フローの森へ
本職で言えば回復専門の魔導師なのだが、魔法研究に必要な薬草などの
材料集めは森へ踏み込む事が多く、モンスターも出没する。
小物とは言え、さすがに丸腰では危険が伴う。
また森に行く事が多い為、住処も自然と材料が豊富にある
フローの森近くになった。
彩羽も攻撃魔法も多少は扱えるのだが、やはり物理的な攻撃の方が
素早く行動が出来るし、何より必要な魔導書を何冊も持ち歩いての採集は
非効率的なのだ。
『我が道を照らせ、ライトヒール』
ポォォォォッ
決して強く明るい光ではないけれど早朝まだ日が届ききらない薄暗い森で
彩羽の足元を照らすには充分な青白い光が灯される。
朝方、自分の傷を癒したものと同じ魔法なのだが
回復へ使われる魔力を調整して、その際に現れる光を
ランタン代わりに利用しているのだ。
懐中電灯?? そんな物はこの世界では高値の為、選択肢からはもちろん排除だ。
比較的入手しやすいランタンそのものを当初は持ち歩いたりもしたのだが、
やはり荷物は少しでも減らしたい・・・
という事から考え出された方法だった。
しばらく歩いた頃に独特な木を見つけてハッと思い出す。
「あ! そうだ、トレンの樹液・・・朝の内に採取しとこ。」
トレンの木は樹皮に独特な波模様が浮かんでいるので、比較的簡単に見つかる。
しかし様々な木々や草花が生い茂っている森なので、材料集めの為に
図鑑無しでも見ただけで判別出来る様に植物図鑑で勉強した。
これも、わざわざ分厚く重たい図鑑を持ち歩かない為の努力だ。
分かりにくい草花は持ち帰ってからきちんと調べる事にしている。
双剣の片割れをベルトから抜き、スっと一筋の切れ込みを入れる。
数秒待つと、薄緑色の樹液がじわぁっと傷口から滲んできた。
この樹液は大変な回復力を持っていて、そのままにしておくと
あっという間に傷を塞ぎ、少し経つとその傷口すら分からない程に
修復してしまう。その回復力を活かして薬を作るのだ。
朝方は特にその回復力が増す、と図鑑にも載っている。
その事を思い出したのだった。
傷が塞がる少し前に再び傷を付け、数秒待つ。
樹液はある程度の量になり、重力のまま流れようとする。
頃合を見計らって、鞄に入れてあった採集用の小瓶を取り出す。
特別な製法で作られた瓶の為、樹液が固まるのを
かなり遅らせられる特殊な瓶だ。
剣先で樹液を掬い、その小瓶へと入れる。
その作業を何度か繰り返して、やっと小瓶半分程になった。
「今日は急いでるし、これくらいかな、うん。」
彩羽の本来の目的はこの樹液ではない。
このまま樹液採取に夢中になっていると機を失する事になりかねない。
樹脂がついた剣先を懐紙で拭き取ってから鞘におさめる。
柄に施された薄緑色の宝石がライトヒールの光でキラリと光る。
「やっぱ、綺麗だなぁ・・・」
小瓶の樹液をライトヒールの光にかざし、その透明感のある
何とも言えない美しさにうっとりする。
彩羽の瞳と同じ、綺麗な色だ。
小瓶を鞄にしまい、本来の目的・・・レアモンスターを探しに進む。
「今日こそ、今日こそぉぉぉぉぉぉっ!!!!」
樹液採取で時間を割いてしまった事もあって、気持ち的に焦りが出て
本人の自覚はない様だが、足早に慣れた森の道を進む。
ここからはモンスターも出没しやすくなる区域になる。
気を引き締め、いつでも抜刀できる様に双剣の柄に手を添える。
警戒しつつも、今日こそは、と期待に胸を膨らませ、
更に森深くへ歩みを進めるのだった。