虎穴に入らずんば虎児を得ず
窓から見える空の色は水色とグレーを足した様な色だった。
やがてオレンジにそまり、黄色が加わり、黄金色の朝がくる。
私はそれをボーっと眺めていた。
長く住まなかったが愛着のある一軒家を跡形もないよう吹き飛ばし、闇に紛れる形で着の身着のまま飛行機に飛び乗った。
普段着で乗るファーストクラスは、浮きまくっていたが、常識が通用しない程の金持ち、という印象を与えたのか、みな非常に親切だった。
だが私は心ここに非ずだった。
自身の心を整理するためにも、心配そうな顔で私を見上げる息子の為にも、話さなければならない。
キメラプロジェクトの事を。
「那由多、話がある。」
私の言葉に、那由多は意志の強そうな目で視線を合わせてくれた。
ーーー20年前。
ある病に侵された科学者が、治療と延命の為にある実験を行おうとした。
イモリ、クラゲ、ヒトデ、トカゲなどの持つ再生能力を人間に適用する治療実験だ。
結論から言えば、実験は理論上完成した。
但し遺伝子に適合したものだけが再生能力を得る事が出来たのだ。
だが、臨床試験が行われる前に、研究所は爆破された。
ヴィクターが言った通りなら、それすらも計画の一部だったことになる。
当時キメラプロジェクトを仕切っていたのがゼロワンと呼ばれた男・・・
「水鏡 零士・・私の夫であり、お前の父だ・・・」
私の昔話に、那由多は凍ったように体を動かさなかった。
「父さんは癌で死んだんじゃ・・?」
「ああ。自ら治療法にとりくまなければ、一年もせず死んでいただろう。血を吐き、眼窩を窪ませながら、レイジは結局四年、研究を続けキメラプロジェクトを形にした。
その頃には私は一線を退いていた。・・・お前を産むために。」
「母さんが、人口生命体を作ろうとしたのは、やっぱり、父さんの為なの?」
「そうだな・・・。レイジに健康な身体をプレゼントしたかった。
それが倫理に反することになっても。」
少しの沈黙。
那由多の私を見る目付きは変わらない。
「誰かが押し付ける倫理なんて、僕には大事なことじゃない。家族一緒に居たい。どんな形でも。リスクを負ってでも。
ーーー行こう、母さん。父さんに会いに。
・・・ううん、父さんを迎えにーー。」
その言葉を皮切りに、私の涙腺は崩壊した。
1人にして、すまなかったという懺悔の念と。
家族を求めてくれる感謝の念と。
揺るがない意思を見せてくれる誇らしさと。
昔の自分を見るような、くすぐったさと、愛しさと。
あとからあとから、感情が溢れ出て、どうにも止められなかった。
気づいたら、窓からは陽が差し込んでいた。
機内アナウンスが間もなく着陸を告げる。
ヴィクター・フランケンシュタインも、水鏡 零士も正気ではない。
死者蘇生を禁忌とし、厳しい戒律をもとめる最大の団体の総本山の近くに、人外の者達を集めるなんて。
木を隠すなら森の中?灯台下暗し?
だとしてもだ。
そうして私達は教皇庁が点在する、ローマへと降りたった・・・。