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03【スーパーの店員はただのお節介】

 夫を送り出して、汚れた食器を洗って片づけた。

 外を見やって、雲がないか確認する。

 朝のテレビのニュースで今日は一日中晴れとは言っていたが、天気予報は外れることもある。だから、自分の眼で確認するのが日課。

 大丈夫そうなので、布団を外に出す。

 布団は毎日ベランダに干す。

 ふかふかの布団で寝たいからだ。

 本当はもうすぐ外出する予定なので、いつもはこんな時間に出すのは珍しいのだが、そうも言っていられない。

 複数のチラシに眼を落とす。

 今日の目的は、買い物。

 食品だけでなく、トイレットペーパーや、石鹸が切れそうだったので欲しいところ。

 だが、安いものがばらけている。

 そんな時は、複数のスーパーをはしごだ。

 そのために、今日はあまり時間がない。

 買い物してから、家に帰って布団を干す時間はなさそうなのだ。

 どうせだったら夕方ぐらいにタイムセールをするスーパーがあるので、そのぐらいの時間帯に行くべきなのだろうが、人が多い。

 人ごみは嫌いだ。

 一円でも安いものを買いたいのだが、人ごみの激流にのまれるのは勘弁願いたい。

 それに、そこで知り合いに会ったら本当に面倒だ。

 立ち話が好きな知り合いが多い。

 この前も、知り合いに見つかってしまった。そのせいで聴きたくもない夫の悪口を永遠に聴かされた。

 カゴの中には、既に選んだ食品が入っていた。

 肉の鮮度が落ちるのを構わずペチャクチャ話し出され、話し終った時にソッと元の売り場に戻すことも一瞬頭をよぎったのだが、キッ、と店員に睨みで牽制された。

 どうやら大声で話す知り合いに眼をつけていたらしく、私もついでに監視下においていたらしい。知り合いも知り合いだが、私も私だ。一度とった食品を元の場所に戻すなんて、スーパー側からしたら最悪の行為だろう。確かに、店員の危機感は正しかった。

 そこのスーパーは以前、店員がレジで会計している時によくしてもらったスーパーなので、黙って肉をカゴの中に戻した。

 玉ねぎをそのスーパーで買った時に、腐っていたことを店員が気がついてくれてそれをのけてくれたのだ。しかも、そのまま小走りで玉ねぎを、新鮮な玉ねぎと交換してきてくれた。

 当たり前のことだけど、嬉しかった。

 専業主婦の私は、特に趣味がある訳じゃない。

 使うお金も制限があるため、遠出もしない。

 だから、行く場所は限定される。

 いつも同じ場所に行って、同じ人と会う。

 その繰り返しの中で、ちょっとした変化。

 ちょっとしたいいことがあると、それだけで心が温かくなるものだ。

「さて、と」

 チラシを確認していって、その手が止まる。

 チェーン店ではないが、田舎の中じゃまあまあの大きさのあるお店。

 遠いし、あまり安くならないから足をそこまで運ばないスーパーだ。

 だけど、

「あった、あった」

 財布の奥底から出てきたのは、一枚のレシート。

 領収書的なやつではなく、割引的なレシート。

 そこのスーパーはポイントカードを発行しているのだが、ポイントが貯まると使わないといけない仕様。

 自分の好きな時には使えない。

 一ポイントだけ使いますみたいなことができない融通のなさが、チェーン店ではないことを思い出させる。

 しかも、ポイントカードを使ってポイントを使えるわけではない。

 次回から使えるポイント分の割引レシートが発行され、それを持っていかなければならない。危うく捨てるとことだ。

 そして、レシートには有効期限がある。

 そろそろ切れそうだし、あまりのそのスーパーにはいかない。

 チラシを見ると、安い商品が珍しくあるみたいだ。

「よし、行ってみようかな」

 そう決心し、マンションの駐輪場に置いてある自転車にまたがってコキコキ。目的であるスーパーに到着する。

 まだ昼前の10時。

 開店時間は9時半なので、開店したばかり。

 お客さんはそこまで多くない。

 優雅に買い物ができそうだ。

 とりあえず、カゴももたずに、物色する。

 いいものがないか。

 シーチキンが安い。

 食パンも安いし、サンドイッチでも作ろうか。サンドイッチ専用のパンは、普通どこのスーパーでも打っているはずなのだが、見当たらない。普通の食パンでいいか。パンの耳は切ればいい。砂糖ふって、サッと揚げるとおかしみたいなっておいしく食べれるし。

 だけど、野菜が高い。

 野菜の中でも、キャベツ、レタスの値段が高騰しすぎだ。

 このスーパーだけじゃないが、今年の野菜は高すぎる。数年前の二倍から四倍まで値段が引き上がっている。

 安売り以外でキャベツ、レタスは絶対に買わないぐらいだ。

 とりあえず、食パンとシーチキンだけ購入する。

 ざっくり暗算して四百円ちょっとぐらいだ。

 レジに並ぼうとすると、ぽっかりと、一つのレジだけが開いている。

 化粧の濃いおばさんのレジ。

 あまりこのスーパーには足を運ばないのでいまいち自信はないが新人のパートさんだろうか。見たことがない人だ。

 他のレジは二人以上並んでいるのに、そのレジだけは開いている。

 底に並べばいいのに、誰も並ぼうとしない。

「…………?」

 不審に思いながらも、カン、とシーチキン三点セットと、食パンの五個セットを直置きする。

「いらっしゃいませー。シーチキンが一点! 食パンが一点! 合計で四百三十八円ですねぇ!」

 あー、やっぱり新人さんだ。

 新人は間違いが起きにくいように○○が一点と言わなければならない。昔スーパーでバイトしていた時に、そんな風に上司から指示されたことがある。

 それに、手つきがちょっと怪しい。

 バーコードの場所を確認する時に、まごまごしているのもあれだし、袋に入れてくれようとするのは嬉しいが、開かない。

 歳をとると手の油成分がなくなってしまい、スーパーの袋が開けないのだ。

 レジの横に備え付けのゴムサックがあるので、それを使えばいいのだが、使わない。

 やれやれと思いながら、レシート一枚をポンと出す。

 すると、ん? とおばさんが首をかしげる。

 あれれ?

 もしかして、○円以上買わないとこのレシートは使えませんとかいうパターンだろうか? いや、そうなると恥ずかしいので、何度も確認したはずだ。

 何円からでもあのレシートは使えるはずだ。

 有効期限だって書かれているが、過ぎていないはず。

 それなのに、レジのおばさんの手が止まってしまう。

 なんでだろうと内心焦っていると、

「あのー、これですね。五百円割引のレシートなんですよ」

「……ああ、はい」

 それは知ってますけど、なにか? と言いたかったがグッと言葉を呑み込む。

 すると、ああ、馬鹿だなこの客とでも言いたげな語調で話し出す。

「だ、か、ら! これ、五百円割引のレシートなんですよ。だから、五百円以上のやつを買った方がお得なんですっ! あっ、わかりません? あの、これ、ここに書いているとおり、おつりがだせないんですよ。それだともったいないですよねぇ?」

「えっ、これ、使えないですか?」

「いや、だから……」

 はぁ、と大きくため息をつかれる。

 そんなに私は悪いことをしているのだろうか。

「別に使えますよ! 使えますけど、もったいないじゃないですかぁ!?」

「は、はぁ……」

 うわぁ、めちゃくちゃめんどくさいこの店員。

 この店にはあまりこないから、このレシートを今日の内につかっておかないと、絶対に使い切らない。

 そんなこと、目の前の店員は知る由もないってことは分かっている。 

 だけど、結構重要なことなのだ。

 レシートの五百円割って言葉だけを抜き取ると大したことじゃないように思える。

 だけど、この店では、二百円で一ポイントつく。

 つまり、単純計算だと、十万円相当の買い物をしないともらえないものなのだ。

 だから、かなりのものなんだが、この店員のどや顔は、恐らく何を言ってもひっこめるつもりはないだろう。

 しかたなく、レシートを財布に入れると、小銭を出す。

「ああ、そうそう。そうよ。そうればいいのよ。いい? 次からはちゃんと使うのよ。もったいんだから」

 そんな風に、最後に言うとグッ、と押し付けるようにして小銭とレシートを渡してきた。

 ほんとうに、うざい。

 世話を焼きたいのか知らないが、ただのお節介だ。

 どおりで、あのレジだけ人が並んでいないと思った。

 みんな、あの店員がどれだけ面倒なのか知っていたのだ。

 それにしても、

「はぁ、使えなかったな……。この割引レシート……。もったないなー」

 また有効期限までにこのスーパーに来ればいいのだが、あの店員がいる限りに二度と来たくない。

 鬱憤晴らしのために、割引レシートをくしゃくしにしてポケットの奥にしまいこんだ。家に帰ったら、とっとと捨てて、今日の買い物のことは忘れようと心に誓った。


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