166話 きっとすぐに
ちょっと行ってくる、という軽い挨拶を残して、ラズの姿はあっという間に見えなくなってしまった。
ラズの駆けて行った方を寂しそうに眺めるパグ。
理由は分からないが、あれだけ慕っていた手前、唐突に置いていかれるのは少し可哀相ではある。
「まぁ、きっとすぐに帰ってきてくれるよ」
そんな言葉をパグにかけると、何を思ってか、ふんすと鼻を鳴らし、進路方向へと足を踏み出した。
次いで、俺達も歩みを進める。
実際のところ、「きっとすぐに」なんて、自分に言い聞かせたい言葉ではある。
スヴァローグがいるとはいえ、この状況下で会話ができる相手が減るのは不安だ。
それに、一人になったラズをやつらが狙ってこない保証もない。
「私だけでは心許ないか? 少年」
左手の指に嵌めたリングの声の主、スヴァローグが俺に問う。
「えと、まぁ……なんというか……」
正直言って、それはそうだ。
俺の指に嵌めているリングの形をしたモノリス、スヴァローグからtype-ENDと呼ばれているこれについて、何やらすごい、という事くらいしか知り得ていないしな。
好戦的なモノリス、またはエージェントに再び襲われたとして、それに対処出来るほどの力があるのかどうか。
そこが拭えない限り、この恐怖感、不安感は多分消えない。
現状、俺がtype-ENDについて知っている事といえば、
・何故かスヴァローグの意思が込められていること
・エージェントを糧にレベルアップすること
・スヴァローグが奥の手に取っておくほどの代物だということ
・モノリスのレベルを少し上げられること
・モノリスの能力値を僅かに底上げ出来ること
くらいだ。
聞くところによると、別のモノリスとは複雑なコミュニケーションを取ることは出来ず、指示出しや命令の系統も、もちろん不可能とのことだった。
曰く、そんな技術は領域の無駄遣い、らしい。
「本体の方なら出来ないこともないが、すこぶる無駄だね。考えても見ろ、例えば、君が他の人間に会ったとして、そいつのために言語を1から習得しようとするようなものさ。不毛だろう?」
その上で、とスヴァローグは続ける。
「異常なのは彼女、ラズさ。おそらくすべての動物との意思疎通が可能だ。何を想定して彼女にそんな機能が備わっているのかは甚だ疑問ではあるが、とにかくこの状況下において、彼女の存在は必要不可欠なのだよ。生物に対しては観察と記録がほとんどだったからな……あぁ、あの頃の私を殴りたい……」
こんなことになるのなら、対話も兼ねたコミュニケーションスキルを拵えておくんだった、とスヴァローグ。
すべての動物っていうのは、モノリスも含めた対象を指しているんだろう。
実際ラズは、犬型のモノリスであるパグや、先程訪れた恐竜とのコミュニケーションがとれている。
仮に自分がそういった動物達と対話できたとして、そんなに都合のいいものではない気がするのは、俺が人間だからだろうか。
パグが未だに俺を罵っていたとして、それが道中ずっと聞こえてくるってのは、なかなかきついものがある。
そんな俺の心情を見抜いてか、やれやれといった具合でスヴァローグは話す。
「まぁラズの帰りを気長に待とうじゃないか。戻って来る頃にはきっと見違えているだろうさ」
「いや、ラズのことはそんなに心配してないよ。どちらかというと、お前、type-ENDについてより知っておきたい」
「さようか。君は座学よりも実戦派かと思っていたが……。では進軍しがてら、教材探しをするとしようか」




