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帰路

 ドゥージー王国西側のとある町。その町にあるひと際大きい教会の中で護衛の兵士が神父のいる一室へと走っている。

 「神父様!大変です!」

 扉を破るように慌てて入る。

 「な、なんだぁ!ノックぐらいせんかぁ!」

 ベッドの上で町の娘と半裸で寝ていたサル族の神父が花瓶を投げつける。

 「す、すみません!」

 兵士は避けながら謝る。

 「・・・で、何の用だ?」

 「ドゥージー王国の兵士が、町を攻めています!」

 「なに!?」

 神父はベッドから下り、上着だけ羽織りながら兵士を退け、部屋を出た。

 廊下を走り、教会の鐘のある屋上へと続く梯子を登り、町を見下ろした。

 町の大通りのど真ん中に兵士が列をなして進軍している。その先頭にはメルルがいた。

 「何故だ?女王が処刑されてもいいのか?」

 「神父様!撤退の準備が出来ました!」

 「なに?撤退!?」

 梯子を滑るようにおり、下にいた兵士に詰め寄る。

 「ふざけるな!どうにかしてあいつらを止めろ!」

 「兵力が圧倒的に足りません!」

 「足りないなら足りないなりに頭使え!」

 「そんな猶予ございません!」

 「ふざけるな!私はなにがなんでもここを離れんぞ!」

 神父はその場に座り込み、顔をそらす。

 「無茶を言わないでください!」

 「ならあいつらを撃退することだな!」

 兵士は頭を抱え、悩みこむ。

 神父が頑なに撤退しないのは、甘い汁を吸えなくなるという事を兵士は理解していた。だが、この神父は命の危機が目の前にまで迫っているにもかかわらず、まだ神父の座にいようとする。

 正直、置いて逃げたいが、そんなことをすれば反逆罪で仲間の内、誰かがギロチンにかけられる。

 だが、それで済めば良い。一度、神父の横暴な態度にキレた傭兵がいた。その報告を受けた帝国は、傭兵の両手足を切り落とし、ダルマになった傭兵を神父のもとに返し、最後はサンドバックとなって死んだとか。

 俺達傭兵に逃げ場などない。敵に渡って死ぬか、引いて奴隷以下になるか。それか、賊となって逃げ続けるか。

 「・・・生きていれば、どうにかなるか」

 ボソッと呟き、兵士は神父を置いてどこかへ消えていった。

 「フン!やっと動いたか」

 神父は立ち上がり、鼻歌を歌いながら娘のいる部屋へと戻っていった。

 一方、外で進軍しているメルル達は教会の前に着き、扉の前に佇んでいる。

 「開けて」

 「はッ!」

 メルルがそう命令すると、後ろから1つの丸太を2人で持った兵士が現れ、それを扉に打ち付けた。

 一度では開かず、何度も打ち付ける。その間に教会を囲むように兵士が散り始める。

 そして、兵士が扉を打ち破る。それと同時に、裏口からホージに乗った傭兵たちが飛び出し、兵士達の間をすり抜けながら突破していく。

 「メルル隊長!敵が逃げていきます!」

 「今は町の開放が優先!追撃はしない!」

 裏口にいた兵士達は追撃の足を止め、教会へと踵を返した。

 「突入!」

 メルルの合図に兵士達は教会の中へと入ってゆく。

 教会に取り残された神父は寝室にいる娘に手を出そうとした瞬間、騒音に気付き、廊下に顔を恐る恐る出した。

 「あそこ!」

 通路の奥から部下を連れたメルルが露わになり、神父は慌てて寝室に戻る。

 彼は傍に置いてある椅子で閂の代わりにし、机の脇に貼り付けている護身用のナイフを取り出し構える。

 メルルは扉を開けようとしたが、開かないとわかると手に持っている斧を振りかぶり、扉を壊す。

 扉から斧の刃が飛び出し、それを見た神父は自分の持っている刃渡り10㎝程度のナイフと比べてしまう。

 どう考えても負ける。しかも、相手は1人だけじゃない。

 そう考えているうちに、扉は壊れていく。

 神父は部屋を見渡し、何かを探す。そして、あるモノに目をつけそこへ行った。

 扉は壊れ、メルル達は中に突入する。

 「動くな!」

 神父の言葉に、メルル達は動きが止まる。

 「こっちに来たら、こいつを殺す!」

 神父の左腕の中には虚ろな目でぐったりとしている娘がいた。娘の首には護身用のナイフが当てられていた。

 人質。

 神父は町の娘を人質にとり、盾にする。これにはメルル達も手が出せずにいた。

 「道を開けろ!」

 神父の要求にメルル達は仕方なく通り道を作った。

 「動くな!動けば、こいつの命は―」

 脅しの途中で神父はナイフに違和感を感じ、顔を覗かせ、思わず声を漏らす。

 人質の娘が両手から血を流しながらナイフを掴み、引き離していた。

 これにはメルル達も動揺する。

 「おまえに―」

 掠れた声で娘がいう。

 「あ?」

 「お前に利用されるくらいなら、戦って死ぬ!私は、ドゥージー王国の民として死ぬ!」

 虚ろな目から決意に満ち溢れ、輝きを取り戻した娘は神父を振り払い、メルルの前に倒れる。そして、扉の破片を手に取り、神父に向かって跳びかかり、破片を胴体に刺す。

 「グッ!この!」

 血で滑り、刺さり方が浅かったのか、神父は健全であった。

 彼はナイフを娘に刺そうとするが、それをメルルは娘の体を引き、回避する。

 「抑えて!」

 メルルの命令に兵士達は神父を取り押さえる。

 「2人を手当てして」

 「はッ!」

 兵士達は神父を拘束しつつ、部屋の外へと出た。

 娘は手にすり潰した薬草を塗ってもらい、看てもらっていた。

 「ありがとう。あなたの覚悟、私にも伝わったわ」

 メルルが優しく娘にいう。

 「いえ!滅相もありません!あなた達が来たからこそ、私も動けたのです!」

 娘は地面に手を付け、頭を下げる。

 「そんな。頭を下げないで、手、痛いでしょ?」

 「い、いえ、この程度大丈夫です!」

 声が震え、明らかに強がっているのが分かった。

 「強がらないで。もうすぐ、帝国は居なくなるから」

 「私もお供させてください!」

 「ダメ」

 メルルは迷うことなく返す。

 「何故です!」

 「戦うのは私達の役目。あなたは何の仕事をしていたの?」

 「私ですか?私は、酒場のウェイターをやっていました」

 「カワイイから、結構評判良いでしょう?」

 「え、ええ。看板娘としてやっていました」

 「仕事で疲れた人達を癒してるんでしょ?なら、国を取り戻したら、皆の疲れや嫌なことを忘れさせてあげて。私達にはそれができないから」

 「・・・分かりました。ですが、必ず勝ってください!皆さんを元気にしますので!」

 「分かった。約束ね」

 



 ドゥージー王国北側の城から近い港町。そこではペルジアンマリノア護衛騎士団率いる少数精鋭部隊が帝国の退路を断つため攻めていた。

 港町の造船所に傭兵たちが集中し、そこに神父が居る事を聞きだした兵士達は静かに裏に回っていた。

 裏口に4人、その周りにある見張り台に2人の傭兵がいた。そこに、擦り切れたタンクトップを着た、漁民と思わしき1人のイヌ族が練り歩く。

 「おい!止まれ!」

 傭兵は警告するが、イヌ族は足を止めない。

 「これ以上こちらに来たら、貴様を殺す!」

 武器を取り出し、警告するも足を止めない。

 これ以上聞かないと分かった傭兵は見張り台に顔を向け、合図を送った。

 見張りの兵は弓矢を手にし、狙いを定め射る。

 矢は真っすぐ飛んでいき、イヌ族に当たる直前、体を伏せ回避し、傭兵との距離を詰める。

 「げいげ―」

 傭兵がいち早く反応したが、空から護衛騎士が下り、4人の傭兵の首を切り落とした。

 見張り台にいた弓兵も2人の騎士がそれぞれ殺していた。

 「おい、どうした?」

 騒ぎに反応したのか、裏口から傭兵が扉を開けると、距離を詰めていたイヌ族がその傭兵に跳びかかり、腰に差してたナイフで喉笛を切る。

 造船所に勢いよく入ったが、幸いにも裏口にはあの7人しかおらず、大事にはならなかった。

 「終わった?」

 裏口にいた騎士が中に入り聞く。

 「終わった終わった。バレてない」

 漁民らしいイヌ族は騎士から装備を受け取ると、それにせっせこ着替え始めた。

 「連携、いい。いい」

 「みんな上手くやった」

 弓兵を殺した騎士も合流した。

 「じゃあ、早く落とそう」

 「「「そうしよう」」」

 騎士たちは裏で着々と敵を潰していき、部下は町中にいる見張りの兵を暗殺していた。

 護衛騎士4人はもと暗殺者としての経歴があり、その身のこなしやチームワークを買われ護衛騎士団となった。

 彼らの部下はその暗殺者としてのノウハウを叩き込まれた部下であり、身のこなしはネコ族にも負けてはいない程だ。

 帝国の傭兵を殺していき、最終目標となる神父のいる地下室へと着いた。

 地下室の前に4人は静かに着き、1人が鍵穴を覗き、中の様子を伺った。

 部屋の中は神父のサル族が椅子に踏ん反り返り、金貨がどっさりと入った袋でジャグリングして遊んでいる。

 その後ろには衛兵が2人付いている。

 中の様子と合図と同時に突入する事をハンドサインで伝え、ドアノブに手をかける。

 3人は武器を構え、合図を待つ。

 手を出し、3秒数えるとドアを勢い付けて開き、一斉に中に入り込んだ。

 突然のことにサル族の神父は驚き、椅子から転げ落ちる。

 衛兵は盾を前に出し、剣を取り出す。

 最初に入った騎士は神父を取り押さえ、後に続いた2人は衛兵を食い止め、最後の1人は2人の衛兵の首を切り落とした。

 一瞬とも思えるほどの手際の良さ、部屋の中はあっという間に騎士と神父だけになった。

 「な、何をする!放せ!」

 取り押さえられた神父は暴れ、抵抗するが騎士の抑えてる力が強く無意味に終わった。

 3人の騎士は神父の両手足を縛り、担ぎ上げる。

 「終わった終わった」

 「こいつ突き出す」

 「みんな喜ぶ」

 「これで解放した」

 「な、何を言ってる!貴様ら!女王が処刑されてもいいのか!?」

 「「「「黙れ!!」」」」

 神父を床にたたきつけ、剣を突きつける。

 「お前等、終わり」

 「帝国、時間の問題」

 「お前たちの命令、聞く意味がない」

 「この国を取り戻す」

 「何を言う。今にネッコ―国は落ち、先鋭隊がお前等全員潰す!」

 「ネッコ―国落ちる。その心配、殆どない」

 「白騎士、寝返った」

 「白騎士が!?」

 神父は目を丸くし、動揺を隠しきれなかった。

 「そうだ。お前らの右腕、裏切った」

 「いや、左腕じゃなかったか?」

 「そうだっけ?」

 「とにかく裏切った。これ重要」

 「「「確かに!!」」」

 「お前等ふざけてるのか!?」

 何とも不思議な4人の騎士団。だが、彼らの目的は予定通りに静かに達成した。



 ドゥージー王国南側の山岳地帯。そこから進軍しているのはアレックス率いる部隊だった。

 そこは鉄鉱石や魔石が取れることからドゥージー王国の重要な財源の1つである。そしてそこを帝国が国中の民とクリスタルで操られた兵士を集め、奴隷のように働かされている。

 「石の取り具合はどうだ?順調か?」

 宿舎で軍服を着たサル族の監督が後ろから覗き込みながら数字を付けている経理に聞く。

 臭く気持ち悪い息遣いに耐えながら経理は答えた。

 「は、はい。じゅ、順調です」

 「そうなのか?私には数字が落ちてるように見えるが?」

 「石が尽きてしまったので、只今掘り進んで探しているとのことです。ですので、もうすぐ数字が戻ると思われます」

 「なら、今すぐ石を見つけろとケツを蹴り上げてこい!」

 監督が腰に付けた鞭を手にし、経理に向けて振り下ろし、経理の背中に鞭が破裂するような音をたて当たる。

 「痛いッ!!」

 経理は椅子から転げ落ち、蹲る。

 「お願いです!やめてください!」

 「ならそこで寝てないで、今すぐ鉱山へ行け!」

 監督は何度も鞭を打ち、経理はそれを背中で受け続ける。

 「速く行かんかぁ!!」

 鞭を振り下ろしたが、ヒュンと空を切る音だけを立てて拳を振り下ろした。

 「あ?」

 手を見ると、先程まで握られていた鞭は無かった。

 「鞭を打つのは正しい使い方だが、それだけで終わるのは所詮素人だ」

 入口に2つの鞭を持ったアレックスがそこに立っていた。

 「まあ、その打ち方自体、素人だがな」

 「なにを!?」

 監督が腰の武器を手に取ろうとしたのをアレックスは許さなかった。

 鞭を振り上げ、その手にダメージを負わせる。

 「グッ!」

 武器は転げ落ち、ダメージを負った手を抑え、両膝を着く。

 「観念しろ。お前はもう逃げられない」

 「バカめ!今に兵がお前らを殺しに来るぞ!」

 「どこにいる兵のことだ?」

 「どこって、この周りにいる―」

 「それならもういない」

 「なんだと!?」

 アレックスは鞭だけで監督の片足を縛ると、外に放り投げた。

 体を地面に打ち付けられ、息が詰まりかけるが、それが一瞬にして忘れてしまうモノが目に入る。

 「んなバカな・・・」

 監督はその光景を見た途端、呆然とした。

 いつの間にか宿舎の外には解放された民や兵士で溢れかえり、傭兵は1人もいなかった。

 「どうやって、兵を全滅させた!?」

 「地下の線路から侵入したのさ。後は奇襲をかけるだけ」

 「地下から来たのか!よく道が分かったものだな」

 「ああ。我々は鼻が利くからな。あとは暗闇の中から傭兵達に矢を放つ。民とは違い、お前ら傭兵は汗の匂いも、血の匂いもなく、下衆の匂いで溢れていたからな。暗闇でも分かったさ」

 「クソ!本隊がいたら、貴様らなんぞ手も足も出んくせに!」

 「そうだな。だが、いない今こそ取り戻すチャンスなのだよ」

 「取り戻したところで、本隊と戦うことにはなるのだぞ!それを理解していないのか?」

 「城を取り戻せば、補給もないまま過ごすことになる。後はじっくり追い詰めれば、本隊はおしまいさ・・・っと、話過ぎたようだ」

 アレックスは兵士を呼び、監督を縛るよう指示を出すと宿舎に戻った。

 「も、もう終わりましたか?」

 経理が恐る恐る立ち上がり、アレックスの顔を伺った。

 「ええ。今、外でケガ人の治療を行っていますので、先程の鞭の傷、診てもらったらどうですか?」

 「は、はい。ありがとうございます」

 経理は宿舎から出ていった。

 アレックスは先程監督の手から落ちは武器のほうへと行き、それを拾い上げた。

 「やはり、これは『コリティッシュ』の武器」

 アレックスの手にあるのはリボルバーだった。

 「だが、以前とはだいぶ形が変わったな」

 アレックスが見た銃は火縄銃のような銃だった。

 リボルバーの全体をマジマジと見て、弾倉を外し、全ての弾を手の上に落とす。

 筒の中に先端が丸い弾丸が入っている。ガナードの元居た世界にある弾薬とほぼ一緒だった。

 弾を1つ戻し、誰もいない壁に向けて引き金を引く。

 カチッと音がなるが弾はでない。

 弾は撃鉄の所まで来ず、弾丸を出すまであと数回引き金を引かなくてはならない。

 「ん?」

 それを知らないアレックスは適当に数回引き金を引くと、ズドンを音を立て弾が発射された。

 「なるほど、ここに弾が来ないと発射されないわけか」

 壁に撃たれた弾薬を観ようと、歩み寄る。

 壁には弾薬がめり込まれ、煙が立ち上っていた。

 「アレックス将軍!ご無事ですか!」

 音を聞きつけた兵士が慌てて宿舎に駆け込む。

 「ああ、大丈夫だ」

 アレックスは動揺した兵士に対し、素っ気なく返す。

 「さっき捕まえたサル族がいるだろう?そいつの持ち物からこれと似たような物を探せ」

 兵士に弾薬を渡すと、1つ返事だけし、監督のところへと向かった。

 「今回の侵略、コリティッシュによるものか?だが、あの国事だ。白を切るのが目に見える。絶対に尻尾をつかんでやるぞ」

 アレックスは宿舎の中にある資料を探しに奮闘し始めた。

 



 ドゥージー王国東側。そこはネッコ―国からの反撃を予測し、その対策として万里の長城のような壁が建てられていた。

 そこから進軍しているのはマックスの部隊とウルフェンだった。

 彼らは注意を惹きつける意味もあり、その戦略は正面突破だった。

 マックスの部隊は2メートル異常ある大型のイヌ族の部隊で構成され、彼らの武器は腰に付けている収納タイプの槍もあるが、本命は先端に針が付き、自身の体を隠せる程の巨大な『盾』である。

 ウルフェンは甲冑を身に纏い、右腕には半身を守れる程の盾、その中に剣を納め、左手には巨大なランスが握られていた。

 先頭にウルフェンが立ち、その後ろにマックス達が隊列を組んでいた。

 「ウルフェン様。本当にいいのですか?」

 マックスが後ろからウルフェンに聞く。

 「ああ。この作戦、民の希望の光として、王国再興の第一歩として我等が君臨しなければならない。後ろでコソコソしてるようでは、民に何を言おうと聞いてはくれないだろう」

 「無礼を承知で申しますが、ウルフェン様が国を取り戻す前に亡くなられては、民は更に絶望するでしょう」

 「そうだな。だが、だからといって後ろに下がる私では無いことは知っているだろ?」

 顔半分だけ振り返り、笑みを見せる。

 その顔を見た時、彼の父、オースタインの面影がチラつく。

 それと同時に、あの日の光景がチラつき、全身に悪寒が走る。

 狼王がネコ族に刺され、亡くなったあの日。『狼王の献身』が脳裏をよぎった。

 マックスは改めて盾を握りしめ、命に代えても守ると決意する。

 「行くぞ!」

 ウルフェンがランスを掲げると、マックスとその部隊は雄叫びを上げ、盾を掲げる。

 壁の上では、複数の傭兵が等間隔で距離を離し、そこから辺りを見渡し見張りをしていた。

 1人の傭兵が地平線の向こう側に違和感を感じた。

 目を凝らして見てみると、そこにはウルフェンを先頭とし、大盾を持った3つ部隊を率いた集団がいた。

 「なんだあれ!?」

 見張りは胸に下げてる笛を取り、鳴らした。

 その音を聞いた見張りもウルフェン達の存在に気付き、笛を鳴らす。

 耳をつんざくような笛の音は響き渡り、その音は壁の内側の拠点にまで広がっていった。

 傭兵達は武器を取り、宿舎から飛び出し、城壁の門の前へと集まる。

 「何事だ!」

 サル族の指揮官が長城を上り、見張りに聞いた。

 「あそこに武装したウルフェンと兵士達がこちらに向かっております!」

 「なんだと!」

 壁に身を乗り出し、そこを見つめる。

 見張りの報告通り、地平線の向こうからウルフェン達がこちらに向かってきている。

 (何故だ?女王が処刑されてもいいのか?いや、それよりも今は本隊がネッコ―国に進軍して、一番手薄な状況なのが厄介だ。壁があるとはいえ、時間の問題だ!どうする!)

 下唇を噛み、右往左往して悩みこむ。

 撤退が無難だが、城にいる『教育者』がここを突破された事の責任を自分に背負わせる。逃げ場などない。

 「ええい!総員!戦闘態勢!弓兵と魔術師は全員今すぐここに来い!投石器も設置だ!」

 ヤケクソな指示に傭兵達は不安を抱いたが従った。

 「いいか!敵がこちらの射程距離に入り次第、攻撃しろ!」

 弓兵は弓矢を構えるのと、投石器に付くものに別れ、魔術師は魔力を溜め呪文を唱え始める。

 「敵が壁に付いたら、貴様等は白兵戦で応戦しろ!」

 門の前で待機している傭兵に指揮官が怒鳴る。かなり焦っているのが下の傭兵達にも伝わり、不安が過る。

 一方、ウルフェン達は長城の異変に気付き、警戒する。

 「ウルフェン様。私達の後ろへ」

 「ああ。ここはそうさせてもらう」

 ウルフェンはマックス達の中へと入っていった。

 そのまま進軍していき、長城へ進軍していくと、そこから光り輝く物が発射された。

 「総員!テストゥド!」

 マックスがそう指示すると、隊列の周りにいた兵士は体の向きを外に向け、盾を構えた。隊列の中央にいる兵士は上からの攻撃を防ぐように盾を持ち上げた。

 暫くすると、空から矢の雨と岩が降り注ぎ、それがウルフェン達に襲うが、盾によってそれは防がれる。

 普通なら下敷きになるような岩だが、マックス達の部隊にとってこれは少しばかり重いダンベル程度の物であった。

 軽々と払いのけ進軍していく。

 移動速度は落ちたが、確実に怪我をすることなく進めている。

 「魔術師!魔法でどうにかしろ!」

 指揮官が魔術師の尻を蹴り上げ催促するも、集中している最中に邪魔され、頭にくるが目の前の敵を前にし、集中力を戻そうと再び詠唱する。

 「大地よ。その偉大さをわが身に見せよ、グラウンドブレイク!」

 1人の魔術師が床に杖を立てると、他の魔術師も床に杖を立てる。

 杖から黄土色の閃光が長城の壁を走り、ウルフェン達の足元まで行った。

 地面に広がると、その光に沿って地面がズレ、一瞬にして隊列が崩れてしまった。

 「今だ!放て!」

 矢と岩が発射され、それが彼等の上に降り注ぐ。

 盾で防ごうと構える者がいたが、中にはそれが間に合わず、直撃してしまう兵士がいた。

 「マックス!どこだ!」

 ウルフェンが呼び叫び、マックスを探す。

 「ここです!」

 声の聞こえた方向へと向かい、マックスの前に立つ。

 「マックス。頼みごとがある」

 彼の真剣なまなざしに、マックスは不安を覚える。

 「な、なんでしょうか?」

 「私を、あの壁まで投げ飛ばせ」

 ウルフェンの命令に、マックスは動揺し、息をのむ。

 「そんな!無茶です!」

 「無茶を承知でいっている」

 ウルフェンは顔の筋肉1つピクリとも動かすことなく、淡々と返す。

 「私があの壁の上の兵達を止める」

 「1人では無理です!ここは素早く正面突破で行きましょう!」

 「それでどれだけの人数があそこまで辿り着ける?」

 「それは・・・」

 マックスは返せなかった。この攻撃に明確な防御手段はない。もし、今のより強力なグラウンドブレイクが来たら、もっと被害が出るだろう。それは自分もよくわかっていた。

 「いいかマックス。私達は死にに行くのではない。帰るのだ。みなで、故郷に」

 「ですが、あなただけを行かせるのはー」

 「くどいぞ!」

 ウルフェンの喝にマックスはその大きな体をビクッと跳ねらす。

 「マックス!私は覚悟を決めて戦っている!私の覚悟を無駄にするというのなら、今すぐこの場から消えろ!」

 「ウルフェン様・・・」

 「マックスにしか出来ないんだ!頼む!」

 ウルフェンは深く頭を下げる。

 (そうか。守ることばかり考えていたが、王子も国のために戦っている戦士だ。その覚悟を無駄にするのは、失礼以上のものだ)

 マックスも兵士、それも部隊の隊長。その気持ちは自分が一番わかっていることだった。

 「ウルフェン様、どのように投げますか?」

 「いいぞいいぞ!もっと今のを繰り返せ!」

 司令官がピョンピョン跳ねて品性のない喜びを見せる。

 「何か来ます!」

 兵士が空を見上げ、報告する。

 「あ?」

 空を見上げると、太陽を背に何かが降ってくる。

 目を凝らして見ると、それはウルフェンが体を広げ、長城の真上に落下してくる。

 「あれは敵だ!敵が落下してくるぞ!」

 彼の傍にいた弓兵は狙いをウルフェンに定める。

 「させるかぁ!!」

 ウルフェンはランスを弓兵達に向けて投げ飛ばす。

 ランスは豪速で投げ飛ばされ、1人の弓兵に突き刺さる。

 それに動揺することなく、残りの弓兵はウルフェンに矢を放つ。

 盾と甲冑で矢から身を守りながら落下し、長城へ地響きを上げながら着地する。

 「お、おい!確認しろ!」

 弓兵の背中を押し、無理矢理向かわせようとする。

 それに弓兵は腰の剣を抜き、恐る恐るそこへ向かう。

 土埃が舞う中、そこから剣が飛び出し、兵の胸に刺さる。

 土埃の中からウルフェンが雄叫びを上げながら現れる。

 「ウ、ウルフェンだ!」

 司令官はコケながらも逃げる。

 弓兵は剣を構え、魔術師と投石器の兵士はウルフェンを迎撃することなく、次の攻撃の準備を行っている。

 「来い!剣の勝負なら負けん!」

 武器を構え、弓兵達に地を蹴り、一気に距離を詰める。

 ウルフェンが前に来ると、弓兵は剣を振りおろす。

 それを盾で払いのけ、弓兵の体を剣で切りつける。

 そして、その勢いのまま次の兵士へと駆けていく。

 剣だけでなく、盾で相手を殴り、頭を潰す。壁の外へと飛ばす。剣と盾、その2つを巧みに使い、甲冑を着ているとは思えないほど俊敏な動きで相手を翻弄しつつ敵を潰していった。

 指揮官はそれに追われるように逃げていた。不意に後ろを振り返ってみると、弓兵は全滅し、魔術師に向かって入っているのが見えた。

 「ああ、マズイマズイマズイ!」

 指揮官は壁の下にいる兵を呼ぼうと壁に身を下すが、そこに傭兵達はいなかった。

 「ど、どこに行った!?」

 反対側の壁を見下ろすと、そこにマックス達の部隊と白兵戦を行っている傭兵達がいた。

 だが、それは一方的であった。

 傭兵達は様々な武器で戦っていた。剣、ランス、斧、ハンマーといったような。だが、マックス達の盾の前ではそれは全て無意味であった。

 マックスは10人がかりで攻撃されるが、盾でそれを受け止める。そして、相手を自慢の怪力で押し飛ばし、倒れた相手を盾で潰し、体を切断する。

 マックス以外の部下達も同じように傭兵を倒していった。あ

 その怪力を体感し、目の前で仲間が切断され、攻撃が通じないと体感した傭兵達はみな逃げ始めた。

 「おい!逃げるな!頭使って戦え!」

 呼び戻す中、指揮官の喉に冷たい剣がピタリと当たる。

 ゆっくりと顔を上げ、剣を目で辿ってみると、そこは返り血で赤く染まったウルフェンがいた。その後ろに視線をむけると、魔術師と投石器の兵達はみな血を流し倒れていた。

 「もう終わりだ。ここは落ちた」

 冷たく、体が動かなくなってしまいそうなその声に指揮官はゾッとする。

 「貴様は拘束する。帝国のありとあらゆることを貴様の口から吐かせてやる!」

 「い、嫌だぁぁぁぁぁぁッ!」

 吐けば殺されることは目に見えた。いや、殺されるだけで済めばいい。どちらにせよ、『教育者』がただで済まさない。

 指揮官は恐怖のあまり、壁から身を乗り出し、頭から飛び降りた。

 逃がさないと手を伸ばしたウルフェンだが、指先だけ掠り、指揮官を捕まえ損ねる。

 「しまった!」

 ウルフェンは見下ろし、指揮官を確認する。

 「ウルフェン様!ちゃんと捕らえましたよ!」

 下でマックスが指揮官をキャッチしていた。

 指揮官は泡を吹きながらマックスの腕の中で気絶していた。

 「よくやった!マックス!」

 「ウルフェン様も見事でした!」

 


 ドゥージー王国のドゥージー城、東から早馬ならぬ早獣が城に向かっていた。

 早獣に乗った伝令兵は城に着くと、玉座の間へと向かった。

 「緊急事態!緊急事態です!」

 玉座の前へ着くと、そこを守る衛兵に止められる。

 「要件を言え」

 「東の防衛線が、突破されました!」

 「なに!?」

 衛兵は急いで道を開け、玉座の間へと通した。

 「あれ?オディオ様?」

 玉座の間にはオディオと黒騎士のどちらかがいるはずなのだが、そのどちらもおらず、がらんとしていた。

 「ん~?どうした~」

 廊下から軍人パレードの兵士並みに足を上げてあるって来る者がいた。

 全身派手な色で、見るだけで目が疲れるようなピエロの服を着て、口角が常に上がってるような口紅に、顔が白塗りで種族が特定できない者がいた。

 「マディス様!」

 兵は慌てて敬礼する。

 マディス。この者が帝国で『教育者』として恐れられてい人物だ。

 「あれ?東側の大きい壁の所の伝令兵だよね?ネッコ―国でも攻めてきたの?」

 「いえ、攻めてきたのはドゥージー王国のウルフェンです!」

 「え~以外だな~それ。ホントなの?」

 体をねじらせ、下から覗き込みながらマディスが聞いた。

 「は、はい!間違いありません!」

 「緊急事態です!」

 別の伝令兵が玉座の間へと来た。

 「今度は西側のか~。で、緊急事態って何?」

 「は、はい!西側から、ドゥージー王国の兵が攻めてきています!」

 「西?いつの間に攻めてきた~?というか、挟まれてんじゃ~~ん」

 何が可笑しいのか、マディスはゲラゲラと笑い始めた。

 「この様子だと、北と南も怪しいね~」

 マディスは玉座の間からキップを踏んでどこかへ向かい始める。

 「何処へ向かわれるのですか?」

 「王妃に会いにんだよ~ん」

 マディスはそう言い、地下牢へと向かった。

 地下牢の一番奥、そこは50人体制で、24時間見張りが付けられている牢屋であった。

 鉄格子で中は丸見えとなっており、その中にはドゥジーヌと膝枕で眠っているリリィがいた。決して鉄格子の方を向かず、閉じ込められて以来、ずっと壁を見つめている。帝国に対して、まだ負けてはいないという彼女の精神の表れでもあった。

 「皆お疲れ~」

 手を振りながら牢屋の前へと向かうが、それを見張りの兵に止められた。

 「マディス様。いくら貴方と言えど、ここを通すわけには行きません。どうか、お引き取りを」

 「ドゥージー王国が反乱を起こしたんだよん♪王妃を処刑しないといけないんだ」

 「それでしたら、オディオ様の許可をー」

 「皆まで言わなくていいさ」

 兵の口に人差し指を当て、止める。

 「で~も、時には妥協をしなきゃいけないでしょ?オディオ様と黒騎士は今この城にいない。なら、この僕が代理のリーダーであることは分かるよね?」

 「え、ええ」

 「そんな中、ドゥージー王国が反乱を起こしたんだ。処刑する権利はもちろん僕にある!」

 「オディオ様がそれを許すのですか?」

 「ダイジョーブ!僕が何とかするさ」

 兵を押し退け、鉄格子の前へ行く。

 マディスの手にはカギが握られ、鍵を持っていた兵士は自分の腰のカギを慌てて確認するが、そこに鍵はなかった。

 マディスはその鍵で牢を開け、ドゥジーヌの後ろに立ち、ゆっくりと肩に手を乗せた。

 「お・う・ひ・さ・ま♡こっちむーいて!」

 肩を引き、無理やり振り返えさせる。

 白い毛並みに長いまずる。だが、目の前にいる彼女はそれだけだった。

 「ん?」

 マディスは匂いを嗅ぎながら彼女を舐めまわすように観察する。

 「これ、白いハスキーだ」

 「な、なんですと!?」

 見張りの兵が牢の中に入り、そのハスキーを見つめる。

 「毛並みは少しガサついてるし、目も青くない。そして何より、オーラがない。リリィはよくできたぬいぐるみだこれ」

 先程のふざけた口調から一点、真面目に解析するマディス。その光景に、兵士達は全員焦る。

 「誰がいつ、どうやってやったんだろうね?」

 「わ、私達は一日中監視していました!誰もこの牢に近づけていません!誰もこの牢を開けた者はいません!」

 「ふーん。まあ、過ぎたことを責めてもしょうがないか」

 マディスが踵を返し、首を鳴らしながら牢から出ていく。

 背中を向けたマディスに、ハスキーはぬいぐるみを持ち、跳びかかる。

 「マディス様!」

 そのことに気付いた衛兵の対応は間に合わず、邪魔をされることなくハスキーはマディスに向かっていく。

 あと寸前の瞬間、マディスは振り返らず、バレリーナのごとく後ろ蹴りでハスキーの顎を蹴り上げる。

 「威勢がいいね♪あとちょ~~~~~~~っとだったのに♡」

 ほほに指をめり込ませ、満面の笑みを見せる。

 蹴られたハスキーは空中で弧を描きながら倒れる。彼女の手のぬいぐるみにはナイフが飛び出していた。

 「さ~てと」

 牢から出ると、辺りを見渡し見張りの兵士の顔を品定めするかのように見る。

 「キミ」

 マディスは1人の兵に指をさす。

 「は、はい!」

 見張りの兵の中で一番若いイタチ族の兵であった。

 「この逃亡の責任、君が取る?」

 「じ、自分ですか!?」

 「そうだよ。逃げられた事を責めてもしょうがないって入ったけどさ、何かしら反省の意思は見たいのさ」

 「そ、そんな・・・」

 その兵士はショックのあまり膝を震わせ、崩れるように膝をつく。

 目の前で崩れている新人がいるのにも拘らず、周りの兵士は一切庇おうとしない。むしろ、内心ホッとしている。

 それをマディスは見逃さなかった。

 「でも!そんな若い君にチャンスを与えてあげる!」

 「え?」

 兵士の顔は一気に明るくなり、顔を上げる。

 「本当ですか!?」

 「うんうん。本当さ」

 「何をすればいいんですか!」

 兵士が希望に満ち溢れた顔で聞き、マディスは人差し指を立て、周りの見張りの兵士に指さした。

 「君の代わりを指名するんだ」

 マディス以外の兵士は全員息をのみ、お互いの顔を見合わせる。

 「お、俺には家族がいるんだ!選ばないよな?な!?」

 「飯おごってやったろ!なあ、一緒に過ごしてきた仲間だろ!選ばなよな!?」

 彼とあまり関係を持たなかった兵士は情に訴え、彼と関係を築いてきた者は絆に訴える。

 先程まで一切庇う気のなかった兵士達が皆、我よ我よと行く。

 それに若い兵士は戸惑い、言葉が詰まる。

 「あ、そうそう。もし。もしも彼が決定までに死んだら、全員にやるからね」

 そう念を押しながら、地下牢を後にした。

 「さ~て、どうしよっかな~」

 呑気に考えながら歩いていると、彼の目の前にオディオと杖を背負った黒騎士が何もない所から現れる。

 「お帰り~」

 動揺することなくマディスは迎える。

 「城下町周辺にまでドゥージーの兵士が攻めて来ているが、人質はどうした?」

 オディオは一切の動揺もせず、聞く。

 「偽物にすり替わっていたよん」

 「偽物だと?」

 「そう。だれがやったんだろうね?」

 「キエノフのあの瞬間移動だろう」

 「キエノフ?でも、どうして彼が?」

 「彼はグリフィスと共に裏切った」

 「あらら」

 口をあんぐりと開け、動揺してるようなしていないのか分からない表情を見せる。

 「さらに、ウェザー・ウィッチも敵の手に渡った」

 「うわ~それは大きいね」

 「だが、杖は私のほうにある」

 黒騎士の背にある杖にマディスは目を向ける。

 「それはよかったよかった」

 「マディス。君の計画は今、どこまで進んでいる?」

 「う~ん。やっと『材料』がそろったって感じかな?」

 「ふむ。完成までにあとどれくらい必要だ?」

 「かなりかかるね」

 「分かった。今すぐ撤退の準備をしろ。この大陸を放棄する」

 「りょ~かいしました!オディオ様」

 敬礼すると、マディスは撤退の準備をしに部屋に戻る。

 「あ、ここを離れる前にあれだけやっちゃおうかな?」

 


 東と西の城下町にドゥージー王国の兵士が進軍していた。

 西ではメルルが、東ではウルフェンが先陣を切っていた。

 町では兵士達の姿を一目見ようと窓を開け身を乗り出す者、思わず外に飛び出す者と歓迎ムードで町がざわつき始める。

 「ウルフェン様!国を取り戻して!」

 「家族の敵を討って!」

 民がみなドゥージー王国の後を押す。

 それに彼等も気持ちが昂り、疲れが取れていく。

 そして、城門へと付いた。

 「マックス!」

 「はッ!」

 ウルフェンの声にマックスの部隊が門に手をかけ扉を開ける。

 「総員、突撃!1人たりとも逃すな!」

 ウルフェンの後にマックス達が雄叫び上げながら突入する。

 ウルフェンが向かう先は玉座の間、そこにいるオディオを討ち、この戦いに決着を付けることを優先とした。

 城内でそれぞれ分かれ、ウルフェンの後ろにはマックスと彼の先鋭が付いていた。

 道中、ウルフェンはある違和感を覚える。

 (兵士が、いない?)

 「ウルフェン様」

 マックスもそれに気づき、声をかける。

 「ああ、十分に気を付けるさ」

 そして、玉座の間の前についた。

 扉が閉じられ、怪しげな雰囲気がそこにあった。

 ウルフェンは扉の前に立ち、先鋭の二人が扉に手をかける。

 呼吸を整え、先鋭に頷き合図を送る。

 ウルフェンが地を蹴ると同時に、先鋭が扉を開ける。

 「オディオ・ハベティスト!かく・・・ご」

 ウルフェンは目の前に広がる光景に言葉がつまり、足が止まる。

 その後ろにいたマックス達も、その光景を見た途端、口があんぐりとひらく。

 玉座にはドゥジーヌ女王に変装したハスキーが、鼻を潰され、胸にランスを突き刺され、両手足には杭が撃ち込まれ、そこから血が流れ落ちている。

 彼女の足元には白い球体に赤いひも状の物がくっついている物体が2つ落ちていた。

 ここで何が遭ったのか、足元に落ちている物体が何なのかを想像したくなかった。

 「ウ、ウルフェン・・・様?」

 血を吹きながらハスキーが顔を上げる。

 瞼を開けるが、そこにはあるべきものが『2つ』ともなかった。

 先鋭の1人が思わず胃液を吐く。

 「ウルフェン様ですか?」

 あたりをキョロキョロと見渡すが、彼を一生捉えることは出来ないであろう。

 「あ、ああ!私はここにいる!」

 ウルフェンはそっと彼女に近づき、ランスを置いて彼女の顔に手を添える。

 「そこにいるんですね。ウルフェン様」

 「ああ、私はここにいる」

 「ごめん、な、さい。私、女王様に、変装してたけど、バレちゃいました」

 「いいんだ。お前はよく頑張った。大儀であったぞ」

 「えへ、へ。ハスキーの私が褒められた。うれ・・・し、い」

 尻尾を少し振ると、ガクッと顔を落とし、動かなくなった。

 「こ、ここまでするか!帝国!」

 ウルフェンはランスを持ち、玉座の間から飛び出した。

 「何処だ!帝国!貴様等全員、容赦はしないぞ!」

 城内を駆け巡るが、幹部はおろか、兵士すら1人も残っていなかった。

 「どこだ!どこにいる!」

 ウルフェンは自覚していた。この城には帝国がないことを。

 だが、腹の虫が収まらなかった。

 ハスキーを『ワザ』と長く苦しむ方法でジワジワと処刑したことを。尊厳のない死を与えたことを許せなかった。

 「ウルフェン様!」

 マックスが追いつき、ウルフェンを止める。

 「お気持ちは重々承知しております。ですが、この城には帝国はもう・・・」

 「分かっている!」

 ウルフェンは振り返らず、怒鳴る。

 「だが、あれはなんだ!あんな、あんな惨いことを!」

 「ええ。帝国の惨さは承知していたつもりでいましたが、まさかここまで容赦ないとは」

 「クソォ!」

 ウルフェンは怒りの余り、壁に拳がめり込むくらいの力で殴った。

 この日、ドゥージー王国は国を取り戻した。

 多くの悲しみと、壮絶な恐怖から解放されたが、肝心のオディオ達はまだ生きている。

 だが、今は帝国から解放されたという喜びに浸り、家族と共に過ごし、笑顔で居る事は決して罪でない。むしろ、今はそれに浸るべきだ。


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