病院
当時、F県にある小学校で女児失踪事件が起きた。
女児は行方不明ということになって事件は迷宮入りしたのだが思わぬところで進展があった。
学校の老朽化に伴い、学校を解体することになったのだが体育館脇の外に隣接するトイレの便器の下から小学生くらいの遺体が発見されたというものだった。
事件から既に3年が経っていたし警察が来て現場検証と事情聴取に来たのだが結局、工事を遅らせずに進めることになり犯人はわからず仕舞い、現場は埋め立てることになってしまったので決定的な証拠も得られないままこの事件は本当に迷宮入りしてしまったのだった。
それから5年、学校の跡地には大きな市立病院が建てられた。
近所の高齢者などはもちろん、少し離れたところの人でも通いやすいようにバスなどの交通手段も便利な立地にあった。
幸子さん(20)はそこで働くナースの一人で研修医として勤める大学の研修生だった。
元々この町の住人ではないので土地勘もそれほどあるわけではなくて、病院の寮から歩いていける程度の距離にあるスーパーや商店街への道のりを知っているというくらいのものだった。
病院は3階建てで緊急外来、内科、精神科と入院患者の病室、地下に霊安室があるだけで特に変わったところのない一般的な作りだ。
新築の匂いが気持ちよく、外観もきれいなのでこの病院に勤めることができて本当に嬉しかった。
この病院はエレベーターで地下から3階まで行き来できるのだが普段は大抵1階から2階の診察室と3階の病室までを行き来する人ばかりだ。
精神病を患いぶつぶつと何か独り言を言っては塞ぎこんでいるので担当の医者以外、看護婦はあまり深く患者の相手をしないように言われていた。
事件当日の深夜2時過ぎ、その日は一段とシーンと静まり返っていた。
3階の最も奥の病室に入院している孝治(36)は頭を何度もベッドの脇のパイプに打ち付けていた。
誰・も・理・解・し・て・く・れ・な・い!!
「あぁー…!」という空しさを帯びた声でむせび泣いた。
ナースコールを鳴らそうにも昼間はともかく夜は誰も出ることはなかった。
真っ白い肌の少女の亡霊が顔のすぐそばにいる。
孝治はがたがたと歯を鳴らし布団かぶり目を瞑った。
何度もこれは夢ではないかと思い叫び、額を打ち付けて自分を起こそうと試みるがこれが現実で実際に白い少女はいるということが恐怖だった。
ーここにいては触れられるか殺される…ー
そう思った孝治は迷わず部屋を飛び出した。向かう先はエレベーター1階の受付だ。
あそこまでたどり着けば看護婦さんが何とかしてくれる。そう思って1階のボタンを連打した。
その間一度も振り返らず、少女は3階に置いてこれたはずだ。
3、2、1、1階についてホッとして出ようとしたがドアが開かない!
寒気がしてみるとエレベーターの前に少女が立って笑ってた。
ゾッとして開いたドアをすぐに閉めた。とにかく逃げなくてはとB1のボタンを押した。
突然、孝治の体は金縛りにあったような感覚になった。
意識はあるが体が動いてくれない。
いったい何が起こっているのかまるで理解できない。
自分の体がエレベーターの中で崩れ落ちるように膝から前のめりに倒れるのを見てた。
目に映った天井に少女が逆さに立ってた。
孝治は大男に引きずられるようなすごい力で体をある部屋の前にまでひきずられた。
視界に映った少女の目は真っ黒かと思ったら空虚な穴だった。
孝治は無意識に今自分の身に起こってることを誰かに伝えたいと願った。
誰でもいい、信じてくれそうな人の意識に…
孝治は自分の首を絞め泡を吹き痙攣したのち何かを天井に見つめるようにして息を引き取った…。
後日警備の仕事をしている人から幸子に連絡があった。
地下の霊安室で事件があったらしい。殺人事件なのか自殺なのかはっきりしないが精神病棟の患者さんだという話だ。
「精神病棟は本当に物騒だからな…」警察が来てなにやら調べていったがここは病院なのであまり長いこと立ち入り禁止にされても困るな…というのが大方の関係者の意見だった。
第一発見者の警備員によると寝巻きを着た男が霊安室の中で激しく首を押さえつけた上に泡を吹いて倒れていてらしい。
天井からはシミのようなものが垂れていて成分は分析中とのことだがそれが被害者の口の中にも垂れていたらしい。
「深夜徘徊か、怖いねー」とか「工事ミスかな大丈夫かなー」なんて看護婦さんの間では噂になった。
それはそうと朝からナースコールが騒がしい。
患者さんも野次馬でこのニュースについて詳しく知りたいのだろうが話すわけにはいかない。
特に精神病棟に入院してる人はデリケートなのでこういう話はご法度というのがナースの間では暗黙の了解だ。
「殺される…白い少女に殺される…目のない子供が追いかけてくる…」
全く、どうしたものかな…幸子は目の焦点が合わない患者を落ち着かせベッドに寝かせた。