今回は三本仕立てだよんって慧音が言ってた②
主な登場人物
八雲紫:境界を操る能力が便利すぎるためぐーたらしっぱなしの困ったちゃん。だらしねぇ!
八雲藍:狐だから油揚げ大好き。けど紫の方がもっと大好き!橙も大好き!重力を無視した動きで車輪の如く回る、スッパテンコーと叫びながら突然全裸になる、橙が可愛い言動をとるたびに何故か鼻血を吹き出す等の奇行は紫に構ってもらえない事に対するストレスの表れかも知れない。
紫「らーん。らぁぁぁーん」
隙間の世界。八雲紫の住処にて、主人の紫が、式の八雲藍を呼ぶ声が響く。
洗濯中の藍の脳裏には、一瞬、紫を無視しようかとの考えが過ぎったが、後が面倒くさくなるだけなので仕方なく洗濯の手を止めて紫の元に足を運んだ。
藍「なんのようですか紫様」
既に昼過ぎだというのに、昨日の夕方頃からずっと、相も変わらず布団の中でゴロゴロしっぱなしの紫に、藍が質問を投げ掛ける。
紫「小腹が空いたからお煎餅持ってきてくんない?」
それ見たことか。案の定くだらない用件だった。わざわざ家事の手を止めてまで果たさなければならない用件とは程遠い。むしろ止めなければならないのは、つい先ほど昼食を済ませたのに、その後すぐに布団に潜り込んで10分後には間食を行おうとする主人の堕落と過食であろう事は、ブクブクに肥え太った紫の姿を見れば一目瞭然だ。
藍「あの…紫様、いい加減にしてくれません?」
紫「なによー。藍ってばなんか怒ってる?」
藍「いや…怒ってるというか呆れてるというか……すこしは自分で動こうとは思わないのですか?」
紫「なんで私が動かなきゃいけないのよ面倒くさい。せっかく便利な…ゲフンゲフンできた部下がいるんだから、ちょっとくらいそれに頼ったっていいじゃない。私は私でいろいろ忙しいのよ」
藍「とても忙しいようには見えないのですが、まぁそれは置いとくとして…紫様、単刀直入に言いますが最近の貴女は明らかに太り過ぎです。少しは食事を減らすか体を動かすかしたらどうなんですか。てゆーか今すぐそうしてください」
会話を始めた時点では気遣いやオブラートを意識しようかと思っていた藍だったがやはり無理そうだ。色々な意味で藍のストレスは限界だった。
紫「え?私ってばそんなに太ってるかしら?」
スキマを操る能力によって紫が異空間から手鏡を取り出すのを見た藍は『お煎餅もスキマで取り出せよ』との思いを抱いたが、話が進まなくなるので何も言わなかった。
紫「あ〜、確かにこれは太り過ぎかもね〜」
紫はまるで他人事かのように呟いてから、すぐさま宙空に新しい異空間を創り出す。
紫「よーしスキマを操ってすぐに元のナイスバディに」藍「ちょっと待ってください紫様!」
紫「な、なによ藍」
自身の行動を遮って発された藍の言葉に、紫が顔をしかめる。
藍「この際だからハッキリ言わせてもらいます。いくらなんでも最近だらけ過ぎです!常日頃から姿勢を正せとは言いませんが、せめて最低限の節度は保ってください」
紫「あ〜も〜うるさいな〜そんな事言われなくても分かってるってば。だから節度を保つ為に今からスキマで痩せようとしてるんでしょ〜」
藍「いいえぜんっぜん分かってません!!てゆーか大事な話しの時くらい寝転びながら受け答えするのはやめてください!!」
適当に受け流そうとする紫に対し、藍は大声で怒鳴りながら布団を強引に剥ぎ取る。
自身にも落ち度があるとはいえ、式の主人に対する突っ込み過ぎた言動に著しく気分を害した紫が藍を睨みつけるが、視線が交差した瞬間、藍の視線には自分のものとは比べ物にならない怒気が込められていた。
予期せぬ迫力に紫が思わず視線を背ける。
藍「良いですか紫様?確かに、スキマを使えば容易に元の体型に戻れるでしょう。しかし、スキマに頼るのは今回で何度目ですか?いつもいつもグータラして何もかも私に任せっきり。もう我慢の限界です。これ以上、情けない姿を見せないでください。私だって際限なくダラけるような主には仕えたくはありません。まだ改善する気が見られないようでしたら式神としての契約も破棄させてもらいます」
紫「はぁ!?ちょちょちょっと待って!!なにもそこまでする必要ないじゃない!」
まさかの契約破棄と言う言葉に、紫は計り知れないショックを受けた。
紫「お願いよ藍考え直して!!あなたがいなきゃ私生きていけないわ!!」
勢いよく立ち上がった紫が藍に詰め寄る。
少し大げさに言って脅しをかけるつもりだったが、ここまで効果が有るとは藍自身も予想外だった。
紫「藍がいなくなったら誰が私の面倒を見るっていうのよ!?家事はどうするの!?ご飯は!?洗濯は!?掃除は!?ホラー映画を見たあと誰がトイレについて来てくれるのよ!?誰が私と遊んでくれるのよ!?結界管理の補佐はどうするの!?今から新しい式を探そうにも今のだらけきった私に付いて来てくれる酔狂な輩がいると思う!?見捨てないで藍おねがい〜!!」
羅列された言葉の大半が碌でもないものだったにも関わらず、それでもなお紫に必要とされている事実に藍は性的興奮にも似た高揚感と、大仕事を終えた後のソレにも似た達成感を同時に覚えた。
藍『ああ!紫様がこんなにも私を必要としている!おほほ〜久しぶりの泣き顔たまんねぇ!ヘタレで駄目駄目な紫様最高ぉ!やっぱり紫様は私がいないと駄目ですね!心配せずとも地獄の果てまでお供させていただきますとも!紫様は私なしでは生きていけませんものね!あぁ紫様紫様』
おお!見よ!狂気にも似た彼女の歪んだ忠誠心を!この主人にしてこの従者あり!紫の泣き顔を目の当たりにすれば先程までの怒りもすぐにどこかへと霧散していった。
実を言えば紫が太っているか否など、藍からすれば大した問題ではないのだ。藍の好みで言えば痩せている姿の紫の方が魅力的に映るのは間違いないが、太っていれば太っていればでマスコット的な意味で可愛いので、また別の楽しみが味わえる。ダイエットの際にスキマを使うのも、藍自身は別段それを怠惰とは思っていない。利用できるものは利用すればいいのだ。無論、本当の意味で手の施しようが無い程ダラけられては困るが、つまるところの今回における叱責は、紫の自尊心を保たせるような言動など唯の建前で、主たる目的は紫の困った顔を愉しみたいという藍のエゴに過ぎない。
予想以上のリアクションを見せてくれる紫に、藍は必死の想いで溢れそうになる笑みを我慢しながら「確かに契約破棄は言い過ぎました。ですが、ここらで今一度、紫様がいざという時には努力できる人物だと言う事を証明してください。今からスキマ無しでのダイエットを始めましょう」と提案した。
スキマ使用不可のダイエットに紫は一瞬だけたじろぐ様子を見せたが、すぐに意を決して肯定の言葉を搾り出した。
紫「わ、分かったわ!やればいいんでしょやれば!丁度おあつらえ向きに、にとりが人里でスポーツジムを開いてるみたいだからそこに向かいましょう」
藍「やる気を出してくれたようで結構です。スポーツジムまでは紫様のスキマで向かいましょう。私もお供します」
藍『やった!!言質を取ったぞ!!ダイエットなら全力が出せるように追い込むという名目で紫様をいじめ放題だ!!』
澄ました顔のまま、藍が心中でガッツポーズをキメる。策士の九尾という二つ名は伊達じゃない。
怠惰な主人と、恋の盲目に溺れた従者が底無し沼の如き共依存関係に陥るのもむべなるかな。
こうして二人は、藍の思惑通りスポーツジムへと向かった。
簡単な受付を済ませ、様々な器具の並ぶトレーニングルームへ入る。
豊姫「ひぎぃぃいぃいいい!!ムリ!もうムリ!つる!お腹がつっちゃうううぅぅ!!」
紫と藍がトレーニングルームに入った瞬間、どこかで聞いたような声色の悲鳴が耳をついた。
依姫「泣き言ばかりぬかすなクソ豚ガァ!!フルーツ魚みたいなブランド名で出荷されたいのか!桃のみで育った月人として妖怪の食用肉またはマニアックなエロ同人界隈に出荷されたいのか!どうなんだえぇ!?」
豊姫「ノーサー!」
依姫「ならば死ぬ気でダイエットしろ!この1セットを終えたら休憩をくれてやる!」
豊姫「サーイエッサー!」
依姫「声が小さいぞ!!貴様仮にも月のリーダーだろう!!実戦時にそんな囁くような声で玉兎達に的確な指示を出せると思っているのか!!ケッチャナ(月の言葉でケツの穴の意)を引き裂かれたいのか!?」
豊姫「ノーサー!!」
依姫「もっと腹の底から声を出せ!!このたるんだ腹に少しでも実用性がある事を証明してみせろ!!」
豊姫「サーイエッサァァァァ!!!」
紫と藍の視線の先には、別人のように丸々と太った豊姫が腹筋を頑張る姿と、豊姫の膝を両手で押さえながら叱責を飛ばす依姫の姿が目に入った。
依姫「ん?」
自分達に向けられる視線に気付いた依姫が、紫と藍の二人が立つ方向へと振り返る。
依姫「あー!八雲紫!?なぜあなたがこんなところに!?」
依姫が素早く立ち上がって紫を指差すと同時に、豊姫がその場に寝転がる。既に限界近くまで追い込まれていたのだろう全身をピクピクと痙攣させながら口からはブクブクと泡を噴き、両目は茫然と虚空を眺めていた。ギャグ小説じゃなければ即座に緊急搬送コースだろう。
紫「いや、こっちのセリフなんですけど」
紫の登場に、綿月姉妹は一度ダイエットの手を止めた。紫達と豊姫達は、お互いにベンチに腰掛けて落ち着いて話せる態勢になってから簡単に現状の説明を行った。
依姫「…………と、いう訳で、姉様のダイエットの為に地上にお邪魔させてもらってる次第であります。ね、姉様」
豊姫「……え…?あ…ああそうね、うん……」
呼吸困難になるまで追い込まれた豊姫が、酸素スプレーを口にしながら適当に相槌を返す。
藍「紫様、この方達が前に話してた月のリーダー達ですか?」
藍がぼそぼそと紫に耳打ちする。
紫「え、えぇ、まぁね」
藍「なるほど」
藍が立ち上がり、豊姫と依姫に向かいあってからペコリと頭を下げる。
藍「お初にお目にかかります。私の名は八雲藍。紫様にお仕えしている式でございます。その節は紫様がご迷惑をお掛けしたようで」
依姫「あ、いえいえご丁寧にそんな、こちらこそ挨拶が遅れました。私の名は綿月依姫。以後お見知り置きを」
かしこまった藍の挨拶に対し、依姫も慌てて立ち上がり頭を下げ返す。
豊姫も藍に挨拶を返そうと思ったが、挨拶を実行に移す直前で、紫が豊姫に言葉をかける。
紫「いや〜それにしても、暫く見ない間に随分と素敵な御姿になられたものですね綿月さん?」
豊姫「お?」
豊姫の額にビキリと青筋が走る。
豊姫「いえいえ八雲さん貴方程ではありませんわよ。その様子だと地上には随分と穢れに満ちた食物ばかりのようで、八雲さんの健康が心配になってしまいますわ」
紫「恥ずかしながら綿月さんのおっしゃる通りですわ。地上には必要な物から不必要な物まであらゆる種類の食材が揃ってありますゆえ、穢れや創造性とは無縁な月の桃に比べれば確かに健康を害す機会も否が応でも増えようと言うもの。しかし、いくら医食同源の万能薬だからと言えどあからさまに過剰な量を摂取するのは如何なものでしょう?そのような体型では寝返りもままならないのでは?エコノミー症候群には充分気をつけてくださいね?」
豊姫「なんだコラァ!!てめぇに言われたくねぇんだよ穢れた地上人めが!!」
紫「玉兎達に示しがつかないほど怠惰を貪った挙句にわざわざ穢れた地上にまで来たような輩が何を吠えるのやら。だいたいおまえ儚月抄で私に完勝したとか勘違いしてるだろうけどあれは違うからな。おまえが強いんじゃなくておまえの扇子が強いだけだからな?ステゴロなら私の方が絶対強いからな?」
豊姫「あぁ!?」
荒ぶる闘牛の如く紫と豊姫が、ガンガンと頭部で互いの頭部を打ち鳴らす。
藍「ちょ…ちょっと紫様!?」
依姫「やめてください姉様!落ち着いて!」
漂い始める険悪な空気に藍と依姫が静止の声を掛ける。
紫「藍!!」豊姫「よっちゃん!!」
紫と豊姫が同時に付き人の名を叫ぶ。
紫・豊姫「絶っっっ対コイツより早く痩せるわよ!!死ぬ気で頑張るからアンタも手伝いなさい!!」
紫と豊姫がお互いを勢いよく指差す。
依姫「そ…その意気です姉様!!私もベストを尽くします!!全力で励みましょう!!」
藍「分かりました紫様!!私も精一杯サポートさせていただきます!!」
両手でグッとガッツポーズをとりテンションを上げる依姫とは対照的に、心中で『嫌がる紫様を虐めるのが面白いのに』と舌打ちを鳴らす藍であった。




