未知の力
ネッコ―国で体を治しているグリフィス。その異様な光景に兵士達とシルヴァはドン引きしていた。
グリフィスは片腕を引きちぎり、うつ伏せの状態でその腕を自身の背中に刺し、岩が直撃した時にズレた背骨を戻していた。
グチュグチュと音を立てながら背中を切り開き、背骨に手を伸ばしていく。
「よし。掴んだぞ!」
バキッと音が鳴り響き、背骨が元に戻る。
「何なんだ?こいつは・・・」
シルヴァはそう呟く。
背骨を戻したグリフィスは腕を引き抜き、元に戻しながら立ち上がった。
軽く体操をして体の調子をうかがう。
「よーし、これなら問題ないな」
「な、なあ。あんた一体?」
シルヴァが尋ねる。
「俺か?まあ、それはガウェインが戻ってきたら追々話すさ」
「そうだ!父は死んだはずだ!なぜ生きている!」
「それも話す。だから、今は生き残るために籠城戦に備えろ。いいな?」
グリフィスはそう言い残し、翼を広げて飛び立とうとした瞬間、彼らの中心に何かが落下した。
飛び散る地面の破片を各々が防ぎ、その落下物を目を細め見る。
黒く卵のような形をした鉄の塊がそこにあった。
「なんだ!?」
その衝撃を感じ取り、城の中からネッコ―国の兵士がゾロゾロと出て、その塊を囲む。
「あれは、まさか!」
黒い塊の外壁が翼のように広がり、中から黒い甲冑を身にまとい、顔にはペスト医師のような仮面を付けたトリ族が露わになる。だが、武器と呼べるものは一切身に着けてなかった。
そのトリ族はグリフィスを一点に見つめ、一歩踏み出そうとする。
「よせ!」
グリフィスは地を蹴り、トリ族との距離を一瞬にして詰めた。
一瞬。それは本当に一瞬だった。
2人の手には武器が握られ、つばぜり合いしていた。
トリ族の手には赤黒い色をした剣が握られていた。
「何故殺した!黒騎士!」
「黒騎士!?」
グリフィスの言葉に周りの兵士たちが一斉に驚く。
「逃げろ!お前たちじゃかなわない!」
「何を言う!今が好機―」
「こいつの傍に近づくな!死ぬぞ!」
周りの兵士はグリフィスの言葉を理解できなかった。
この時までは。
「おい!お前が先頭なんだ!速くいけ!」
2人の周りを囲んでいる兵士の先頭に後ろの兵士が背中を押した。
押された兵士は返答も無く前に進んだ。
正確には、上半身が前にズレ落ち、下半身がその場をとどまっていた。
下半身からは血が間欠泉の用に吹きあがり、周りの兵士にかかる。
「え?」
押した兵士は理解できず、自身の手とズレ落ちた兵士の上半身を交互に見る。
それに連動するかのように、先頭にいた兵士達にも同じようにズレ落ち、血が吹き上がり、辺り一帯血の水溜りができる。
グリフィスの言葉を理解した兵士達は悲鳴を上げながら後ろに下がる。
「何の目的でここに来た!お前はこの作戦に関係ないはずだ!」
グリフィスはそう言うが、黒騎士は何も答えず、ジッとグリフィスを見据えるだけだった。
「ここじゃあ、話したくないってか。なら、場所を変えるぞ」
言い終えると同時に黒騎士から一歩離れ、飛んで行った。
「何が・・・起きたんだ?」
シルヴァは切り捨てられた兵士を見つめ、黒騎士の恐怖を改めて認識すると腰が抜けた。
(あの時、あのトリ族が止めていなければ自分はああなっていたのか?)
同時刻、城下町前の城壁。
そこではカイザーの鎧を着たガウェインとグヌトゥフスが激しい戦いを繰り広げていた。
地面からは刺の岩が無数に生え、かつての整備された道は跡形もなく消え去っていた。その刺に囲まれているガウェインがいた。
「チャクラム!」
ガウェインの両腕から鉄の輪が複数出現し、それを四方八方へと投げる。
鉄の輪は勢いを落とすことなく、刺の岩を切断しながら飛んで行く。
視界が開け、辺りを見渡すが肝心のグヌトゥフスはいなかった。
「オラァ!」
ガウェインの後ろから岩のハンマーで襲い掛かるグヌトゥフスが迫っていた。
先程のチャクラムで切断した岩に杖を刺しているだけのハンマー。それがガウェインに振り下ろされる。
ガウェインは避けず、雄たけびを上げながら岩のハンマーに拳のラッシュを叩き込み、岩を砕く。
「面白れぇ!グレイブアーム!」
グヌトゥフスは杖を背中に納め、手から腕にかけて岩を覆わせ、ガウェインのラッシュを叩き込む。
2人のラッシュは激しくぶつかり、その衝撃に切断された刺の岩は吹き飛ばされる。
激しいラッシュは早くにも決着が付いた。
ガウェインのラッシュはグヌトゥフスの岩の腕を打ち砕き、そのまま体に叩き込む。
グヌトゥフスは殴り飛ばされるが、何もなかったかのように空中で体制を整え着地する。
「は、ハハッ!」
突然グヌトゥフスは笑い出す。
「白騎士が苦戦するのも納得が行くなぁ!面白れぇ!」
「遊びでやってるのか?」
「遊び?ちょっと違うな。俺達にとって、戦いこそ喜び!戦いこそ生きがい!だからこそ、『面白い』んだよ!」
「なら、戦争は他所でやることだな」
『大陸斬』と唱えるように言うと、ガウェインの鎧の右肩から下が変形していく。
腕は剣のグリップのようになり、肩は鍔のように変化していく。だが、肝心の剣身が無い。
それを両手で握り、構える。
「お前らに構ってる暇は無いんだ。この一撃で決める!」
「何するつもりだ?」
グヌトゥフスは杖を構え、警戒する。
「伸びろ!大陸斬!」
ガウェインは握っているそれを薙ぎ払う。
先程まで剣身が無かったそれからビームのような閃光が伸び、地面を抉りながら薙ぎ払われる。
その光り輝く剣身、長さにして1000m程まで伸び城を取り囲んでいる帝国拠点や兵士までも巻き込んでいく。
その被害、東、南、西にある拠点その全てが壊滅状態になる。唯一北側だけに刃は届かず、壊滅を逃れた。
「体力・・・落ちちまったな」
息を切らしながら剣身を消し、鎧に戻す。
「ブリザード!」
突然、吹雪がガウェインを襲い、辺り一体の地面が凍る。
「アイスニードル!」
凍った地面の上を滑りながら氷の針を飛ばすグヌトゥフスがいた。
その針はガウェインの鎧に刺さると、そこから氷が侵食していき、ガウェインの動きを完全に封じた。
「アイスバーン!」
地面に杖を刺すと一本の氷の道が出来上がり、その上を滑り、撤退する。
「もうここはダメだな」
グヌトゥフスは懐から紐のついた竹筒を取り出し、それを空に向けて紐を引いた。
竹筒から花火が打ちあがり、空高く上ると爆発した。
「虎王。あなたが万全の状態であったなら、きっと俺は死んでいた。この場は素直に負けを認めよう」
先程の荒々しい口調が一変、冷静な態度になったグヌトゥフス。彼は生き残った部下を探しに拠点へと向かった。
「今の、何だったんだ?」
西側で足止めをしていたグリフィスの部下は大陸斬を飛んで回避した。
地上では地面が抉れ、煙が上がり、地上にいた兵士達の殆どは光の中に消え、辛うじて生き残った兵士がいたが、それも虫の息だった。
城のほうでパーンと花火が打ちあがる。
それを見た帝国の兵士は撤退し始める。
兵士が消えた所にポータルが開き、そこからミールとラーブルが出てくる。
「ちょっと、なによこれ?」
荒れ果てた土地を見て呆然とする2人。その前に部下達が降り立つ。
「無事だったようだな」
「ギリギリよ」
2人は大陸斬が来る前にポータルで射程外にまで逃げていた。
「それより、あれなんなの?魔法なの?」
「それは分からない。今から被害状況を確認するが、君達もくるか?」
「ええ。妹やあいつのことも気になるし」
「分かった。君達は北へ向かってくれ。俺と君は城へ向かう。そこで隊長とガナードに合流する」
イエッサー!
そう答えると、指示された部下は北へと飛んで行った。
「では、行こう」
部下2人はミールとラーブルを掴み、城へと飛んで行った。
城下町でガナードはエスティナをおぶさったままオディオから逃げていた。
キエノフとの戦闘で体力を消耗しているが、十分なスピードはあった。そして、城下町というだけあって建物が多く並び、入り組んでいる。その間を通るなどとして逃げていた。
だが―
「クソ!まただ!」
ガナードの目の前の空間が波紋の用に波打ち、そこからオディオが現れる。
どんなに速く逃げても、人気のない場所に逃げても、必ずオディオが現れる。
「諦めろ。お前はもう逃げられない」
歩み寄りながら言う。
「ウェザー・ウィッチを渡せば、何もせず。この場から立ち去ろう」
「敵の言うことを素直に聞く訳ないだろ!」
ガナードはエスティナを降ろし、刀を抜き構える。
「無駄だ。私には勝てない」
「だからって、素直に渡す訳ないだろ!」
斬裂波をオディオに向けて放つ。
だが、斬裂波はオディオを貫通し、傷を付けることすら出来ずに通り過ぎた。
「え?」
攻撃が外れたのだろうと思い、今度は連続で斬裂波を放った。
複数の斬裂波がオディオに向かって飛んでいくが、そのどれも傷を付けることすらなく貫通していった。
「これが私に勝てない理由だ。それが分かったのなら、素直に渡せ。今なら無傷でお前を見逃そう」
「こいつ!」
ガナードは腕に炎を纏わせ、火炎放射のごとく炎をオディオに向けて放った。
だが、浄化の炎でもオディオに傷1つ付けることが出来なかった。
オディオはそれを恐れるはおろか、怯むことなく前進する。
火力を高めようと力を込めたその瞬間、足元から何かが破裂する音が聞こえ、それと同時にガナードはガクッと崩れ落ちる。
足元に視線を落とすと、ガナードの片足が反対方向に曲がっていた。
エスティナは悲鳴を上げ、腰を抜かす。
「どいてもらおう」
オディオが片腕を上げ、開いていた手をグッと握る。
今度はガナードの腹部の前で破裂し、その衝撃で端に飛ばされる。
息が詰まり、呼吸がしづらくなる。
「お願い。やめて・・・」
エスティナは泣いて後ずさる。
「なら、来ることだな。ウェザー・ウィッチ」
「わ、分かりました」
「き、くな・・・ッ!」
刀を杖代わりにし、むせながらガナードは立ち上がる。
「お姉さんが、待ってるんだッ!お前に渡すものか!」
「まだ立つか。少し、眠ってもらう」
オディオは掌の中に『光』を出現させ、それを掲げる。
光が2度輝きを増した。
静寂が辺りを包む。
「このッ!」
ガナードは炎を放とうと片腕を出した瞬間、目の前で衝撃波が発生し、後ろにある家に叩きつけられる。そして、また目の前で衝撃波が発生し、家の壁を壊しながら吹き飛ばされる。
中にいた女性は悲鳴を上げ、子供を抱きかかえ部屋の隅に行き、子供庇うように蹲る。
「やめて!」
エスティナはオディオを止めようと手を伸ばす。
明らかに手の届く範囲だが、エスティナは空振り、前のめりに倒れる。
「なら、来るんだ」
倒れたエスティナに手を差し伸べることなく、背を向ける。
「私の後につづ―」
振り返り、そう言った。だが、オディオの後ろにいたのはエスティナではなく、全身に炎を纏ったガナード。
ガナードは残った片足で跳躍し、オディオに跳びかっていた。
そして、オディオに跳び付き、ガナードに押し倒される。
「なんだとッ!」
オディオはガナードを見つめ、動揺する。
「燃え尽きろ!」
ガナードはオディオにしがみ付き、体に纏わりついている炎を更に燃え上がらせる。
体力の消耗と激痛で意識が遠のく中、軍服が燃えていくのが肌を通じで分かる。
もう少しで本体に届く・・・はずだった。
突然オディオは空間に飲み込まれるように消え、ガナードの前から消える。
「私に・・・触れたな?貴様」
オディオは民家の屋根の上で服に付いた火を振り払いながら言う。
「貴様が何者か知らんが、厄介だ。消えてもらう」
両腕を上げ、力を込める。
ガナードはエスティナを連れて逃げようとするが、力が入らず、動けなくなる。
「クソ・・・ッ!」
意識が途絶え、その場で倒れる。
「消えろ!」
エスティナは頭を抱え、その場に伏せる。
もう終わりだ。エスティナはそう確信した。
だが、何も起こらなかった。
顔を上げ、オディオを見やる。
オディオは腕を上げたまま動きを止めている。
「エスティナ!」
遠くから彼女を呼ぶ懐かしい声が聞こえる。
それと同時に、2人の前にどこか森林へと続くポータルが開く。
「逃げて!エスティナ!」
「お姉ちゃん!」
遠くで杖を地面に突き立てているミールがいた。
その上空でトリ族に掴まれたラーブルが両腕を前に突き出している。
「速く!逃げて!」
ミールがそう言うが、エスティナは彼女の元へ行きたい衝動にかられ、一歩足が出た。
だが、足元で倒れているガナードに気付く。
倒れているガナードとミール、ポータルを見てエスティナは察し、再開の喜びを抑えながらガナードを引きずりながらポータルの中へと入っていく。
それを確認すると、ミールはポータルを閉じた。
「もう・・・限界!」
ラーブルは腕を下げ、息を切らす。
オディオは自由になり、何があったか分からず、3人をみる。
「あれは・・・ニンゲン?」
「オディオ・ハベティスト、覚悟ッ!」
部下が上空から落下しながら剣を振り下ろす。
オディオの体をしっかり捉えていた。だが、虚しく空ぶる。
「なに!?」
部下は剣を見つめ、血も何もついていないことを確認する。
何度も剣を振るが、それでもオディオに傷はつかない。
「そう。それが、本来あるべきことだ」
オディオは部下に背を向け、隠れるように民家から下りる。
「逃がすか!」
オディオの後を追い、部下も下りる。
街道に着地した瞬間、視界が縦にズレる。
「え?」
部下は縦半分に切断され、着地の瞬間にズレた。体は左右に倒れ、血を吹き上げる。
その後ろで、黒騎士がいつの間にか佇んでいた。
「話は付いたのか?」
オディオは振り返らず、黒騎士に聞き、黒騎士はそれに黙って頷き返した。
「そうか。その様子からすると、ダメだったようだな」
黒騎士は何も言わず、沈黙している。
「戻るぞ。城が心配だ」
空間が波紋のように波打つ。
「オディオオオオオオオォォォォォ!」
空からグリフィスが怒鳴りながら落下し、傷だらけの体でオディオの前立ちふさがる。
オディオは動揺せず、グリフィスに聞いた。
「白騎士。お前の口から聞きたい。裏切るのだな?」
「ああ!貴様たちのやり方は間違っている!それを受け入れないというのなら、私は裏切る!」
「・・・そうか。なら、これから先の戦い、覚悟することだな。容赦はしない」
オディオと黒騎士は空間の中に消えていった。
「よりにもよって、オディオが来るとは・・・」
「隊長!大丈夫ですか!」
落胆しているグリフィスの傍に3人集まる。
「ああ。私は何ともない。お前達はどうだ?上手くいったのか?」
「はい。帝国は撤退し、作戦は成功しました!」
「そうか。被害状況を確認しよう。それが済み次第、ネッコ―城へ行く」
「私もいいか?」
グリフィス達の前にキエノフが現れる。
「キエノフ!?まさか、お前!」
「待て!私は味方だ!」
武器を構えようとするグリフィスをキエノフがなだめる。
「味方?じゃあ、お前も来るのか?」
「ああ。まあ、スパイとして残ろうとしたが、オディオにバレてしまった」
「オディオにバレた?どういうことだ」
「ガナードとエスティナを逃がそうとしたが、そこで奴に見つかってしまった」
「待ってくれ、今、ガナードとエスティナと言ったか?」
「ああ。やはり、あのチーターは仲間だったか」
「2人はどうしたんだ?」
「危なかったから、咄嗟にポータルで逃がしたけど、どこに行ったか分からない」
ミールが答えた。
「うーむ。探したいのは山々だが、我々には時間がない。だが、ガナードならネッコ―城かドゥージー城のどちらかに向かうだろう。それに賭けるしかない」
ミールは不満げな表情になるが、実際、何もできない。そのことを思うと、余計自分に腹が立つ。
「キエノフ。私と共にネッコ―城へ来てくれ。色々と話さなくてはならない事がある」
「わかった」
「ミールは北側の部隊の迎えを頼む」
「わかった」
ミールはポータルを開き、消えていった。
「バーシ。埋葬してやってくれ」
「イエッサー!」
バージと呼ばれた部下は縦に切断された部下を抱きかかえ、飛んで行った。
「あの、私は?」
ラーブルが聞く。
「ん?そうだな・・・取り合えず、私と来てもらう」
「分かりました!」
「元気なサル族だ」
キエノフは笑みをこぼす。
「では、行こう」
グリフィスはラーブルを抱え、城へ飛んで行った。
キエノフは姿を消し、移動を開始する。