きかった。

「あ、頭が・・・」

「無くなった」

ヴァルとハイリーが声を漏らした。

「っぶねぇ・・・」

俺は上半身を捻り、ローナゴの蹴りをよけていた。

あの衝撃を間近で受けた俺は、自分の頭がなくなることを想像し、身震いした。

ローナゴは足を戻した。

「「え?頭が、ある・・・?」」

足で隠れた頭が露わになると、2人はホッと安堵の息を漏らした。

油断したであろうローナゴはゆっくり歩きだし、どこかへ行こうとした。

「逃がすか!」

俺は高く跳躍し、ローナゴの頭上に飛び移った。

驚いたローナゴはジタバタと暴れだした。

振りほどされないように、爪を立て、ローナゴにしがみつく。

「触覚だ!触覚を掴むんだ!」

ハイリーが口に手を当て、大声で教えてくる。

「触覚?これの事か!」

俺は頭から生えている触覚に手を伸ばし、力強く握りしめた。

ローナゴは激しく暴れだし、翼を広げ高く跳んだ。

「このッ!」

空を飛び、さらに振りほどされそうになったが、自身の命綱と思い握りしめる。

しばらく握りしめていると、ローナゴが空中でふらつき始める。

「もうちょっとだ!頑張れ!」

下でハイリーが応援している。

そして、ローナゴは力を無くしたのか、地面を盛り返しながら草原に不時着した。

「無事か?」

ハイリーが走ってこちらに来た。

「ああ、なんとか」

俺は触覚を掴んだまま答える。

「よくやった。今、鞍を付けるから待ってろ」

ハイリーは腰に抱えている鞍をバッタに付け始めている。

肝心の手綱は2本の触覚に結びつけた。

「よし、この調子で残りの奴らもやってくれ」

「ウソでしょ・・・」

その後、俺は残りのローナゴを捕まえ始める。

途中、他のローナゴが俺を噛みつこうとしたり、また後ろ蹴りで俺を蹴ろうとしたが怪我一つなく3匹捕まえた。

4匹目を捕まえ、最後の一匹を行こうとしたが、どこか遠くへ飛んで行った。

「チッ。逃したか・・・」

舌打ちし、俺は飛んで逃げていくローナゴを見送った。

「初めてでここまでやれたんだ。上出来、上出来」

ハイリーとヴァルが大人しくしているローナゴの羽をむしり取っている。

「あの、何やっているの?」

ローナゴが悲鳴を上げているが、2人は悲鳴に気にもすることなくまたむしり取っている。

そんないともたやすく行われる、えげつない光景に俺はドン引きする。

「これか?遠くに逃げられないように羽をむしり取ってるんだ」

「なるほど」

「さらに、こうすることで自分が主人だってたたき込むんだ」

最後の羽を勢いよくむしり取った。

叫ぶ気力もわかないのか、黙ってそれを受け入れている。

「ほら、おきな!」

ハイリーがローナゴの脇腹を蹴り上げる。

ローナゴは渋々起き上がり、仲間と共に横一列に並ぶ。

羽をむしられ、弱点であろう触覚をしばられたローナゴを見ていると、どこか同情している俺がいる。

「帰りはこいつらに乗って帰ろう」

「いいね~」

ヴァルの提案にハイリーはノリノリである。

「えっと、それにはどうやって乗ってくの?」

乗昆じょうこんって初めて?」

「乗昆?」

「初めてみたいだね」

「なら、あたいの後ろに乗りな」

ハイリーがローナゴにまたがり、後ろにまたがる様に叩いて促す。

俺はハイリーの後ろにまたがった。

「振り落とされるかもしれないから、抱き着きな」

「いいのか?」

「落ちて怪我でもしたら大変だろ?遠慮すんな」

「わかった」

俺はハイリーの胴に手を回し、ギュッと抱きしめた。

体と体に隙間がないくらい密接している。

メスのハイエナはオスと比べると体は大きく、筋肉質だが、こうして触れてみるとフワフワで触り心地がよい。

「よし、行くぞ!」

ヴァルが乗ったことを確認すると、ハイリーが鞭をローナゴに打ち付けた。

ローナゴは跳躍し、その高さは木を軽々と超すくらいであった。

そして、跳んだ先に見える光景も絶景であった。

「スゲー!」

俺は思わず感銘の声を上げる。

「なかなかいいだろ?」

「ああ、でも少しばかり怖いな」

ハイリーの背中に俺の顔を押し付けるように密接した。

ドキッとしたのか、ハイリーは少し動揺し、顔を赤らめる。

「ん?どうかしたか?」

「い、いや、なんでもないさ・・・ヘヘッ」

照れ笑いし、それを誤魔化すようにまた鞭を打つ。

「二人ともラブラブだね~。このこの~」

隣に並んだヴァルが肘で突く動作をして茶々を入れる。

「な!これは違う!」

「そう照れるなってんだ!」

「ハイリーまで・・・」

「ジョーダンさ、ジョーダン」

ハイリーとヴァルがからかうように笑う。

俺はムスッとし、ハイリーから顔を少し離す。

その時に後ろを見て、ローナゴが付いて来てるかどうか確認した。

残りの2匹はちゃんとヴァルの後ろに付いて来ている。

「あ、そういえばさ」

「ん?」

ハイリーが唐突に笑いを止め、後ろを向き俺に尋ねた。

「ローナゴの蹴り、よく避けられたな」

「それ、私も思ってた~」

「そのことか。そのことなんだけど、あの時、蹴りが『見えた』んだ」

「「見えた?」」

2人が声をハモらせ、首を傾げる。

「蹴られる未来が見えたってわけか?」

「そういうのじゃない。なんていうんだろう?『見切った』というのが正しいのかな?」

俺はローナゴに蹴られた時、今まで曖昧と思ってきたことが、確信に変わった。

この体になってから、動きが見えるようになった。俺に攻撃をしてくる瞬間、どのように俺に向かってくるのが見え、頭で瞬時に理解できた。犬兵との闘い、イノムーとの闘い、ローナゴの抵抗、それらすべてでだ。イノムーで手こずったのは、『経験』による差であったと思う。百戦錬磨の傭兵と、命を懸けた戦いをしたことのない、平和ボケの若僧。この見切りの力がなかったら、刀でバッサリ切られていた。

転生前、格闘技はおろか、スポーツすらやったことがない。運動もあまりできない。いわゆるどんくさい奴だった。そんなどんくさい俺だったから、ずっと曖昧としかとらえてなかった。

「あの目にもとまらぬ速さの蹴りを、『見切った』って」

信じがたいとしか言いようのない表情でハイリーは俺を見つめる。

「まあ、あの蹴りをよけられたんだから、そうとしか言いようがないのか?」

「なんとなくで良いんだ。上手く説明できない」

「ふーん。お、そろそろ町に着くぞ」

「ローナゴはどこに繋げる?」

「町の入り口に獣小屋があるから、そこに繋げよう」

「わかった~」

そして、町の入り口にある小屋にローナゴ4匹繋げた。

「さて、あたいはこれから狩りに戻ろうとするけど、クマのねーちゃんも来るかい?」

「いくいく~」

ハイリーとヴァルはそのまま町から出ていき、森へと向かっていた。

俺とローナゴだけになった。

近場にいたローナゴに顔を向ける。

それに気づいたのか、ローナゴも俺に顔を向ける。

「災難だったな」

俺はローナゴの頭を撫で、同情の意を表した。

ローナゴは素っ気なく俺の手を振り払うように顔を横に振り、少し離れ、伏せた。

「つれない奴」



その後、俺は砂浜に向かった。

「オーエス!オーエス!」

砂浜では雄牛と犬兵が掛け声を上げながら、地引網を引き上げていた。

犬兵の最後尾にはマコトも混ざっていた。

地引網はマコトの案だった。マコトの実家では漁が盛んで、手伝いをしている内に仕事を覚えさせられたとのこと。さらに、ちょうど地引網があったということもあり実行に移った。

網は砂浜に引き上げられると同時に、網にかかった魚の姿が露わになっていく。

網の中は魚でみっちり詰まっており、ピチピチと中で跳ねている。

「大漁だぞーー!」

雄牛が叫ぶように言うと、犬兵も含め、歓喜の声を上げている。

「あれ?ガナードさんじゃないですか!」

「おーい!チーターのあんちゃん!」

俺の存在に気付き、皆手を振って呼んでいる。

みんなの所に小走りで向かった。

「凄いな。これだけあればしばらくは持つんじゃないのか?」

俺は網にかかってる魚を改めて見てみた。

前の世界の魚とほとんど同じであり、少しほっとした俺がいた。

(流石に魚まで虫みたいなものだったらどうしようかと・・・)

安堵の息を吐く俺をよそに、話は続く。

「ええ、新しく来る町の人にも行き届きますね」

「我々は保存方法を知らないのだが、どうすればいいんだ?」

「私が教えますので、とりあえずこの魚を持って場所を移しましょう」

「よし、わかった」

雄牛が樽を持ち運び、ふたを開けると魚をありったけ詰めた。

「どんな保存法をするんだ?」

「簡単に塩干しようと思います。あと、その樽に海水も入れてください!」

「はいよ!」

雄牛は余った樽を使い、海水を汲み、魚の入った樽に注いだ。

「あの量を流石にさばけないだろう、オスのハイエナ達を呼んでこようか?」

「そうですね。では、お願いします」

「わかった」

一人の犬兵が町に向かって駆け出した。

「俺も手伝うよ」

「助かります。ガナードさん」

「よーし」

俺は袖をまくり、腰を屈め、力一杯に樽を持ち上げようとしたが、全然持ち上がらなかった。

それもそうだ。樽いっぱいの魚と海水が入ってるんだ。持ち上げられるわけない。

「ムリだぁ」

持ちあがるとわからないと分かった俺は、樽から手を放し、立ち上がりながら両手に付いた砂をはたきおとした。

「樽は俺らに任せな」

雄牛達が1人1つの樽を、犬兵たちは2人で1つの樽を持ち上げる。

「そうさせてもらうか」

皆が運んでいる道中、俺はマコトに声をかけた。

「なあ、マコト」

「なんですか?」

「ミールの事なんだけど、最近見たか?」

「ミールさんですか?見かけはするんですけど、何というか、元気がないというか、魂が抜けたような感じですね」

「そんなに酷いのか?」

「見てないんですか?」

「ああ、少し前に喧嘩して気まずくなったんだ」

「喧嘩って、まさか、やましいことしようとしたんですか?」

目を細め、俺に疑いの目を向ける。

「するわけないだろ!」

「ハハハ。冗談ですよ。あなたはそんなことをする人に見えませんもの」

「まったく。冗談が過ぎるぞ」

マコトは笑顔で返すが、俺は口をとがらせムスッとする。

「なあ、ミールって、あの三毛猫の魔女のことか?」

後ろから声をかけてきた者がいた。

振り仰ぐと、声をかけてきたのは雄牛だった。

「ここに来る途中、嫁さんの所で何かするのが見えたぞ」

「ホントか?」

俺がそう聞くと、雄牛は頷き返した。

「行ってみたらどうですか?」

顔をそらし、どうしようかと悩んでいる俺を見たマコトは、そう言った。

「・・・だな。ちょっと行ってくる」

俺は町に向かって走り始めた。

「はえーなー」

砂埃を巻き上げ、目の前から消えるように走り去ったのを見た雄牛はそう呟いた。




俺が走りはじめ、ものの数秒で町の広場までについた。

メスの牛は今日から働き始めたいとのことで、民家の掃除をしている。

「えっと、どこだっけ?」

俺が広場の周りを見渡し、どこに民家があったかを記憶を探る。

「たしか、あっちだ!」

曖昧だったが、俺は民家に続くであろう道に沿って走り始めた。

走っている最中の景色は目まぐるしく変わるなか、俺は左右に首を振りミールを探した。

「ん?」

路地裏越しにミールらしき人物が一瞬見えた。

足でブレーキをかけ、その場に止まる。

民家の向こう側にミールがいる。

わざわざ路地裏を通るのもまどろっこしいと思い、俺は民家の屋根に向かって跳んだ。

静かに屋根に飛び移り、ミールを見下ろす。

ミールは手に洗濯物が入っている篭を抱え、トボトボと歩いている。

マコトに言われた通り、生きている気力が全くなく、目には光が灯っていない。

「おーい、ミール!」

俺がそう呼びかけると、ミールは振り仰ぎ、俺の顔を見た。

だが、一瞬、俺の顔を見ると顔を戻し、トボトボとまた歩き始めた。

「ちょっと待てよ!」

俺は屋根から飛び降り、ミールに駆け寄った。

「手伝おうか?」

俺が篭に手を伸ばすが、ミールは振り払うように篭を俺の手から離し、足早になる。

「ミール。俺はもうあの日の事は気にしていないから」

横に並び、顔を覗きながら言うが、うんともすんとも言わない。

「そんなに妹の事が大切だったのか?」

そう聞くと、ミールは足を止め、俺に睨みつけた。

流石にタブーな事だったのか、怒りを買ったようだ。

何かされると思い、俺は少し身を引く。

少し俺を睨みつけると、目に涙が溜まっていくのが分かった。

ミール自身もわかったのか、顔をそらし、再び歩き始めた。

俺は何て声をかけていいかわからないが、放っておくことができず、ミールの前に立ってとめた。

「何が遭ったか話してくれないか?俺も力にな―」

「自分の事も話さないやつに話すわけないでしょ!邪魔しないで!目の前から消えて!」

俺の声をかき消すように金切り声を上げ、俺の脇を通り過ぎていった。

ミールの背中を見つめ、やるせない気持ちになり視線を落とした。

「・・・そうだよな。自分の事も話さないやつに、話すわけないよな」

顔に手を当て、俺が仲間に話さなかったことを後悔した。

あの時、なぜ心が邪魔したのであろうか。

(訳の分からない事を話して、気味が悪いと思われたくない。一人ぼっちになるのは嫌だ。もう、一人になるのは嫌だ。

心の奥底にいる自分自身がそう言っている。

数年もの間、一部の友人も含めた人間から忌み嫌われ、接触しようとする人間はいなかった。

姿を見せれば人を人とも思わぬ軽蔑の目を向けられる。

だれも、俺の周りにはいなかった。

せっかくできた仲間に、あの目を向けられるのは嫌だ。

だから、俺は話したくない。

だが、話さなければミールのような関係になってしまうが心が邪魔をする。

葛藤が頭の中でずっとループする。

「人と打ち解けるのって、こんなに難しかったっけ?」

近くの民家の壁に自身の頭を打ち付けた。

このループが消えるのではないのかと思ってやった行為だが、痛覚が加わっただけだった。

「悩み事でもあるの~?」

おっとりとした口調で声をかけてきた者がいた。

その声で自身がしている行動に気付き、恥じらいに似た感情が湧き出た俺は、頭に付いた埃を払いながら顔を上げた。

そこにいたのは狩りから帰ってきたヴァルはだった。

片脇に大型犬と同じくらい大きさのアゲハの幼虫を抱えている。

「だいじょうぶ?」

首を傾げ聞いてくる。

「ああ、だいじょうぶ。気にしないでくれ」

「全然だいじょうぶじゃないよ~」

ヴァルが芋虫をその場に置き、俺の片手を包み込むように両手で優しく握る。

「何か言ってごらん?相談に乗るよ」

ヴァルの手のぬくもりに安心感を覚え、思わず話しそうになるが、どうしても喉でつかえてしまう。

「ありがとう、ヴァル。その気持ちだけで十分だよ」

作り笑いをし、ヴァルの手に俺のもう片手を重ね、ゆっくり引き抜いた。

「じゃあ、俺はマジ―ルの所に行くから。またね」

「ちょっと待って!」

呼び止めるヴァルを無視し、俺は走り去った。



その後、俺はマジ―ルの所には寄らず、教会で一人、時間が過ぎるまで長椅子に座っていた。

ボーっと床を見つめてると、先程のミールの言葉が蘇った。

それと同時に、忙しい日々で消えかけていた転生前の記憶を思い出し、どす黒い気持ちで胸いっぱいになる。

まるで、心臓にナイフを突き刺され、出血でもしてるのではないかという苦痛で胸が締め付けられる。

頭の中で『思い出すな』という単語を何度も反芻し、歯を食いしばり、爪を立て、頭皮に食い込ませるように頭を抱える。

その後ろで、教会の扉が音を立てずにゆっくり開く。

半開きになると、そこから覗くように顔を出した。

「いたいた」

ヴァルがニコニコしながら扉を開き、中に入った。

すぐ俺を追いかけて来たのか、先程の芋虫を抱えたままだった。

ヴァルは長椅子の横に芋虫を置き、俺の横にドスンと大きく音を立てながら座る。

教会中に響き渡るほどの大きな音を立てているが、俺はそのことに一向に気付かない。

「うわー。これは酷いね」

ヴァルは俺の肩にそっと手を乗せ、軽くゆすった。

「・・・今は、ほっといてくれ」

顔を合わせず、俺はヴァルに言った。

「こんな状態のガナードちゃん。ほっておけないよ」

ヴァルが両腕を広げ、俺にのしかかる様に抱き着く。

「なにするんだ!放せ!」

胴の周りに巻き付けられた腕を放そうと全力で引っ張るが、丸太のような腕は俺の胴をがっちりと捕らえ、ピクリとも動かない。

「あばれないの!」

上半身を起こしながら、俺の肩に顔を乗っけるように自身の体の方に引き寄せる。

抜け出そうと暴れで抵抗するが、まったく抜け出すことができないと分かった俺は成すがまま抱きしめられることを受け入れた。

「ほーら、だいじょうぶだよー」

今度は片腕を俺の胴から放すと、頭をゆっくり撫で下ろす。

「最初にあった時もこうしてたよね~?」

「・・・そうだな」

「何か悩み事でも抱えてるの?」

「・・・」

ヴァルの問いでミールの言葉とあの記憶がまた蘇り、また胸が締め付けられる。

紛らわすように俺はヴァルの腕に顎を乗せ、腕を強く握りしめる。

「やっぱりあったんだ」

俺の心境を察したヴァルは、それ以上何も言わず、ただ黙って俺を抱きしめ続けた。

その内、だんだん締め付けられるような痛みは無くなり、心が落ち着いてきた。

「ありがとう。ヴァル。もう大丈夫」

ヴァルの腕をポンポンと叩く。

「いいの?もうちょっとこうしていた方がいいんじゃない?」

「もう大丈夫。落ち着いたから」

「そう?」

心配そうに顔を伺いながらも胴に回してた腕を放し、俺を開放した。

立ち上がり、ゆっくり背伸びをして体をほぐした。

「そろそろ晩御飯時だし、みんなの所に行くか」

「私も行く~」

脇に芋虫を抱えながらヴァルは立ちあがり、俺と並行して教会を出た。

「おててギュ~」

ヴァルが唐突に俺の手を握った。

握られた手に見やり、ヴァルの顔に目を移した。

戸惑う俺に対し、ヴァルは満面の笑みで返す。

「ほら、いこう」

「手は繋ぐ必要はあるのか?」

「いいじゃん。それとも、私の手はイヤ?」

「いや・・・別にイヤではないけど」

「ほら、早く行こう!」

首に手を当て、言葉を詰まらせた俺に答える間もなく、手を引っ張り、皆のいる宿へと歩き出した。

(ヴァルの笑顔を見ると何故かイヤとは言えなくなるし、抱き着かれると不思議と心が落ち着く。不思議な人だな)

肩が脱臼しそうなほど引っ張られ、転びそうになりながらもヴァルの顔を見つめた。



結局、ミールと打ち解けるはおろか、見かけることすらできないまま翌日になった。

宿の一室で目が覚め、大きく背伸びをしながら起き上がり、日差しを浴びようとカーテンを開けた。目に入る日差しが眩しく、目を細める。

そんな一連の動作を行っていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

「はーい!待ってください!」

覚めない頭で俺は椅子に掛けてある服に手を伸ばし、慌てて着替えドアに向かった。

ドアノブを回し、開くとそこにいたのはマジ―ルだった。

マジ―ルはそわそわし、落ち着きがなかった。

彼とは2日ぶりに会うが、どこか違和感を覚えた。

「どうしたんですか?マジ―ルさん」

「その・・・私の町に行くという話があったというのは覚えているかな?」

「確か明日の予定でしたよね?」

「その予定なんだが、できれば、今すぐにでも行きたいんだ!」

そわそわするのをやめ、両膝を床に付け、両手を握り懇願するように俺に言った。

「急ですね」

「それは重々承知だ!町のみんなが心配で食事はおろか、眠るのもままないんだ!」

俺はマジ―ルを改めて見た。

ほほが少しこけ、目は少し充血していた。

多分、自分が感じていた違和感はこれだったのだと確信した。

「みんなには言ってあるんですか?」

「ああ、みんな来てくれると言ってくれた。あとは君だけだったんだ」

「なるほど。すぐに準備をする」

「すまない。君には助けられてばかりだ」

マジ―ルはゆっくり立ち上がったが、力が入らなかったのか転びそうになった。

すぐさまマジ―ルを受け止め、体を支えた。

「大丈夫か?」

「最近眠れなくて、ふらふらするんだ」

「助けに行く人が倒れたら元も子もないでしょ。気を付けてください」

「ハハッ。君の言うとおりだな」

乾いた笑いで俺に返し、再び足に力を入れ立ち上がった。

「武器を取ってきますから、そこで待っててください」

「わかった」

そして、刀と短剣を身に付け、マジ―ルと共に宿屋を出た。

外にはヴァル、マコト、ミールが立って待っていた。

宿屋から出た俺とマジ―ルに気付き、みんな一斉にこちらに顔を向ける。

ミールだけはこちらを一瞬だけ見て、顔をそらした。

まだ機嫌が直らないようだ。

「おはよ~」

「おはようございます。ガナードさん」

「おはよう」

ミール以外と挨拶を交わしていると、彼らの後ろからハイリーがローナゴを連れてくるのが見えた。

「ほら、連れて来たぞ」

ハイリーがローナゴから降り、手綱をヴァルに渡した。

4匹のローナゴにそれぞれ麻の袋が括り付けられていた。

「ありがと~」

「マジ―ル先生もせっかちだな。明日まで待てばいいのに」

ハイリーが言う。

「すまない。どうしても気になってしまって」

「まあ、いいさ。みんなには後で言っておくよ」

「助かるよ。では、ガナードくん。早く行こう」

「わかりました」

マジ―ルがローナゴに乗ると、ヴァル達もそれぞれ自分のローナゴに乗った。

4匹しかいなかったので、1つは2人乗りになってしまう。

マジ―ルがふらふらになっていることを思い出した俺は、マジ―ルのローナゴに乗ることにした。

マジ―ルの前に乗り、手綱を握る。

「移動中はしっかりとつかまってくださいよ」

「わかった」

マジ―ルは俺の服をがっしりと掴む。

その一方でミールがポータルを開く準備をしている。

呪文を唱え終わると、ポータルが開いた。

「じゃあ、行ってくる」

「気をつけてな」

手綱をうち、ローナゴをポータルへ入らせる。

ヴァルとマコトもハイリーに手を振り、ローナゴをポータルに入った。

ミールだけは後ろを振り返るはおろか、行ってきますの一言も言わずポータルへ入る。



ポータルから出た先は先日、イノムーと戦った森の中にある教会であった。

そこからマジ―ルに案内され、森を出て強い日差しを浴びながら草木も生えていない荒野をローナゴで駆けてゆく。

出発して2日目、町が見える所までに着いた。

遠くから見た感じだと町というには小さいが、村というには大きすぎるほどの規模であった。町の周りに壁はなく、ポツンと民家が建てられていた。その周りでは土を耕した跡が見つかったが、どこかずさんな物にも思えた。

「ここで間違いないか?」

俺はマジ―ルにそう聞くと、「ああ」と彼は返した。

「ここでローナゴを置いて行こう。町の近くだと異変に気づいて騒がれてしまう」

マジ―ルが言う。

「そうだな」

俺達はローナゴから降り、麻の袋から杭を取り出し、地面に打ち付けそこに手綱を括り付けた。

そして、町に向かっていく。

こちらの存在に気付かれないように慎重にむっていくが、道中、町の閉じられた正門から人が出てくる気配が全くなかった。

「おかしいぞ」

そういったのはマジ―ルだった。

「静かな町ということではないんですか?」

マコトがそう聞くと、マジ―ルは首を横に振って否定した。

「いや、活気はあるわけではないのだが、ここまで静かなのは今までなかった」

マジ―ルが手と手を握ったりこすったりして動揺し始める。

この静けさにマジ―ルだけでなく、俺達も不安を覚える。

「俺が先に行って偵察してくる」

「頼む。できれば、誰か連れてきて欲しい」

「わかった」

俺は近くの民家の屋根に向かって地を蹴り、跳躍した。

その様子をみんなが見守って見送った。

民家の屋根に飛び移った俺はあたりを見回し、町の中央から離れた所に違和感しかない立派な教会が見えた。

俺はしゃがみながら屋根から屋根へと飛び移りつつ、町の中を見ていった。

町の中は商品を広げてる商いはやっておらず、ましてや人っ子一人いない。

そんな中、全身に鎧を身に付けた犬兵が見回りしているのが見えた。

彼にプリンスの救出の事や、犬兵の協力の事を話せば仲間なるかもしれないという考えが浮かんだ。

犬兵の後を付いて行くと、人気のない路地裏に行くのが見えた。

そこで説得しようと思い、俺は屋根から降り、犬兵の後ろに立った。

「少しいいか?」

俺が声をかけると、犬兵は振り返った。

目元まで兜で隠れ、表情が余り読み取れないはおろか、威圧感があった。

この話をすれば仲間になると思った俺は、その威圧に負けまいと口を開いた。

「俺はプリンス『ウルフェン』を助けようとしている。ドゥージー王国の仲間もいる。詳しいことは後で話す。今は、町の人を助けるのに手を貸してくれ!」

俺は犬兵に手を差し伸べた。

少し多く言いすぎて混乱したのだろうか、立ち止まって俺の手をしばらく見ていた。

(さすがに怪しすぎたか?)

そう思った瞬間、犬兵は俺に手を伸ばした。

(成功した!)

だが、その手は協力するという意でなく、拘束するという意の手であった。

俺の手を握ると、無理矢理俺の背中に回し、壁に押し付けた。

間接が外れそうな痛みの中、俺は頭の中が混乱した。

(なんだ!?何か気に食わなかったか!?)

「アウウゥゥゥゥ―――――――!!」

犬兵は俺が抵抗してこないとわかるや否や、遠吠えをした。

嫌な予感がし、振りほどこうと体を動かすががっしりと掴まれた手は放そうとしない。

そうしている内に、町中にいた犬兵が路地裏を防ぐように集まってきた。

「だれだ?兵士に変なことを吹き込もうとしてるやつは」

気怠そうな声を上げながら兵士をかき分け、こちらに来るものがいた。

そこに顔を向けると、顔の両端と真ん中に白い線が入ったハクビシンの神父が聖書片手にこちらへ近づいてくる。

「ん?おまえ、この町の者じゃないな」

俺の傍に来て顎を持ち、顔の隅々まで見る。

「ネコ族だな。その中でも、お前はチーターか」

「放せ!」

大声を上げ、睨みつけると顔をつぶさんばかりに強く握りる。

「おまえ、自分の立場をわかっているのか?」

ハクビシンの神父は俺に睨み返してきた。

相手は神父だが、元傭兵な事だけあってその迫力はただモノではなかった。

「まあいい」

俺の顔から手を放し、数歩下がった。

「ところで、おまえネッコー国の刺客か?」

改めて訊ねた。

「知るか」

そう答えると、神父は右手を上げ合図を出した。

合図に合わせ、1人の犬兵が俺のところに来て、俺の余った腕を抑え十字架のように広げられる。

「最後に聞くぞ。お前はネッコー国の刺客か?」

「俺はネッコー国からの刺客じゃない!ネッコー国とは関係ない!」

実際に、そうとしか言いようがない。

「ネコ族のくせに忠誠心は立派だな。やれやれ」

あきれた表情でため息を吐き、聖書を俺の前に突き出し適当に開いた。

『キャァァァァァ!!』

聖書から叫び声が響き渡ると無数の手が生え、俺の顔中に絡みつき噛みつくはおろか、叫ぶことすらできなくなった。

これに似た現象を俺は知っている。これはあの羊の村長の教会にあった聖書の時の現象に似ている。

「教会に連れてけ!」

聖書を手放し、ハクビシンはそう命令した。

抑えてる犬兵はそのまま俺を持ち上げ、路地裏を出てた。

その間に俺の顔面にぴったりと付いている聖書は頭の中に入り込もうと手を入れた。

脳みそに直接触られているような痛覚と感触が俺を襲う。

何か書き換えられるような感覚がした瞬間、

『キョァァァァァァ!!』

聖書から叫び声が聞こえ、燃えながら俺の顔から放れていった。

「なに!?」

神父は振り返り、俺の顔と燃え落ちた聖書を交互に見る。

「お前!何をした!?」

「知らん!」

俺自身、何が起きているか分からなかった。

ミールのファイアーボールが来たわけでもなかった。頭の中に入った途端、燃え始めたのだ。

「仲間がいるんだな!?」

神父はあたりを見回し仲間を探すそぶりを見せた。

「お前らは教会に連れていけ!残りは周囲を捜索しろ!」

命令が下されると、俺を抑えている犬兵以外は散開した。

「行くぞ!」

神父が駆け足気味で教会に向かった。

それに続こうと犬兵も駆け足になる。

ガキィン

金属音が鳴り響くと、俺の右腕を抑えてた犬兵の兜が取れ、白目を向けながら倒れた。

犬兵の近くにカランカランと音を立てながら落ちるものがあった。

矢が落ちていたが、肝心の矢尻はなく球体がついていた。

(矢?ヴァルか?)

考えている内に、第2射が来て左腕を抑えてた犬兵も倒れた。

その音に気付いた神父は振り返り、犬兵が倒れているさまを見て動揺し息をのみ足を止めた。

「な、へ、兵士が・・・」

口がわなわなと震え、動揺している間に、俺は抑えられた腕を撫で、痛みを和らげた。

「よし、神父さえやれば済む話だよな」

自分に言い聞かせるように呟き、俺は刀を抜き構える。

刀を向けられ、殺意が自分に向けられていると分かった神父は袖から小さい杖を取り出し、杖に向かってブツブツと呪文を唱え始めた。

なにか来ると察した俺は地を蹴り、一気に距離を詰める。

そして、間合いに入る寸前に刀を振り上げた。

後は奴を切りつけるだけだった。

「バリアー!」

一瞬だった。

あと少しで首を切り落とすだけだったのだが、神父の体から薄緑色の光がはなたれ、それが俺の攻撃を防いだ。

「なッ!?」

攻撃がはじき返され、その反動で後ろに飛ばされる。

手と足を使い、着地をした俺は改めて神父を見た。

先程放たれた光は神父を守る様にドームの形になった。

完璧なバリアーとなった。

「危なかった」

冷や汗を拭い、ホッと一息を吐いた。

俺はもう一度、神父に向けて攻撃を行った。

何度も刀で切りつけたが、虚しくもバリアーによってすべて防がれた。

「こなくそ!」

蹴りを入れてみた。

足がめり込む様に入っていったが、あと数センチのところで止まり、バリアーが戻る反動で俺は数十メートル飛ばされ背中から地面に着地する形になった。

「なかなかの蹴りだったな」

嘲笑するように腰に手を当て言った。

「まあ、自慢ではないが、私の作るバリアーは鉄砲や大砲も通さない優れも―」

胸に手を当て自慢している最中、神父の顔の横を何かがとてつもないスピードで通り過ぎていった。

「あえ?」

そのあまりの速さに、神父は強い風に吹かれたかのように後ろによろめき、尻餅をついた。

「な、なんだぁ!?」

飛んできた方向に目を向けてみると、先程自慢していたバリアーに穴が開いていた。

そして、そこからバリアーにヒビが入り、ガラスのように砕け地に着く前に消えていった。

「バカな。大砲以上の威力を持った何かがあるというのか?」

冷静に分析している間に、俺は立ち上がり、刀を構える。

「マズイ!」

神父は尻餅をついたまま目をつぶり、またブツブツと呪文を必死になって唱え始める。

先程のように防がれると厄介と思い、俺はもっと速く走ることを意識し、足に力を込め、砂埃を巻き上げながら神父に駆ける。

ほんの数十メートルであったが、一瞬にして奴の間合いに入ることができた。

演唱に夢中になっているとき、俺の駆けたことによる風が神父の顔に当たる。

それに気づき、目を開いた。

最初に映ったのは俺が刀を振り下ろし終えた姿だった。

膝の上に何かが落ち、そこに顔を向けると、杖を握ったまま切り離された手が映った。

「て、手がぁぁぁーーーー!」

血が流れている腕を抑え、蹲りもだえ苦しみだす。

トドメの一撃を入れようと刀を背中に突き立てる。

「ま、待て!私を殺せばどうなるのかわかるのか!?何が望みだ?神父になりたいなら口を利かせる!」

涙を流し、顔を上げ、泣き叫びながら命乞いをし始めた。

「聞く耳はない!」

刀を神父の心臓に目掛け突き刺した。

「ガアァッ!」

刀は体を貫通し、地面にぶつかる感触があった。

神父は悶え声をあげ、苦痛のあまり俺の足首を握りしめる。爪が食い込む感触が布越しから伝わる。

俺は足を振り、神父の手を無理矢理ほどく。刀を引き抜き、血を振り払いながら鞘に納め引き下がった。

血が滝のようにドバドバ流しながら俺を睨みつけけるが、意識がなくなっていくのが顔を通じてわかった。

力尽き果て、神父は蹲りながら死んだ。

「ガナードちゃーん!」

後ろからヴァルの声が聞こえ、振り返る。

ヴァルはマコトとマジ―ルを背中におぶさり、走って向かってきている。

マコトの周りに数珠がフワフワと浮いている。

「大丈夫?ケガはしていない」

俺の体をあちこち見て回り、確認する。

「怪我は一切してない」

「ホント?」

ヴァルが首を傾げ聞き、俺は頷き返す。

「そういえば、さっきの矢はヴァルのか?」

「そうだよ~。凄かったでしょ?」

「大砲も防ぐバリアーっていうものだったんだけど・・・」

「そう?あのバリアーそんなに強力だったの?」

「へー」と頷きながら軽く俺の言葉を流した。

その傍ら、マジ―ルが気絶した犬兵を診ていた。

「脳震盪で気絶しているだけか。よかった」

ホッとマジ―ルは胸を撫で下ろし、安堵の息を吐いた。

「その犬兵もドゥージー王国の兵なのか?」

俺がマジ―ルに聞く。

「ああ。この町に住んでいるとき、彼らにも世話になった」

「へー。そういえば、ここの犬兵って前の教会で会った犬兵と違って、一言も話さなかったな。ウルフェンの名前を出しても顔色一つ変えなかったし、脅しでも掛けられていたのか?」

「一言も話さなかった?」

片眉を曲げ、振り替えりながら俺の顔を見つめた。

「ちなみに、話しかけたのはこの犬兵か?」

マジ―ルは先程診ていた犬兵に指さした。

その犬兵は俺が説得しようとした犬兵だった。

「ああ、その犬兵だ」

俺が頷きながら返すと、マジ―ルはもう一度犬兵のまぶたを開き瞳孔を調べた。

「なんてことだ。まさかここでも行われたとは・・・」

マジ―ルの表情が一気に暗くなる。

「何かマズイことでも?」

「説明はあとでする。今はあの子が必要だ。あの、三毛の魔女はどこだ?」

「そういえば、ミールはどこにいるんだ?」

「ミールさんは単独で行動しています。なんでも、ここの町に変な魔力が流れているから、単独で調べたいとかで」

「教会に行けば会えるかもしれないな。教会にその変な魔力の元凶がある」

「そういうことなら、早く行こう」

俺達は教会へ向かって走り出した。

マジ―ルやミールが感じているマズイこととは何か、その答えがすぐにわかることになった。



「いやぁ!やめてぇ!」

枯れた声の悲鳴が聞こえた。

俺達の足は教会に向かっていたが、その悲鳴で足が止まった。

「悲鳴?俺が様子を見てくる」

民家の屋根に飛び移り、悲鳴の聞こえた方向へ跳んで行った。

「お願い!やめて!」

「放して!何もしてないでしょ!」

悲鳴のしたところに付くと、若いイヌ族の娘が犬兵に腕を掴まれどこかへ連れてこうとしていた。それを止めようとイヌ族の老婆が犬兵の体にしがみつき止めようとしていた。

「キョウカイ、レンコウ、キョウカイヘ、レンコウ―」

何度も同じ言葉を繰り返し、娘を連れてこうとする。

「脳震盪を起こせばいいんだ。吹っ飛ばすなよ、吹っ飛ばすなよ」

自分に何度も言い聞かせ、気持ちを落ち着かせながら狙いを定め、犬兵に向かって跳んだ。

犬兵の真上に落ちながら頭に狙いを定める。

射程範囲に入る直前に体を回転し、足の力ではなく回転の力を利用したかかと落としを犬兵の頭上に直撃させた。

兜に直撃し、金属音が響く。

足を戻す反動を利用し、後方に跳び地に足を付けた。

(うまくいったか?)

こちらに襲い掛かると警戒した俺は腰を低くし、刀に手を伸ばしながら警戒するが、その警戒は必要なくなる。

犬兵は両膝を付き、娘を掴んでいる手を放しながら倒れた。

それを見た娘と老婆は突然の出来事で理解が追い付けず、呆然としていた。

犬兵が戦えないと分かり、ほっとした俺は2人に声をかけた。

「二人とも怪我はしてないか?」

声を掛けられたことにより、2人の意識が俺に向けられる。

「は、はい。大丈夫です」

娘が掴まれてた腕をさすりながら答えた。

「連れていかれそうになっていたが、何が遭ったんだ?」

「それが、わからないんです」

「わからない?」

「遠吠えが聞こえたから、気になって外に出てみたんです。そしたら、兵士さんが町中に散っていくのが見えたと思ったら突然動きが止まって、声を掛けに行ったら連れてかれそうになったの」

「連れてかれそうになった?」

俺は倒れている犬兵に目を向ける。

(連れてかれそうになった。俺も教会へ連れてかれそうになったがそれと関係があるのか?)

「とりあえず、今は家の中にいた方がいい」

「わかりました。助けていただき、ありがとうございます」

「ありがとうございます。ありがとうございます」

2人はお礼を言い終わると、家の中へ入り鍵を閉めた。

俺はマジ―ル達のいる所へ戻った。

マジ―ルはヴァルとマコトに囲まれる様にしていた。

「戻ったぞ」

「何が遭った?」

マジ―ルが聞く。

「犬兵が娘を連れ去ろうとしていたが、なぜ娘が連れ去られるかわからなかった」

「やはり、もう起きていたのか。速く教会へ行こう!」

「待ってくれ」

教会へ行こうとするマジ―ルの肩を掴み、止めた。

掴まれた手を振り払いながら振り返り、眉間にしわを寄せ睨みつける。

その顔を見て怯んだが、俺は続けていった。

「何が起きてるんだ?連れていかれるくらいなら問題はないはずだろ?」

「そこが問題なんだ!」

頭を抱え、毛をまき散らしながらかきむしる。

「いいか!教会には兵士を洗脳している水晶のような物があるんだ!神父はそれを通じて兵士に命令してるんだ!」

「でも、神父は殺したんだ。洗脳する奴がいなくなったら目が覚めるとかじゃないのか?」

「神父がいなくなったら、兵士が代わりの人を連れていき、次の指令塔にするんだ!そこで適合者じゃなかったら、その人は死ぬんだよ!」

「なッ!」

俺は息をのんだ。

ヴァルとマコトもそのことを聞き、同じように息をのむ。

「早く教会へ行かなくてはならない理由はそれなんだよ!君だけでもいいから先に教会へ行ってくれ!兵士を止めてくれ!」

マジ―ルが教会へ続く道に向かって指さす。

「わかった。マコトとヴァルもマジ―ルの事を頼んだ!」

2人は頷き返し、俺は教会へ続く道に沿って走り出した。

思いのほかすぐ着いたが、教会の扉が開いているのが見えた。

胸騒ぎがする。

すぐさま中に入ると、教会のど真ん中に怪しく光る紫色の水晶が浮いていた。

「放しなさいよ!あんたドゥージー王国の兵士でしょ!?女にこんなことして騎士の誇りがないの!?」

人一人入れそうなその水晶の前に兵士が誰かを床に押し付けるように拘束していた。

「させるか!」

俺は兵士の後ろに付き、股の間に蹴りを入れた。

兵士の体がビクッと波打つように動くと、横に倒れる。

「大丈夫か?」

先程、拘束されそうになった者に手を差し伸べる。

「ええ、助かったわ。どうもありが―」

その者が俺の顔を見たとき言葉を詰まらせた。

フードを顔の半分までかぶり、誰かは分からなかった。

その者は俺の手を取ることなく、自分で起き上がり、体に付いた埃を振り払い、顔を向かい合わせることなく言った。

「何が起きてるだけ言って」

「ミールか?」

「いいから!何が起きてるだけ言って!」

俺の言葉を必要以上聞きたくないと言わんばかりに叫んだ。

俺は一度間を置き、ミールに背を向けながら言った。

「そこにある水晶で神父が兵士たちを操っていた。神父がいなくなったことで兵士が神父の変わりを町の人から探して、水晶に登録する。けど、その水晶の適合者じゃなかったら死ぬ。それを止めてくれとマジ―ルが言ってた」

「・・・」

ミールは何も返答せず、黙って床に落ちている杖を拾い、水晶に当てた。

杖と水晶の間に魔方陣が

「あんたは足止めでもしてて。その間、これを止めておくから」

「・・・わかった」

(さて、どうやって足止めをしようか)

俺は先程入った扉に目を向け、考えた。

「まあ、これの方が手っ取り早いか」

俺は近くにあったいくつもの長椅子を引っ張り、扉の前に置いてバリケードを作った。

「これで大丈夫か?」

バリケードを作って間もなく、兵士たちが来た。

扉を開けようと押しているが、長椅子が邪魔をして扉を開くことができずにいる。

「これで時間がかせげるな」



一方、ヴァル達は教会に付いた。

真っ先に目に入ったのは、教会の前で住民を一ヶ所に集めている兵士と、扉を開けようとタックルをしている兵士がいた。

連れられた住民は抵抗で疲れ果てるものと、気絶している者で分かれていた。

「足止めは成功しているようだな」

「ですが、あれも時間の問題ですよ」

「そうだな。でも、私達にできることがあるのか?」

マジ―ルとマコトが考えてる中、ヴァルだけ行動していた。

矢尻が数珠になっている矢を手に取り、それを弓にかけ軽く引き、狙いを定めた。

「何をするんだ?」

マジ―ルが聞く。

「一人でも減らした方がいいでしょ~?」

そう言い終わると、矢を飛ばし、手の空いている犬兵の頭を揺さぶる様に当てた。

直撃した犬兵は両ひざを地に付け、土埃を巻き上げながら倒れた。

その異変に気付いてないのか、気にも留めてないのか、倒れた犬兵に目を向けることなく各々の作業を進めている。

「これなら簡単に片付けられるね~」

「そうですね。早く片付けましょう」

ヴァルが放った矢をマコトが引き寄せ、そのまま渡した。

「これ便利だね~」

「思いついて正解でした。これなら殺めることなく済みますからね」

この町に入る前、マコトがヴァルにある提案をしていた。

もし、神父の護衛がドゥージー王国の兵士だった場合、殺すのは抵抗がある。どのように対処しようかとヴァルとマジ―ルが悩んでたところ、マコトが矢尻を数珠にしようと提案し、変えていた。

「それにしても、倒れた仲間を気に掛けないなんて、不気味ね~」

「新しい指令塔を見つけることを優先しているから、他の事には構いもしないのだろう」

「じゃあ、こっちには来ないということならやりたい放題ね」

ヴァルは渡された矢をもう一度弓にかけ、軽く引き放った。



俺は教会でバリケードを押して、足止めしていた。

扉から強い衝撃が来ているが、長椅子がいい感じに引っかかり、開くことを拒んでいる。

何とか持ちこたえているが、どれくらい持つかわからない。

「・・・ん?」

バリケードを押しているうちに、あることに気が付いた。

扉を破ろうとしていた衝撃がいつの間にか無くなっていた。

「何が起きた?」

首を傾げて見ている内に、扉の奥から声が聞こえた。

「ガナードちゃん!いる?」

「ヴァルか!今開ける!」

「大丈夫!自分で開けるからどいて!」

「開ける?」

俺は首を傾げながら、扉の前から離れた。

離れてすぐに、扉からドンと音が響いた。

扉を無理矢理開けるらしい。

「ふん!」

ヴァルは扉に手を置き、押し始めた。

丸太の様な腕の筋肉が膨らみ、長椅子のバリケードを押しながら扉を開けている。

扉を開き、長椅子をどかしながら姿を現した。

「ふぅ、疲れた」

「凄い力だな・・・」

(訓練された兵士のタックルですら破れなかったバリケードを一人であっさり破るとは・・・)

感心とも恐怖ともいえる感情が頭をよぎるなか、ヴァルとマジ―ルは水晶へと歩み寄った。

「どう?何とかできそう?」

「もう少しで終わるから、先に外で待ってて」

「わかった~」

ミールの言葉を聞いてマジ―ルはホッと胸を撫で下ろした。

「よかったね~」

「ああ。あとはここの人を町まで運べばいいんだが、どうも気になる」

マジ―ルは開ききった扉の先を見つめながら言った。

「気になるって何が?」

マジ―ルに歩み寄りながら俺は聞いた。

「それが、この町の人口が前の時と比べて少ないと感じるんだ・・・」

「少ないか・・・聞いてみるのが一番早いな」

「それもそうだな」

俺とマジ―ルは一度外に出て、集められた住民のところへ向かった。

マコトはそこで怪我人を回復魔法で治療していた。

マジ―ルと俺は治療されているレッサーパンダの獣人のところへ向かい、、聞いた。

「少しいいですか?」

「マジ―ルさん!?」

その獣人は目を開き、口を抑えた。

久々に会えたことと、信頼できる獣人が来たことで嬉しさのあまり感動したのだろう。

「私がここを離れてから何が遭ったか話してくれますか?」

マジ―ルがそう聞くと表情を曇らせ、俯きながら口を開いた。

「あの神父が来てから地獄でした。今まで出さなかった税を補うため、男の人は北西の鉱山へ強制労働、残った女の人達は1から農業をやらせ、若い娘は神父の身の回りの世話をさせられました」

「兵士はいつからあのようになった?」

「神父が来た時からです。初めに来た時、兵士達がこの町だけでも平和にしようと抵抗した瞬間、水晶が現れ、光に包まれたあと操られました」

「わかった。話してくれてありがとう。後は彼らがやってくれるだろ」

「え?」

唐突に頼られて困惑し、マジ―ルの顔を見つめる。

「もとよりその約束だったろ?」

マジ―ルが返す。

「まあ、そうだけど。ここの人達はどうするんだ?」

「水晶の魔法が解けたら、あの町へ送ろう」

「わかった。俺は残りの兵士がいないか偵察してくる」

「頼む」



その後、俺は町中を走り廻り、暴走している兵士がいないか偵察しつつ、神父の遺体を人目のつかない町の外へ捨ててきた。

一通り見て回り、暴走している兵士がいないことを確認した俺は教会へ戻った。

着いたころには日が沈み始めていた。

怪我人の治療もほとんど終わり、マジ―ルが戻ってきたことが町中に広まったのか、大勢の人がマジ―ルに会いに来ていた。

だが、集まっていたのは女性だけだった。男が鉱山へ連れられて行った話は本当のようだった。

「戻ってきた!」

俺の存在に気付くと一部の獣人が俺に駆け寄ってきた。

勢いよく迫ってくる様に、俺は少し後ずさりしてしまう。

「お願い!助けて!」

俺の服を掴み、引き寄せながら一人の獣人が言った。

「私の旦那を連れ戻して!」

「私の旦那も!お願い!」

みんな口をそろえてそう懇願する。

「わかりました!連れ戻しますから!」

「だったら今すぐ行って!お願い!」

「今すぐ!?」

「あなた達しか頼めないの!」

「欲しいものなら何でもあげる!なんでもしてあげるから助けて!」

「助けに行きますけど、今すぐってのは・・・」

そう答えると、俺の前にいる女性はものすごい剣幕になり、ぐっと俺に近づき怒鳴るように言った。

「なんで断るの?断る理由がわからないんだけど!」

「あんた男でたいそうな武器を持ってるでしょ!?早く行きなさいよ!」

「その・・・」

「その辺にしなさい」

俺がうろたえているところに、マジ―ルが間に入りなだめるように言った。

「この方々は先程戦ったばかりですよ?あまり無茶を言って困らせないでください」

「私の旦那が心配じゃないんですか!?」

「心配です!」

マジ―ルは女性の圧力に屈しることなく返した。

「心配だからこそ、慎重にいかないといけないのです!この方々は先程の戦いで疲れているのです。疲労が取れないまま助けに行けば、失敗する可能性が上がるんです。失敗されると、困るのはあなた方ですよ?」

そう言うと、女性たちはお互いの顔を見合わせ、言葉を詰まらせる。

「ここにはローナゴで来たんです。ローナゴを使えば鉱山へすぐに着くことができる。だから、焦らないでください」

マジ―ルの話を聞き、女性たちは何も言わずこの場を離れた。

「ありがとう。マジ―ル」

「いや、こちらこそすまない。みんな心配してるからこそ、こんな事をしているんだ」

「一昨日のマジ―ルがまさにそうだったからな」

「ハハ、そうだな」

後頭部に手を回しながら乾いた笑いで返す。

「他のみんなは?」

「3人はもう休んでるよ。今回、みんな働いてくれたから疲れたのだろう。君も早く休みなさい」

「わかった。そうさせてもらうよ」

俺はどこか休める場所を探したが、正直、教会で過ごすか野宿かの2択しかない。

野宿という言葉が頭に浮かんだ時、町の外に止めているローナゴを思い出した。

(今日は野宿にするか)

俺は町の外に出てローナゴを停めている所へ行った。

向かっている道中、ローナゴのところが明るくなっているのがわかった。

俺よりも先に来ている者がいる。

そこへ着くと、鍋に火をかけ、それを囲んでいるヴァルとミールとマコトがいた。

「あ、おかえり~」

「ちょうどよかったですね。ご飯でき上ってますよ」

真っ先に気付いたヴァルが言うと、マコトが振り返り、スープとパンを俺に渡した。

それを受け取り、ヴァルとマコトの間に座った。

ミールと向かい合うような形になった。それに気に食わないと言わんばかりにムッと不機嫌な顔になり、立ち上がりこの場を離れようとした。

「ミールちゃん!」

子供をしかりつけるかのような声でミールを呼び止め、ミールは足を止めた。

「座って」

指を地面に指す。

顔半分をこちらに向け、それを見たミールは黙って元の位置に座った。

「ねえ、どうしてミールちゃんはガナードちゃんにそんな冷たいの?」

「どうしてって、逆にあんた達はこいつを怪しいと思わないわけ?」

俺に杖を向け、鋭い眼光で睨みつける。

「なんであの時、出身を聞いただけなのに頑なに拒否したの?」

「・・・」

ミールの質問に何も答えられなかった。

俺の出身はこの世界ではない。こんな話を今持ち込んだら、余計怪しまれるのも目に見える。

どうすればいいか俺にはわからない。

「ほ、ほら、自分の生まれ故郷が田舎過ぎて恥ずかしいんじゃない?ね?」

黙り込んでいる俺をヴァルが俺の肩に手を置きフォローを入れる。

「仮にそうだとしても、別の問題がまだあるわよ」

「別の問題?」

俺に心当たりがなく、眉をひそめる。

「なんであんたの頭にプロテクトの魔法がかかってるの?」

「プロテクト?」

俺は片手を自身の頭に乗せる。

「とぼけないで。黙ってやった私が悪かったけど、あんたの記憶を探ろうと魔法を使った瞬間、プロテクトで覗けないような仕組みになってたわよ」

「「「え?」」」

みんな目を丸くし、マコトとヴァルは俺の頭を見つめる。

「そこまでして他人に見られたくないようにしてるなんて、やましい秘密があるって証拠じゃない。なんでプロテクトをかけてるの?」

「知らない。俺はそんな魔法の事は知らない!」

俺は首を振り、否定するがミールは立て続け言った。

「知らないで済む話じゃない!それに、あんたのかかってるプロテクトはかなり複雑な構造をしてるじゃない!どこでその魔法を習得したの?それとも、誰かにかけてもらったの?答えなさいよ。答えるまで私はあんたを疑い続けるからね」

「・・・」

身に覚えのないことが出てきて、何も答えることができない。けど、答えなければならないが答えが浮かばない。

頭の中が真っ白になっていく。

「ほら、やましいことがあるから、答えられないんじゃない」

「どうしてミールさんはそこまでガナードさんを疑うんですか?」

マコトが聞く。

「こいつがスパイの可能性があるからよ。まあ、スパイだとしたらとんだマヌケね」

「「スパイ・・・」」

マコトとヴァルが俺を見つめる。

3人の目はどこかあの時の目になっているように思えた。

信用などない。あるのは冷たい感情。誰も俺に寄り付かなくなり、誰もが俺に向けた感情。また起きた。温もりなどない極寒の環境。

心がどす黒い感情で埋め尽くされていく。胸が苦しくなっていく。

さらにミールは間髪入れず追い打ちをかける。

「第一、女神様から呼ばれた時だって、こいつはいなかったじゃない。どこかで私らの事を聞きつけて、帝国に情報を流すため接触してきた。ほら、これなら合点が付くじゃない」

「わかった」

俺は手に持っている料理を置き、立ち上がった。

「そこまで言うなら、俺はもういないほうがいいな」

3人と目を合わせることなく、俺は近くのローナゴに乗った。

それに気づいたローナゴはゆっくりと起き上がる。

「ガナードちゃん。なにもそこまでしなくても・・・」

ヴァルが口をこもらせる。

「ミールの話の通りなら、俺が傍にいると厄介だろ?なら、ここから離れる。お別れだ。ここまで付き合ってくれてありがとう」

吐き捨てるように言い、手綱を打った。

それに反応し、ローナゴは地を蹴り、高く跳躍した。

一瞬で3人と離ればなれになる。

「ガナードちゃん!」

「ガナードさん!」

ヴァルとマコトが俺を呼び戻そうと声を上げるが、俺の耳には一切入ってこない。

「さてと」

ミールはゆっくりと立ち上がり、ローナゴに歩み寄った。

「どこに行くの!?」

ヴァルがそれに気づき呼び止める。

「これからあの町に行くわ。あいつが援軍を呼んできて全滅しただなんて、胸糞悪くなるからテレポートで避難させてくる」

ローナゴに片手を置き、振り返りながら言った。

「ガナードちゃんはいいの?あんなこと言って、何にも思わないの?」

ヴァルはミールに睨みつける。

一方、ミールの目にはガナードに対する同情といった感情は一切持っていないことがヴァルに伝わる。

「あんたも人が良すぎるのもよくないわよ。あいつみたいなスパイだったら、後悔するのは自分だからね」

顎で俺が去った方向を指しながら言うと、ローナゴに乗り、マジ―ルのいる町へと向かっていった。

「私のせいだ・・・」

ヴァルは崩れるように膝立ちになり、顔を手で覆う。

「私が無理に仲直りさせようとしたからだ。私のせいだ・・・」

目から涙がこぼれ、それを何度もぬぐう。

それを後ろで見たマコトはどうすればいいか分からず、あたふたする。

「もう、私は一体何をどうすればいいのやら・・・」



風を身に感じながら何も考えず、ローナゴに進路を任せ進んでいた。

日が沈み、辺り一面闇に覆われる。

そんな中、ポツンと明かりがついている山が見えた。それを見たとき、鉱山で男たちが強制労働させられている話と町に残されている女性たちの必死の願いを思い出した。

「俺一人でもやってみせる」

手綱を握り、鉱山へ向かった。

汚名返上するつもりではない。ただ、家族がいない悲しみがどんなものかを知っての行動だ。待っている人がいる。手遅れになる前に助けることができるなら、助けたい。その一心だった。

ある程度まで近づき、ローナゴで行くのはまずいと思った俺は降り、徒歩で向かうことにした。

丸太の壁で中の様子が見れない。まずは偵察をするため、程よく離れた所にある枯れ木に行き、てっぺんまで跳んで行った。てっぺんの枝に掴み、そこで中の様子を見た。

見てわかったことは、山の中に一つの大きな穴があり、そこから獣人が出入りしている。日が落ちてるというのに、まだ採掘をしているらしい。そこから少し離れた所には広場があり、そこには鍋が置かれているテーブルを前に長椅子と長机が刑務所の食堂のようにいくつも置かれている。その周りには兵舎が5つ、それらを囲うように見張り矢倉が3か所設置してある。所々には兵士がいるが、イヌ族だけでなく、様々な種族の獣人がそこら中にいた。身つけてる鎧はどれも軽装な物ばかりで胸以外装備していなかった。それぞれ剣や槍といった武器で武装し、徘徊している。見るからにドゥージー王国の兵士ではないことが一目でわかった。彼らには誇りと信念を持っている雰囲気があるが、彼らにはそんなものなどみじんも感じない。

木から降り、一度作戦を考えた。

今は一人で、できることは少ない。どうやって彼らを助けるか。

ある作戦が浮かんだが、正直無謀だ。だが、やるしかない。

俺はほほを叩き、気を引き締め、作戦を実行するために鉱山の入り口へと向かった。



「オラァ!行け!」

ボロボロの囚人服を身に付け、手枷と足枷をはめられているレッサーパンダの獣人に兵士が鞭を何度も体に打ち付ける。その獣人の体にはいくつもの生傷があり、立っていられるのもやっとなのに鉱石を積んだトロッコを無理矢理押している。

「もう、ダメだ」

獣人は崩れ落ちるようにその場に倒れた。

「怠けるな!」

兵士は鞭を捨て、腰に差している剣を抜こうと手を伸ばす。

「ガアッ!」

獣人が諦めた瞬間、目に映ったのは胸を刀で貫かれている兵士の姿だった。

刀を掴もうと手を伸ばしたが、すぐに引き抜かれ、首を切り落とされる。

兵士の後ろにいたのはローブを目深にかぶった獣人だ。

「大丈夫か?」

その獣人はレッサーパンダに駆け寄り、抱き上げる。

「水だ。飲むか?」

獣人は腰に下げている水筒を取り、レッサーパンダに与える。

「み、水!」

水筒を手に取り、ふたを開けて口に入れる。

こぼしながらも空になるまで飲み干した。

「ぷはー。助かりました。あなたは?」

「そんなことよりも、今は脱出する作戦を伝えるから聞いてくれ」

「そんな。作戦と言われましても、私、何もできませんよ?」

「大丈夫。簡単なことだから頼む」

「簡単なことならいいですけど・・・」

戸惑うレッサーパンダを無視し、獣人は説明しだす。

「鉱山の兵士を始末していく。その間にここにいる人たちと一緒に脱出する準備をしてくれ。準備ができたら俺が騒ぎを起こす。その隙に逃げてくれ」

「あなたはどうするんですか?」

「俺は足が速いから、隙を見て脱出するよ」

「大丈夫なんですか?」

「ああ、大丈夫だ」

顔はあまり見えなかったが、笑顔で答えたのがわかった。

「立てるか?」

「ええ、何とか」

獣人に支えながらもレッサーパンダは立ち上がった。

「ちょうどこの兵士鍵を持ってるし、ここに集まったやつらを解放してやってくれ」

さっき殺した兵士の腰に鍵の束がぶら下がっているのを見つけた獣人は、それを取り、レッサーパンダの手枷と足枷を外す。

久々に解放されて違和感があるのか、手枷のついていた所を撫でている。

「じゃあ、俺は鉱山の兵士を始末してくる。ここに来たあんたの仲間の枷を外してやってくれ」

「わかった。気を付けてな」

この鉱山は途中で3本の道に分かれている。1本ずつ制圧していき、中にいる囚人たちを解放していった。運良く兵士たちは油断している者ばかりで闇討ちに成功した。

そして、囚人達をレッサーパンダのところへ集めることに成功した。

レッサーパンダがみんなの枷を外している最中に、獣人は作戦を伝えた。

「みんな枷は外しな?」

獣人がそう聞くと、皆うなずき返す。

「よし。俺はこれから騒ぎを起こす。いいか、絶対振り返らず逃げるんだぞ」

「近くに町があるから、私が先導する」

レッサーパンダが言う。

「頼む」

「君こそ、我々を助けてくれて感謝する」

「まだ脱出してないだろ?そういうセリフは外で会った時にしてくれ」

「武運を祈る」

「そっちこそ」

獣人は刀を抜き、鉱山から出た。

「ん?誰だ、あいつ」

腹が出すぎてズボンを緩めてはいている豚の獣人が革の椅子に腰を掛け、鉱山の前にいる獣人の存在に初めに気付く。

獣人は空高く跳躍し、轟音を鳴らし、地面を盛り返しながら豚の前に降り立った。

突然の出来事に、周りにいた獣人が驚き、一気に注目が集まる。

「俺は、夜明けのアサシン ガナード・グウォーデン!お前ら全員、一人残らず討つ!」



町ではミールがポータルを開き、流れ作業のように町の人を誘導していた。

「はーい。このポータルの中へ入ってくださーい」

そこへイヌ族の娘がミールに聞いた。

「まだ、男の人達が帰ってきてないんですけど、どうなってるんですか?」

「後でちゃーんと助けに行きますから、今は避難してくださーい」

「あの人は?あのネコ族のお方はどこにいるんですか?」

ガナードの事を聞かれ、苛立ちを覚えたミールは眉間にしわを寄せる。怒りを抑えた低い声で言った。

「今は避難することを優先してください。その他の事はちゃんと処理しますので」

「せめて、あの人にお礼を言わせてください!」

「いいから!今すぐ!避難してください!」

「わ、わかりました」

ミールの怒鳴り声に怖気づき、娘はポータルへ向かった。

マジ―ルも含め、町の住民を避難させたことを確認したミールはポータルを閉じた。

「ミールさん」

「ん?」

後ろから声を掛けられ、振り返った。

そこにはマコトがいた。しかめた顔でミールを見つめる。

「何か文句でもあるの?」

「ありますよ。何ですか?さっきの態度」

「え?ああ、住民の誘導の事?さすがにまずかったよね、ごめん」

「それだけじゃありません!」

肩を怒らせ、ミールに近づき顔に指をさす。

「ガナードさんに対するあの態度は何ですか!?言い分を聞くつもりは全くないと言わんばかりの質問攻めと威圧的な態度!」

マコトが声を荒げながら言うが、ミールは顔色一つ変えず、淡々と返す。

「それは言いすぎじゃない?それに、あいつがちゃんと答えればこうはならなかったのよ?あいつが自分で招いた結果なの」

「うッ」

図星を付かれ、マコトは言葉を詰まらせる。

「終わり?私、眠いからもう行くね」

「まだ終わってはいません!」

この場を離れようとしたが、マコトの喝で怯み、この場にとどまる。

「今度は何?」

「あなたはガナードさんの事をスパイと言いましたが、あの人がスパイ活動している所を見たことでもあるんですか?」

「そりゃ・・・」

目を泳がせ、言葉を失う。

「ないんですね」

「けど、もしあいつを傍に置いたら私たちの身も危ないじゃない!」

「推測だけであなたは攻めていたんですよ!?それも、仲間に対して!」

「証拠だってあったじゃない!あいつの身分を出さないのも、頭にかかったプロテクトも、あいつがスパイだからこそやってるのよ!」

「それは証拠でも何でもありません!『決めつけ』です!」

「き、決めつけって・・・」

「そうです!決めつけです!勝手な決めつけで、あなたは人を追い詰めたんです!」

「うるさい!」

言い返す言葉もなく、出した言葉がそれだった。

「言い返したからって、マウント取ってくるんじゃないわよ!調子に乗るな!」

「なんですか?マウントって・・・そんなことをするために私は来たのではありません!」

「うるさい!話すな!黙って!」

マコトの言葉をだんだん理解し、取り返しのつかないことをしたのだと自覚し始めたミールは頭を抱え、背を向ける。

「わかりました。私はもうこの場を去ります。ただ、最後にこれだけは言わせてください」

「・・・」

顔を半分だけマコトに向ける。

「私とヴァルさんでガナードさんの後を追いかけます。もし、考えを改める気があるなら、追いかけてくることですね」

マコトは町の外に停めているローナゴのところへ向かった。

「あいつが悪いのよ・・・私が悪いことなんて、なにも・・・」

ぼそぼそと誰もいなくなった町でそう呟く。



「おおおおお!!」

俺は兵士の間を走り抜けながら刀で切りつけていく。

5人の間をすり抜けながら切っていったが、仕留めきれたのは3人だけだった。後の2人は深手を負って倒れただけだったが、治療されなければ時期に死ぬだろう。

「行け!相手は1人でこっちは50人もいるんだ!殺せ!」

俺が降り立った先にいた豚が指揮を執っている。

奴は盛り返した地面により転がっていき、運良く逃げられた。

豚の指揮により、兵士が俺の周りを囲うように立ちふさがる。

周囲を見渡し、どこから攻めてくるか分からない中、緊張を緩めず構える。

「ネッコー国の刺客がぁ!」

槍を構え、俺の背後から突撃してくる。

胸に収めてる短剣を抜き、兵士に向かって投げた。

回転しながら飛んでいき、肩に刺さる。

「これしき!」

兵士は臆することなく突撃していく。

怯むことを期待したが、それと反する行動になり俺は舌打ちを鳴らす。

「だったら」

俺は兵士に向かって正面からぶつかり合うような形で駆けだした。

「オラァ!」

兵士は槍を俺に向けて突き刺した。

穂を刀で受け流しながら距離を詰め、間合いに入ると同時に体を回転させ、回転の勢いと共に切り上げた。

刀は胸を切りつけ、血が大量に噴き出る。

「グッ!」

歯を食いしばりながら胸を抑え、仰向けに倒れる。

槍は手放され、無防備になったところに刀を突き立て、喉に突き刺した。

手ごたえを感じ、すぐに引き抜いた。

苦しみもだえる兵士は最後の抵抗をしようと、肩に刺さった短剣を抜こうとしたが、俺が引き抜いた。

俺の前に影ができるのが見えた。

ブォンと空を切りながら俺に斧が振り下ろされる。

横に跳び、回避に成功した。

斧は地面に刺さり、引き抜こうと腰に力を入れている。

その隙に兵士を殺そうと構えたが、矢が飛んできて切り払うことに専念してしまったため、攻撃が中止される。

集団で来てるだけあって、相手を攻めるのにも自分を守るのにも精一杯だ。一瞬の油断もできない。

「いいぞ!その調子で追い詰めろ!」

豚が後ろからヤジを入れる。

「次は避けるなよ」

斧を持った兵士が低く唸るような声で言うと、ゆっくり歩み寄りながら斧を構える。

「そらァ!」

後ろから空気が切る音が聞こえた。

逃げようと前に出たが、回避に間に合わず、背中を切りつけられる。

一瞬早く前に出たおかげで傷は浅く済んだが、激痛が全身を走る。

「イッ!」

俺は地に手を付け、四つん這いの姿勢になる。

「でかした!」

斧の兵士は露骨に笑みを浮かべ、斧を振り上げ走りだした。

あんな斧を食らったら、一溜りもない。

さらに、先程の兵士が俺を抑えようと手を伸ばす。

俺は地を蹴り、兵士にわかるほどのスピードで斧の兵士へ距離を詰める。

「死にに来たか?ハッ!面白れぇ!」

俺が兵士の間合いに入り、それを見極め兵士は斧を振り下ろした。

「どうだ」

土埃が舞い上がり、辺りが少し見えづらくなってる中、兵士は不気味に笑う。

「あ、あれ?」

振り下ろされた先に俺の死体がないことに気付いた兵士は、目を丸くし斧を見つめる。

俺は振り下ろされる直前に後ろに弧を描きながら跳びよけた。

土埃がいい目くらましになってくれたこともあり、周りの兵士も気付いていない。

そして、降り立った先には、俺を捕まえようとした兵士がいた。

「ムグ!」

兵士の顔に着陸し、兵士の口がふさがれる。

俺は兵士の顔を蹴り飛ばしつつ、斧の兵士へまた距離を詰める。

蹴られた兵士は後ろにいる兵士を巻き込みながら飛ばされる。

斧の兵士の間合いに再び入り、俺に気付く間もないまま胸を刀で貫かれる。

「い、いつの間に!?」

刀を引き抜き、兵士から離れる。

「何を手こずってる!?1人や2人じゃなく、10人で一気に攻めろ!」

豚の指揮により、今度は10人ぐらいの兵士が俺に仕掛けようと歩み寄る。

「おおおおお!」

一人が俺に切りかかる。

それを刀で受け止め、反撃に移ろうとしたが他の兵士が攻撃を仕掛け、受け止めるために短剣を使い、何もできず、ただ攻撃を受けるしかなかった。

歯を食いしばり、こらえるが力で圧倒され、地面に押し倒される。

「オラァ!」

剣を突き立て、俺の顔に向けて刺すが、頭を傾け攻撃を回避する。

「ほら、よけろよけろ!死んじまうぞ!」

何度も剣を突き刺し、それをよけているのを周りの兵士が面白半分にヤジを入れる。

その隙に、俺に仕掛けてきたもう一人の兵士が俺の両腕を抑える。

「ちゃんと当てろ!酒でも飲んできたのか?」

「うるせぇ!今トドメ刺すから見てろ!」

俺を抑えてる兵士の頭をどかし、喉元に剣先を付ける。

兵士をどかしたことにより、隙間が生まれた。

兵士は剣先で狙いをつけ、自身の顔の横まで引いた。

そして、兵士は剣を下ろすと同時に、俺は足を曲げ、地を蹴り、地面をこすりながら跳んだ。

腕を抑えてた兵士も釣られるように跳んだ。

「なにッ!?」

剣は腕を抑えていた兵士のうなじに突き刺さり、死んだ。

それにより腕を放し、自由に動かせるようになる。

俺は起き上がり、剣の兵士に跳びかかる。

兵士は何があったのか理解できず、動揺し、俺の事に一切気付いていない。

好機となった今、刀で喉を切りつける。

「ガ・・・ア・・・」

喉から出た血を手で止めようとしたが、指の隙間から血があふれながら倒れた。

残りの兵士を見て、俺はある考えが浮かんだ。

手に持っている短剣を収め、刀を両手で持ち、俺に向かおうとした兵士に全速力で走りかかる。

「は、速い!」

兵士達は全員俺を捉えることができず、一歩下がり警戒する。

だが、兵士たちが一歩下がっている間に俺は兵士たちの目前に立つ。

「この野郎!」

兵士は手に持っている剣を振り下ろしたが、虚しく空を切るだけだった。

俺が攻撃を行ったのはその隣にいた兵士だ。

隣の兵士の後ろに回り込み、背中を切りつける。

「い、いでええぇ!」

叫びながら四つん這いになる。

傷は意外にも深く入った。

「おらぁ!」

先程攻撃を外した兵士が再び攻撃を仕掛ける。

俺は受け止めることはせず、それをまた回避し、足を軽く切りつける。

「ウッ!」

攻撃を受けた兵士は片膝をつき、跪く姿勢になる。

その姿勢のまま薙ぎ払うように剣を振るが、それを回避し、頭をたたき割る様に刀で切る。

それが致命傷となったのか、刀に沿って行きながら力なく倒れる。

四つん這いになっている兵士は武器を握り、それを杖にして立とうとしたが首に蹴りを入れられた。

骨がずれる音が足に伝わる。

兵士2人を殺し終え、次に俺は残りの6人に向けて走り出した。

6人の間をすり抜けつつ刀で足や腕を切りつけ、切り落とすことをした。

「ギャァァァァァ!」

攻撃を受けた個所を抑え、叫び声を上げる。

傷の浅かった兵士は歯を食いしばり、俺の過ぎ去った跡を目で追うが、追った先にいたのは取り囲んでいる兵士だった。

その時、俺は傷の浅かった一人の兵士の後ろに立ち、そして何度も刀で突き刺した。

動ける兵士は俺を攻撃しようと動くが、俺は攻撃を仕掛けられる前に走り出し、横から胸に跳び蹴りを入れた。

足がめり込み、肋骨が折れる音が足に響く。

兵士を踏み台にするように蹴り飛ばしながら、深手を負った兵士に飛び付く。

付かれた兵士にまたがり刃を下に向け振り上げる。

「や、やめろ!死にたくない!」

顔を振り、命乞いをし始めた。

それを聞き入れることなく、俺は刀を喉元に突き刺す。

手ごたえを感じるとすぐに引き抜いた。

俺は立ち上がり、刀についた血を振り払う。

残りの傷ついた兵士に走り出し、喉を切りつけ、胸を刺し、頭を蹴り砕き、トドメを刺した。

ほんの一瞬で起きたその光景を見た周りの兵士は怖気づき、誰も前に出なくなった。

「くそ、どうすればいいんだ・・・」

豚が頭に片手を置き、考える。

すると、あることに豚が気付く。

「おい!脱走してるじゃぁねえか!」

豚の向けた目線の先には、俺が脱走させようとした囚人達がいた。

囚人達は脇目も降らずに走っている。

「弓兵!あいつらを射抜け!」

「なに!?」

俺は囚人達の方へ振り向く。

その間にも弓兵達が囚人に狙いを定める。

「やめろー!」

俺は地を蹴り、跳躍し、囚人達の横についた。

「な、なんであなたがここに?」

囚人達が困惑し、俺に注目する。

「いいから逃げろ!」

だが、囚人たちの足は止まったままだった。

弓兵が矢を放つ。

刀を構え、迎え撃つ準備をする。

矢は3本。目で大まかにとらえられる速さだった。

俺は走り、それぞれ違う方向に放たれてゆく矢を切り払ってゆく。

「速く逃げろ!」

顔にしわを寄せ、剣幕を張りながら叫ぶ。

それにハッとなった囚人達は再び逃げ出す。

「そうか。なるほどな」

豚は近くにあった槍を手に持ち、囚人に向けて投げた。

それを切り払い、槍を飛ばした。

「やっぱりだ!おい、あの囚人共を攻撃しろ!」

豚はにんまりと笑い、囚人に指さしながら指揮した。

兵士は武器を構え、囚人を追いかけ始める。

俺は兵士を止めようと駆け出し、兵士の間を走り抜けながら足を切りつける。

「弓兵!囚人に向かって撃ちまくれ!」

「しまった!」

俺は囚人達の所に戻ろうとしたが、矢のほうが速くつきそうだ。

「クソォ!」

矢よりも先に囚人達のところにつき、刀を構える。

「グッ!」

3本の内、2本は弾くことができたが最後の1本が左の腕に突き刺さる。

「大丈夫ですか?」

1人の囚人が俺に声をかける。

「俺の事はいいからいけ!」

囚人は何度も振り返りながらも逃げだす。

叫びながら腕に刺さった矢を引き抜く。

血を流しながらも向かってくる兵士に構える。

切りつけた兵士はみんな傷が浅く、まだ走れるほどの力が残っていた。

つまり、まだ40人近くはいて、尚且つ囚人を守らなくてはいけない。

1人で。

そんな考えが頭をよぎった瞬間、挫けそうになった。

でも、それができるのは自分だけと言い聞かせた。

正面から兵士が向かってくる。

もう一度、兵士たちの間を潜り抜けつつ攻撃しようとしたが、それを警戒したのか隙間が殆どない。

ならば、周りの兵士から切り崩すしかないと思い、足に力を入れ駆け出す準備をする。

「撃てー!」

豚が右手を前に出しいった。

そして、矢が3本俺にではなく囚人に向かって放たれる。

「またか!」

囚人達のところまで走り、払い落そうとする。

だが、今度来た矢は一ヶ所に集中的なものではなく、散開していた。

俺は冷静に左から順番に切り払うが、最後の1本だけは離れてる上に囚人に刺さろうとしていた。

切り払う余裕はない。

俺は囚人を突き飛ばし、矢の身代わりになった。

矢は左の肩甲骨に刺ささり、激痛が走り、その場に座り込む。

突き飛ばされた囚人は前のめりに飛ばされたが、何事もないように起き上がり振り返った。

「そんな!だいじょ―」

「行けぇ!!」

倒れている俺に心配する囚人言葉を遮るように叫ぶ。

「ですが―」

「速く行けってのが聞こえねぇのか!!」

痛みのあまり、ものすごい剣幕で囚人に怒鳴りつける。

それを見た囚人は振り返ることなく逃げ出す。

俺は顔半分を後ろに向け、兵士を確認する。

すぐそこまで来て、矢を引き抜く余裕などなさそうだ。

俺は立ち上がり、刀を構える。

「追いついたぞ!ゴラァ!」

ヤクザの様な怒号を上げながら兵士が切りかかってくる。

俺はそれを刀で受け止めるが、肩甲骨に刺さっている矢が食い込み、力が抜けていく。

そこに、ガツンと後頭部をなにか固いもので殴られる。

俺の後ろにいつの間にか兵士が回り込み、アイアンメイスで俺の後頭部を殴りつけた。

一瞬にして意識が遠のき、目の前が揺らぎ、刀が手放され、崩れ落ちるように倒れたが、俺に切りかかった兵士が腕を掴み、軽々と持ち上げる。

「よくもやってくれたなぁ!」

俺の顔に右フックを入れる。

「おら!おら!おらぁ!」

次に腹部にストレートを何回もいれ、胃液が口から漏れ出す。

「次は俺だ!よくも足を切ってくれてなぁ!おい!」

先程足を切りつけられた兵士がナイフを片手に持ち、俺の左太腿にナイフを突き刺した。

目の前に火花が散り、頭に電撃が走り、意識が戻っていく。

「ちゃんと掴んでろよ!この程度で済まさないからな!」

「おい、これ使え!」

アイアンメイスを手渡し、それを手に取る。

「サンキュー!じゃ、景気づけに、ドーン!」

両手で持ち、俺の顔にフルスイングする。

歯が数本口から飛んでいき、骨の砕ける音が響き、顔半分の感覚がなくなる。

また意識が遠のいていく。

それを見た周りの兵士は歓声を上げる。

「まだ死ぬなよ!」

次は胸に向けてアイアンメイスを振りかぶる。

肋骨が折れ、肺が圧迫し、喉が詰まり、呼吸ができなくなる。

「次は腕だ!こいつを下ろせ!」

腕を放し、俺を地面に押さえつけ、右手を出される。

「砕けろ!」

空を切る音を上げながら勢いをつけ振り下ろす。

右腕がくの字に曲がり、血が噴き出る。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

痛みのあまり、意識がまた戻り、喉に詰まっていた空気と一緒に叫び声が出る。

「まだ死なねぇのか。丈夫だな、こいつ」

「その辺にしろ!」

肩で息をしながら豚が来る。

「お前らは脱走した奴らを追え!そいつを殺したらライオネルの居場所を聞けなくなるだろ!」

邪魔をされて気に食わなくなり、舌打ちや地面を蹴るものがいた。

「命拾いしたな」

俺の体に痰を吐き、兵士たちは囚人達を追いかけ始めた。

ぼやけてはいたが、その光景を見ることができた。

兵士達に追いつかれ地面に押さえつけられる者、何度も殴られ倒れる者、頭を下げて許しを請い無残に痛めつけられる者、その光景はあまりにも悲惨だった。

町まで誘導しようとしたレッサーパンダの獣人は夫婦だったのかな?妻は彼を待っていたのだろうな。待っている人たちがいる。

(俺には・・・いない。あっちの世界でもこっちの世界でも)

ミールの言葉が浮かび出る。

(こいつがスパイの可能性があるからよ・・・帝国に情報を流すため・・・)

「スパイか・・・」

俺は左手で刀を掴み、それを杖にして立ち上がる。

左太腿にナイフが刺さって力が出ないため、右足を軸にして立っている。

腕や腿、口から血がドバドバ流れ、地面を潤しながら水たまりを作っている。

「ウソだろ!立ってるぞ!」

豚が驚く。

「最後くらい、人の役に立って死んでやる!」

右足に力を入れ、兵士に向かって跳んだ。

兵士は囚人を捕まえることに集中してるうえ、俺が攻撃してこないと油断していると思ってるおかげで隙だらけだった。

兵士の肩に刀を突き刺す。

「グッ!こいつ!まだ動けるのか!」

俺は刀を手放し、胸の短剣を取り出しながらのしかかる。

そして、短剣を兵士の喉に刺し、引き裂いた。

兵士は俺の頭を掴み、虚しい抵抗しながら死んだ。

短剣を持ちながら刀に手を伸ばし、立ち上がる。

兵士達が俺の存在に気付く。

「こいつ。まだ動けるのか」

「ライオネルの居場所とか関係ねぇ、やっちまえ!」

武器を構え、俺に向かって駆け出す。

囚人達はその間にも逃げ出す。

「来いよ。死に際の人間の力、思い知らせてやる!」



ヴァルとマコトはローナゴに乗り、ヴァルの嗅覚を使い、俺の後を追いかけていた。

「方向は間違いないんですか?」

マコトが聞く。

「あってるけど、血の匂いも混じっているから不安でしょうがないの」

「血ですか・・・」

マコトとヴァルは最悪の事態を考えていた。

自身の武器を使って自殺をしていると。

マコトは一度後ろを振り返る。

振り返った先には一面の闇、気配の全くない漆黒の闇。

「どうしたの?」

ヴァルが聞く。

「いえ、後ろが気になっただけです」

(あの人はとことん薄情だ)

ミールの事を思い出し、虫唾が体を走り、それを止めようと下唇を噛む。

そんな中、マコトとヴァルの正面から誰かが走ってくるのが見えた。

「こんな夜更けに人?」

「聞いてみようよ」

「ですね」

2人そこへ向かった。

近くで見ると、その人たちはボロボロの囚人服を着ていた。

「こんな夜更けにどうしたんですか?」

2人はその人達の横にローナゴを付け聞いた。

「い、イヌ族だ!」

「あの人を助けてやってくれ!」

「あの人?」

「もしかして!」

自身が想像しているよりも最悪な展開が待っているのかもしれないと思った瞬間、2人に悪寒が走る。

「その人って、ネコ族でしたか!?」

マコトが血相を変えて聞く。

「ああ、ネコ族だ!1人で戦っているから加勢してくれ!あれじゃあ、死んじまう!」

「そんな、ガナードさん!」

「死なないでね!」

2人は手綱を何度もうち、ローナゴに催促する。



あの後、どれだけ攻撃を受けたかわからない。

体中を切りつけられ、内臓を貫通しながらも武器で貫かれ、何本の矢に刺され、何度地面に叩き伏せられたかもわからなかったが、俺は再び立ち上がり、兵士を殺していく。

なぜこんな攻撃を受けてるのにもかかわらず、生きているのかが不思議だったが、他にも不思議なことが起きた。

俺が刀を振れば、斬撃の気を乗せた衝撃波が生まれ、それが飛んでいくようになった。

兵士一人に深手のダメージを終えるくらいだが、歩くのもままならなくなった今となっては貴重な攻撃方法だった。

「こいつ!なんで死なないんだよ!なんでパワーアップするんだよ!」

先程の威勢がなくなるほど、兵士達みんな怯える。

俺の足元には兵士の亡骸が重なるようにあり、周りは血の池と化していた。

見える範囲で言えば、兵士はあと数人しかいない。

俺は刀を振り下ろし、空を切った。その切った先にいた兵士は斬撃の衝撃波で胸の鎧が真っ二つになり、胸に深い切り傷を刻まれながらも体が吹っ飛んだ。

「ば、バケモノを相手にしたくない!死ぬのはイヤだ!」

兵士の一人が武器を投げ捨て、逃げ出そうとした瞬間、頭を矢で射抜かれた。

「駒が逃げるな」

豚の手にはクロスボウが構えられ、それで兵士を射抜いたようだ。

「さあ、あの死にかけを倒して終わらせるか、それとも逃げ出して俺に殺されるか。どっちにするんだ?」

豚の脅しともいえる問いに、兵士たちはお互いの顔を見つめ、震えながらも武器を構えて俺に突撃してくる。

剣や槍で俺の体を貫くが、それでも俺は死なずに耐えつつも刀を振りかぶり、兵士たちを斬撃の衝撃波で致命傷を与えてく。

最後の兵士達だったらしい、この場に残ったのは俺と豚しかいなかった。

夜空が明るくなり、日が昇りだす。

「お前が、夜明けのアサシン ガナード・グウォーデン」

豚が呆気にとられ、思い出したかのように言った。

そういえば、そう言ってたな。俺。

突然、全身の力が抜けだし、刀を地面に突き刺し体を支える。

「は、ハハハハハ!そうか!そうだよなぁ!」

豚が突然笑い出す。

「おまえ、結構『血』を流したよな?それだけ流せばだれだって死ぬよな!?」

豚は腹を抱え、自身は勝利するという歓喜で頭がいっぱいになる。

「でも、俺は優しいからトドメをさしてやる」

クロスボウに矢を込め、頭に狙いを定める。

「あばよ。バケモノ」

引き金を引き、俺に矢が飛んでくる。

避ける力もない。もう、素直に受け入れるしかない。

そう諦めた瞬間、俺の目の前にポータルが開く。

「ちょっと!」

ポータルから聞き覚えのある声が聞こえた。

「魔術!?誰だ!」

「いきなり矢を撃ってくる奴にも、敵にも名乗る名前はない!」

呪文を唱えながらポータルから出てくる。

豚はその間に矢を込め、狙いを定め、引き金を引こうとしたが一瞬遅かった。

「グレイブニードル!」

杖を地面にコンと突くと、豚の後ろから岩でできたハリが豚の大きな腹を貫く。

豚は断末魔を上げながら力尽き果てた。

ポータルが閉じ、新しく来た者が見えるようになった。

そこにいたのは、ミールだった。

「ちょっと、大丈夫なの?こんなに暴れちゃ―」

振り返りながら言っていたが、俺の姿をみたミールは言葉を失い、硬直する。

「な、なんなのその怪我!?生きてるの!?」

俺はゆっくりとミールに顔を向ける。

「じっとしてなさい。私だって、回復魔法をできるんだから」

ミールは呪文を唱え始める。

その一方で、俺はある事に気付く。

豚が、『まだ』生きている。

豚はクロスボウで狙いを定めている。

最後の力を振り絞り、ミールに飛び付く。

「え?なに、急に抱き着いてきて」

そして、左腕に力を集中し、全力で引いた。

ドスッ

俺の心臓にクロスボウの矢が刺さった。

「いきなり引っ張るって、何なの!?まだ怒ってるわけ!?」

引っ張られたミールは血の池に投げ飛ばされ、不機嫌になる。

膝を地に付け、ゆっくりと後ろに倒れた。

「へへ、やっとくたばりやがった。ざまぁないぜ、バケモノがよ」

豚はそう言い残し、死んだ。

「ガナード!」

ミールは俺の心臓に矢が刺さった事、身代わりになってくれた事に気付く。

「ミ・・・ル・・・」

最後に言い残したいことがある。

そう思った俺は今にも消えかかりそうな声を上げる。

「なに?何か言いたいことでもあるの?」

俺の口に耳を近づけた。

「み・・・る・・・ごめ・・・ん・・・」

「ごめんって。なんであんたが謝るのよ!これじゃあ、私、わたし・・・」

意識が遠くなっていく。

目の光が失っていく。

「ウソでしょ!ガナード!ガナード!」

何度もミールは俺を呼ぶ。だが、それは虚しく荒野に響き、誰の耳に入ることはなかった


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