プロローグ3
その時、寝台に横たわるカヴァリエリ、すなわち子供たちの先生が息も絶え絶えの状態にありながら、気力を振り絞って声を発した。
「お前たち、良く聞きなさい」
子供たちは、一斉に「はい」と答える。
「お前たちは、これから、互いに、争うことになる。だが、これは、千年前から定められていた、ことなのだ」
「殺し合うってことですか?」
男の子の声が、冗談半分に訊いた。笑いを含むざわつきが起こる。これに対し、カヴァリエリの言葉は無情だった。
「そうだ。お前たちは、殺し合わなければ、ならない」
「えっ、なんで?」
「いやよ、そんなの」
驚きの声が上がる。
「どうして僕たちが、そんなことをしなくてはならないんですか⁈」と男の子の声。
カヴァリエリは答えない。答えるつもりが無いようだった。カヴァリエリが苦しそうに唸った。死の時は、もうすぐ目の前に迫っている。
子供たちは、互いに互いを見つめながら、様子を窺いあう。誰かが、突然襲いかかってこないか、疑心暗鬼に囚われていた。
「カヴァリエリ、言うべきことは、それだけか?」
動揺した様子のないその声は、レーイのもの。
カヴァリエリは小さく首を振り、「いずれ、わかることだ」と、乱れた息遣いの中、それだけを告げた。
「長かった。ようやく死ねる。これで終われる……」
その後の声は言葉にならず、誰の耳にも聞こえなかった。そしてカヴァリエリの息は次第に小さくなり、やがて、途絶えた。
「先生!」
子供たちが取りすがるより早く、閃光がカヴァリエリの遺体から解き放たれた。あまりのまぶしさに、全員が目を覆う。
その光が消えたとき、カヴァリエリの遺体は消えていた。
寝台の上には、何も残されてはいなかった。そこに在ったのは、互いを警戒し合う気まずさだけだった。
「殺し合うって……ここでやれって言うのかよ!」
気性も荒々しげに男の子が叫ぶ。答えたのはタルシオンだった。
「お前たちは、カムネリアを離れ、各地に赴かなくてはならない。そこで魔術を鍛えるも良し、仲間を集めるも良し、力を蓄えよ。誰が誰と戦うことになるかは『天』が決めること。その時が来れば、必ず邂逅は訪れる」
子供たちの誰もが、ごくりと喉を鳴らす。
「それでは行け! カヴァリエリの子供らよ。これから殺しあう汝らに祝福は似合わない。だが、汝らに幸多からんことを、このカムネリアの地から祈ろう」
タルシオンの言葉が重々しく響いた。
逃げるように去って行く子供たちの中で、レーイは焦る様子もなく、佇んでいた。これからどうするべきかを思案していた。
「どうしたの、レーイ? 考え込んじゃって」
声をかけてきたのはイエッタだった。ウェーブのかかった金の長髪を後ろに束ね、白磁のような肌に白を基調とした服を身に纏う美少女。ただ一つ異質なことは、その瞳もまた金色していることだった。
「まさかとは思うけど、あなた、外の世界が怖いの?」
イエッタが、優越感に満ちた表情でレーイに言った。
「怖くは無いが、戸惑ってはいる」
「そうよね、街から出たこと無いものね、あなた」
レーイは物心ついたときには、この街の中に居たし、壁の外に出た事も無かった。
これに対して、カヴァリエリの子供たちの多くは、他の街や村から連れてこられた者が大半だった。多少なりとも、下界のことを心得ている。これにはイエッタも含まれた。
「あたしと一緒に行く?」
「いや、大した障りではない。だが、お前の気遣いには感謝しよう」
その言葉に対し、イエッタは、ふんと鼻を鳴らす。
「か、感謝されるいわれはないわよ」
それだけを言うとイエッタは部屋から出て行った。
レーイは、子供たちを見送っているタルシオンに目を向けた。
「私はどこに赴けば良いだろうか、タルシオン。すまないが、私には何の情報も無いのだ」
「ならば北へ向かえ。そこにはゲイルゴーラという国がある。かつては我々の同胞だった者たちが住む場所だ」
こくり、とレーイは頷いた。