77.5話 ドクターとLEチルドレン5 ~ドクター・ギルの決意~
「彼ら……逃げたりしないでしょうか?」
重たい車内の空気の中、一人の兵士が大佐に問う。
「こちらが把握している事も、ギルフォードは分かっている。そんな無謀なことをする男ではないよ」
ふぅ……と、大佐は大きく溜息を吐きながら呟く。
「後で彼に伝えておいてくれ。残りの子供達は俺が責任をもって預かる……と。まぁ……コールドスリープという形にはなってしまうが……」
「分かりました」
再び大きなため息。
「これで彼が心を入れ換え、研究に専念してくれれば、一芝居打った甲斐があるんだが……。……やはり悪役には成り切れんな……」
大佐が帽子を深く被り直す。
「……そうですね」
帽子の奥から雫が零れる。
「でも、大佐が裏で色々と動いていたことを彼が知ったら、また甘えてしまうでしょう」
「甘え……だと……? お前が同じ立場だったら、選べたのか!? 自分が選んだ人間が死ぬんだぞ!?」
大佐の怒号で車内がビリビリと揺れる。
「いえ……失言でした……すみません」
部下の自分を思う気持ちも、ギルフォードを軽んじる気持ちが無い事も分かっていたが、大佐は今回の件で、結果的に子供達を救えなかったことにとても憤りを感じていた。
「階級が上がるだけで、無力なのは昔と変わらんな……」
大佐は拳をギリギリと握りしめ、窓の外の夕焼けを眺めた。
「そういえば、検知器なんてあったんですか?」
「いや、ない」
「ならどうして、あんなところに感染者が隠れていると?」
「どうやら昨夜、軍に市民から通報があったらしい」
「はぁ……珍しい市民がいたもんですね」
ギルフォードと子供達は、日が暮れても泣き続けた。
こうなってしまった原因をギルフォードがいくら考えても、自分以外の誰かのせいにするしかなかった。
今自分を責めてしまったら、二度と笑えない気がする。
でも、責める他人も思い浮かばない。
世界が憎くて、憎くてしかなかった。
軍から連絡が入り、残った子供達はコールドスリープさせてもらえることを知った。
当時のコールドスリープは一部の金持ちしか使用することが出来ない程貴重だった。
思わぬ好待遇にギルフォードは驚いたが、これで正真正銘、子供達と過ごせる最後の夜となった。
コールドスリープで眠る時間は最低でも100年。
それより早く起きてしまうと、後遺症や脳に障害を及ぼす可能性が高く、最悪の場合死んだように眠り続ける。
つまりギルフォードが生きている間、子供達を起こすことが出来ないのだ。
「ドクター? 今日は帰らなくていいの?」
「あぁ、今日はずっと一緒だよ。家族にも連絡した。一応聞くけど、僕が今日ここに泊っていってもいいかい?」
「へへ、当たり前だよー」
子供達がにへらっと笑う度、ギルフォードの目の奥がぎゅうっと締め付けられる。
けれど、もう涙は出てこなかった。
ギルフォードと子供達はたくさん話した。
たくさん。
ほんとうにたくさん。
月が白くなって、お日様が顔を出すまで。
やがて角部屋に朝日がさし、部屋が温められると、全員気を失ったように眠った。
一カ月後。
ギルフォードは研究所にいた。
けれど、以前の情けなかった姿はもうどこにもない。
更に数年後。
彼はSTARS計画を実行し、アーティファクトを完成させた。
彼が作ったアーティファクトは世界の常識を覆す程のものだった。
誰かを傷付けるためではなく、誰かを守り抜くため……そしてアーティファクト達が無事に帰ってこれるように。
ギルフォードの常軌を逸した祈りは、文字通り次元を超えた技術を生んだ。
そしてそれらすべてを5体のアーティファクトに注ぎ込んだ。
富裕国の経済が傾くほど資金を注ぎ込み、彼らは完成した。
「今回の君達のミッションは、隣国に奇襲された駐屯地に赴き、味方軍の保護、及び敵軍の勢力を抑える事。訓練通りにやれば全く問題ないと思うけど、くれぐれも無事に帰ってくるようにね」
「「「はい! ドクター!」」」
戦火の夏空に、からんとした声が響いた。
これはとある科学者の決意のお話。
世界を救った小さな人形達の、始まりのお話。
あとがきです。
唐突な過去話、いかがでしたでしょうか……。
結構勢いで書いてしまったので、完成度に疑問なのですが汗
邪魔だったら削除しようかと思います。
よかったらご意見聞かせてもらえると嬉しいです。




