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ワンフール要塞攻略 後編

  要塞の中を白騎士の部下に案内され、カテジナ達は玉座の間の前に無事着くことができた。

扉の前には遮るように武装した王直属の護衛騎士団の4人が、扉の前に立っていた。

 「この先にサマルーン様がいる。くれぐれも失礼のないように」

 「わかりました。ご案内、感謝します」

 部下は扉を開けるよう手で指示を出し、それに騎士が従い、カテジナ達を中に入れる。

 中に入ると、真っ先に目に飛び込んできた光景に、カテジナ以外は呆然と立ち尽くす。

 玉座でサマルーンはウルフェンの胸を揉みながら、片手でお互いの手を握りしめあっている。時々、甘い息を漏らしながら、互いの唾液が混じった舌を露わにしながらディープキスを交わしている。

 サマルーンがカテジナ達に気付くと、ウルフェンから離れた。

 「ほら、お客人が来てるでしょ?続きは後で」

 「・・・し・・・です」

 ウルフェンが息も絶え絶えに言う。

 「え?聞こえない」

 「もっと・・・あなたとキスを交わしたいです!!」

 ヤケクソぎみでウルフェンは言う。

 「もう♡ワガママ王子様♡」

 サマルーンはウルフェンの顔を掴み、グイっと引き寄せ、再びディープキスを交わし始めた。

 途中、グチュグチュと唾液の混じる音が微かに聞こえ、しばらくそれが続いた後、サマルーンがウルフェンの唾液を吸い取る音が響き渡る。

 その光景を見たカテジナ以外3人は思考が停止し、立ち尽くしていた。

 カテジナは表情をピクリと変えることなく、玉座の前に膝まづき、3人にも同じことをするようにと目で合図を送る。

 それにシャニィがいち早く気付き、2人を肘で小突き、意識をシャニィ向けさせる。

 2人はカテジナの合図に気付き、シャニィと共にカテジナの後ろで跪く。

 キスをし終えたサマルーンはウルフェンのを離し、脇に立てと言わんばかりに手で払う。

 「ごめんなさいね~。あの子が、どうしてもキスしたいっていうから。後日、ちゃんと教育するから」

 口元を真っ赤なハンカチで拭う。

 「いえ、お気になさらずに」

 「それで、本日はどのような御用できたの?」

 「はい。あなた様が、このワンフール刑務所を任されたとお耳にしたので、ご挨拶をしに参りました」

 「へー。挨拶するためだけに、わざわざここに来たの?」

 「挨拶と共に私達を向かい入れてほしいと思い、こうして足を運ばせていただきました」

 「・・・それだけ?」

 「ええ。私達はデスボナ帝国の統治下にありませんので、手厚く保護をしてもらうために——」

 「口が達者ね!あなた」

 カテジナの話をサマルーンがさえぎる。

 「私が・・・ですか?」

 カテジナは顔をあげ、サマルーンを見つめる。

 「私がここを任せられた途端、どこからともなく隠し町の町長さんがやってきた。それも、手厚く保護して貰うために・・・都合がよくない?」

 「それは重々承知しております。ですので、何かお困りとあれば、すぐにでも対応させていただきます」

 「へー・・・」

 サマルーンはカテジナに冷酷な目つきを向ける。それをカテジナは黙って受け止め、頭を垂れる。

 「衛兵!」

 「「「「はい!サマルーン様!」」」」

 4人の騎士団が声をハモらせ、一斉に中に入る。

 「この者達は無礼を働いた!牢へぶち込め!」

 「「「「了解しました!」」」」

 衛兵達はカテジナ達に歩み寄り、拘束しようとする。

 シャニィは抵抗しようと踵を返し、背中に差してる槍に手を伸ばした。

 「やめな。今は大人しくするんだ」

 カテジナがシャニィの肩に手を乗せ、止めた。

 「あ、ちょっと待って」

 サマルーンが手を前に出す。

 「やっぱり、ここでギロチンで」

 顔が歪むほどの満面の笑みでサマルーンがそう告げる。

 冗談でも脅しでもない。明らかな殺意。

 「シャニィ!」

 カテジナがそう呼ぶと、シャニィはベルトに付いてる小さなバッグから赤い小粒を掌一杯に取り、それを衛兵達に投げつけた。

 衛兵は剣を手にし、シャニィの投げつけた小粒を全て切り払った。

 小粒は粉となり、衛兵達を包み込む。

 「目と口を塞ぎな!」

 カテジナがそう指示し、3人は慌てて塞ぐ。

 衛兵達もその言葉を聞き、塞ごうとした瞬間—

 「か、辛いいいいぃぃ!」

 「イターーイ!」

 「目がぁ!目がぁ!」

 「息がぁ!出来ない!」

 衛兵達はその場に倒れ、悶え苦しみ始めた。

 彼等が浴びたそれは、町で作られた護身道具の一つ、『チリボン』と呼ばれている道具で、成分はトウガラシや山椒と言った刺激の強い香辛料から作られている。これを浴びた者は衛兵達の用に苦しみだし、最悪の場合、暫く病院生活になるほどの道具である。

 「逃げるよ!」

 カテジナの合図に、4人は玉座の間から逃げ出した。

 「逃がすんじゃない!このノロマ!」

 サマルーンが口元をハンカチで抑えながら倒れている衛兵の顔に蹴りを容赦なく入れる。

 部下に慈悲の心を全く見せないサマルーンに、ウルフェンは怒りを覚え、腰の剣に手を伸ばすが、グリップの前で握りこぶしを作り、感情を押し殺した。

 「も、もうじわげ、ございまぜん」

 胃液を戻し、涙と鼻水でグチャグチャになった顔をあげ、謝罪する。

 「わかったなら、早く捕まえて!」

 「は、はい」

 衛兵達はゆっくり起き上がり、サマルーンに蹴られながら玉座の間を出た。

 「全く。ちょっと、あんた」

 「はい」

 サマルーンがウルフェンを手招きする。

 「ここ、掃除して」

 自身の足元に撒かれている衛兵達の体液を指さす。

 「わかりました」

 ウルフェンが道具を取りに行こうと玉座の間か出ようとドアに手をかける。

 「なにしてるの?」

 サマルーンが呼び止める。

 「道具を取ってまいりますので、お待ちに——」

 「口でやりなさい」

 「・・・はい」

 ウルフェンは逆らうことなく、サマルーンの足元に這いずり、体液を舐めとり始める。

 「そうそう。綺麗に舐めとりなさいよ~」

 ウルフェンの頭を踏みつける。

 (絶対私の宝物を奪いに来たんだわ。奪われてなるものですか!見え見えなのよ。あの強欲魔女め!)

 


 同時刻、サマルーン暗殺チームのガナードはマコトとリリィを抱えたまま兵士達から逃げ続けていた。流石に武器を身に着けたまま2人を抱え、全力疾走していたガナードは限界を迎えようとしていた。

 角を曲がると、1室だけ扉が開かれている部屋が見えた。

 ガナードは躊躇うことなく、その部屋に駆け込み、扉を閉めた。

 廊下からは怒号と共に、地震のような足音を鳴らし、兵士達が去っていく。

 ドアノブ越しにそれが伝わり、ただひたすら気付かないでくれと一心にガナードは願う。

 その音が消えると、ガナードの体から一気に力が抜け落ち、崩れるように座り込む。

 「大丈夫ですか?ガナードさん」

 背中から下りながらマコトが気にかける。

 「今、回復しますから」

 首に下げている数珠を一つ取り、それを握りしめたままガナードの足に近づけ、回復の光をともした。

 パンパンだった足は痛みが引いていき、ガナードはその癒しから安堵の声を漏らす。

 「この位で音を上げるとはな。ブレ―モノは鍛え方が足らないのではないのか?」

 体から離れながらリリィが悪態を吐く。

 「へーへ。その通りでございますね」 

 疲れからか、ガナードは素っ気なく返す。

 「なんだその態度!おぬしはブレ―モノだ!シューシンメイヨのブレ―モノだ!」

 対してダメージのない蹴りをガナードに入れながらリリィは言う。

 「はいはい。ブレ―モノですよ~」

 「腹立たしい!コノ!コノ!」

 先程よりも強い蹴りを入れるが、別に声を漏らすほどのダメージではないのでガナードは無視し、部屋を見渡す。

 偶然入り込んだ部屋は全く何もない部屋だった。囚人が使うようなベッドやトイレはおろか、掃除道具すらもない。何のための部屋か全く見当が付かない部屋だ。

 「よし。もうそろそろ行くか」

 ガナードは立ち上がりながらいう。

 「もういいですか?」

 「ああ。助かったよ」

 「それは良かったです」

 「あ、そうそう。聞きたいことがあったんだ」

 「なんですか?」

 「ここからどう行けば、暗殺対象のところまで行けるんだ?」

 「それは・・・」

 ガナードとマコトは硬直し、思考を巡らせる。

 「どう行くんでしょう?」

 「聞かされてないの?」

 「いえ、ガナードさんが聞いたものだと思ってました。現に、逃げながら向かってるものだと」

 「あんな状況でそんな判断はできっこないよ」

 「それもそうですね!」

 「その通りだ!」

 「「ハハハハハハハ!」」

 「・・・おぬし等、騙されたのだな」

 高笑いする2人に、リリィは冷たい目を向けながら言う。

 その言葉を聞いた途端、2人の笑いは止まった。

 「大体、あのタカは敵ではないのか?それを簡単に信じ込むなんて、バカの極みだな」

 「子供が夢も希望もないこと言うなよ!あのタカだって、女神さまからのお墨付きなんだからな!」

 「そんな居るか居ないか分からないモノを信じるなど、私は阿保ではない」

 「阿保といいますけど、あなたとお母様はあの方に助けられたのではないのですか?」

 「まあ、確かに城から出してくれたのはあやつだが・・・」

 「そうでしょう?そんな方を信じないなんて、失礼なのでは?」

 「ウーム。そう簡単に信用するのもどうかと思うが」

 「まあ、言いたいことは分からなくもないですよ」

 「これはいいこと聞いちまった!」

 突然ガナードとマコトの後ろから、気味悪い声が響くように聞こえた。

 2人は振り向きながら攻撃する。

 ガナードはクロスボウを撃ち、マコトは操数の半分を放った。

 だが、2人の攻撃はただ壁を傷つけただけで、それ以外何もなかった。

 「なんだ?今の声」

 「ガナードさん!」

 マコトが突然慌てる。

 「どうした?」

 ガナードは周囲を警戒しながら返す。

 「リリィさんが、消えました!」

 「なに!?」

 ガナードはリリィがいた所に目を向ける。そして、ガナードはそこで初めてリリィが消えたことに初めて気が付いた。

 「あーあ。間抜けだな。お前ら」

 「斬裂波ァ!」

 今度は天井から聞こえ、刀を振り上げ、そこに斬撃の波を放った。

 だが、またもや空振りだった。だた天井に切り傷を付けただけだった。

 「ほー。『気』の使いが2人か。でも、俺にかなう相手じゃないな」

 ガナードの足元から突然手が生え、足を掴むと膝まで床に引きずり込む。

 「おぉッ!」

 石の床なのに、まるで泥沼のように沈み、動かすことができなくなる。

 マコトもガナードと同じように足が沈められ、動くことができなくなった。

 「このッ!」

 ガナードは刀を突き立て、足元の床に刺す。

 「グッ!」

 「どうしたんですか!?」

 「い、痛い」

 明らかに床に刺してるはずなのに、ガナードの全身に痛覚が走る。

 「やめときな。俺もどういう原理か知らないが、体と床は一体化してるんだ。やるだけ無駄」

 2人の前に革でできた軽鎧を身に着けたミーアキャットが、地面から生えてくるように現れた。

 マコトとほぼ変わらない背丈で、なかなか可愛らしい見てくれだが、腰にはサーベルの形をしたナイフを差している。

 「なあ、壁って凄いと思わないか?」

 「「はぁ?」」

 突然の質問に、2人は首をかしげる。

 「たった1枚。そう。たった1枚の壁があれば調子に乗っているガキは大人に喧嘩を売ったり、友人の悪口を言ったり、対立している者達の対立心を高ぶらさせることができる。

 何故か?その答えは一つ。『安心する』からさ。

 常識か?でも、常識ってのは無くなったり、知ったりすることで初めて認知できることもあるんだぜ。壁があれば、敵が手を出せないと安心し、調子に乗り出す。なんとでもできる。無敵になったと思うようになる。でもよ、そんな奴等から壁を取ったらどうなると—」

 「斬裂波ァ!」

 ガナードは刀を振りおろし、斬撃の波を放つ。

 ミーアキャットは床に潜り、あっさりと回避する。

 「おいおい。今は俺が話してるだろ?」

 ガナードの後ろに現れ、ナイフを背中に突き立てる。

 「それで、どこまで話したっけ?・・・ああ、そうだ。壁を取ったらどうなるかだっけだったな。確か、俺の体験談からすると、そいつらは驚いた後、恐怖心を抱くようになっちまったな~。

 壁があるから成り立ってきた生活が、一気に崩れたさ。いっつも陰で気に食わない奴をイジメてる女がいたが、俺がこうなってからそれが出来なくなって、イライラし始めて、最後は俺を悪者扱いして、大勢で殺しにかかってきたな。言うまでもなく、俺が返り討ちにしてやったよ。

 まあ、この話はどうでもいい。今はお前等に聞きたいことがあるからな」

 「・・・なんだ?」

 ガナードは唾を飲み込む。

 「お前等、白騎士とどんな関係なんだ?」

 ナイフを体にめり込ませる。少し押せば血が流れる位に。

 「・・・白騎士か?そんな奴は知らん」

 「本当か?」

 「ああ」

 「さっきの会話からすると、あたかも顔を合わせたことのあるような会話だったが・・・」

 「そんな話、した覚えはない」

 「フーン。そうか・・・」

 ナイフを体から離し、2人の前に立つ。 

 「チーターのあんたは見るからに暗殺者で、もう片方はシバ族。暗殺者は口を割らないってのが常識だ。シバ族も口が堅くて頑固っていう噂を聞いたこともあるが、そんな噂に一々踊らされるのも嫌だな。かと言って、口を割らせるのに時間を割くのもどうかだな・・・」

 「詰みですね」

 「ところがどっこい。もう一つ選択肢があるんだよ」

 ミーアキャットは床に手を伸ばす。

 床に触れると、固い床が波紋を描き、手をすんなりと入れた。

 「よっと」

 床から手を引き抜くと、手にはリリィが掴まれていた。

 「放せ!愚か者!」

 服の襟をつかみ上げられ、リリィはジタバタと暴れて抵抗するが何の効果もない。

 「リリィ!」

 「リリィさん!」

 「やはりな」

 ミーアキャットは笑みを浮かべ、リリィの手足を壁に埋め込み、拘束する。

 「自己紹介が遅れたようで申し訳ない。改めて、俺の名ミッドウェイ。そして、今、お前たちが体感しているのは魔法じゃないんだぜ」

 ミッドウェイは肩まで沈む。

 「魔法を超越した何か。それを体得した者を俺達は『超越者』って言うんだぜ。そんな超越したこの能力を俺はこう呼ぶ。『underground sea』ってな」

 突然、壁からノコギリ、刺のついた鞭、抜歯の道具と言った拷問道具が次々と現れる。

 「直接すぎってか?でも、分かりにくいよりましだよな」

 「何をするつもりだ!お前ッ!」 

 当たってほしくない考えが頭を過り、2人の顔は険しくなっていく。

 「決まってるだろ?今からこの子の口から聞くんだよ。白騎士のことを」

 床に埋まっていた体を露わにし、リリィに近づく。その手には苦痛の梨が握られていた。

 「離れろ!こっちに来るんじゃない!」

 リリィは睨みつけるが、ミッドウェイは微笑みながら返す。

 「そう冷たいことを言わないでくださいよ。お嬢様のその毛、一度でいいから触ってみたかったんですよね~」

 ミッドウェイはリリィの頭に手を伸ばしたその瞬間、

 「リリィさんから離れろ!」

 マコトは首に残ってる操数を操り、剛速球でミッドウェイに飛ばす。

 「はぁ」

 ミッドウェイは溜息を一つ吐くと、床に潜る。

 「しまった!」

 マコトが飛ばした操数はリリィに目掛け飛ばされる。ブレーキをかけるが直撃は免れない。

 3人が諦めた瞬間、リリィの後ろから手が生え、リリィを壁の中に引きずり込む。全身が壁の中に消えると同時に、放たれた操数が全て壁に直撃し、球の半分が壁にめり込む。

 「危ないじゃないか。危うくこの子を殺すところだったよ?」

 操数が埋め込まれてる壁のすぐ横に、手足を壁に埋め込ませられたリリィを後ろから抱きしめてるミッドウェイが現れる。

 「いや~。実に可愛い!この道具で拷問するのが惜しくなってくる」

 手にしてる苦痛の梨をリリィの顔の横に持っていく。

 「お嬢さん。この道具、何をどうすると思います?」

 「知るか!愚か者のすることなど、たかが知れてる!」

 「威勢のいいお嬢さんだ。いいかい?この道具は、こうやって使うのさ」

 ミッドウェイはリリィの顔を抑え、苦痛の梨を口の中に無理やり突っ込む。

 「「やめろ!」」

 2人は攻撃する構えを取ると、ミッドウェイは邪悪な笑みで2人を見つめ返し、リリィの顔と自分の顔を密着させる。

 2人は瞬時に悟った。『もし、今度攻撃をしてきたら問答無用でリリィを盾にする』と。

 2人はどうすることもできず、構えたまま硬直する。

 ミッドウェイは2人を警戒しながらも続けた。

 「いいかい?この道具はね。穴のあるところに入れるんだ。入れた後、これを回す。すると・・・?」

 ミッドウェイはゼンマイを少し回すと、苦痛の梨はリリィの口の中で少し開く。

 「開いただろ?後は穴が裂けるまで回す。今はお口に入れてるから、裂けるとどうなるかわかるかな?」

 顔を覗き、リリィを伺う。

 口に入れられてる苦痛の梨とミッドウェイを交互に見やる。その瞳には微かに恐怖が宿っていた。

 それをミッドウェイは見逃さず、恐怖を表に出すために耳元で囁きながらゼンマイに手をかける。

 「みんな口から血を流し、歯は全部抜け落ち、白目をむきながら叫ぶんだ」

 ギャーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!

 リリィの耳元で叫ぶ。

 その声量にリリィの耳は閉じるが、顔には恐怖の色が現れ、顔を背ける。

 「みんなそうやって死んじゃうんだ・・・君もそうなるのかな?」

 ゼンマイを徐々に回していく。ドンドン口は開いていき、限界にまで達する。

 「ここからだよ?皆が叫び始めるのは」

 リリィは見るに堪えなくなり、目をつぶる。

 「ん?ん~?」

 ミッドウェイはある異変に気付く。

 「おやおや。お嬢様、お漏らししてるじゃないか!」 

 壁の中を移動し、リリィの股の間に顔を出し、股の間に顔を埋める。

 ミッドウェイの顔の輪郭に沿って、リリィの粗相が伝う。

 「いいねぇ!ますます欲しくなってきた!高貴な娘特有の匂い!性を知らない恥部!まさにそれが露わになったかのような純白の体毛!あぁ、欲しい!俺の奴隷にしたい!」  

 舌を出し、リリィのそれをパンツ越しに舐める。

 恐怖の感情が溢れ、リリィの目から涙が流れる。

 パキッ

 「おい!ロリコン野郎!こっちを見ろ!」

 「あぁ?」

 ミッドウェイはガナードに顔を向ける。

 「人が楽しんでる所、邪魔す—」

 「ペッ!」

 ガナードは口に含んでいる物を飛ばした。

 「イッ!」

 顔にそれが刺さり、ミッドウェイは堪らず顔を逸らす。

 刺さった物は床に転げ落ちる。

 その物はガナードの歯だった。ガナードは自身の歯を口の中で折り、それを飛ばしていた。ガナードの口からは血が零れ落ちる。

 「テメェ!人が手出さなきゃ調子に乗りやがって!」

 ミッドウェイは地面に潜り、ガナードを肩まで沈め、身動きできなくする。

 ガナードの前に上半身だけミッドウェイが現れる。その手には、先程ガナードの背中に押し付けたサーベルの形のナイフが握られていた。

 「お前から先に殺す!」

 ガナードの顔に目掛け、ナイフを振り下ろす。

 それをガナードは噛みつき、受け止める。

 「この野郎ぉ!」

 ナイフを両手で押し、体重を乗せる。

 「ガナードさん!」

 マコトは味方に当たらないように操数を飛ばす。

 「邪魔だ!」 

 ミッドウェイはガナードと共に床に沈み、操数をかわす。

 床の中の世界は水のような透明感はあったが、体はセメントに固められたかのように動けない。そして、呼吸も出来ない。

 「最初からここで殺せば良かったな。手間取らせやがって!」

 口にあるナイフを取り上げ、喉元に突き立てる。

 「死ねぇ!」

 ナイフを喉に押し込む。

 血がにじみ出る。

 ゴゴゴゴゴゴゴゴ

 突然、地響きがなる。

 「なんだ?」

 地響きが近づいてくると、ズドンと地面が鳴り響く。

 「ゆ、床がぁ!」

 床の中の世界は崩れてゆき、元の世界に戻るが、先程といた場所とは違っていた。

 部屋は無くなり、目の前には要塞に使われていた石材と共にガナード達は自由落下していた。

 少し前にはリリィがいた。そこにガナードは手を伸ばすが、あと数ミリという所で届かない。

 「とどけッ!」



 時間を少し先のぼり、カテジナ達は要塞の中を逃げ回っていた。

 彼女達の後ろにはマックスを先頭に、特攻部隊が追いかけていた。

 「離れろ!」

 シャニィはチリボンを投げるが、彼等は怯みもせず、ましてや粉を被ってるにもかかわらず涙一つ流さず追いかける。

 「なんで効かないの?」

 シャニィはそう愚痴をこぼしながら走り続ける。

 「ミールちゃん!ポータルで逃げよう!」

 ヴァルが提案する。

 「刑務所でポータルが開けたら、刑務所の意味ないでしょ!」

 「え?・・・あ!そうか!」

 この世界は一部の所ではミールの使う転送術は制限がかけられ、その制限の所ではポータルで行き来が不可能である。制限がかけられるのは刑務所やお城、銀行と言った重要な所に制限がかけられている。

 ヴァルのいる国にはそういう施設が余り少なく、田舎育ちなためあまりピンとこなかった。

 「今は逃げることに専念しな!なるべくここの兵士を傷つけずに!」

 「自分でなに言ってるって分かってる!?」

 「も~もはやパワハラ」

 「カテジナ様になんて口を聞いてるんだ!恥を知れ!」

 そんなやり取りを4人は交わすが、彼女らの体力は限界を迎えていた。

 「ちょっと!前に誰かいる!」

 彼女たち逃げ道の先に、メルルとアレックスが道をふさぐように立っている。

 小さい体のメルルには、自身の体と同等位の斧を構えてる。アレックスはレイピアを構えてる。

 「アイス・・・ブロック!」

 メルルは斧を氷の塊で覆わせ、それを床に叩きつけて砕く。

 「ウィンドロード!」

 アレックスのレイピアに風が纏い、それを突き出すと突風がふき、砕けた氷と共に4人に降り注ぐ。

 4人の体に氷のつぶてが付き、走って火照った体には涼しい風だった。

 「今だ!」

 「ロック!」

 アレックスの合図に合わせ、メルルがそう唱える。

 「しまった!」

 この全容に気付いたミールは呪文を唱えようと杖を構えるが、すでに遅かった。

 先程浴びた氷の礫が大きくなり、4人の体が凍り付き、動きが鈍っていき、最後には指一つ、唇をピクリとも動かすことも叶わなくなった。

 「よく追い込んだ」

 アレックスとメルルは武器を納ながら4人の所に行き、マックス達と合流した。

 「まったく。あの赤い物、なかなか効いたな」

 「なんだ?その赤いのとは」

 「香辛料を詰め込んだような物だった。まあ、俺の部隊には屁でもないがな」

 「しっかり落としておけ。他の者が触れれば一溜まりもないだろう」

 アレックスはハンカチで口と鼻を抑える。

 「ああ、護衛騎士団もあれで全滅してたぜ」

 「ほう。なかなか使えるな」

 「じゃあ、俺達はこいつを運んでいくぜ」

 「頼む」

 マックスの部下が次々と運んでいく中、ヴァルだけ手こずっていた。

 「なあ、誰か手を貸してくれ!」

 ヴァルのそばにいる兵士が呼びかける。

 「はいよ」

 ヴァルを2人で運ぼうとした瞬間、

 「うわあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 氷を砕きながらヴァルのそばにいた兵士2人をなぎ倒す。

 「氷が足らなかったか?」

 眉一つ動かすことなく、アレックスが冷静に分析する。

 「いや、あいつはクマ族でも最強の部類のグリズリーだ。いくら氷を貼ろうが、無駄だ」

 ヴァルを取り押さえようと部下が束になって行くが、ヴァルはそれら全てを除けている。

 「ドケ!こいつの相手はこの俺だ!」

 マックスが部下を押しのけながら向かう。

 「大人しくしろ!」

 マックスはヴァルの顔に拳を叩き込む。

 「絶対に、イヤ!」

 マックスの一撃に一歩下がるも、ヴァルはマックスの顔に拳を叩き込む。

 「グッ!」

 マックスもヴァルの一撃に一歩引きさがる。

 「いい拳だ。思わず感心してしまったぜ」

 「いいから早く鎮圧しろ」

 「ハイハイ」

 マックスはヴァルの拳を払い、頭突きを入れる。

 「くッ!」

 鼻を抑え、数歩引き下がる。

 「まだまだ行くぞ!」

 間髪入れずヴァルに攻撃を入れる。殴る度、血が口から飛び出て壁に付く。蹴る度、内臓が衝撃を受け、胃液を口から零れ落ちる。

 「落ちろ!」

 止めの拳がヴァルの顔に向かっていく。

 「・・・ッ!痛いんだけど!」

 ヴァルはマックスに怒りのこもった拳を顔に叩き込む。その際、マックスの拳も威力を無視するかのように巻き込まれ、顔と共に潰れるようにめり込む。そして、そのまま床に叩き付けられる。

 その衝撃で床が、そこを中心とした要塞が崩れ落ちる。


 

 「グッ!」

 リリィを抱きかかえたまま背中で着地する。

 その衝撃が空の胃袋に響き、喉に空気が詰まりかけそうになる。

 体がダメージで動けなくなる。

 そんな上空に先程の瓦礫が振りそいでくる。

 「ガナードさん!」

 操数を繋ぎ、絨毯のように広げて乗っているマコトがガナードの前に現れる。

 「結界!」

 余った操数を目の前に出し、一つに箇所に束ねる。それが広がると薄い幕のような物が操数の間にあった。それがドーム状に広がり、3人を包む。

 ドームは瓦礫から3人を守ってくれた。

 「ふぅ。間に合いました」

 マコトはゆっくり地面におり、2人のそばに寄り添う。

 「い、今、取ってやるから」

 ガナードはリリィの口にある苦痛の梨のゼンマイを反対に回し、それをリリィの口からとった。

 「もう嫌!早く兄上の所に連れてって!・・・もういやッ!」

 今にも泣きそうな震える声でリリィが言う。

 「待って・・・ろ。すぐに・・・連れていく」

 ガナードは体を無理やり起こす。

 「マコト。回復を」

 「大丈夫なんですか?」

 「やってくれ!」 

 ガナード自身、先程の落下でかなりダメージがあるが、今はそうも言ってられない。

 マコトは先程絨毯にしていた操数をガナードの全身に満遍なく広げ、回復の光を浴びせる。

 体から痛みや傷は癒えていくが、傷の癒えるスピードが若干遅い。それほどダメージが大きいのか、それともこの結界とやらで力を使い、治癒に気を回せないのか定かではない。

 「もう大丈夫だ」

 リリィを抱きかかえたまま立ち上がる。

 「もういいんですか?」

 「ああ。大丈夫だ」

 実際、動けるのがやっとだが、今は贅沢は言ってられない。

 「では、ここから出ましょう」

 マコトは結界と共に移動しながら瓦礫の山から出た。

 今いる場所は、この要塞にある部屋と比べ、やけに広かった。壁には松明が掛けられていたが、先程の風圧で火が全部消えていた。

 「う、あぁ・・・」

 うめき声が聞こえた。

 その方向に顔を向けると、そこには下あごがずれ、片手が半分原型を留めていないゴリラのようなイヌ族が倒れていた。

 「いったぁ・・・」

 その隣にヴァルもいた。ヴァルも傷だらけだった。

 「大丈夫ですか!?」

 マコトはヴァルに駆け寄り、回復の光を浴びせる。

 「誰か、そこにいるのか?」

 掠れた声が聞こえた。

 「ガウェインおじさん?」

 リリィが反応する。

 (ガウェイン?はて、どこかで・・・)

 「その声、リリィか?」

 声の聞こえるところが分かり、そこに顔を向ける。

 そこには屈強なをしたトラが何重にも鎖で繋がれていた。

 その隣にも全く同じ用に拘束されている者がいたが、正体が分からない。

 「ガウェインおじさん!」

 ガナードの胸の中で暴れ、ガウェインらしき人に向かおうとする。

 ガナードは落ちないよう抱きなおし、そこへ向かった。

 「どうしてこんな所にいるんだ?お母さんはどうした?」

 「お母さんは町にいるの。兄上はここにいるっていうから来たんだけど、壁に潜る変な人にイジメられた・・・」

 今にも泣き出しそうな声で頑張って言う。

 「その変な人ってのは、こいつか?」

 声色が明らかに変わった。

 ガナードの顔を睨みつけ、重く圧のある声でいう。

 拘束されてるから恐怖は少ししか感じないが、もし、この鎖がなかったら腰が引けていただろう。

 「違う!このブレ―モノは助けてくれた!兄上の所に連れてってくれるの!」

 「ほーう。そうかそうか」

 リリィの弁明を聞いた途端、圧が消えた。

 「お前はライオネルの所の諜報員か?今、城はどうなってる?戦況は?あいつは無事か?」

 「待って待って。勘違いしてるようなので言いますけど、私、ライオネルとは関りが一切ないです。戦況はあと数日で悪くなるっていう位しかわからない」

 「そうか。あいつの部下じゃないのか?」

 ガウェインは少し落胆したかのように見えた。

 「それより、今、戦況が悪くなってると言ったが、それは本当なのか?」

 「ええ。その状況を打破するために白髪のサルの暗殺をしに来たんだ」

 「白髪のサル?そいつなら、多分、中央の塔にいると思う」

 「中央の塔か。分かった」

 ガナードは天井にぽっかり空いた穴の真下に立った。見上げると、光が差し込み思わず目を細めてしまう。その光の中に、塔が見えた。

 「あそこか・・・」

 ガナードはリリィをおんぶの体勢にし、しゃがみ、足に一杯力を込めた。

 「しっかり掴んでろよ」

 「・・・うん」

 小さな手でガナードの服を強く握りしめる。

 「リリィを無事届けてくれ!」

 「ああ!絶対に届ける!」

 ガナードは高く跳び上がり、部屋を後にした。

 「会えるといいね。お兄ちゃんに」

 ガウェインの横にいた者が言った。

 「ああ。それを見届けることしかできないこと。どうか許してくれ、『オースタイン』」



 「どこだ?どこに行った!」

 ミッドウェイは首だけで血眼になり、瓦礫の中を何か探している。少し離れたところでは腕が地面から生え、瓦礫をかき分けている。

 「探し物か?」

 誰かが声を掛けた。

 「・・・白騎士!」

 ミッドウェイの後ろに、器用に羽ばたかせホバリングしているグリフィスがいた。

 「お前の探し物はこれか?」

 グリフィスの片手には石の塊が握られていた。その石の塊は時折、ドクンドクンと脈打っている。

 「俺の心臓!返せ!」

 地面から腕を伸ばすが、ホバリングしているグリフィスに届かない。

 「やはりお前がいたか。ガナード達のおかげで炙り出すことに成功したな」

 「この裏切り者が!」

 石の塊を持っている腕にナイフを投げる。

 それをグリフィスは平然と避け、続けた。

 「お前は地面や壁に潜れるらしいが、こんな風に体の一部が欠けたりしていると、元の体に戻れないらしいな」

 「グッ!」

 図星を突かれ、動揺の表情が露わになる。

 「もし、これを握りつぶしたらどうなるかな?」

 「よ、よせ!」

 グリフィスの真下に行き、ミッドウェイは手を合わせ懇願する。

 「頼む!お前のことを見逃すから!上には黙っててやるから!」

 「何か聞いたようだな」

 「あ、ああ。お前が女王を城から連れ出したことを黙ってー」

 グリフィスは話の途中にも関わらず、石を握り潰す。

 「ああ!ガ・・・あぁ!ああ!」

 ミッドウェイは苦しみだし、舌をたらしながら息絶えた。

 「全く。こいつがいると話も行動も碌にできないから、疲れるのなんの」

 石を粉々に砕き、跡形も無くなるまでやると捨てた。

 「さて、ガナード達も無事だといいんだがな・・・ん?」

 ミッドウェイの額から黒くて鋭いものが生え、地面に落ちる。落ちた途端、チリとなって消えていった。

 「今のはッ!」

 グリフィスはチリとなって消えたところに行き、そこを撫でる。

 「似てる。あれに・・・!」

 自分の胸を撫でおろす。



 「ちょっと!今の何!?」

 サマルーンが轟音に驚き、玉座から飛び降りる。

 ウルフェンも流石に動揺し、窓を開け、様子を探る。

 「何だあれは!」

 ウルフェンは崩れた要塞を見て、思わず声を上げる。

 「ドケ!」

 サマルーンはウルフェンを押しのけ、崩れたところを見る。

 「なにあれ?何が起きてるの?」

 「様子を見てくる」

 「ちょっと!」

 玉座の間を出ようとしたウルフェンをサマルーンが呼び止める。

 「今、非常事態が起きている。わかる?女王がどうなっても言い訳!?」

 正直、死んでくれとこの際言いたいが、捕らわれた家族を思うとその考えが無くなっていく。

 「ちょっと、なんであんなに橋に人が溢れかえてるの?」

 サマルーンの一言に、ウルフェンが気になり、サマルーンの後ろから覗く。

 橋には兵士がギュウギュウ詰めになるほどいた。

 どうやら、この緊急事態に駆け付けたものの、許容人数がオーバーしてしまいあのようになっているようだ。

 「あいつ等、私を殺しに来てる!」

 「はい?」

 サマルーンは慌てて部屋を飛び出す。

 彼女の向かった先は要塞を囲んでいる壁の屋上に向かった。

 「サマルーン様。ここは立ち入り禁止です。お戻りください」

 見張りの兵士が止めるが、サマルーンはそれを無視し、走り抜ける。

 走り抜けた先には大きな車輪が付いた大砲があった。

 「えっと、どうやって撃つんだっけ?」

 「どうかしたんですか~?」

 ハスキーの兵士がサマルーンに声かける。

 「丁度いいところに!大砲撃ちたいんだけど、手伝って!」

 「は~い」

 ハスキーは大砲を撃つ準備をし始める。

 「サマルーン様!何をするつもりだ!」

 見張りの兵士と共にウルフェンが駆けつける。

 「おわった~」

 「じゃあ、あっちに向けて」

 サマルーンは橋のある所へと指さし、ハスキーはそこに砲台を向ける。

 「撃って!」

 「仲間がいるけど?」

 「いいから!撃って!」

 「撃つな!ハスキー!」

 「あ!ウルフェン様だ!」

 「よこせ!」

 サマルーンはハスキーの持っていた導火カンを取り上げ、そのまま点火しようとする。

 「やめろーーー!」

 ドーン

 大砲が点火され、砲弾が放たれる。

 それと同時に、上空から何かが落下し、砲台は下をむく。

 砲弾は要塞を囲んでいる湖に向かって飛ばされ、水柱を上げながら着水する。

 「間に合った」

 大砲を蹴り、地面に向けさせたのはガナードだった。

 この場にいる者は一体何が起きたのか一瞬、理解できなかった。

 そんな中、ウルフェンはガナードをおぶさっているリリィを見つけ、思わず声を上げる。

 「リリィ!」

 「兄上!」

 ガナードはウルフェンの前に跳び下り、背中を見せ、リリィを預ける。

 ウルフェンはリリィをそっと抱き上げ、本物かどうか確かめ始める。

 「本当に、リリィなのか?」

 「会いたかった!兄上!会いたかったです!」

 ウルフェンの胸の中でリリィは涙を流し始めた。

 ガナードに無礼者と言ったりしていたのは、彼女なりに強がっていたのだろう。そして、会いたかったウルフェンと再開でき、心が解放されその弱みを出した。だから、彼女は嬉しさのあまり泣いている。

 「妹さんをしっかり見てろよ」

 「すまない。あなたは一体?」

 「俺か?俺は夜明けのアサシン。ガナードだ」

 「ガナード。君には、なんてお礼をいいのやら」

 「今は部下のところに行きな。混乱しているだろ?」

 「そうだな。すまない」

 ウルフェンは踵を返し、引き返し始める。

 「ウルフェン!どこに行く!」

 サマルーンが悲鳴に近い声で叫ぶ。

 「私を守れ!それがお前の使命だろ!私が死ねば、家族は——」

 「貴様を守る義理も後ろ盾も最早ない!失せろ!強欲の化身!」

 サマルーンに牙をむき出しにし、怒りの表情を向ける。

 「行くぞ!!」

 ウルフェンの一言に、近くにいた兵士達は一斉に集まり、ウルフェンと共に去った。

 「おいらはどうします?」

 「お前もくるんだ!ハスキー!」

 「はーい」

 サマルーンの近くにいたハスキーもウルフェンと共に消えていく。

 そして、残ったのは暗殺者と裸の女王。

 「あ、あああ・・・」

 サマルーンの口がわなわなと震え、数歩下がる。

 「お前、あの羊の村長の所にいたババアだな!」

 「え?」

 「やっぱり!見間違いがない!その白髪交じりの毛!その声!その顔!消えたと思ったらこんな所にいるとはな・・・」

 ガナードは刀を抜き、構える。

 「だが、お前は今日ここで死ぬ。覚悟しろ!」

 ガナードは地を蹴り、一気に距離を詰める。

 「オラァ!」

 「ヒィッ!」

 ガナードは刀を振り下ろすが、サマルーンはしゃがみ込み、それを回避する。

 「この!」

 ガナードは何回も刀を振り、サマルーンに攻撃をするが紙一重でかわされる。

 そうしていく内に、サマルーンは城壁の壁際まで追い込まれる。

 「観念しろ!」

 ガナードは切り払うように刀を振った。そして、それもかわされる。

 「私から離れろ!」

 ドスッ

 ガナードの胸に鈍痛が走る。

 「ウッ!」

 視線を落とすと、ガナードの胸に黒くて鋭いものが刺さっていた。

 「な、なんだ?」

 その物はズズッ。ズズッと胸の中に独りでに入り込んでくる。

 「あ、熱い・・・」

 体の中が火事でも起きたかのように熱くなっていく。

 自分の手を見つめると、肉球から汗がタラタラと流れ始める。

 ボッ!

 「ッ!」

 突然、見つめていた手が炎で覆われる。

 その炎は全身にまで周り、一瞬で火だるまになる。

 「あ・・・あああああああ!」

 あの日の光景がフラッシュバックする。

 前の世界で両親の最後を見た光景。どっちが母でどっちが父か分からない。全身が黒焦げで原型を留めていない姿。

 その姿に、なってしまう。

 「わぁぁぁぁぁぁ!あああああああああああああああああ!」

 ガナードは全身を搔きむしり、床に転げまわる。

 サマルーンはその隙に逃げ出した。

 (死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!死ぬ!いやだ!イヤだ!嫌だ!)

 「おい!大丈夫か!」

 グリフィスが空から下り、ガナードに駆け寄る。

 「嫌だ!嫌だ!」

 「しっかりしろ!自分の体をよく見ろ!焦げてないぞ!」

 「え?」

 ガナードは視線を落とし、自分の体を見つめる。

 「服が、燃えてない?」

 服や体を触り、燃えていないことを確認すると、次第に炎が消えていった。

 「やはり。その炎、コーチピックの炎だ!」

 「コーチピックって、確か、ここの前責任者だよな?」

 「ああ、あいつの炎は自由自在に操ることのできる炎。どうしてそれを?」

 「黒い、なにかで胸を刺されてこうなった」

 自分の胸を撫でおろす。

 「黒い何か・・・」

 「そうだ!あいつは!あいつはどこだ!」

 体を起こし、辺りを見回す。

 「サマルーンのことか?心配するな。私が始末してくる」

 「いや!あいつは俺が殺す!何としてもだ!」

 「何をそんなに殺気立っている?そこまでして殺したいのか?」

 「ああ!そうでなければ、俺の気が済まない!」

 「わかった。もし、私が見つけたら捕まえておく」

 「ああ、頼む」

 ガナードは要塞内部に戻り、サマルーンを探し始めた。



 「はぁ。はぁ」

 サマルーンは息を切らしながら要塞の裏口にまで逃げていた。

 「じゅ、獣車じゅうしゃ!」

 裏口に止めてあった馬車に行き、運転席にのり、手綱を打ちマルマルを起こした。

 「行って!早く!行け!」

 手綱を何回も打ち、催促する。

 だが、マルマルは何度も手綱で打たれ、アルマジロの用に丸くなった。

 「ちょっと!何で動かないの!?」

 マルマルは丁寧に扱えばそれなりに言うことを聞くが、乱暴に扱えばこのように丸くなっていうことを聞かなくなる。

 それを知らないサマルーンは何度も手綱を打つ。

 「見つけたぞ!エテ公!」

 要塞の通路から鬼の形相をしたガナードが全力疾走で向かってく。

 「ヒッ!」

 サマルーンは獣車から下り、裏口から出た。

 「逃がすか!」

 外に出た途端、サマルーンのうなじを掴み、片手で持ち上げる。

 「人に嫌な記憶ぶり返させやがって!」

 「ごめんなさい!許して!もう、しないから!」

 「いいや!お前みたいな奴はな、例え親が死のうが、自分が痛い目に遭おうが、懲りずに何度も繰り返す!例え、標的が身内相手だとしてもな!」

 「いや!助けて!」

 「シカの子の親も拷問された時、そう懇願したはずだ。それをお前は聞いたか?」

 「シカの子の親?どの?」

 「こいつ!あの子以外の親も殺してやがったのか!」

 怒りの感情が湧きあがり、マグマのように胃が煮えたぎる。それに反応するかのように、掴み上げた手を炎が覆う。

 「熱い!放して!」 

 サマルーンはガナードの手を引っかき、抵抗する。

 「消えろ!俺の忌まわしい記憶と共に!」

 ガナードは地面にサマルーンを叩きつけ、怒りの感情のままに炎をてから放出した。

 「いやあああああああああああああああああああああああ!」

 サマルーンは全身を炎に包まれ、断末魔を上げながら塵となり消えていった。

 「・・・これで、俺はまた一歩、踏み出せる」

 

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