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暗殺決行 狙うべき相手

一夜明けた。

少し落ち着いた俺は今いる場所と、自分の体の事を調べ始めた。

俺が転生した場所は礼拝堂のような場所で、中に大きいドラゴンの獣人が大きく翼を広げ剣を地面に突き刺し、まるで祈っているような像があった。所々苔が生えていてかなり放置されていると思われる。

今いる場所は元々港町のような場所だった。

町にある民家や市場の建物はきれいにそのまま残っているが、中は埃がかぶっている家具でいっぱいだった。

港はボロボロで船はおろか係留場もない。

これで町は一通り見て回った。

俺は町から出るついでに自分の足の速さを確かめるために、町から少し離れている木に向かって走ることにした。

ミールが速さの目安としてヴァルに矢を木に向かって撃つようにとお願いした。

「準備はいい?」

ヴァルが矢を手に取り、弓に通した。

「大丈夫だ」

俺は刀と短剣を身に着けたままクラウチングスタートの構えをした。

どちらが速かったか見てもらうため、ゴール地点の木にはミールが立っている。

「マコト。スタートの合図を頼む」

「分かりました」

マコトは二人の横に立った。

「レディ・・・」

マコトがそういうと、俺は腰を上げ、ヴァルは矢を引いて狙いを定めた。

「ゴー!」

マコトの合図に合わせ、俺は走り出し、ヴァルは矢を放った。

無我夢中で走り出し、木に近づいてる。

だが、あまりにも速く走ろうと意識しすぎたせいでブレーキを意識するのを忘れた。

俺は木にタッチしゴールをしたが、止まることができず木の横を通り過ぎた。

足に力を入れ、やっとのことで止まることができた。

「どうだった?」

少し乱れた呼吸を整えながらミールに聞いた。

「すごい。矢に負けないくらいの速さ」

「そんなに速いのか?」

目を丸くし見ているミールに歩み寄りながら聞いた。

「すごいよ!ヴァルの弓に触ればわかるよ」

俺は首をかしげ、ミールと一緒にヴァルとマコトのいるところへ向かった。

「ヴァル。ちょっと弓貸してくれないか?」

「いいよー」

ヴァルはニコニコしながら俺に弓を手渡しした。

俺は弦を引こうとした。

「ん!?」

弦を引こうとしたが、張りが強くなかなか曲がらない。

さらに力を込めて引こうとしたが、それでも曲がらない。

まるで鉄のようだ。

「私の弓すごいでしょー?」

「ああ。全然引けない」

俺は弓を返し、弦でいたくなった指と指をこすり合わせ痛みを抑えた。

「大人の男なら軽く吹っ飛ばせるくらいの威力を出せるよ」

「マジ?弓でそれぐらいの威力を出せるのか・・・」

「すごいっていた理由分かったでしょう?」

ミールの言葉に俺はうなずき返した。

「それで、どっちが速かったんですか?」

マコトが首を傾げ聞いた。

「矢が先に着いたけど、負けず劣らずのような感じね」

「すごいじゃなーい!」

ヴァルが背中をドンと強くたたいた。

その強さに俺は思わずよろめいた。

「そうだ・・・」

俺は昨夜起きたことを思い出した。

「ちょっと待っててくれ」

矢の回収をするついでに俺は先程の木の前に向かった。

クマの体と同じくらい太い木に矢は根元まで刺さり、引っこ抜くことはできなさそうだ。

「やってみるか!」

昨夜、俺が神父に蹴りを入れたら大げさと言わんばかりにも吹っ飛んだため、威力の確認するために来た。

そして、俺は矢に向かってドロップキックをした。

「おッ!」

矢は勢いよく飛んで行ってすぐ見えなくなったが、片足が木の中に埋もれてしまった。

中々抜けずに苦戦していると、ミール達が駆け寄ってきた。

「なにやってるの!?」

ヴァルが俺の両脇の下に手を通し、羽交い絞めのようにしてひっぱった。

体が半分に引きちぎられんばかりに引っ張られたが、何とか木から抜け出せた。

「助かった。ありがとう」

埋まっていた足を回し、慣らしながら言った。

「昨日、蹴りをかましたら壁に埋まるくらいの威力を出せたから気になって」

「だからって、いきなりやるのは驚きますって」

マコト達は俺が蹴った木に目を向けた。

俺の蹴ったところにはぽっかり穴が開いていて向こう側の景色が見える。

「そうだ」

俺はミールの前に立った。

「何?まだなんかあるの?」

「昨日の村へ行けるかなって」

「行けるけど、何か用事あるの?」

「みんな何してるか気になっただけ」

「ふーん。ま、いいけど。いつ行くの?」

「今じゃあダメかな?」

「唐突ね。ま、いいけど」

ミールは俺に背を向け、少し離れたところで転送の呪文を唱え始めた。

「どんな村なの?」

ヴァルが聞いてきた。

「すごく貧しい村だった」

目の前に広がる草原が村の周りの荒れ地に見えた。

それと同時にあの神父の顔と兵士の向かってくる姿が見え、俺は頭を振り正気を保たせた。

「何してるの?」

開いたポータルを背にミールが言った。

「長く開けないから早く入りましょ」


ポータルへ入った後、昨日の森へ着いた。

俺たちは森を抜け、村の前までについた。

それと同時に、ある違和感に気づいた。

「なんか、クサイな」

鼻を刺すような悪臭が村に広がっていた。

鼻を摘み、口で呼吸をしながら村の中央へと向かった。

中央へ着くと、昨日会った羊の村長がいた。

モップと水が入ったバケツを村人に配っていた。

その様子を見ていると、ひとりの村人が俺らの存在に気づいた。

「村長!村長!」

村人の呼びかけに村長は顔を上げ、周りの村人も一斉に振り向いた。

「おお!あなたは!」

村長は手に持っている道具を捨て、俺に駆け寄ってきた。

それと同時に他の村人も駆け寄ってきた。

「よくぞ戻ってきてくれました!旅人様!」

俺の服を掴み、今にも泣きだしそうな顔で見つめてきた。

他の村人も俺に群がってきてミール達は離された。

「お願いします!助けてください!」

「あなたが頼りです!お願いします!」

村人が服を引っ張ったり、押し寄せてきて俺はバランスを崩してしまい倒れてしまった。

「旅人様をわしの家へ運べー!」

村長がそういうと、村人達は俺を担ぎ奥へと進んだ。

あまりにも突然の出来事だったがために、ミール達はただ茫然としていた。

「すごい元気だったね」

ヴァルが呑気に言った。


「そーれ!」

村長の家に俺を投げ入れた。

上手く着地することができず、顔から着地し鼻を痛めた。

「いったー」

鼻を抑え、フンフンと鼻息を出し無事を確かめた。

「無礼をしてしまい、申し訳ありません」

村長が家に入り、扉を閉めた。

「お話があるので、奥へ行きましょう」

村長はそう言い、家の奥へ向かった。

俺は立ち上がり、村長の後へ続いた。

そこそこ大きい家だが、家具は最低限の者しか見当たらなく、絵や花を挿してる花瓶などの物は一切見あたらなかった。

奥の部屋へ着いた。

応接室のようだが、あったのは少しまともな椅子とテーブル、照明用のランプがつるされているだけの部屋だった。

「さあ、何もありませんがどうぞ」

村長が椅子を引いた。

俺はそれに腰を掛け、その向かいに村長が座った。

「では、先程言った話の事ですが」

「助けてくれーって聞こえたけど、まだ何か困っていることがあるのか?」

「ええ」

村長は頷いた。

「実は、『まだ』いるんです」

「まだ?神父が?」

「正確に言えば、他の村にいるのですが」

「何かまずいことが起きるのか?」

「下手をすれば起きかねます」

「あぁ・・・」

俺は頭を抱え、昨夜やったことを後悔した。

まさか村人を救ったつもりが、別の危機を招くようなことになるとは。

「いえ、そう頭を抱えなくていいんですよ」

両手を前に出し、俺をなだめた。

「我々もギリギリでまいっていた所だったのです。あなた様が救っていたことには変わりないのですよ」

「そう・・・なのか?」

「ええ、そうです」

笑顔で答えてくれた。

「現に、あの剣さばきといったら凄かったですし、見ず知らずの子供のためにあんなに怒ってくれたのも、我々村人一同感謝しています」

「いや、あれは、その・・・」

怒ったといえば怒ったが、なんていえばいいのか分からずテーブルの上に手を置き、指でトントンと音を鳴らし誤魔化した。

「ですので」

村長はテーブルの上にあった手を握った。

「もう一度、我々を助けてくれますか?」

うるうるとした目で俺を見つめ、握った手をさすりながら言った。

無理とは言えないし、こんなことになったのも俺もかかわっているし・・・

「わかった」

「助けてくれるのですか!?」

身を乗り出して聞いてくる村長に、俺は頷いて答えた。

「ありがとうございます!あなた様はこの村の救世主様です!」

テーブルの上に乗り出し、俺の手を頬擦りし始めた。

男の、ましてや爺さんに手を頬擦りされていることを考えないように思考を停止しようとしたとき、村長の話を思い出した。

「そういえば、助けるっていったけど具体的に何をすればいいんだ?」

「え?ああ!そうでした!私としたことがついうっかり」

頬擦りをやめ、テーブルから降り椅子に座った。

「まず、この村を含め3つの村があり、それぞれの村に神父が駐在し、月に一度集会を開き情報交換をするのです」

「そうか。その集会でこの村の神父がいないってなるとまずいことになるってわけか」

「その通りです」

「最悪、どんなことが起きる?」

「この村だけでなく、全部の村を焼き払い一人残らず殺すと言われました」

「脅迫・・・で済まないか。やりかねないもんな」

「ええ。あの神父はやりかねませんね」

「で、俺がやることは残りの神父を殺せってことか?」

「それと、兵士もいますのでお願いできますか?」

「何人くらいいるんだ?」

「たしか・・・昨日のを引けば約20人になりますかね」

「結構いるな」

「お願いできますか?」

「こうなった原因が俺なんだから、断るわけにはいかないな」

「ありがとうございます!やっぱり救世主で―」

「言葉だけで十分です」

また頬擦りをしようとしてきたのをとめた。

「とりあえず、外に仲間がいるし、心配していると思うから一度呼んでくる」

「わかりました。その間お茶を用意しますので」

「お茶は結構です」

そう言い、俺は席を立ち玄関にまで向かった。

玄関の前に来ると村人のざわめき声が聞こえてくる。

ドアを開けるとミール達の姿と大勢の村人が目に入った。

「「「ガナード!!」」」

「だいじょうぶ?ケガとか変な事されてない?」

ミールが俺の体のあちこちを触り調べ始めた。

「いったい何があったんですか?あなたに何かあったら一大事なんですよ!」

マコトが俺のズボンの裾を引っ張りながら言った。

「すごく元気な村人達だけど、お祭りの相談でもしてたの?」

ニコニコしながらヴァルが言った。

「怪我もないし、何もないし、お祭りもない。大丈夫だって」

「ホントに!?本当に大丈夫なの!?」

ミールが胸倉を掴み顔を引き寄せ、目を大きく開きながら怒鳴り散らすように聞いた。

「大丈夫!本当に何もなかった!」

ミールの手を掴み、手をほどきながら言った。

「それより、皆と話があるから来てくれ」

俺は家の奥へ行き、ミール達はそれに続いた。

部屋へ着くと村長がお茶を並べていた。

「お待ちしておりました。救世主様」

「「「救世主様?」」」

白い目で向けられているのが伝わってくる。

「まあ、それもこれから話すから」

そして、神父の事やこの村の危機の事を話し終えた。

「なるほど。で、次の集会はいつなの?」

「次の集会は明日の夜になりますね。ですので、明日の朝に献納品を納めに出発します」

「それに付いて行く形で我々も出発しましょう」

「あなた方も付いて来てくれるのですか?」

「全然いいよー」

「我々を助けてくれるのですか?」

「私たちに任せてー」

「ありがとうございます!」

「おっと」

俺はテーブルの下に隠れた。

それを見たミールとマコトは首を傾げた。

「あなた方はこの村の救世主です!」

「ワッ!」

最初の犠牲者はマコトだった。

マコトは歯を食いしばり村長の頬擦りに耐えていた。

「イヌ族の僧侶様も!ネコ族の魔女様も!」

「いやッ!」

次にミールに抱き着き頬擦りをし始めた。

ミールは腕を村長の首元までに伸ばし、爪を出した。

「次は私もー」

「クマ族のお方も!」

ヴァルが村長を軽々と持ち上げ、自ら頬擦りし始めた。

「このやり取り、あと何回やればいいんだよ」

俺はテーブルから出てきてヴァルと村長が頬擦りしているのを眺めた。

「あんた。これを知ってて隠れたのね!」

爪が出ている手を俺に伸ばした。

「またやると思わなかったんだ!」

「だとしても何かしら言いなさいよ!」

「まあまあ。みんな味わったことだし、この辺にしましょう」

マコトが間に入りミールをなだめてくれた。

「もう!」

ミールは爪を戻し、頬擦りしている村長とヴァルへ顔を向けた。

「とりあえず、明日の朝に行くっていうならこの村に泊まるから!」

「え?ああ、はいはい。構いませんよ。宿も用意しますので」

村長がヴァルから離れながら言った。

「ちょうど空いた家があるので、案内します」

皆で家を出ると村人がまだ家の前にいた。

「これ!まだ掃除が終わっていないではないか!臭い村だと思われていいのか!」

村長が怒鳴ると村人は慌てて散っていった。

「まったく。ささ、こちらです」

村長が歩き出し、その後に続いた。

「そういえば、昨日はこんな匂いはなかったと思うんだけど、何かあったのか?」

「この匂いですか?いやはや、お恥ずかしいのですが、この匂いは肥溜めの匂いです」

「肥溜め?」

「ええ。昨晩のあのババアやったのです」

「ババアって、サルのあいつか?」

「今朝起きたことです。昨晩の事に腹の虫が治まらなかったのか、肥溜めいっぱいのバケツを持ち出し、村中にばらまいたんです。途中とめたのですが、歳に似合わずすばしっこくて村から逃げられました」

「なるほど」

「さて、着きました」

村長が案内したのは教会だった。

村にある家と比べると2回り大きい教会だった。

「ここしかありませんが、お気に召したでしょうか?」

「まあ、一晩だけだし。俺は問題ないけど、どう?」

「私は構わないよ」

「問題ないです」

「いいよー」

「助かります。では、私もそろそろ掃除に戻りますので」

「手伝おうか?」

「いえいえ。救世主様達は明日に備えて早くお休みになってください。もうすぐ終わりますので」

「だってさ。はやいとこ入りましょ」

ミールが真っ先に教会に入っていった。

「では、私はこれで」

村長はそう言い残し、俺たちの前から去っていった。

俺が見送っているうちに、みんな教会の中に入っていた。

俺もその後に続き入っていった。

中はまあまあ広く、いかにも協会だと言わんばかりの内装だった。

ミール達は荷をほどき、思い思いの過ごし方してる。

ミールは杖を置き、本を読んでいる。

マコトは座禅を組み落ち着いている。

ヴァルは弓矢の手入れをし始めた。

なじむの早いなと思いながら俺は教会の奥へ行き祭壇の所へ向かった。

祭壇の前には聖書らしき本が一冊置いてあった。

革でできた表紙には、翼の生えた人間が腕を組んで空から君臨しているような絵が描いてる。

内容を確認しようと聖書を開いた瞬間、無数の手が生えてくるように出てきて俺の顔を掴んだ。

「なんだ!?」

手は本の中へ引きずり込もうと引っ張っている。

「ちょっと!何してるの!」

真っ先に気づいたミールは呪文を唱え始めた。

引き込まれないように聖書と格闘しているとマコトとヴァルも加勢した。

マコトは聖書にしがみつき引きはがそうとし、ヴァルは俺の顔を掴んでいる手を引きはがしていた。

「離れて!」

ミールが叫ぶとマコトは聖書から離れた。

「ファイアーボール!」

ミールが手から炎の球を出し、聖書に直撃させた。

聖書から悲鳴のような声が響き、手とともに燃えて散った。

あまりの唐突なことに理解が追い付けず、俺は息を荒くしてヴァルにもたれかかった。

「だいじょうぶ?」

ヴァルが肩をさすりなだめた。

「とりあえず、この教会にある物は触れないようにしよう」

呼吸を落ち着かせながら言い、みんな頷き返した。

俺がこれから暗殺しようとする相手は何者なんだと恐怖を覚えながら焼け焦げた聖書を見つめた。



そして、次の日の朝。

集会へ向かおうと荷造りしている村人に合流した。

「おはようございます。英雄様」

俺に気づくと荷車に荷物を積む手を止め、笑顔で村人が挨拶してくれた。

「おはようございます」

こっちの世界に来てから3日経つが、笑顔の挨拶に馴染めず、不愛想に挨拶を返してしまった。

「そんな顔じゃあ失礼だよ?笑顔、笑顔」

ヴァルが後ろから手を伸ばし、俺の口に指を突っ込み横に引っ張った。

「イデデデデデデデデ!」

ヴァルの馬鹿力で口を引き裂かれんとばかりに引っ張られ激痛が走る。

俺はヴァルの手を離そうと掴み引きはがそうとしたが力の差がありすぎてピクリとも動かなかった。

「口広がるからその辺にしといたら?」

ミールが俺の横を通りながら言った。

「はーい」

やっと俺の口からヴァルの指が離れた。

「大丈夫?お兄ちゃん」

口を動かし、痛みを和らげていると女の子の声が聞こえた。

声が聞こえた方に顔を向けると、そこにいたのはシカの獣人だ。

「きみは、昨日の子?」

獣人の顔はいまだに顔の認識が分かりずらい。

俺が聞くと女の子はうんとうなずき返した。

「昨日はありがとう」

「お礼はいいよ。それより、体は大丈夫?」

片膝立ちをし、目線を低くした。

「うん。お兄ちゃんが助けてくれたから大丈夫だよ」

口角を上げ精一杯の笑顔で答えてくれた。

「そうか。お兄ちゃん、応援してるからな」

子供なのに親を失い、虐待もされていたことを思うとこの笑顔も無理はないと思う。

やるせない思いが頭の中をまとわりつく中、女の子の後ろに誰かいることに気が付いた。

顔を上げると大人の獣人のシカが2人いた。

オスの手には野菜と言った食べ物が入ってるかごを持っていた。

「どうも」

俺は立ち上がり、会釈であいさつした。

オスのシカが戸惑いながら会釈で返し、メスのシカも後に続いて会釈した。

「これをあなたに」

そういうと、オスのシカが手に持っているかごを渡した。

それを黙って受け取った。

「あの、これは?」

「あなたに勇気づけられたお礼です。受け取ってください」

「勇気づけられた?」

「はい。あなたが怒り、たった一人で子供を守ろうとした姿に、かつてこの子を守ろうとしたことを思い出したのです」

「それで、今朝この子を自分の子供にしようと決心したんです」

メスのシカが女の子の肩に手を置いた。

「養子にするってこと?」

俺がそう聞くと2人ははいと答えた。

唐突に決められたことに女の子は戸惑いを隠せず、2人の獣人の顔を見た。

「そうか。じゃあ、これはいらない」

俺は手に持っているかごをオスのシカに返した。

「せめてものお礼です!受け取ってください!」

かごをまた渡そうとしたが、俺は顔を横に振った。

「この子に食べさせてあげてください。せっかく養子にしたのに、おなかが減ったって苦しんでいたら後悔するでしょう?だから、俺じゃなくその子に食べさせてあげて」

「もっと早く。あなた様に会いたかった!」

オスのシカが涙を流し始める。

「なにも泣くことはないと・・・」

「何かあったら私達に言ってください!なんでも協力します!」

言葉に詰まっているとメスのシカが俺の手を取り、強く握りながら言った。

「気持ちだけ受け取っとくよ」

俺は苦笑いしながら手をほどき、もう一度片膝立ちをし女の子に近づいた。

「これからこの人達に世話になるけど、頑張れよ。何かあったら2人が支えてくれるから」

「わかった。私、頑張る!」

「そのいきだ」

俺は女の子の肩をポンとたたき、そして立ち上がりミール達の方へと向かった。

「親がついてよかったじゃない」

ミール達は俺のやり取りをずっと見ていたようだ。

「これで女の子の件は落ち着くといいんだけど」

「それはあの二人に任せて、私たちは私たちでやるべきことがあるからやるわよ」

「それもそうだな」

「そろそろ出発しないといけないのですが、大丈夫ですか?」

荷造りを終えた村人が声をかけた。

「私らは大丈夫よ。はやいとこ行きましょ」

ミールがそっけなく言う。

「わかりました。集会所が近くなったら教えますので、どうぞ荷車に乗ってください」

「いいよ。私たちは歩くから」

「「えーー」」

ヴァルとマコトが不満の声を上げた。

「文句言わないの!ほら、さっさと行くよ!」

ミールの一言で皆歩き始めた。

「お気をつけてー!」

村長が手を振り、他の村人も手を振り俺等を見送りした。

「すっかり救世主様の気分ね」

ミールが杖で俺の脇腹を小突き、やかましいと言いながら振り払った。



「ガナードさん」

「ん?」

マコトが声をかけてきた。

「さっきの挨拶の仕方で気になったのですが、あなたの出身はどこですか?」

「挨拶?ああ・・・」

俺が村を出る前に2人のシカにした挨拶を思い出した。

やっぱり、この国ではこういう挨拶じゃないのか。

「私の国の挨拶ですけど、チーターは国にはいないので気になったのです。で、どこの出身ですか?」

「私も気になってたー」

ヴァルが話に混ざってきた。

「ちなみに、私の国じゃあこうやるのー」

そういうと俺に抱き着いてきた。

力一杯抱きしめてきてるせいで息が詰まり、呼吸ができなくなってきた。

「それ挨拶だったんですか?てっきり、ハグが好きなのかと」

「ハグも好きだよー」

「ハナ・・・シテ・・・」

「そろそろ放した方がいいですよ。顔色が悪くなってる」

「わかった」

ヴァルは俺を放した。

俺はその場で四つん這いになり息を整えるため大きく息を吸った。

「ごめんねー。今度は優しくするから」

「ハァハァ・・・今度はそうしてくれ」

息が整い、俺はひざに着いた土埃を払いながら立ち上がった。

「それで、どこの出身ですか?」

「わからない」

「「「は?」」」

俺の返答が予想外だったのか、ミール達は呆気にとられ俺と村人以外足を止めた。

「生まれ故郷がわからないってどういうこと?まさか、教えたくないってこと?」

真っ先に反応したのはミールだった。

村人と共に先頭を歩いていたが、俺の返答に納得いかなく、立ちふさがる様に俺の前に立ち、俺は歩を止められた。

「というか、あの廃墟に一人。しかも、裸でいた。普通はあり得ない。あんた何者なの?」

ミールが眉間にしわを寄せ問い詰めてくる。

「それもわからない。目が覚めたらあの場所にいたし、裸でいた理由も知らないし、あの廃墟の名前すら知らない。だから、わからない」

「わからないって、少し異常だとは思わないの?」

「まあ、異常だとは思う」

「そう思うなら少しは危機管理を持ったら?私たちがいなかったら今頃どうなっていたか分かってるの!?」

言葉を返そうと口を開いたが、ミールの言葉を思い返してみると自然と口が閉じた。

確かに、誰一人いない廃墟で裸でいた。しかも、人間の世界ならともかく自分の体の仕組みすら知らない獣人の世界で。実際にミール達がいなかったら何もできず野垂れ死んでいたと思う。仮に、素直に日本と答えてもいいが、心の中で何かが邪魔をして答えるのをためらってしまう。

「・・・ちょっと、大丈夫?」

言い過ぎたと思ったのか、俯き黙り込んだ俺に声をかけてきた。

「ごめん。ミールの言う通りだ。みんながいなかったら俺自身どうなっていたかわからない。面倒を見てくれたことには感謝してる。けど、俺は自分が何者なのか。故郷はどこなのかは答えられない。俺自身、が分からないんだ」

そう言い、俺はミールの横を通りすぎた。

「わけわかんない!」

ミールが地面を強く踏み鳴らし、頭を掻きむしる。

「ねえ!あいつが何を言いたがってるか理解できた!?」

マコトとヴァルに怒鳴り散らすように聞くと、2人は顔を横に振った。

「ああ!もう!」

ミールは苛立ちながら歩を進めた。

その後は俺へに対する不信感を背中でひしひしと感じながら、言葉を一切かわすことなく進んでいった。



地平線の向こうで日が沈みかけると、ようやく目的の教会がある森へたどり着いた。

「この先から兵がいますので、救世主様達は後から来てください」

「わかった」

村人は森の中へ荷車を引きながら進んでいった。

俺達は姿を見失わないように距離を取りつつも木と木の間に移りながら進んだ。

日が沈み暗闇があたりを覆い始める。

暗闇に目を慣らしながら進んでいると後ろから誰かの気配を感じる。

「隠れて!」

俺の後ろにいたのはヴァルだった。

ヴァルは俺の口を手で押さえ、引きずり込むように近くにある木に身を隠した。

「いきなりごめんね。でも、あそこを見て」

ヴァルが向けた視線に合わせて顔を向けてみると松明を持った犬の兵士があたりを見回していた。

兵士が見回りを終えると、どこかへ去って行った。

「おい!誰だそこにいるのは!」

ホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間、他の兵士が俺とヴァルの存在に気づいた。

兵士が剣を引き抜こうとすると、ヴァルは兵士に向かって駆け出した。

剣を構え戦闘態勢に入ったが、ヴァルが間合いに入るのが速かった。

ヴァルは丸太のような太くてたくましい腕を伸ばし、兵士に向かってラリアットをかました。

体が宙に浮かび上がり、半回転しのびるように倒れた。

「あぶなかった」

ヴァルは笑顔で言ったが、その光景はとても女性がやったとは思えない光景で少し恐怖を覚えた。

「大丈夫なの?」

木の後ろで隠れてたミールとマコトが姿を現した。

「私は何ともないけど、これどうしよう?」

ヴァルが眉をひそめ気絶した兵士に目を向けた。

俺達も目を向けしばらく考え込んでるとヴァルが手をたたいた。

「そうだ!こうすればいいんだ!」

ヴァルは兵士が身に着けている服や防具を脱がした。

「これ来て」

俺にズボンと服、革でできた手袋、ライトアーマーを投げ渡された。

「マコトくんはこれ」

マコトには兜だけを渡した。

俺は刀を背中に差し、服とズボンを重ね着し始めた。

どちらもサイズは大きく、ズボンに至っては手で持っていないとずれ落ちるくらいの大きさだ。

一方、マコトは兜をかぶってはみたものの、兜のサイズに合っていないがため傾いている。

「あちゃー。緩かったか。でも、大丈夫」

ヴァルが紐を取り出し、腕や腰、胴回りを締めた。

「最後にこれで」

ヴァルがマコトを持ち上げ俺に肩車させるように乗せ、ライトアーマーを胴体に付けた。

「はい、完成!」

元の兵士に比べて体が貧相だが、見てくれは兵士になった。

俺の顔は兜とライトアーマーで隠れてくれたおかげで隠れ、隙間から外を眺めることができた。

「まさかだと思うけど、これで潜入しろと?」

俺がそう聞くと、ヴァルは笑顔で頷き返した。

「マジか・・・」

「やるしかないでしょう」

「そうだな」

俺は兵士が落とした剣を拾い腰に鞘に納め、松明を拾い上げた。

「じゃあ、行ってくる」

「ちょっと待って」

ミールが呼び止めた。

さっきの事があり、俺は体がビクッと反応してしまった。

3人の中で一番声をかけてくれないでくれと思っていたのに。

「あの時の事なんだけど」

なんで今、その話を持ってくるのか。

俺は思わずため息が漏れてしまった。

「変なもやもや抱えたまま敵陣に行かれて、バッサリ切られたなんてことがあったら私達後味悪いからひとこと言わせて」

「何?」

「あんたに何があったか知らないけど、もし教える気になったらいつでも言っていいからね」

「わかった。てか、今言う?」

「なによ!あんたがだんまり決め込んでるから、私から言おうとしたのにありがとうのひと――」

「シーッ!」

ミールが怒鳴り散らす中、ヴァルがミールの口を抑え黙らせた。

「早く行って!多分、今ので集まってくるかも」

「わかった」

「その前に言うことあるんじゃないんですか?」

マコトが踵でトントンと催促してくる。

俺はそれを察し、言った。

実際に感謝はしているし。

「ミール。言ってくれてありがとう。幾分気が楽になった」

そういうと暴れていたミールはやっと落ち着いたが、俺を睨みつけたままでいる。

「じゃあ、行ってくる」

俺はマコトを振り落とさないようにゆっくり慎重に歩き始めた。



しばらく進むと教会が見えてきた。表には警備の兵が二人立っている。

教会の脇に倉庫らしきものがあり、そこで兵士に検問されている村人の姿が目に入った。そこにいた村人は俺達と同行した村人だけでなく、身の丈2mあるハイエナと後ろで大量の肉を積んだ荷車を引っ張っている小さなハイエナが多数いた。体には包帯や傷跡があちこちにあった。その後ろでは筋骨隆々の牛が欲し草を担いで並んでいる。

ここであるの疑問が思い浮かんだ。

「なあ、マコト」

「なんですか?」

「あのハイエナと牛が力を合わせれば兵たちを倒せるんじゃないのか?」

「確かに。数も大差ないですし、ハイエナ族は強いとよく聞くのでやろうと思えばできますね」

「なんでやらないんだ?」

「さあ?」

「おい!お前ら!」

野太く豪快な声があたりに響く。

声がした方向を見てみると牧師の格好をしただらしのない腹をしているイノシシの獣人が瓶片手に倉庫から出てきた。

「ネズーはまだ来てないのか?俺はもう出来上がっちまうぞ!」

どうやら一人酒を飲んで貢物でも食べていたのであろう。

さしずめ、片手に持っているのは酒だ。

とても牧師とは思えないその猪はフラフラしながら検問を受けている村人の胸倉を掴み、軽々と持ち上げた。

「ネズーはどうした?」

「きょ、今日はむ、村でお休みになっています」

村人がビクビク震えながら答えると、ケッと唾を吐き村人を投げ飛ばした。

「はやく倉庫に入れろ!入れたら教会でお祈りしだ!いいな!」

「は、はい!」

村人は慌てながら起き上がり、荷車を倉庫に入った。

その後にハイエナと牛たちも続いて倉庫に入る。

「あいつがリーダーか」

「その様ですね」

イノシシはふらついた足で教会の中へ入っていった。

「まだ出てきたぞ」

倉庫から村人達が出てくるとガゼルの牧師が出てきた。

ガゼルは教会へ行かず、別の場所へ向かった。

「あいつも仲間らしいな。後をつけるぞ」

「わかりました」

俺はガゼルと距離を取りつつ後をつけた。

ガゼルは教会の裏へ行くと地下通路へ続く扉の前に立った。

扉には南京錠が掛けられている。

あたりを見回して誰もいないことを確認すると懐に隠し持っていたカギを取り出し、南京錠を開け扉を開け中に入っていった。

中に入っていくのを確認し、ゆっくり物音を立てずに後をつけた。

教会の地下は牢屋になっていた。

松明の明かりが続く中、奥にさらに扉があり中へ入っていった。

「あいつを捕まえていろいろ吐かせるぞ」

「わかりました」

扉に向かい、前に立つと中から声が聞こえてきた。

「一人ではないですね」

「だな」

俺はマコトを肩から降ろし、胸にある短剣を抜き、片手に握りしめる。扉に手を置き、一度深呼吸をし気持ちを落ち着けた。

そして、扉を力いっぱい押した。

バンと音が鳴るとガゼルが俺の方へを顔を向ける。

ガゼルは目を丸くし俺とマコトを交互に目を向ける。

状況が読み込めない内に俺はガゼルに跳びかかった。

ガゼルは押し倒され、喉に短剣を向けられる。

「ね、ネコ族?」

「黙れ!」

喉に短剣を当てる。

短剣からガゼルの呼吸と固唾をのみ込む感覚が伝わってくる。

「まって!その人を殺すな!」

女の声が部屋にこだまするように響く。

声がした方向へ顔を向けると、そこにいたのは体の大きなハイエナが数人とガリガリにやせ細り、息も絶え絶えな雌牛達が手枷足枷つけられて牢屋に閉じ込められていた。

「誰かは知らなが、その人は殺すな!」

1人のハイエナが鉄格子を握り、俺に訴えかけてくる。

俺は状況が読み込めなくなってきてガゼルとハイエナへ交互に顔を向ける。

「き、きみ」

ガゼルが呼吸を深くしながら声をかけてきた。

俺はハッとし、ガゼルに顔を向ける。

「騒いだりしないから、そのナイフをしまってくれ」

「頼む」

ハイエナが体を押しながら言ってくる。

「本当か?」

そう問うと、ガゼルは頷き返した。

俺は後ろにいるマコトに顔を向ける。

マコトもうなずき答えた。

俺は短剣を握りしめたまま、ガゼルから離れた。

ガゼルは胸に手を当て呼吸を整えた。

「ふー」

息を大きく吐くとゆっくり立ち上がった。

「ありがとう。ハイリー」

「大丈夫か?」

ハイリーが心配そうに声をかける。

「私は大丈夫だ。それよりも」

ガゼルが俺に顔を向ける。

「君はネッコー国の者か?」

「なに?」

「ネッコー国の者じゃないのか?」

「いいや。まず、ネッコー国事態知らないし。てか、ネッコー国ってなに?」

「じゃあ、君は一体何者だ?」

「俺もよくわからん」

「はい?」

「本当にあなたは何者ですか?」

マコトが横で俺の顔を見つめ聞く。

「ん?だれか来るぞ」

ハイリ―が気付く。

それを聞き、みんな一斉に黙り耳を澄ました。

通路から足音と鎧と鎧がぶつかる音が聞こえる。

兵士がこちらに来ている。

俺とマコトは先程開けた扉の後ろに隠れ、短剣を構えた。

「殺してはいけない!」

「兵士は殺すな!」

ガゼルとハイエナが目を見開き、小声で言った。

「なんで?」

「とにかく、兵士は殺してはいけない!」

ガゼルが必死に言う。

「マジール先生。どうかしましたか?」

俺とガゼル、もといマジールがやり取りしている間に兵士が部屋に入ってきた。

「大きな物音が聞こえたので、何かあったと思い来てみたのですがご無事ですか?」

丁寧な口調で兵士がマジ―ルに聞く。

「私は無事だ。先程転んだから、その音ではないのか?」

「そうですか。お怪我はありますか?」

「怪我はない。彼女らを診断したら行くから気にしないでくれ」

「わかりました。では」

兵士は一礼すると振り返った。

「誰だ貴様!?」

振り返った先には俺が立ちふさがり、兵士が剣を引き抜こうと手をかけた。

「オラァ!」

「ギャイン!」

剣を抜かれる前に俺は兵士の空いた股座に向かって蹴りを入れた。

足に柔らかい触感が伝わる。

蹴りを入れられ、体が宙に浮かび上がった。

その光景を見たマコトとマジ―ルは自分の股を抑え、腰を引かせた。

兵士は白目をむき、倒れた。

「当て身とかできないのか?」

「見てくれは暗殺者っぽいけど、技術も経験もないんです!こうするしか方法はないんです!」

子供が言い訳するように不貞腐れながら言った。

「なあ、死んでるんじゃないのか?」

ハイリーが泡を吹き始めた兵士を見て言った。

「まあ、大丈夫でしょう」

「ところで、君は何者か走らないが、目的はなんだ?」

「そうだ!ドタバタしていてすっかり忘れるところだった」

俺は短剣を構え、ガゼルに向けた。

「羊の村長から兵士と神父をやらないと村が焼かれるっていうんで来たんだ」

「羊の村長?もしや、ネズーのいる村の者か?」

「神父の名前がネズーっていうのか?そこの神父を俺は殺して、事態が悪化したからこうしてきたんだ」

「そうか!いや、むしろ事態はよくなるかもしれんぞ!」

「あの神父を殺したのか!?」

マジ―ルの表情が明るくなり、牢屋にいるハイエナたちがざわつき始める。

「なんで喜んでるんだ?普通は殺されて恨まれるはずなんだけど」

「あんな奴死んで当然だ!むしろ感謝している!」

マジ―ルが俺の手を取り、上下に振る。

「ちょ、危ない!剣!剣!」

「おっと、すまない。興奮してつい」

俺の手を離し、距離を取った。

「なあ、どういうこと?よくわからないんだけど」

「ここを仕切っているのは実質ネズーとイノムーの2人だ。この2人さえ沈めれば兵士も村人も解放される!」

「兵士も開放って、どういうことだ?」

どんどん状況が読み込めなくなり、俺はマコトに顔を向けたが、マコトも首を傾げる。マコトも状況を理解していないらしい。

「とにかく、もし村人を助けたいというのなら教会にいるあの神父だけでいい!あいつだけヤってくれ!」

「・・・いまいち信用できんな」

「それは言えますね」

「その人の言うことは本当だ!頼む!信じてくれ!」

「信じて!」

「信じてくれ!」

ハイリ―が言うと、他のハイエナも便乗して言ってきた。

「この通りだ!今は私を信じてくれ!」

マジ―ルが土下座をして頼んできた。

「村人は本当に助かるんだな?」

「ああ!」

マジ―ルが顔を上げ、俺の顔を見つめる。

「今はこの人の言うことを信じましょう。事情は後で話してくれればいいですし」

「だな」

「信じてくれるのか?」

「ああ。けど、嘘だったら真っ先に殺しに行くぞ。いいな」

「ありがとう。本当に感謝している」



「あーあ!一人酒はさーびしーなー!」

イノシシの神父、もといイノムーが一人酒を飲みながら大声で独り言を言っている。

あの後、俺はガゼルに教えられた隠し道を通り、神父のいる休憩室の天井裏の小屋梁にたどり着いた。

上を向けば俺の姿は丸見えだが、幸運なことにイノムーは俺の存在に気付いていない。

暗殺をするのに絶好のチャンスだ。

俺は静かに背中に差してる刀を抜き始めた。

「ヒマだー!」

突然、イノムーが料理のが盛っている皿を掴み、屋根に向かって投げた。

「ブッ!」

料理が顔に直撃し、後ろによろめいて小屋梁から落ちた。

「あ?ネコ族?」



教会から轟音が響き、教会周辺にいる兵士と村人の注目が集まる。

「ゴホッ!ゴホッ!」

教会の壁を壊れる程の力で蹴り飛ばされた。

なんて馬鹿力だ・・・

埃と土埃が舞い、肺に入ってむせてしまった。

幸いライトアーマーを付けていたおかげでダメージは殆どないが、たった一撃でボロボロになった。

「なんだ~?この剣は」

土煙が舞う中、イノムーが現れた。

イノムーの手には刀が握られていて、それをまじまじと見た。

「異国の剣だな。おもしれもんだな!」

刀を面白半分に振り回している。

俺はそれを見てハッと気づき、俺の背中にある刀の有無を確かめた。

「ない・・・」

腰に差した兵士の剣の有無も確かめたが、なかった。

血が引けていくのがわかる。

俺はボロボロになったライトアーマーを脱ぎ捨て、短剣を抜き両手に構える。

「そんなちっちゃい剣で戦うのか?かわいいでちゅね~」

俺に刀を見せしめる様に突き出した。

「ほら行くぞー!」

イノムーが俺に向かって駆け出した。

「ふん!」

刀を振り下ろし、切りかかった。

寸前の所で俺は右に跳びかわした。

耳に空を切る音が聞こえ、さらに怖気させる。

「逃げんな!」

イノムーはさらに追撃をし、俺の目の前で刀が振られる。

俺は後ろに跳びかわすだけで反撃ができずにいる。

マズイ。刀があるならともかく、短剣であいつの体をやるには急所を狙わなくてはいけないのに、まったく懐に入れない。

腰が引けていく。足が自然と後ろに下がっていく。

「クソッ!」

下唇を噛み、怖気を飛ばそうとするが、足が震え始め唇から血が流れ始める。

「追いついた!」

「!!」

腰が引けていくうちに、イノムーが俺の目の前にまで詰めていた。

「ふん!」

刀を高く掲げ、それを振り下ろした。

回避しようにも間に合わず、俺は両手の短剣をクロスさせ受け止めた。

鉄と鉄がぶつかりあい、ガキンッという音が響き渡る。

受け止めて致命傷を避けたが、力の差があり押しつぶされそうになる。

俺は片膝立ちになり持ちこたえようとしているが時間の問題だった。

一気に勝負をつけるしか方法はない!

俺は短剣で刀を受け流し、上半身をひねらせ支えている片足でイノムーに向かって跳んだ。

イノムーはバランスを崩し、倒れるようによろめく。

狙うは喉。

短剣を強く握りしめ、上半身を戻す勢いを利用し、右腕を鞭のようにして喉に突き刺そうとした。

「もらったぁッ!」

肉に突き刺さる感覚が短剣を通じて伝わる。

だが、突き刺さったのは喉ではなく手に刺さってた。

「ってえなぁ」

イノムーは寸前の所で短剣を手に刺し受け止めた。

「惜しいな。あともうちょっとで仕留められそうだったのにな」

短剣をさらに食い込ませ、俺の手を掴み持ち上げた。

「この!」

もう片方の短剣を喉に向け、突き刺そうとした。

「おっと」

刀をその場に落とし、左腕を掴み俺を押しつぶさんとばかりに倒れた。

「もう何もできないな」

俺の目の前で酒臭い息を吹きかけながら不敵な笑みを浮かべた。

「グアアッ!アアッ!」

イノムーは掴んでいる手と腕を強く握りしめ始めた。

俺の腕と手から骨がきしむ音が伝わってくる。

「フンッ!」

イノムーが最後に力を込め、俺の腕と手を握りつぶした。

骨がボキボキと音を立てた。

「ガアアアアアア!クソ!クソ!」

痛みのあまり叫び声を上げた。

その叫び声は森と教会にこだまするように響く。

イノムーの下で抵抗しようと暴れたが、ビクともしない。

その様子を見て豪快に嘲笑っている。

イノムーが笑いを上げている中、1つの球体が飛んできてイノムーの顔に直撃する。

「グッ!」

歯を食いしばり、飛んできた球体の方向へ顔を向けた。

俺も顔を向けると、そこにいたのはマコトだった。

「大丈夫ですか!?」

マコトが先程と似た球体を周りに浮かせ構えている。

その球体はマコトがいつも身に着けている数珠だった。

「ガナードさんから離れろ!」

マコトが球体を飛ばし始める。

球体は回転しながらイノムーの体のあちこちに直撃する。

「ちびイヌが!」

イノムーが苛立ちを覚え上半身を起こした。

そのことにより、俺とイノムーとの間に上半身だけ隙間が生まれた。

「今だ!」

俺は体を丸め、下半身も離すことに成功した。

そしてそのまま胸にめがけて押し飛ばすように蹴りをれた。

「オオッ!」

イノムーは飛ばされあおむけになる様に倒れた。

俺は両腕の痛みに耐えながら足だけで立ち上がり、地を蹴りイノムーと距離を詰めた。

イノムーは上半身を起こし、距離を詰めてくる俺に気が付く。

俺が攻撃してくると読んだのか、両腕をクロスさせ防御の構えを取った。

俺はクロスさせてる腕の中止に向けて蹴りを入れた。

足が腕にめり込み、メキメキと音を立てるのが聞こえる。

蹴られた衝撃でお互い飛ばされた。

俺は宙でくるりと回転し、体制を整えながら着地した。

「う、腕が!」

イノムーは飛ばされ、倒れたまま自分の腕を見た。

両腕とも血が噴き出し、あり得ない角度に曲がり、片方の腕は骨が飛び出していた。

「立て!」

俺はイノムーに向かい、渇を入れるように言い放ちながらゆっくり歩を進めた。

「ね、ネコ族風情がぁ!」

イノムーは立ち上がり、使えなくなった両腕を食いちぎり、俺に向かって頭から突進しようと地を鳴らしながら突っ走った。

その様はまさに猪そのものだった。

俺は深呼吸をし、そのまま歩を進めた。

「死ねぇ!」

死を覚悟しての決死の一撃、俺はそれを正面から受け止めるように地を蹴り、イノムーの顔に向けて渾身の蹴りを入れた。

2人の攻撃がぶつかった瞬間、衝撃波が生まれた。

俺の足首は曲がったが、それ以上にイノムーの顔に俺の足がめり込む。

イノムーの顔の骨が砕ける音が足を通じて伝わってくる。

この一騎打ち、俺の蹴りのほうが威力が強くイノムーは後ろにのけ反りながら倒れた。

顔から血が噴水のように噴き出る。

「お、終わった」

体の力が抜け、仰向けになる様に倒れた。

「ガナードさん!」

マコトが俺の所に駆け寄り、上半身だけ起こした。

「お怪我は?」

「両方の腕と、足かな?」

プラプラになった左腕をみせた。

「待ってください!今治しますので!ああ、でも、こんな大怪我、私の術で治るのだろうか?」

「私に診せろ!」

マジ―ルが俺に駆け寄った。

「酷い。けど、教会にある道具で応急処置はできる。だれか!」

マジ―ルが後ろを向き言った。

その方へ顔を向けると、兵士やハイエナや牛と言った村人が呆然と立ち尽くしていた。

どうやら、俺とイノムーの戦いを見ていたらしい。

「何を見てるんだ!早く手を貸せ!」

ガゼルがそういうと、兵士がハッと気づき2人俺の所に来た。

「この人を教会へ!私は道具を取ってくる!」

「「ハッ!」」

マジ―ルがそう命令すると、イノムーの腰からカギを取り、それを一人の兵士に「解放しろ」と言いながら押し付けるとこの場を離れた。

兵士二人は上半身と下半身でそれぞれそっと持ち上げ、教会へと運んで行った。



その後、マコトはミールとヴァルを呼び戻し、俺は教会でマジ―ルから応急処置を受け、骨と傷の直りが早まるようにとマコトから治癒術を受けてもらっている。

「しかし、医者だとは思わなかったな」

俺がマジ―ルに顔を向けながら言った。

「まあ、自分で言うのは何だが腕は確かだが、ここまで酷いのはいつぶりだったかな?」

俺の向かいに座り、ホッと一息つきながら言った。

「なんで私達を呼ばなかったの!?私達がいればこんな大怪我しなかったのに!」

ミールが胸倉を掴み、揺らしながら怒鳴り散らすように言った。

「怪我人に乱暴はよくないよ」

ヴァルが止めに入り、ミールはフンと鼻を鳴らしながら胸倉を放した。

「それよりも、大丈夫なの?」

「ああ、マコトの術のおかげで痛みは和らいだ」

「私とあのガゼルのおかげですね」

「しかし、ま、イノムー相手にケガで済んだな」

「そもそも、あのイノムーやネズーって何者だ?神父にしては乱暴的だけど」

「あいつら2人は元傭兵だ」

「「「「傭兵?」」」」

俺達は同時に首を傾げた。

「え?知らなかったの?」

俺はミール達の顔をそれぞれ向けて聞いた。

「いや、それは、その・・・」

「ね?」

「知らないことの1つや2つはありますよ」

ミール達はお互い顔を向け誤魔化す。

「無理もない」

ガゼルの牧師がゆっくりと立ち上がりながら言った。

「この国は鎖国状態だし、好き好んで近寄ろうとも思わないし、情報がないのも仕方ない」

そのまま教会から出ようと出口に向かった。

「少し、牛族の様子を見てくる。何かあったら私を呼べ」

そして、教会から出て行った。

扉を少し見つめていると、奥から地響きが聞こえてくる。

地響きが近付いてくると、扉を勢いよく開けて入ってくる獣人が大勢いた。

「いた!」

ハイエナ達だった。

ハイエナ達がぞろぞろと教会に入り、俺の前に立ち、その内一人の体の大きいハイエナが一歩前に出て跪いた。

「君があの神父を討った者か?」

鋭い目つきに、低く威厳があるものの女性特有のやわらかい声だ。

「そうだけど」

「是非、礼を言わせてくれ。ありがとう」

ハイエナが首を垂れると、後ろにいたハイエナ達も跪つき、首を垂れた。

「あなた様がいなかったら、一生、娘たちと顔を合わせることができなかった」

「娘って、もしかして牢屋に閉じ込められていた?」

「そうです。私の村の娘たちがそこに閉じ込められていました」

「その子達の体調は大丈夫なのか?」

「おかげさまで娘達は無事です。それに、娘達は体が丈夫です。ちょっとやそっとしたことでは崩れません。今はご自身の治療の事に専念してください」

「そうか。よかった」

俺はホッとしたが、その後すぐに疑問が生まれた。

「そういえば、牢屋にはメスの牛たちもいたけどどうしたんだ?」

「今、オスの牛たちが面倒を見ています」

「無事なんだよな?」

「マジ―ルが付いていますので無事でしょう」

「ならいいけど」

だんだん頭が重くなっていく感覚がある。

溜まっていた疲労が今になって出てきたのか、うつらうつらし始める。

そして、そのまま気を失うように眠りについてしまった。

「寝ちゃった」

ヴァルが俺の頬を付き、眠っていることを確認した。

それを見たミールはため息を吐きながら自分の羽織っているフードを俺に掛けた。

「今日はこのまま眠らせましょう」

マコトが治癒術を止めた。

寝息を立てる俺を起こさないように教会からそっと出たが、ミールだけが残った。

「あれ?残るの?」

ヴァルがミールの事に気付き聞いた。

「怪我人を一人にさせるわけないでしょ」

「では、私も」

「あんたはその術で他の人を治療しなさい。怪我人だっているかもしれないんだから」

マコトの言葉を遮る様に言った。

「それもそうですね。わかりました」

マコトとヴァルは教会から出ていき、俺とミールの2人だけになった。

「さて」

ミールは俺の前に立ち、右手を俺の頭に置いた。

「昨日の戦いといい、傭兵のイノシシの突進を正面から受け止めて足のねん挫で済むなんてただ物じゃない。ま、言わないあんたが悪いのよ」

ミールは術式を展開し、俺の頭に指を入れた。

「さーて、見せてもらうわよ」

目を閉じ、記憶を覗き見ようとした瞬間、

「え?なに!?」

ミールの腕がボキボキと音を立て形に折れ曲がっていく。

すぐさま頭から手を抜き、右腕を撫で下ろした。

「プロテクトがかかっている。もう少し引き抜くのが遅かったら腕がああなっていた・・・」

俺の顔をまるでバケモノを見るがごとく見つめている。

俺ただ寝息を立てて眠っている。

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