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スターレッド・レイ  作者: 一葉
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5話


「一秋!俺の元服の日取りが決まったぞ!」


喜び勇んで報告にやってきた幸村に俺はごくごく一般的な声をかけた。


「おめでとう」


幸村はこくこくと頷いて俺の祝辞を受け取る。


「これで父上の助けになれる!」


幸村にとって元服はできる事の多くなる祝いの儀式。

大人と認められることは嬉しいことなのだろう。


無邪気さはそのままでも、幸村はもう子供じゃない。

成人するにはいい時期だ。

昌幸様と佐助とで決めたに違いないと思いつつ、浮かれている幸村に俺はもう一度祝いの言葉を口にした。


「幸村、がんばれよ」

「無論!!」


威勢のいい答えが返ってきた。


「いいの?」


佐助の言葉が密やかに聞こえたが、口の端で笑って答えとする。

俺は気付いていないのだろう幸村に何も言わずに真田邸を後にした。


こんな日が来ること、分かっていたけどね。


思ったより堪えるものだ。

さあ、俺はこれからどうしようか。


初めて自分で選択するべき岐路の前で俺はらしくもなくため息を吐いた。







元服の儀は恙なく終了した。

準備期間からだれることなく珍しく真剣だった幸村は手順を間違えることもなく、その任を全うして、少しばかり張った肩の力を抜く。


今日からは大人として扱われる。

今か今かと待ち焦がれてきた日。


あのやんちゃ坊主が、と家臣達が驚いていたのは落ち着き払った幸村の姿が見慣れないものだったからだろう。

彼らが知っているのは奥から聞こえてくる大声と騒がしい音。

時々見かけるのは若者らしく剣や槍を振るっている姿と、友人とはしゃぎ回っている光景。


元服の日取りが決まった時から必死にリハーサルを繰り返してきた。

せっかく舞台を整えてくれた父ともう大人と認めて良いとゴーサインを出した佐助に恥をかかせる訳にはいかない。


一秋に「覚えが悪い!」と怒鳴られながら覚えた苦労が報われたのだ。

容赦のない一秋の罵倒に佐助が何度取りなしてくれたことか。


「なあ、若様も頭が働かなくなってるみたいだし、ちょっと休もう、一秋ちゃん」

「甘い!あめーんだよ、佐助は!こいつは体に覚えさせないと絶対に本番で忘れる!!断言してもいい!頭を使わなくなった時が体に叩き込むいいチャンスだろ!幸村、おい寝てんなよ、もう一回通しでやるぞ!!」


いっそ思い出すとげっそりとしてしまう思い出を描いて幸村はきょろきょろと辺りを見渡す。

人影の一つもなくても、幸村は呼びかけた。


「佐助」

「どうしました、幸村様」


案の定、佐助はどこからともなく現れる。

だがいつもと違って幸村はきょとんと聞き返す。


「幸村様?」

「…あー、だってもう若様って呼ぶ訳にもいかないですから」


変化はその時からあった。

だが幸村は気付かず納得して違和感の残る呼び名を受け入れる。


「で、何の用?」

「一秋は来ているか?」


礼を言いたい。

厳しくはあったが、本番に緊張で頭の中が真っ白になっても勝手に体が動いていたのは彼の教えの賜だ。


「来てないですよ」

「そうか、ではまたの機会にするとしよう」


佐助は少しだけ眉を上げた。


あらら、まだ気付いてないんだ、幸村様。


猪突猛進とも言うべき愛すべき主はあの幼馴染みにして親友殿はいつまでも自分の傍にいるものだと思っている。


仕方がないけど。


長い間、一秋の態度はそれを示し続けてきたのだから。

当たり前のように傍に居て、互いに足りないものを補い合って、喧嘩をして競い合って、幸村のフォローはいつも彼の役割だった。


幸村の隣に居ない時の彼を佐助は知っている。

酷く穏やかに笑う一秋は人格すら違えてしまったような錯覚を抱かせた。

凪のように感情が動かないから誰にでも同じように笑えるのだろう。


だがその人形のように美しい顔は、幸村と居る時ばかりは年相応のように本当の感情を乗せる。

悪戯小僧二人の面倒を見るのが佐助は嫌いではなかった。


幸村は学ぶために父である昌幸の間近に控えるようになって、昔のように部屋にこもって勉学に励むということはほとんどなくなった。

実践型の幸村にはその方が合っていると思いつつも、少しだけ不満そうな色が彼から覗くのはそのせいで幼馴染みに会う機会がないせいだ。


「佐助、一秋は?」


それが仕事後の口癖になった。


「来てませんよ」


当たり前だ。

佐助は今日も変わらない答えを返す。


一秋の言葉を借りればいくら運動馬鹿と言ってもそろそろ気付いても良さそうなものだ。

この問答も一月以上を跨いでいる。


だが幸村はいつものように顔を顰めた。

自分が忙しくて時間を作れないから一秋は来ない。

そう考えての言葉を放つ。


「一秋の薄情者め、少しくらい待っていてくれてもいいではないか」


一秋がいるなら父に頼んで少しくらい抜けさせてもらうこともできるのに。


だが佐助が深いため息をつく。

それに目をやって幸村は呆れ顔の佐助の表情に行き着いた。


「いい加減一秋ちゃんが可哀想になってきた」

「一秋が?」

「何で気付かないんです?幸村様、元服したんですよ」

「?それがどうかしたのか」


それでも悟ってくれない、勘の悪さは筋金入り。


「一秋ちゃん、あれでも女の子ですよ?」

「なにを言っている!一秋は、確かに見目は逞しくはないが、確かにおれと同じ男だぞ!」


幸村は昔証拠を見せてもらったらしい。

一秋はあの見た目に反して割とがさつで大胆だ。

その場面には是非同伴したかったと思っても過ぎた話。


「だけど世間一般では女の子じゃないですか」

「だ、だが一秋は」


可愛い女の子が妖艶な美女に成長してしまったが、それでも彼は周りから見れば女性なのだ。


「そんな一秋ちゃんが幸村様と一緒にいられる訳がない。この屋敷に通うのだって外聞が悪いですしね」

「しかし!」


幸村はもう元服してしまったのだ。

そんな成人男子がいる屋敷に、例え母・山手に会うという理由があろうとも足を運ぶのは好ましくない。


「それとも幸村様は一秋ちゃんを娶る覚悟でも?」

「…は?」


寝耳に水とはこういう事を言うのかもしれない。

幸村にとってはあの日、証拠を目の前に見せつけられてから一秋は良き友以外の何者でもない。

もちろん同性の、である。


「そりゃそうでしょう、このまま屋敷に一秋ちゃんが来続けてたらそれって通い妻、いずれ二人は夫婦になるって世間様では思っちゃいません?」

「通い…夫婦…っ!言葉を選べ、佐助!!!」

「あ、うん。さすがに通い妻はなかったですね、俺にも大ダメージ。いや、案外あの一秋ちゃんだから『構わん』とかいいそうだけど」


嬉々として幸村を本当に旦那扱いしそうだ。

そういう悪ノリの逸話なら事欠かない男なのだ一秋は。


特に、幸村をからかい倒すのは彼の一番の楽しみと言っても過言ではない。

幸村も想像がついたのか少し血の気を失って、はっとしたように気を取り直す。


「だが、おかしいだろう!一秋は真実男児だ、なぜいまだにおなご扱いされなければならないのだ!」


一秋は見た目のせいで損をしていると、本人が気にしてもいないことで一番悔やんでいるのは幸村だ。

幸村は勉学も良くしてきた一秋を尊敬していたし、何よりもその臆することのない心は武士足るべきものだと認めている。


二の足を踏んでいた幸村を余所に、『勝てないケンカはいしない主義!つまり俺がケンカをする時は絶対に勝つってことだ、覚えとけ!!』と街の同年代の子供達を泥に塗れさせて笑いながら仁王立ちしていたような男だ。


大胆剛胆、奇抜にして秀才。

今では細い腕からは信じられない剣戟を繰り出すことを知っているし、あれをおなごだと言われても困るだけ。


間違っても幸村の目には女には映らない、むしろそんな彼の立場を今更思い出させられて狼狽する程に忘れていた。


「まあ、一秋ちゃんも複雑な立場ですからねえ」


佐助がどうしたものかと頭を掻く。

長年共にいた佐助も、女たらしでいざという時は幸村以上に肝の据わっているあれが男以外の何者かと思うのだが、そうは問屋が卸さない。

最初に与えられた設定は良くも悪くも付き纏う。


「一秋が男として認められれば良いのならばおれが全力を尽くす、足りなければ父に頭も下げる!ならば、」


幸村が咳き込むように佐助に唾を飛ばす。

それを嫌そうに避けながら、佐助は肩を竦めた。


「一秋ちゃん、弟くんたちとも仲良いんですよ、知ってますでしょう?」


さすがの幸村もぐっと言葉を飲み込む。

意味はわかりすぎる程にわかった。


一秋が男として名乗りを上げれば、それはつまり家督争いに直結するのだ。

その仲の良い弟と争うことになる。


「いまさら、蒸し返したがるとは思えませんが?」


佐助が幸村と暴れ回っていた頃の、つい先日までの一秋を思い返しながら呟いた。

傍若無人に振る舞っていても、ろくでなしを自称しても、懐に入れた人間には随分と甘いところのある男だった。

争うくらいなら身を引きそうな気もする。

元々一秋は幸村とは反対にぎりぎりまで争いを避ける傾向にある。


「な、ならば一秋はこれからどうなるのだ、一生おなごとして生きていくと言うのか!!?」


あの一秋が?

あり得ない。


武将として名を上げる実力があることを知っている。

知謀は老獪とだって渡り合えると幸村は信じている。


そんな男がおなごとして誰にも知られず室の奥で人生を無為に過ごすのか。


あまりの結論に幸村は言葉を忘れたように口を開いては閉じた。


「って言っても一秋ちゃん男なわけだし、どうしたって結婚は出来ないんだから、そのうち仏門にでも入ることになるのかもしれませんね」

「……そんな!そんなことが許されるのか!!?」

「許すもなにも、一秋ちゃんが決めることですよ」


口を挟む問題ではないとぴしゃりと言われて幸村は臍を噛む。

悔しくて力を込めた拳がぎりと音を立てた。


何も出来ない、どうしてやることも出来ない。


「幸村様は、ずっと一秋ちゃんといるつもりだったんですね」


柔らかな声に肩が揺れる。


「…一秋は、」


それ以上の言葉にはならない。

佐助の言う通りだった。


幸村の描く茫洋とした未来にはそれでも絶対に一秋と佐助がいた。

疑いようもなく、当たり前だったのだ。


「心配してましたよ、幸村様のこと。」


え?っと思わず佐助を見れば佐助が苦笑していた。


もしかしたら、一秋があれほどに自由に振る舞っていたのはやがて来る時を想定していたのかもしれない。

いつか外に出ることも限られ、自由を失うことを覚悟していたから。


その顔を見て幸村は眉間に力を入れ直す。


「おれはそんな理不尽な話は認めん」

「幸村様」

「一秋は自分らしく生きるべきだ」


そうは思わないか?

幸村は自問にするように言葉を紡いだ。


幼馴染みとして、親友として、友の未来が閉ざされるのは許せない。

何も出来ない?

ならば出来る事を考えればいいのだ。


いつだって、一秋はこちらの都合などお構いなしに引っかき回してくれた。

今度はこちらが驚かせてやる番だ。


「一秋の事情などなぜおれが気にしなければいけない!」

「…確かに。いつもあれだけ自分勝手なのにこんな時だけ殊勝ってのも納得いかない」

「よし、ならば作戦会議だ。佐助、知恵を貸してくれ」

「喜んで」


にやりと佐助が応えて、一秋の驚く顔を思い浮かべれば何でも出来る気がした。


生憎と二人で部屋に引きこもり、毎晩唸りながら立てた作戦は大どんでん返しが待っているのだけど。




友情。

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