一人じゃない食卓
「うーむ。自分の屍をみるとは、なんとも不思議な気分だ。」
「そうだろうね。」
私は棺桶に入っている自分の遺体に手を合わす。
なんとも変な感じだ。
今の私を作った私は死に、作られた私は生きている。
では私は生きているのか?
いきているのだろう。
息子の那由多を見て、素直に嬉しいと思ったし、愛しいと思った。
私は、私として生きているのだ。
「それでだな、那由多。」
「うん」
息子はあぐらをかきながら妙にそわそわしていた。
これは寂しい時、かまってほしい時の仕草だ。
見た目は大きくなっても、変わらない所があるのは可愛いものだ。
おもわず頬が緩む。
「今日からここに住む。」
「・・・いつまで?」
「まだ分からないが、可能な限りだ。」
「また、アメリカに戻るのか?」
「そのつもりはない。」
ただ、この体がどんな支障を起こすか見当もつかない。
研究班、医療班が近くに待機してくれてはいるが、明日も無事に生きていられるか誰にもわからない。
そもそも何故私はホムンクルスとして生き返ったのか解明できていないのだ。
「そっか。」
本人はぶっきらぼうなつもりなのだろうが、嬉しいと顔に出ている。
感情表現が下手なのは私に似たようだ。
「火葬が済んだら、私の荷物を運ぶぞ。それが済んだら、飯にしよう!久々に母親の手料理をくわせてやろう!」
という午前中のやりとりを私は猛烈に後悔している。
火葬も、引越しもつつがなく済んだ。
問題は料理なのだ。
カロリーバーとゼリー飲料を山程買い込もうとしたのだが、その時の那由多の眼差しは可哀想な人を見る目だった。胸が苦しい。
うむ、私はもう何年も料理をしていない。
だが、母親としてどうしても手料理をふるまいたいのだ。
課題は山積みだ。
まず二人分の分量がわからない。
キャベツ丸ごと買おうとしたら、やはり可哀想な目をされたので、品定めをするふりをして、さりげなく2分の1カットを選ぶ。
那由多がホッとしたのを見て、これはセーフと確認。
こやつ、私が料理できないんじゃと勘ぐっているようだ。
この子の性格から察するに、次に言うセリフは「晩飯僕が作ろうか?」だと思われるが、絶対にそれは言わせない。
かと言って、何が食べたい?と聞き「母親ヅラすんな!」と言われたらKOされる自信しかない。
なのでここは、随分料理を作ってない私でも失敗するリスクが少ないスパゲッティで行こうと思う。
う・・・キャベツ使わないな。
まぁ、サラダにでもしよう。
スパゲッティを2袋、冷凍のシーフードミックス、オリーブオイル、ニンニク、鷹の爪!
調味料位、家にあるだろうか?
確認してから出るんだった。
おお!私、母親してる!
「母さん、嬉しそうだね。」
母さん、と呼ぶのに抵抗があるのか、那由多は真っ赤だ。
「嬉しいに決まっている。」
愛しい息子と買い物しているのだから!
とはまだ言えない。
母親ヅラすんな!は核より怖い。
当分は距離感を縮めることに専念しよう。
さて、買い物を済ませ家に帰るともうとっぷりと日が暮れていた。
「那由多、風呂はいいのか?」
「・・・調理器具とか調味料とか、大丈夫かなって。」
「ふふふ、私を誰だと思っている?
プロフェッサー・セカンズとは私のことだよ?」
ぐいっと胸を張る。
そこで初めて、那由多は笑った。
「母さん、変わらないね。風呂はいってくるよ。」
そういうとテキパキと着替えやバスタオルを用意し、リビングからでていった。
今がチャンス!
えっと、ビーカービーカー、フラスコ、フラスコっと。
メスは持ってきてたかな?
顕微鏡があれば完璧なアルデンテが作れるはず。
あとは、塩化ナトリウムだな。これがないと味が締まらない。
私は慌てて二階の自室に運んだダンボールを箱ごとキッチンに運ぶ。
ビーカーでキッチリ2リットルの水を図り、さらに天秤で塩化ナトリウムを20gこれまたキッチリ図り、普段全く使わない携帯のアラームをセットする。
それとは別にシーフードミックスを解凍。
華麗なるメス捌きでニンニクを繊維に沿って切り、ピンセットで丁寧に並べる。
うん。いい仕事をしていると自画自賛。
更にニンニクを微塵切りにし、ふふふ私くらいになると二回も並べて切れば見事な微塵切りになるのだよ諸君。
沸騰した鍋にスパゲッティに投下!
アチッ!
フライパンにたっぷりのオリーブオイルを入れたらまずニンニクと鷹の爪をぶち込む!
アチチッ!
更に解凍したシーフードミックスをぶち込むとボワッと火柱があがり思わず手を離してしまった。
ドンガラガッシャーン
と豪快な音が鳴り響き、お気に入りのビーカーを割ってしまった・・・。
なんの、失敗は成功の母と、
あわわ、ニンニクが焦げる焦げる!
スパゲッティの茹で汁で沈静化させると、少し早めにセットしていたアラームが鳴った。
スパゲッティを一本だけ上げ、顕微鏡でどれ位芯が残っているか断面を見る。
髪の毛一本分の芯を残せればアルデンテだが、まだまだだった。
このあと1分が勝負の境目だ!
あわわ、ザルを用意してない!
えーと、トングトングないから攪拌棒で絡めとろう。
ビーカーは割ってしまったから、取り敢えずこのメスシリンダーに茹で汁を入れて、と。
よしよし、あとはスパゲッティをフライパンに入れて絡めるだけだ。
手の甲で汗を拭い、ふと後ろを振り返ると、那由多がポカンとした顔で私を見ていた。
「母さん、その、容器の中の白い液体なに?」
メスシリンダーに入っている茹で汁の事だろう。
乳化させる為にスパゲッティにいれるのだ、と答えるのは簡単だが、少し期待感を煽りたい所だ。
「スパゲッティが美味しくなる魔法の水だ。」
私は満面の笑みで笑いかける。
だが那由多は引きつった顔で微動だにしない。
そんな顔をされると不安になるではないか。
まぁ、いい。
ささっとあげたスパゲッティをフライパンにいれ、かき回し、茹で汁を投下しもう一回しだ。
「うむ、那由多、皿はどこだ?」
振り返ると那由多は消えていた。
トイレだろうか?
仕方ない。
私は自分で食器棚をあさり、平皿を二枚とりだし、シーフードペペロンチーノを盛り付ける。
食器の余りの数の少なさに胸が痛む。
寂しい思いをさせてしまった。
今になって申し訳なく思う。
「バカは死ななきゃ治らない、か」
もっと早く気付くべきだった。
フォークを用意し、無駄に広いリビングのテーブルに置いた。
飲み物を2人分用意し、座ると、ボーとしながら那由多の気配を探った。
暫くすると、那由多は何気ない顔で食卓に着いた。
気にしてない風を装ってはいるが、目は無残なキッチンの方を気にしている。
キッチンは無残だが、スパゲッティの出来は悪くない。
手を合わせてゆっくりと戴きますというと、那由多も後に続いた。
おそるおそるスパゲッティに手を伸ばす。
が、その手を止めた。
「母さん。今日本じゃスパゲッティじゃなくてパスタっていうんだよ。」
「いいから食え。」
那由多は失礼にもため息を大きくつき、目をつぶってフォークを口に運んだ。
数回咀嚼し、カッと目を見開く。
そして失礼にも意外そうに呟いた。
「お、美味しい。」
私はニッコリと笑った。