【風使い外伝】美山陽は夕日に笑わない(2)
『水使い』だなんて一体何を言い出したのだと思われるだろう。
そりゃ私だって、例えばクラスメイトに「僕は風を自在に操れる世界で唯一の風使いなんだよ」とかしたり顔で言われたりしたら、こいつは何を言ってるんだろう、とうとう頭を強打したんだろうか、ちょっと強く当たりすぎたかな……とか本気で心配するだろうし。
でも何と言われても、そうなんだから仕方ない、としか言いようがないので困る。
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水使いとはその名のとおり(そういう名称でいいのかは置いておいて)、何の道具や仕掛けも使わずに水を自由自在に操れる状態にある、今の私を指している。
水とは言っても、H2Oに限らず、液体であれば私の支配下に置くことができる。そうすると今度は『どこまでが液体か』という疑問にぶつかる。
これは、大変大雑把で主観的で申し訳ないけれど『私が液体と思う範囲』ということになる。
例えば『ガラスは液体だ』みたいな話があるらしいけれど、アレは私からしたら固体にしか見えない。理屈は理解できても、だからといって納得はできないんだから、これも仕方ないんじゃないだろうか。
更に言うなら、人間。人体。
人間の体の七十%が水分であるということは、これも理解はできるし、血管内を血液という名の液体が流れていることは体感できる。でも自分を、あるいは目の前の他人を「水分だ」なんて思える人間は、もう人間の域を超えている気がする。
一方で、水蒸気は紛うことなく気体だけど、冷めたら水滴にもなるので私の中ではグレーゾーン。たぶん、その気になれば私の思うように動かすこともできるはず。
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私がいつ、どうやってこの能力に目覚めたのかははっきりとしない。
なので、どうやって気づいたかについて語ろうと思う。
あれは高校一年の夏の日。夜、お風呂に入っていたとき。湯船にプカプカ浮かべるアヒルのおもちゃで遊んでいたときだった。みんなよく使っている、あの黄色いゴム製のおもちゃ。
あ、でもたまに、雪絵みたいにアヒルで遊ばない人もいるらしいので、みんなというのは言い過ぎかもしれないな。
そういえば、雪絵にどのメーカーのアヒルを使っているか聞いたとき、
「……あのね、ひなちゃん。おもちゃには対象年齢ってあって、あ、でも大人が使っちゃいけないこともないし……うん。何でもない……ギャップって萌えるよね」
とか、珍しくごにょごにょと歯切れの悪い、よく分からないことを言って最後には曖昧に笑っていた。まぁ、私は他人の嗜好に口を出す趣味はないから別にいいんだけど。
なんだっけ、そう。
湯船に浸かりながら、そのアヒルのおもちゃに手や足を触れることなく、水面に波を立てることもなく、自分の方に引き寄せてしまったことがきっかけだった。
それでも、大して気にしてなかったけれど、左右前後にアヒルが動き出したあたりで、アヒルのガーちゃん(命名、私)に魂が宿ったのか、まさかポルターガイスト的な何かなのかと怖くなった。
でもすぐに、私自身に超能力みたいなものが宿ったんだと思い至った。お風呂なんてそれこそ液体だらけの空間だから色々と試してみた。
シャワーを浴びながら『水滴を五センチ弾く驚異の十代の肌ごっこ』とか、濡れ髪を逆立てて『実験に失敗した博士の助手ごっこ』などでひとしきり楽しんだ。
楽しんだはいいけれど、こんな能力、日常でどう使えばいいんだって話だった。
(【風使い外伝】美山 陽は夕日に笑わない(2) 終わり)