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仲間とはじめての殺し

カーテンで閉め切った暗い部屋の中、携帯の目覚まし音が鳴り響いた。

布団の中から手探りで携帯を探り出し、アラームを止めた。

けど、起きることはなくまた寝始めた。

俺はいわゆる引きこもり。

こうなったきっかけはイジメでなったからではない。イジメはあったがそれでもめげなかった。

容姿が悪かったが、それでイジメられた訳ではない。イジメのきっかけは親の収入がいいからということでひがまれ、小中学校でイジメの対象になった。

それでも高校ではそんな奴らと別れることができて、イジメはなく助かった。

だが、高校3年の冬。その時に事件が起きた。

祖母が亡くなった。

年も取っていたし、老衰だと思った。けど、後に真の死因が分かったかもしれない。

その死因は父方の叔母による虐待にあったかもしれない。

祖母が病院に入院することになった時、身の回りの世話を叔母に任せることになった。

最初はいい人だと思っていたが、後に外出許可の話が出ていつの間にか銀行の預金が全部なくなっていた。そのことを祖母の目の前で話すのはやめようとしたが、その罪を母に擦り付けるかのように叔母が祖母の目の前で問い詰め始めた。

これにより関係が悪化し、母は見舞いに行くことはなくなった。

その後も不審な金のやり取りや、叔母の家族による集まりが増えた。

そんな叔母の尻尾を掴めず、そのまま祖母はなくなった。

自分が聞いた最後の祖母の言葉が、叔母に向けて言った「親不孝者!!」。

祖母は優しく、いつも両親の代わりに俺の世話をしてくれてた。そんな祖母から今まで聞いたこともない怒鳴り声だった。

亡くなった後、祖母に莫大な遺産があったことが分かった。祖父から受け継いだものだと思われる。

それをめぐって叔母は血眼になって勉強もしてこなかったのに、法律の勉強を家族でしはじめ。少し留守にしただけで家族で家の中に入り高級な着物や一番高い宝石を取って行った。その様子が防犯カメラに残り、そのことを聞き始めると逆上し始めた。盗人猛猛しいとはまさにこのことだった。

そんな妹の姿を見た父はショックを受けて、遺産や仕事に疲れ遺書を残し母と庭で手をつなぎながら焼身自殺した。

第一発見者は俺だった。

救急を呼ぼうとしたが、そのとき何かが吹っ切れて笑い出した。その笑いは近所にこだまし、異変に思った近所の人たちに通報され、警察に連行された。

警察が捜査し、近くにあった灯油に両親の指紋が検出されたことと俺のアリバイが取れたことにより両親の自殺で終わったのだが、叔母が俺が虐待して自殺したと広められた。

それから俺は引きこもりになった。人間不信になったと同時に。

それでも叔母達は俺に一切の気を遣わなかった。それどころか、家族で世界一周旅行にいってる。そのせいで国税の目が俺についた。度々俺のうちに来ては相続税の事やその後の使い道を散々聞かれウンザリしてきた。

友人はおろか、親戚もだれも家に近寄らなくなった。

俺は起き上がり、カーテンを開け外にいる猫や犬に目を向けた。

あの犬や猫は主人に愛想よくしていれば餌がもらえて、可愛がられる。俺みたいに法律の事とか、複雑な人間関係とかないんだろうな。うらやましい。

今はだれもいなくなった家で一人暮らしている。早く家を売り、アパートに住みたいのだがなかなか踏み出せない。

俺は台所に行き、冷蔵庫の中にある麦茶を取ろうと開けたが、冷蔵庫が空っぽだということに気づき諦めて水道水で我慢した。

買い物に行かなくてはいけない。

外出用の服に着替え、さあ行くぞと思った瞬間、タンスに小指をぶつけた。

激痛のあまり片足を抑え、叫びながらぴょんぴょん飛び跳ねた。

跳ねてるうちに雑誌の上に着地し、そこでバランスを崩し倒れてしまった。

ただ、倒れた先に椅子があった。

ガードする暇もなくそのまま前歯に直撃。

激痛のあまり口を抑え転げまわった。

起き上がり手を見ると血まみれになっていた。

近くにあった鏡を見ると前歯4本全部折れていた。

それを認識するとますます痛みが増してきた。

(病院!これは病院に行かないとまずい!)

そう思い、慌てて靴も履かずに外に出ると何かにぶつかり倒れた。

近所のおばさんだった。

お互いうーんとうなりながら体を起こすとおばさんがギャーと叫んだ。

「ゾンビ!ゾンビが出た!」

「違う!ゾンビじゃありませんって!」

おばさんは耳を貸さず、手に持っているバックから唐辛子スプレーを取り出し、俺の顔に吹きかけた。

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!」

唐辛子が目と傷口に染み込みゾンビ顔負けの叫び声をあげてしまった。

視界が悪くなり、フラフラ歩くと石につまずき茂みのようなところに入り込んでしまった。

茂みにしては痛すぎる。

気づけば体中にとげが刺さっている。

どうやら誰かの庭に入り込んだようだ。しかも、バラで埋め尽くされている庭に。

出口が分からずやみくもに進みようやく抜け出すことができた。

涙で唐辛子スプレーが流れ落ち、視界がよくなった瞬間目の前を銃弾がよぎった。

「あの野郎、撃ちやがった!」

「構うか!撃ち返したれ!」

雄たけびとともに銃声が聞こえ始めた。

もう一方からアジア系の顔の男たちが聞いたことのない言葉でマシンガンを構え始めた。

どうやら中国マフィアとヤクザの抗争に巻き込まれた。

待ってくれ!と言おうとしたが、その前に俺の肩を撃ちぬいてきた。

その後は全身に弾丸が撃ち込まれ血を吹き上げながらその場に倒れた。

目が覚めると夕方になっていた。

なぜか知らないが俺は生きている。だが、指一本動かせない。

そこに三輪車に乗っている子供がやってきた。

「たす・・・け・・・」

声を振り絞って言ったが、子供は聞き取れず三輪車に乗ってこっちに来た。

俺は助かるのかと疑問に思いながら待っていると、指先に激痛が走った。

子供が三輪車で俺の指先を轢いた。

その痛みにより意識がふっと途絶えた。

ああ、俺死ぬんだ。


「目覚めなさい」

女の人の声が聞こえた。

その声に意識を取り戻し、起き上がると目を疑うものが目に入った。

女神のような服を着た赤い人型のドラゴンが目の前に立っている。

状況が飲み込めず、俺はただ立ち尽くしていた。

「あなたは死んでしまいました。ですが、あなたの最後があまりにもひどすぎるためこうして生き返らせました。だから、私の言うことを-」

「ちょっとごめん」

俺は手を前に出し話を止めた。

「話の腰を折るようで悪いけど、あなたは誰?さらっととんでもないことを言おうとしてるけど、どういう状況なの?」

「そうでしたね。まずは自己紹介からと言いたいですけどそんな時間がないため女神様でいいです」

「あーじゃあ女神様。俺は生き返ったってのは分かった。ただ言うことを聞けってどういうこと?」

「生き返らせたから」

「生き返らせたからってそりゃちょっと」

口ごもった瞬間、女神は俺の口をつまみ話せないようにした。

「いいから聞いて、私が言いたいのはギブアンドテイクということで言ってるの。いい?」

俺はうなずいて答えた。

「あんたには私の世界を救ってほしくてこうして蘇らせたの。詳しい事情はあなたの仲間に伝えたからそっちに聞いていい?」

またうなずいて答えた。

「時間がなくなってきたわ。手短に早口で言うからちゃんと記憶してね」

少し待ってと言おうとしたが、女神様はそんな言葉を聞かず早口で言い始めた。

「復活しても混乱しないように私の世界の事だけ伝えるね。私のいる世界があなた達で言う動物が人のようになってる。いわば獣人の世界なの。その世界で人々が苦しむ事態が起きているからあなたにはその人々を救って。詳しい方法は仲間に伝えてあるから。あと、あなたにはその方法にふさわしい体を用意してるから頑張ってね」

女神様は俺の口から手を離し、俺の後ろに大きい穴を作った。

「その穴に入れば向こうの世界に行けるから、がんばれー」

「がんばれって、いきなり言われても」

俺は穴に入るのを戸惑っていると、後ろからドンっと女神様に押された。

情けない声を上げながら俺は穴に落っこちてしまった。

「私に聞きたいことがあったら、像の前でお祈りして-」

女神様の声が遠くなると、俺はハッと目が覚めた。

目に入ったのは石のブロックでできた壁と木でできた天井だった。

俺は体を起こすと違和感を感じた。

妙に体が軽い。

自分の手を見ると黄色いふわふわな手が見えた。

「!?」

思わず動揺し自分の腹や胸を触り始めた。

フワフワで黒い斑点があって、筋肉質。

尻に違和感を感じ、手で探ると尻尾があった。

「獣人の世界・・・」

俺はその言葉を思い出し、あたりを見渡して鏡を探した。

けど、あったのは木の扉だけ。

俺は急いで木の扉を開けると、声が聞こえた。

「やっと起きましたか。遅いですよ救世主様」

身の丈140㎝で大きいリュックサックを背負った黒柴の獣人が顔を見上げ言った。

「このチーター族が本当に救世主なの?」

杖を持った三毛猫の獣人が目を細めながら俺を見た。

「そんなことまだわからないじゃない。ねー」

でかいクマの獣人が俺を見下ろしながら笑顔で言った。

俺は今までと違う現実を受け入れられず、扉を閉め中にこもった。

「どうかしましたか?体の調子が悪いんですか?」

黒柴が扉をノックしながら聞いてきた。

「ほっといてあげたら?いずれにしても出てくる」

不愛想に三毛猫は言い、腰につけてある魔導書を読み始めた。

「おなか減ってるのかもよ?」

クマが腰から燻製肉を取り出しながら言った。

「英雄様ー。ごはんありますよー。英雄様ー」

クマが扉をどんどん力強くノックした。

俺はそんな扉を背にし、一人状況を確認した。

(俺はチーターの獣人らしい、で、あそこにいたのはクマと猫と犬のバケモノというか獣人がいて、なんか親しんできたな。あれが仲間か?いや、ひょっとすれば俺に何かしようとする賊かもしれない。じゃあ、逃げるか?どうやって?)

「ゴホッ!ゴホッ!」

急にむせ始め、目から涙が出始めた。

「本当にこれが効くんですかね?」

扉の前に木を集め、犬が煙を焚かせ、クマが扉の隙間に煙を流し込むように手で仰ぎ、それを三毛猫が見ている。

「閉じこもってるやつにはこれが効くのよ」

「これ逆効果じゃない?」

クマが仰ぐのをやめ、心配そうな顔で三毛猫の顔を見た。

そして、すぐに扉が開いた。

「ほら、言ったでしょ」

三毛猫があきれ顔でそっぽを向こうとした瞬間、3人の間に突風がふいた。

突風の先では扉が開かれていた。

「逃げた」

三毛猫が目を丸くあけ、開いた扉を見ていた。

俺はただひたすら走りまくった。周りの景色など気にも留めず障害物だけをよけてただひたすら走った。

(いきなり人をいぶしてきて、まともじゃない。やっぱり賊だったんだ!はやく、どこかへ逃げなきゃ)

ひたすら走ってると、俺の頬を何かがかすった。

一度足を止め、それに目を向けた。矢だった。

「ごめーん!さっきのことを謝るから待ってー!」

先程のクマが弓を片手に大きい声で俺を呼びながら走ってくるのが見えた。その後ろには息を切らせながら走る黒柴。

だが、何を言ってるのか聞き取れなかった。というか、弓を構えてこっちに来ている!マズイ!

また逃げ出そうと前を向くと空間が裂け始めるのが見えた。

裂け目がどんどん広がっていき、そこから三毛猫が姿を現した。

「さっきの事は私が悪かったから、謝るからこれ以上逃げないで」

俺はあたりを見回し、逃げ道を探った。

「逃げるなって言ってるでしょ!」

杖をカンと音を立てて突くと、俺の周りに火の柱が立ち上がり囲んだ。

俺は思わず腰を抜かしてしまった。

絶望的な状況、迫りくる熱気で毛がチリチリと今にも燃えそうだ。

だんだん呼吸が荒くなっていくのが分かる。

俺はもう死ぬんだ。そう覚悟し目をつぶった。

「まって!やめて!」

クマの声が聞こえると、火の柱が消えた。

「大丈夫だった?」

目を開けると、クマが俺に近寄って手を取った。

俺は逃げようと手を振り払い、背を向けた。

だが、クマは俺の胴に手を回しギューッと抱きしめた。

「だいじょうぶ。もう、だいじょうぶだよー」

クマが優しい声で語り掛け、頭をやさしくなで始めた。

最初は怖くて暴れていたが、しだいに体の力が抜けていくのが分かった。

「やっと、ゼェゼェ、止まってくれた」

黒柴が後ろから息を切らしながらクマ達に追いついた。

「ほら、早くポータルから行きましょう」

三毛猫がそういうと、クマは俺を抱きしめながら空間の裂け目に入り、それに続き黒柴も入った。


「どう?落ち着いてきた?」

先程俺が閉じこもっていた部屋でクマが抱きしめたまま俺の頭を優しくなで聞いてきた。

俺はうなずき返した。

「こんな奴が救世主ねー」

三毛猫があきれ顔でこちらを見ている。

「初対面の人にあのようなことをすれば誰だって嫌がりますよ」

黒柴が三毛猫を睨みつけながら言った。

「なによ。あんただってやったじゃない」

不貞腐れた顔で三毛猫が黒柴を見つめる。

「あなたが一番の策だといったから乗ってあげたんです!」

指をさし、声を張り上げて言った。

「じゃあ、あんただったらどうするのよ!」

杖でさし、睨みつけながら言った。

「僕だったら出るまで待ちますよ」

「そんな暇ないの!一刻を争う事態なんだから」

「逃げられたら元も子もないでしょ!」

「その時はそいつが根性なしってことよ!」

「救世主様になんてことを!」

「二人ともうるさい!」

ヒートアップする二人の会話をクマの一喝により止まった。

「そんな議論よりも、やることがあるでしょ?」

「そうでした」

黒柴はリュックサックから服を取り出し、俺に差し出した。

「私の名前はマコト・クラウチ。救世主様の名前はガナード・グウォーデンでいいんですよね?」

「ガナード・・・」

俺の名前がこっちではそうなっているのか?

「あれ?違いました?」

俺は変に混乱させると面倒だから、そのままうんとうなずき返した。

それに、ガナード・グウォーデン。それなりに良い名前かもしれない。

「私はヴァル・ヴォデ・マキュリー。長いからヴァルでいいよー」

ヴァルが頬をスリスリと頭に摺り寄せながら言った。

「私はミール・マル―シャル。好きに読んでいいから」

ミールは杖を床に置き言った。相変わらず不貞腐れたままでいる。

「てか、いつまでパンイチでいるつもり?」

ミールの一言で俺は疑問に思い、自身の姿を見た。

そして、気づいた。

俺は恥ずかしくなり、マコトの持ってる服を取り、それで体を隠した。

「あんたそれに気が付かないで外に出て走ってたの?あきれた」

目を丸くしミールが言った。

「早いとこ着替えたら」

俺はヴァルから離れ、ヴァルの背に周り着替えた。

改めて自分の服装を見ると、中世のアサシンのような恰好だった。

俺はみんなの前に立ち

ヴァルは緑色の服を身に着け、背中に矢筒と弓を背負ってさながらロビンフッドのようだった。

ミールは杖と魔導書を持ち、紫の三角帽子にひざ下まで伸びているワンピースを身に着けている。その姿はまるで魔法使いだ。

マコトは自分の背丈同然のリュックサックを背負って、首には大きい数珠のようなものを首から下げている。見てくれは陰陽師のような恰好だ。

「そして、これがあなたの武器です」

マコトは2つの短剣と刀を渡した。

短剣は胸に鞘があったからそこに収め、刀は腰に差した。

「では、あなたにはなすべきことがあります」

マコトが説明し始めた。

「僕たちもあなたのサポートをするために女神様に導かれました」

「ちなみに、俺のすることって?」

俺が恐る恐る聞いた。

「革命という名の暗殺です」

「あんさつ?」

俺は首をかしげてしまった。

世界を救ってほしいと聞いたが、革命?暗殺?普通は勇者になってどうこうじゃないのか?

疑問に思ってる中、マコトは説明を続ける。

「いま、この大陸はある脅威に陥ってます」

リュックサックから地図を広げ、4人の中央に置きながら言った。

大きい大陸に線が引かれて色分けされている。

赤と青で大きく2分されているがほとんど赤で埋め尽くされている。所々には緑や紫等で染まってる所があった。

いくつかの国があるらしい。

「今、僕たちがいるのはここです」

青で埋まっている所を指したが、そこは海と山に囲まれた端っこの所だった。

「僕たちはここを拠点にこのデスボナ帝国領土を攻めていきます。ここまでは大丈夫ですね?」

俺は顔を横に振って答えた。

「どこが分からないの?」

ミールが魔導書を見つめ、こっちに顔を向けることなく言った。

「全部」

そういうと、3人は一度俺の顔を見つめ、そのあとにお互いの顔を見合わせた。

「ま、まあ。今日はいろいろありましたし、そろそろ日が沈みますからこの辺にしておきましょうか」

マコトは地図をしまい、肩ずれを直しながら立ち上がった。

ミールとヴァルもそれぞれの荷物を持ち立ち上がった。

「僕達は外でテントを張っていますので、何かあったら声をかけてください」

そう言い残し、3人は部屋から出て行った。

一人取り残された俺はその場に座り、胸に収めてる短剣をとり眺めた。

鈍い光を放ち、俺の顔を反射している。

以前のような人の姿はなかった。そこにあったのはチーターの顔だった。

歯茎をめくらせると人間のような歯ではなく、肉食獣特有の牙があった。

(俺はもう人間じゃなくなったんだ)

頭を抱えながら深いため息をついた。

(てか普通、異世界転生ってのは何かしらスキルとか武器とか変な職業で無双とかしてハーレムエンドで終わりじゃないのか?なんだよ革命って?暗殺なんてやったことないし。もう、俺は楽になりたいんだよ!ゆっくりさせてくれよ!ほっといてくれよ!)

悩んでいると、変な考えが頭の中をよぎった。

自分の手には今、短剣がある。

一度指先に刺してみた。

針に刺されたような痛みが走り、血が流れた。

本物の短剣。オモチャで刃の先っぽがしまうようなものじゃなく、人を刺せば死んでしまう武器。

そう思うと短剣を持っている手が震えた。

震えを抑えるように両手で短剣を握りしめ、自分の喉へ向けた。

(これで俺は自由になれる)

ゆっくりと短剣を近づけていると、扉が勢いよくあた。

「ちょっといい?」

ミーアだった。

数センチで短剣が刺さる所を見られた。

彼女の冷ややかな目が俺に向けられている。

「・・・死にたきゃ死ねば」

「え?」

彼女の発した言葉に動揺し、俺は面食らった。

「あんたがどこでどう死のうが私には構わない。所詮、根性なしだったてだけで済ましてあげる」

「そんな言い草はないだろ!」

俺は思わず短剣を彼女に向けてしまった。

だが、彼女は動揺もせず俺の目の前を通り過ぎ、呪文を唱え始めた。

「何してるんだよ?」

俺の問いに身振りもそぶりも見せず、呪文を唱え、唱え終わると同時に杖を床にカンッと突いた。

すると、空間が歪みだし横に裂けた。

「あんたが死ぬ前に見せたいものがあるの」

「見せたいもの?」

「そう。あんたがこれから相手にする奴ら」


俺とミーアは空間の裂け目、もといポータルを通り抜けた。

抜けた先にあったのは森林だった。

空は夕焼けに染まり赤く輝いてる。

「これを着て」

ミーアは俺に黒いローブを投げ渡した。

「胸や腰に物騒なもの身に着けてるし、見つかると面倒だから、それで隠して」

「わかった」

俺はローブを身にまとい、刀や短剣を見せないようにした。

ミーアは紫のローブを身に着けた。

「ついて来て」

彼女は歩き始め、俺はそのあとに続いた。

会話もなく、歩いていると森を抜けた。

抜けた先にあったのはカラカラに乾いた土があたり一面に広がり、その中央には村がポツンとあった。

俺は自分の目を疑い、森林とその土地を比べてみてしまった。

だが、森林もよく見てみると所々木が枯れていたり、リスや鳥などの動物が一切見あたらない。

「どう思う?」

ミーアが俺の顔を見つめ聞いてきた。

「別世界みたいだと思う」

「そう。もともと豊かな土地だったの。それがデスボナ帝国のせいでこんなやせた土地になってる。でも、これだけじゃ終わらない」

「まだあるのか?」

「あの村で今まさに起きようとしてる」

行くわよと言うと中央の村へ歩を進めた。

俺はいったい何と戦おうとしているのだろうか?そんな不安に駆られながら歩を進めた。

村に着くと気が付けば夜になっていた。

それと同時に違和感を覚えた。

ふつう暗くなったら家に明かりが灯るはずだが、どの家にも灯らない。

そんな疑問を抱えてる中、突然低い笛の音があたりに響いた。

「隠れて!」

ミーアが俺のフードを引っ張り近くの民家の陰に隠れた。

「何が起きるんだ?」

「胸糞悪いことよ」

ミーアの顔つきが次第に悪くなっていくのがわかる。

まるでゴミを見るかのような顔だった。

すると、民家の中から獣人が出てきた。

獣人はみんなやせ細り、ぼろぼろの服を着て手には少量の野菜や米が入ってる皿を持ち、足並みそろえて村の中央へ向かっていった。

「バレないようにいくわよ」

「わかった」

俺たちはこっそり後をついて行った。

そして、行き着いた先は村の中央広場だった。

広場には5人の武装した兵と、それに囲まれたネズミの神父がいた。

だが、普通は神に仕える神父には十字架や聖書があるのだが、そんなものは一切持ってない。あるのは隣にギロチンの処刑台があるだけ。

「今日の献納だ!差し出せ!」

神父の口から暴力的な言葉が出てきた。

神に仕える者とは到底思えない。

村人は神父の前に献納するであろう皿を神父の前に置いて行った。

「ん?」

神父が顎を指でなぞりながら見ていると、一皿だけ極端に量が少ない皿に反応した。

「だれだァ!神にこんなものを献納したものはァ!」

怒鳴り散らすようにさらに指さしながら言った。

それを見た村人は怯え始めた。

「もう一度言う。だれだァ!」

「あいつです!」

白髪交じりの雌猿の獣人が、一人の子供に指さしながらいった。

その時、俺はその獣人になぜか違和感を覚えた。

さされた子供に村人の視線が集まる。

その子供はシカの獣人で虚ろな目にヒョロヒョロの体で今にも倒れそうな感じだった。

「私見ました!あの皿を出したのはあの子供です!」

「ほーう」

神父はその子供に近寄り始めた。

それに合わせ、周りの獣人も避け始めた。

子供は逃げもせず、ただ神父の顔を見つめていた。

「子供にしてはいい度胸だ。親はどうした?」

「いません」

「そうだったな。お前の親は自殺したんだったな!お前の不甲斐なさで死んだんだったな!」

神父は豪快に笑い始めると子供の顔を平手打ちした。

子供は声を上げることなく、倒れた。

(似ている)

俺はそう思った。

(あの子供は俺と似ている。一人ぼっちで、親もいなくて、味方もいなくて、周りの理不尽を押し付けられて、泣くことも抵抗することなくいる)

「違うでしょうが。その皿はあの猿のやつでしょうが!」

ミールが下唇をかみながら小声で言った。

「これがあんたの敵よ。これを見ても死にたいっていうなら止めないけど。・・・あれ?」

ミールが俺がいないことに気が付いた。

「オラァ!」

俺は神父の後ろに立ち、渾身の蹴りを入れた。

神父は声を上げる間もなく蹴り飛ばされ、民家にのめり込む様に叩きつけられた。

その光景を見た村人は茫然としている。

「何してんのよー!」

ミールが今にも叫ばんとする声を抑えるように小声で言った。

「貴様!誰だ!」

後ろで兵たちが剣を一斉に取り出し、俺に向かって構えた。

「きさまー」

のめり込まれていた神父がゆっくりと民家から出てきて言った。

その目つきは血に飢えたかのような野獣のようだった。

「神の使いである私の背を蹴るとはどういうことか、わかってるんだろうな?」

俺は少し屈したが、それに負けじと腰にある刀を抜き、構えた。

神父は鼻で笑うと、やれといった。

その声に合わせ、兵たちが一斉に走り出してきた。

その圧は凄まじかった。

けど、俺の後ろには先程の子供が虚ろな目で俺を見ている。

夢や希望もない。何もない目だった。

(こんな子供を増やしてはいけない!)

俺はそう決意し、雄たけびを上げながら兵へと向かっていった。

一人の兵士と俺はつばぜり合いになったが、俺は胸にあった短剣を取り出し首に刺した。

兵士はその短剣を抜こうと剣から手を離し、短剣を掴んだがその場にうずくまる様に倒れた。

(死んだのか?)

考える暇を与えないかのようにもう一人の兵士が切りかかってきた。

刀で弾き、剣が手から離れスキができたころにつかさず首を切り落とした。

兵士はその場でひざを付き倒れた。

「うそ・・・」

ミールは目を丸くし見ていた。

「何してる!3人がかりでやれ!」

神父の声に兵たちは一同顔を見合わせ、一斉にとびかかってきた。

(俺は、あの子供を守る!笑顔を取り戻す!)

活を入れつように心の中で叫ぶと不思議と力が湧いてきた。

俺は近くに落ちていた剣を持ち、それを敵に力いっぱい投げた。

兵士たちは剣を避けようと左右に散らばった。

俺は短剣を抜き、一人になったやつに向かって走り、注意がそれてるうちに飛びつき首に短剣を突き刺した。

刺された兵士は苦しみだし、あおむけに倒れた。

残った兵士はそれに気づき、雄たけびを上げながら切りかかってきた。

二人の兵士の攻撃を防ぐように弾いたりつばぜり合いをしたが、攻められる一方であった。

弾いてるうちに2人にスキができた。

俺は一人の兵士の足を切り落とした。

切り落とされた兵士は苦しみの叫びをあげ、剣を顔に向けて突き刺してきた。

俺は紙一重でかわし、剣は後ろにいる兵士の顔に突き刺さった。

それを見た兵士は一瞬動揺した。

その動揺のスキを突き刀を首に刺した。

「あ、あああ」

神父は腰を抜かし、逃げようと四つん這いで逃げようとした。

「待て」

俺は刀を兵士の首から抜き、兵士に刺さってる短剣を抜き、血を垂らしながら神父に向かって歩き出した。

「まて!まってくれ!望みは何だ!」

俺に体を向けさっきまでの野獣のような目つきはなく、怯え切って今にも泣きそうな目になっている。

「金か?食料か?私が上に言えば何でもくれてやるから命だけは」

「どの口が言う」

俺は血で滴る刀を神父の口の中に入れた。

神父は口をめいいっぱい開き、刀を避けようとした。

「自分の村をこんなにしてるというのに、今日を生きるか死ぬかの状態なのに『今日の献納だ』と?正直に答えろ、毎日やってるのか?」

「ふぁ、ふぁい(は、はい)・・・」

「そう。毎日か」

「へ、へへへへへへ」

神父が突然笑い出した。

「もうお前に情けをかける気もなくした」

俺は刀をそのまま神父に突き刺し、上あごから上を切り離すように刀で切った。

神父は血を垂らしながらその場に倒れた。

俺は血を振り払い、鞘に納めた。

「きさま!神父様になんてことをする!」

先程の雌猿の獣人が俺に向かって石を投げた。

「神のお使いに対して、なんてことを!」

もう一度石を投げようとしたが、俺はその獣人の手を掴み顔を近づけた。

「やっとわかった。お前に対する違和感が!」

それに気づいたとき、掴んでいる手に思わず力が入った。

獣人は掴んでいる石を離し、俺にけりを入れ始めた。

「なんでお前だけ身なりもよくて痩せてないんだ?」

そう。この獣人だけ妙に服がきれいで、他の獣人は毛並みがボロボロに対して、こいつには毛につやがある。

俺が言うと、他の獣人もザワザワと騒ぎだした。

「うるさいうるさい!人殺しが何を言うんだい!」

焦りからなのか、その獣人がわめくように騒ぎ始めた。

「自分の少ない皿をあんな子供に押し付けやがったやつが、どの口を言う!?」

俺は獣人を口封じするように両頬を片手で掴んだ。

だんだん前の世界にいた叔母の面影が獣人に出始めた。

「お前、もしかしてあの子供の両親の自殺に関わってるんじゃないのか?お前があの子をあそこまで追い詰めたのか!?」

ありもしないことだが、思わず口走ってしまった。

「うるさいうるさいうるさい!!」

獣人は俺の手を振り払い、暴れながらどこかへ走り去っていった。

「まちやがれ!」

俺は走って追いかけたが、あと一歩の差で民家の中に逃げられた。

俺は扉を開けようとドアノブに手をかけたが、鍵をかけられた。

何度も体当たりをしたり、蹴りを入れてるうちに木製のドアにヒビが入り始めた。

「もういいです。旅のお方」

一人の年を取った羊の獣人が俺に声をかけた。その後ろには広場にいた村人全員がいた。

俺はその声に反応し、一度手を止め顔を向けた。

「先程あなたが申したように、この者はあの子供の両親の自殺に関わっています」

「じゃあ、なんでほっておくんだよ!なんで誰もかばったりしないんだよ!」

「あの子供をかばったのが両親だったんです」

「どういうことだよ?」

俺は羊の前にたった。

「子供が田んぼを耕していたのですが、耕すとき土があの者にかかってしまい、それで怒ったのかありもしない罪を子供に押し付けてギロチンに掛けようとしたんです」

「ありもしない罪って、そんなの調べればわかるだろ!なんで調べない!?」

「あの者と神父はグルだったんです」

「グルだった?」

「ええ。あの神父が来た時から真っ先に媚を売り、気に入ってもらいそれ以降ずっとグルだったんですよ」

「だから、殺されたときあんな反応を」

「あの者以外神父に対する信仰心はないし、正直私たちはいま清々しいですよ。な?」

羊がそう聞くと、皆うなずき返してくれた。

「でまあ、さっきの話に戻しですが、ギロチンに掛けようとしたとこでしたな?」

「ああ、そこからどうなった?」

「両親が許してくれと土下座したんですが、あの者が気に食わなくなったのか、神父に拷問してくれと頼んだのです」

「それで、両親が死んだと」

羊は目をつぶり黙ってうなずいた。

「そこまでわかってて、なんで誰も味方しない!なぜ傍にいてやれない!」

「皆一度は味方したのです!ですが」

「ですが?」

羊は固唾をのみ、袖をめくり始めた。

袖から見えたのは傷だらけの腕だった。

「私だけではありません。あの子を面倒見ようとした者、全員にこんな傷がついてます」

だんだん自分に怒りが込みあがってるのが分かる。

俺はもう一度ドアの前に立ち蹴りを入れた。

ドアはバラバラに破片を散らしながら壊れた。

「キャーーーーッ!!」

獣人は肉やチーズ等のこの村にあるわけのないものを食べていた。

それを見た瞬間、過去の自分の事、叔母の事、あの子供の事、かばった人たちの事を思い出し、怒りが爆発した。

「テメェーーーーーーー!」

俺が獣人に殴りかかろうとしたら、ミールと羊が止めに入った。

「もういいです!気持ちは十分伝わりました!私ももう満足です!」

羊が俺の腕にしがみつき止めた。

「あんたは十分にやった!もういいの!」

ミールが俺の体に抱き着き止めに入った。

あと少しで拳が届きそうだったが、止める二人を見て殴る気が失せた。

「クソォ!!」

俺はミールたちを振り払い、民家を出て行った。

「ちょっと待ってよ!」

ミールも後に続いた。


その後、俺とミールは森林にあるポータルへ向かい元の場所へ戻った。

「救世主様。ご飯ができましたよ」

マコトが扉をたたき言った。

扉が開くとマコトは息をのんで驚いた。

「どうしたんですか!?その血!!」

「え?」

俺は自分の体を改めて見ると両手が血まみれで、服には返り血が所々ついていた。

「ごめん。私のせいでこうなったの」

ミールが後ろから目を泳がしながら言った。

「近くに川があったよね?行ってくる」

ミールは俺の手を引っ張り、外に出た。

外にはヴァルが鍋のスープを混ぜながら待っていた。

「え!?その血どうしたの?」

俺の存在に気づくと立ち上がり、俺に駆け寄ってきた。

「いいの!気にしないで!近くの川に行ってくるから待ってて」

ミールは速足で行き、俺と一緒にこの場を後にした。

そして、やっとのことで近くの川に着いた。

「ほら、服脱いで」

俺は整理のつかない頭で服を脱ぎ、ミールに渡した。

「あんたは自分で洗って」

「わかった」

俺は川の傍に座り、手を洗い始めた。

手についてる血がみるみる落ち始め、下流に沿って流れた。

その隣ではミールが黙って服に付いた血を流そうとこすり合わせて洗ってる。

「すまん。俺が勝手をやって」

「え?」

ミールが俺の顔を見つめた。

「ああ、あれね。いいの。私が無理矢理連れて行ってああなったんだし、気にしないで」

「そうか・・・」

そういうと、しばらく沈黙が続いた。

「あーそれにさ」

ミールが口を開いた。

「あんた。なかなかカッコよかったよ」

「ありがとう」

「5人相手に傷一つなしで生還してくるし、上出来よ!」

「ああ」

俺は顔に付いた血を流そうと洗い始めた。

「それで、どうするか決まったの?」

「どうするかって?」

「死ぬか、この世界を救うか」

「決まってる」

俺は腑抜けている脳みそをたたき起こそうと顔を強くたたき、活を入れるためにオオッ!!と声を張り上げた。

「俺はこの世界を救う!」

「ほんと?」

「ああ!あんなことが起きているなら、俺が止める!子供達を救って、笑顔を取り戻す!」

我ながらクサイセリフと思ったが、あの子供と殺しをやった時からそう決意したことだ。絶対にやり通す。

「・・・プッ。アハハハハ!」

ミールが腹を抱え、笑い始めた。

「なんで笑うんだよ!?」

「いや、最初はただの逃げ腰で腑抜けたやつと思ってたけど、とんだ大物だった!」

「だから、なんで笑うんだよ!?」

「嬉しいの!」

ミールが立ち上がり、服を差し出した。

俺はそれを受け取り、湿っているがそれを着た。

「でも、あんたの進む道は修羅の道よ。覚悟して」

「ああ。困った時はサポートしてくれよ?」

「もちろん。私の呪文であんたをサポートしてあげる」

「よろしくな」

俺は手を差し出した。

ミールは差し出した手を握り、握手を交わした。

「僕たちもサポートしますよ」

「私たちも忘れないで」

何処から出てきたかわからないが、マコトとヴァルが俺に近づきながら言った。

「いつからいた?」

俺は目を大きく開き二人を見た。

「いつだっていいでしょ?」

「そう。私達も仲間なんだから、仲間外れにしないで」

マコトとヴァルが俺の手を握り始めた。

「そうだな。お前らも仲間だ」


こうして修羅の第2の人生が始まった。後悔はない。むしろ喜んで受け入れている。

この後に待ち受けている苦難も仲間と一緒に乗り越える。

絶対にこの世界を救う。

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