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スターレッド・レイ  作者: 一葉
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2話

いい加減、鬱憤が溜まっていたんだと推測する。


「目ぇかっぽじってよく見やがれ!」


私、もとい俺は着物の裾をガバリと抱えてたくし上げた。

今だから言う。


反省している。




最初は顔を真っ赤にして視線を必死に逸らしていた少年に「ごらあ!よく見ろっていってんだろう!?」と怒鳴って無理矢理真実を見せつけた後。


少年は「すまん!!!」と素直に謝った。

が、いささかボリュームを下げて欲しいものだ。

あと、その勢いのある行動をどうにか控えめに出来ないものだろうか。


さて、こんな突然な展開を説明するには長く時を遡る必要がある。

どれくらい前かと問われれば数年前だ。


俺はこの世に産み落とされた。


どうにもおかしな具合に、いわゆる前世とやらの記憶を持って。


気にしてはいけない。

前世が今から見て未来だとか、今が前世から見て過去だとか。


戦国時代もどき、と俺は呼んでいるこの世界。

本当に戦国時代なのかは杳として知れない。


かつて「ゆら」と呼ばれた女だった時代から勉強は好んでいなかったから判断はつきかねる。

よって真剣に考えても馬鹿を見る、ということで俺は大分昔にここはそういう世界と、納得した。


よしんば本当に戦国時代に転生しました、という話になっても俺は大して衝撃を受けなかったはずだ。

俺がここに生まれ、ここに居る。

世界は俺に付随するものであって、否定してどうなる訳でもないのだから、世界が「何か」など、どうでもいいことだ。


俺が居て、世界がある。

そんなこと、どうやったって変えられない事実なのだから。


そしてかつて女だった自分が男として生まれたことにも意味なんかないのだろう。

男か女か、二択なのだから確率は五分五分。

記憶に女の自分がいても、俺は最初から男として「生まれた」のだから拒否感などあるわけもなく。


なのに家庭の事情で「女として振る舞っている」俺はいい加減鬱屈が限界だった。

自分の身を守るために決して『男だということを悟られてはいけない』と言い聞かされて来た俺が今までそれを順守できていたのは、俺がかつては女であったことに深く関係しているのだろう。

重ねる着物だって、口調だって、仕草だって、問題なし。


最近の母はそんな完璧に女を演じる俺のせいでどうも本当に俺が女だと勘違いしつつある気がして大変危機感を覚えている。

ずっと女として生きていけるのならそれでも構わないが、そうもいかない。

俺はれっきとした男で、成長すればそれを隠せなくなることは目に見えていたし、いつかは破綻する計画だ。


母も最初はそう思っていたはずなのに、どこでどう狂ったのか。

俺が完璧すぎるのがいけないのか?

とにかく元服するまで無事に成長させる、それを目的に吐いた嘘。


事情はようやく理解できるようになった。

気の毒とも思うし、自分への愛情もそれに対する感謝の気持ちもあるのだが、如何せん彼女は過保護すぎる。


体調不良を理由に側室に怯えて別宅に俺を隠すように引きこもっている母。


今度こそは女であるようにと願っていたと言う、生まれてきた自分を見て泣き伏されてしまったあの戸惑いは今も覚えている。

そして決意した母は生まれた子は女だったと、跡継ぎの、つまり俺の存在を隠したのだ。


俺は未来の女の記憶を持って、過去もどきに男として生まれ、女として生きている訳だ。

我ながらややこしい。


側室が本当に自分の兄たちを葬ったのか、真実は知らない。

だが母はそう信じている。


俺は母の言う通りに生きてきた。

女としての振る舞いを覚え、女としての心構えを説かれ、そして母がついには婿のことを口にし始めた時に俺は何かを間違ったことに気付いた。


母が俺を可愛がってくれているのはわかるのだ。

器量よしの俺に出来るだけいい人生を送らせたいと考えるのもわかる。


「年頃になれば引く手数多となりましょう。あなたならどのような家に嫁いでも見劣りしますまい」


母上、それは不可能です。

俺、男ですから。


そんな当たり前の事実を俺は口にすら出来ず、顔を引きつらせるのが精一杯。


明日からは『完璧』はやめよう、そう心に決めるに留めた。

もう少し少年らしく振る舞って、自分の性別を母に思い出してもらわなければ。


一応身体は少年なので、心は少女のように振る舞うのは問題なくとも、身体は外を駆け回りたくてうずうずしている。


今になって少女だった頃呆れてみていたあの少年達の元気っぷりに納得がいった。

奴らわざとじゃなくて、素で体力が有り余っていたのだね。


走り回りたい衝動を大人の精神力で押し留めていたツケがこんな形で返ってくるとは思いもしなかった。

本当に、世の中は俺の思い通りになったことがない。


母の嫁事件をきっかけに俺はほんの少しだけ考えたことがある。

ありきたりに、愛の話。


婿は貰えない、俺、男だから。

かと言って、女と結婚できるかと問われれば難しいところだ。

男の自覚があっても昔は女だったという記憶はあるわけで、さていつか俺は誰かと愛を共有することができるのだろうか。

そんな遠い未来のことをぼんやりと考えた。


翌日、俺はついに衝動のままにそっと家を抜け出して街に出た。

下男の着物を上から引っかけて駆け抜ける街は随分と新鮮に映ったものだ。

下女の羽織にしなかったところに俺の心を感じて頂きたい。


そして自分の家よりよほど大きな屋敷を発見。

俺は壁の隙間から忍び込んだ。

生まれて初めての大冒険。

押さえつけられていた本来の好奇心と男としての性が突き進めと命じるので俺はその通りにした。


そしてそこで偶然出会った少年の一言目が冒頭の台詞である。

女から解放されるための冒険で寄りにもよって「おなご!?」と驚かれたのだ。

穏やかな俺でも怒るというもの。

女、女、と誰も彼もうるさい。


だから一発で目の覚める現実を見せつけてやったのだが、どうやらそれは功を奏したようで彼は納得してくれた。

現物を目に否定できるもんならして見やがれ、へへ。


「おまえ、名前は?」


同い年か、離れていても一つか、二つは違わないだろう少年が偉そうな口を利いた。

俺は精神は中途半端に大人なので、子供の無礼は流すことの出来る広い心を持っている。


「一秋、横谷一秋」


素直に答えた。

礼儀の最低ラインは心得ているようで、彼も名乗り返す。


「おれは幸村、真田源二郎幸村」


感想など一つ。


「ふ~ん、幸村ね」


それ以外に何を言えと?


正直、有名人と出会うことがあるなんて、念頭になかったのだ。

故に、ぴんとこなかった。

欠片とも気付かなかった。

悪いが昔から歴史は得意ではなかった、と言い訳を一つ。


今は反省している。

気付いていれば、二度と会わない選択も出来ただろうに。


とにかく、それが俺と幸村の出会いであり、俺が初めての冒険で得たものだ。


つまり。


「一秋―――!!」

「あ~うるせ…」


無駄に元気な幼馴染み、な。


何年経とうと変わらない声量と大袈裟な仕草。

見慣れたものだ。


ひょいっと幸村が精悍になった顔を廊下の端から覗かせた。


「一秋 、そこに居た…か」


満面の笑みが固まる。

ついでに言葉も固まる。

あ~あー、こいつはまったくいつになったら学ぶのかね?

一体何年の付き合いになるのか。


「…お前ね、ホント野暮だよ。」


深いため息をこれ見よがしに吐いてみても、幸村の凍結は溶けない。


「なに、混ざる?」


仕方なしに声をかけてみると、ヤツの頭に言葉が浸透する時間をしばしかけてから一瞬で顔が赤くなる。


おーおー、いつ見ても一発芸みたいな特技だな。

瞬間湯沸かし器、なんちゃって。


慌てず騒がず、俺は目の前の彼女に耳を塞ぐように指示してから自身も塞ぐ。

不安そうな彼女ににっこりと微笑むと彼女は花のような笑顔を返してくれた。


やっぱり女の子はいいね。

騒がしくて暑苦しい男とは大違い。

例えば目の前にいるヤツとか。


女性を愛することはいまだに出来ないけど、大好きだと声を大にして言いたいものだ。

癒される。

俺、男だから。


幸村が鍛えた肺に空気を吸い込むのが見えた。


「公共の場であるぞ、恥を知れ!!」


真っ赤な顔のまま叫んでも、負け惜しみにしか聞こえないということを理解しているだろうか。


まったく、俺という幼馴染みが居ながら、どうしてこいつはこんな純情シャイボーイに育ってしまったんだろう。

俺にはないものを持ったまま、よくぞここまで真っ直ぐに成長してくれたものだと拍手すら送りたい。


褒め言葉だぜ?


「一秋、我らはお館様の!」

「だーかーら~、それが野暮だって言ってんの。女性の前で政治と戦と武士の話はナンセンス」


ちっちっと指を振ると幸村は赤い顔のままぐっと声を飲み込む。

恋や愛にうつつを抜かしてる場合ではない!とか、本気で言うヤツだからな、侮れない硬派だ。


「…っなるべく早く来い!」


幸村なりに妥協したらしい。


ちらと俺の腕の中で目をまん丸くしている彼女に視線を送って、慌てて外す。

誤魔化すように床を鳴らして踵を返し、武士としてどうなの?と思わずにいられない大きな足音を立てながら去っていく。


「あ~あ、幸村様拗ねちゃったよ。もうちょっと柔らかく付き合ってあげて欲しいんですが?昔みたいにさ」


腕の中の彼女がぎょっとしたように不意に聞こえてきた声の主を捜す。


「これでも頑張ってるつもりなんだけどね」


俺は気にせずに答えを返した。


「幸村様は本当に純粋なんだから、あんたと違ってね」


姿は見えないが、どうせ指を差して皮肉気に口の端を歪めていることだろう。


「知ってるさ」


俺はやっぱり振り向くことなく答えた。


ああ、知っているとも。


あれに愛される女はきっと幸せだろう。

俺みたいな吹けば飛ぶ愛を振りまくろくでなしと違って、幸村は真実の愛を持っている人間だ。


「一秋さま…」


腕の中で居心地悪そうに彼女が身動いだ。


「ああ、ごめん。もう行くね?」


謝って、付け足した言葉はするりと当たり前に出て来た。


笑っていてもそっけない台詞だと、自分でもわかっている。

白々しい音が間抜けに響く。


佐助がどこかで呆れたようにため息を吐いた。


少し目を見張る彼女に心は痛まない。

俺は今も変わらない。


「佐助、行こう。」


幸村が来いと言った。

優先順位の問題で、決して彼女に非がある訳ではない。

それを理解してくれるといいのだけど。


振り返らず、歩く。

揺れる視線が後ろから追いかけてきたけど、俺にはもう意味がない。

いや、最初から意味などなかった。


「あんたみたいなの、最低な男って言うんだろうね」

「だろうな」


淡々と答える。

傷すらつかない心は心と呼べるのだろうか。


どすどすと足音を響かせる幸村は居場所を主張しているようだ。

まるで早く追ってこいと言うように。

俺はくすりと笑いを漏らす。


どうすればお前みたいな心を手に入れられるんだろうね?

代わりの利かない誰かをただ一人想う気分はどんなだろう?


俺と違って、幸村もいつかは誰かを愛するのだろう。


お前を見ていればそれを知ることが出来るのかな?

それは俺にも理解できるものだろうか。


「一秋!遅い!!」


ああ、ホントに、眩しいくらいに光だよ、お前は。

俺にないものばかりを持って、無くさないまま今も。


呆れる程に俺の光だよ。




佐助、ちょいと年上の護衛兼世話係兼幼馴染兼幸村の知恵袋。という多重役割を振られた苦労人。

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