きちんとした土
——在原はきちんとした土を書くなぁ。
窓から入る夕日を背負う頬骨の浮いた横顔。
それが私の初恋だった。
「在原はそう言うがなぁ、これが意外と奥深いんだぞ?」
あーあ、また始まった。
御年四十九歳の書道師範、大山和雄先生がビールジョッキを傾けながら語る。道場ではきちんとしていた着物の襟も、今じゃすっかりよれよれだ。
「三画目が短いと別の漢字になっちまうし、長いと草木も育たんような不恰好な土になる。そして二画目と三画目が離れすぎると、十一になってしまうだろ?」
その土の二画目のように一本通った鷲鼻を人差し指でぽりぽり掻く仕草は、失礼だが歳に似合わず可愛らしいと思ってしまう。
「俺も土が欲しかったよ」
はーっと酒臭い息を吐いてそう締めくくる。
その発言が私を密かにどぎまぎさせているとも知らないで。
本人にその気があるのかさっぱり分からないというだから、余計にタチが悪い。
居間の壁に先生ご自慢の『土』が貼り出されている。
流石は師範というべきか、その文字は確かに『きちんと』しているのだけれど——、
雅号『土壁墨塞』
——いや、土多すぎでしょう。
ぷっと吹き出すと、大山先生は「聞いてるのかー?」と口を尖らせた。