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【風使い外伝】美山陽は夕日に笑わない(5)

 風見爽介はストーカーじゃない。

 風見爽介はストーカーじゃない。

 風見爽介はストーカーじゃない。


 長い人生、頭では理解していても感情で納得できない事実に直面することってあるじゃないですか。なので「風見爽介はストーカーじゃない」を復唱してみました。


 えっとさて、雪絵を追い回すストーカー探しのため、A組の中川くんや、これまで雪絵に告ってきた男子のところへ一人で乗り込んで行ってみた。

 さすがに風見にしたような直接的な尋問ではなく、穏便に遠回しにカマをかけてみたけれど、結果は芳しくなかった。


 この中に犯人がいたとして、正直に白状するとは初めから思っていはいなかったとはいえ。……それでも、不審な態度を見せるようなことがあるかもしれないと期待していた。

 当の雪絵はというと「いいよ、ひなちゃん」などと相変わらず悠長に構えていた。


「おい、ミヤマネ。ボーっと歩いてんなよ」


 三年の教室を巡った後、廊下を歩きながら犯人の正体に思案を巡らせていた私に、渋谷(しぶや)監督が野太い声で話し掛けてきた。


「あ、監督、お疲れ様です」

「部活以外じゃあ先生だ、先生」


 言って豪快に笑う。日焼けたごつい顔に不釣り合いな人懐っこい笑顔。授業中から部活まで、一貫してジャージ姿だ。

 

「何してんだ、三年の教室に何か用か?」


 ストーカーの件を早めに解決するために動いてはいたが、監督を巻き込むのはためらわれた。ちょっとまだそんな段階ではない気がしたのだ。


「いえ、ちょっと。……あ、夏場の栄養補給、何がいいかと思って、雪絵とアンケート取ってるんです」

「休み時間までか? 熱心だな、オマエら。いや助かってるぜ。オレの嫁さんもそれくらい気が利いたらなぁ!」

「仲良しじゃないですか、奥さんと」

 

 前にマネージャー陣だけ、監督の携帯電話に保存されていた奥さんと娘さんの写真を見せてもらったことがある。大学時代からの付き合いらしいが、スラっとしたモデルみたいな綺麗な奥さんだった。

 小学生の娘さんは微妙に監督似。ちょっとしっかりした骨付きではあるみたいだけど、監督譲りの明るい笑顔で人に好かれそうな雰囲気の子だった。写真の印象からの勝手な想像だけど。


「オマエらも、部活ばっかじゃなくて恋人の一人や二人くらい作れよ。せっかくの高校生なんだぜ」

「監督……先生がそんなこと言って」

「いいんだよ、あ、野球部以外で作れよ。あいつら、練習に身が入らなくなっちまうからな」

「え~、他の部活ならいいんですか」

「おう、他の部活は知ったこっちゃない!」


 冗談めかしてガハハと笑う監督だが、どうも本心な気がする。監督に言われなくたって私も恋愛に興味がない訳ではないけれど。


「ほら、たまに仲良さそうに喋ってるじゃねえか、二年の……風見だっけか。陸上部の」

「あいつはそんなんじゃありません。というか、あいつとだけはそんな事にはなりません」


 望んであいつと一緒に居ることなんてほぼ無いのだが、監督までそんな認識を持つくらい私たちの丁々発止な攻防は目立ってしまっているんだろうか。


「ツンデレとかいうやつか?」

「違いますって! 私はアレを男どころか、人間とは思ってませんから」

「オレと嫁さんもそんなもんだったぜ。野球がうまい俊敏なゴリラだと思ってたってよ」


 俊敏なゴリラって……。ああ、うん。


「ま、陸上部ならオレは文句ない! 楽しくやれよ~」


 ジャージをまくった腕をひらひらと振りながら、人の話を聞かず監督は三年の教室へ消えていった。

 風見の件をあまり釈明しすぎても――それはそれで意識しているみたいで嫌だったので、私は挨拶を返して自分の教室へと戻った。


 ■ ■ ■


「ひなちゃん、ちょっとこっち持っててくれる?」

「逆がいいわ。私がポット持つから、雪絵が抑えてて」

「ん、ありがとう」


 冷蔵庫から冷やしておいた麦茶ポットを取り出し、保温性のあるウォータージャグに入れ替える。

 雪絵の身長だと麦茶が入って重くなったプラスチックのポットを高い位置まで持ち上げるのは大変なので、私はジャグを抑える役割を替わった。


 ジャージに体操服のTシャツ姿の私と雪絵は、いつものように1階の給湯室で部員たちの麦茶を準備する。

 麦茶ポットはあと二本あるけれど、このくらいじゃあ練習中に飲み上げてしまうから、もう一セット作って今の内から冷やしておかないといけない。


 結局、犯人探しに進展はないまま迎えた放課後だった。


「なかなか見つからないもんだねぇ」

「え? なにが?」

「ほらだからストーカー」

「もう、気のせいだって。大丈夫だよ~」


 さすがに少しうんざりしているのか雪絵が頬を膨らませる。ポットで手が塞がってなければ、その頬を左右から突いてみたい衝動に駆られる。

 きっと私は過保護すぎるし、雪絵は無頓着すぎるのだろう。だから二人合わせて丁度いい具合い。


「はいはい、出しゃばらないように気をつけるわよ。でも何かあったらすぐに言ってよね」

「わかってるよ、ひなちゃん。あ、この後、手が空いたら塩飴買いに行ってくるね」

「そっか、私も行こっか?」

「だいじょぶ、まだお試し期間。そんな大量には買い込まないからさ。重くなる時は、桂木くんに手伝ってもらうよ」


 一年マネージャーの桂木くん。彼はフットワークは軽いし、見た目に反して甘いもの好きだったりで、雪絵とは違った意味でマスコット的立ち位置を確立しつつある。


「桂木くんって何だか、犬っぽいよね。いい意味で」

「いい意味で?」

「そ、忠犬みたいな。生粋の日本種」

「ああ、何となく分かるかも。素直でいい子だよね~」


 この場に居ないのをいいことに好き勝手言う私たち。


「別に桂木くんがどうこうじゃないんだけどさ、ひなちゃんは好きな子とか居ないの?」

「なによ急に、監督みたいなこと」


 冷蔵庫を開け二本目の麦茶ポットに伸ばした手が止まる。


「もしかして風見くんを引き合いに出されると思った?」

「……んぐ」


 図星。


「ほんと、なんでみんなすぐそういう風に言うかなぁ」

「あはは。でもしょうがないよ。ひなちゃん、風見くんにだけは()なんだもん」

「素? なにそれ」


 素、っていうか、抜き身の日本刀みたいな雰囲気で接しているような気持ちではあるけれど。

 殺られる前に殺る。

 悪だと思ったら迷わず斬り捨てる。

『悪即斬』の精神を現代に受け継いでいる私だ。


「風見くんの前では無理に笑わないでしょ?」

「そりゃあ、あんなヤツにサービスする必要ないでしょ」

「うーん、そういうのとも違うんだけどなぁ」


 どうも私は恋愛の機微とかはよくわからないので、雪絵の言わんとすることをイマイチ掴めないけど……。

 っていうか、そもそも恋愛の話ではない、と言っておきたい。


「あんなセクハラ大王、好きになる女とかいるのかね」


 デリカシーの『デ』すら感じられない最低の男だ。


「……風見くんね、私のこと巨乳とか言わないんだよ」

「はい? なに雪絵、言って欲しいの」

「そんなわけないじゃない。えっと、最初は言われたかもしれないんだけど、一年のとき。でもね、たぶん私のリアクション見て『あ、本気で嫌がってる』って思ったんじゃないかな。だから、おっぱいのことで私をイジらないんだよ風見くん」


 視線を斜め下にやると、随分と育った雪絵のおっぱい。確か春ごろはFカップって言ってたけど、たぶんもっと成長している。

 ……そろそろGかも!


「いや、あいつ、私のこと巨乳巨乳って呼んでるけど」

「ひなちゃんは、別に嫌じゃないでしょ? 結構自慢のバストでしょ」


 雪絵はくすくすといじわるに笑う。


「あのねー、もう」

「ほら、ひなちゃんそれよりもキリッとした目のほう、気にしてるでしょ?」

「え? ああ、まあそうだけど」

「風見くんから、言われたことある?」


 そりゃあ、あのデリカシー無し()なんだから……でも、


「あれ、あんま記憶にないかも……」

「でしょ。それこそ初めは言われたかもしれないけど、女の子が本当に嫌なことは言わないんだと思うよ」

「そんなことは……」

 

 そんなことはないと思うけど。でも確かに『ツリ目』だとか『目が怖い』とか言われた記憶は無いかもしれない。

 ……とはいえ、それ以上のセクハラ発言の数々を浴びせられているのだから、「見直した!」とはならない。


「仮にそうだとしても、それで許していいってワケでもないでしょ、あいつの場合」

「あは、まあそれはそうなんだけどね」

「雪絵もしかして風見のこと……」

「それはないよ」


 雪絵にしては珍しく、一刀両断な一言。

 しかも食い気味に。

 なるほど、好感と好意はまた別か。私はどっちも持ち合わせてはいないけどね。


 あいつももう少し自分を抑えることを知れば、モテないまでも普通の男子生徒として学校生活を送れるだろうに――なんて余計なことを考えたけれど、それはそれで味気ないし張り合いがないなと思って、少し笑えた。


 そんなことを考えながら三本目のポットを移し替えているとき、背後からカシャッというシャッター音が聞こえた。携帯電話に付いているカメラの撮影音のような、小さいけれど明瞭な音。

 雪絵が聞いたという音だ。


「ちょっと! 雪絵、今の!」

「え? どうしたの?」


 どうやら麦茶を注ぐ音に紛れて、雪絵には聞こえなかったみたいだ。

 私はポットを置いて給湯室を飛び出したが、盗撮野郎の姿はもう見えない。辺りを見回すと、廊下の遠くからパタパタと何者かが走るような音。


 音のした方向へ走り出し、廊下の曲がり角まで行ったが、犯人の姿はどこにも見つけることが出来なかった。

 階段を登ったのか、外へと逃げたのか。辺りには人気(ひとけ)がなく、目撃者もいなさそうだった。


「どこ行ったのよ……」


 独りごちたところで、これ以上追いかけられそうになく、諦めて給湯室へと戻った。

 給湯室の出入口には扉はない。だから、盗撮野郎は私たちの死角からカメラを構えて、撮影した瞬間ダッシュで逃げ出したのだろう。


(にが)したわ…」

「ほんとに居たの?」

「走って逃げてく足音もしたし、間違いなさそうね」

「うーん、そっか」


 校内で盗撮なんてそんな真似。雪絵のためというだけでなく許せない。そりゃあ別に着替え中ってわけでもないけれど、隠れて撮ろうっていう卑怯な根性が許せない。

 いいわ、受けて立ってやろうじゃない。絶対に捕まえてみせる。私に喧嘩を売って五体満足でいられている男は、まだあいつ一人なんだからね。


(【風使い外伝】美山 陽は夕日に笑わない(5) 終わり)


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