【風使い外伝】シューティングスターターあぶみ!(4)
流れ星は一直線に落ちてきます。目指す先は、為末くんたちのいる『ふれあいコーナー』。
その落下点へと向かって、私は全速力で走ります。家族連れの間を縫って、カバの檻ところで左折して、その先を真っ直ぐ、真っ直ぐに――自己ベストを超えるんじゃないかという速度で私は走りました。
……見えた!
私が『ふれあいコーナー』の看板と、緑色のフェンスを視界に捉えた時――隕石は私の頭上を、激しく光りながら落下していました。
間に合わない。このままでは間に合いません。落下地点まではまだ五十メートル。今のペースでは追いつけない……!
心が折れそうになった時、背後から何かが駆け寄ってくる気配がありました。その気配は、大声を上げながら私の隣に並びます。
「虎走いぃいいいいい――!」
風見先輩です。私に追いついて来たようです。速い。鬼のように速いです。風見先輩、鬼速い。
追い抜かんばかりの速度で併走しながら先輩は、私の背中を思いっきり叩きます。平手です。そのまま、ぐぐぐ――っと背中を押すのです。
「行け! 虎走!!」
それが合図になったかのように、私の体は一気に加速します。風を背に受け、ぐんぐんと前へ進むのです。体が宙に浮いてしまいそうになりながら私は、必死で足を回し、地を蹴り、走ります。
『ふれあいコーナー』のフェンスが目の前に迫りました。胸の高さまである金属製のフェンス。私はその直前で踏み切ります。ハードルを飛び越すような要領で、高跳びのバーくらいのフェンスをひとっ飛び。我ながら驚くべきジャンプ力でした。
着地。なおも加速します。
うさぎや子犬らしき小さなものが足下にいましたが――それらを飛び越しながら落下地点へと向かいます。
バスケットボールくらいの隕石がまさに落下しようとしているその場所には、二つの人影がありました。為末くんたちです。私が彼の姿を見間違うはずありません。
為末くんは妹さんを庇うように抱きしめながら(羨ましい)、隕石を避けようと必死になっています。
あと少し――!
私は跳びます。
さながら三段跳びのように。
ホップ、ステップ、ジャンプ!
「でえりゃああああああああ!」
ジャンプした勢いのまま、私は前方へと、スニーカーの右足を蹴り出します。為末くんに向かって落ちようとしている隕石の欠片を――横から蹴っ飛ばします。
すんでのところで隕石は逸れ、柔らかい土の上に落下し、ずしんと地面を揺らしました。
私は着地に失敗し、転がりながら、
「どおぅわあぁあ!?」
顔面からスライディングしてしまいました。小動物たちが、ぎゃあぎゃあと騒いでいます。
「うええ、ぺっぺっ! 口に土が……」
体を起こし、口元を拭っていると、背中から声を掛けられました。為末くんとその妹さんが私に気付き、心配そうに覗き込んでいました。
「え、えへへ……。いやあ、どうも」
気まずい出会いです。為末くんは不思議そうな顔をしていますし、妹さんはもっと変な顔になっています。彼女とは初対面なのに、私の印象、結構悪いんじゃないでしょうか。
――まあ、風見先輩ほどじゃないでしょうけど。
妹さんの長い髪はキューティクルが半端なくて、体もすらっとしてて、顔も美人で――でもよく見れば、確かに顔の造りは為末くんに似ています。目は大きくて、意志が強そうです。
一方の私は、土まみれのちんちくりん。服も汚れて、みすぼらしい事この上ありません。
「じゃ、じゃあ私はこれで!」
なんだか恥ずかしくなって私は、しゅたっと手を上げ、
「またね、為末くん!」
逃げるように走り去りました。
+ + +
園内は『ふれあいコーナー』を中心に騒然としていました。みんなが大わらわな中、私は風見先輩を見つけて駆け寄ります。
先輩は肩をすくめて、
「どうにか上手くいったみたいじゃん」
「上手く――かは分かりませんけれど。でも何とかなりました。先輩のお陰です。……ところで先輩、なんであんな事を」
巨大な隕石が遙か上空で爆発四散したのは、いったいどんなからくりなのでしょう。
「そんなの、簡単なことだろ」
先輩が歩き出すので、私もそれに続きます。
「だってさ、あの隕石が落ちてきたら、この動物園は大変なことになってただろうし。為末くんだけじゃなくて、僕の親戚も――お前の家族も居るんだからさ。どうにかして守るしかないだろ」
だから当たり前だ――と先輩は言います。
私が聞きたかったのはそういう、『隕石から守った理由』ではなく、『守った方法』だったのですが……まあ、いいでしょう。
私の誤解を解いてくれたのも、背中を押してくれたのも先輩なのですから。細かいことはどうでもいいです。
「本当に、ありがとうございます」
「いいっつーの。僕を誰だと思ってるんだ?」
「? 風見先輩、ですけど」
「だろ?」
先輩は流し目を私に向けて、
「僕は先輩で、お前は後輩。後輩の面倒見るくらい、当たり前だっつってんだよ」
「ですか」
何だかありがたくて、そして嬉しくて、私の顔は綻びます。
「それにさ、僕の将来のお嫁さんになるかもしれない人だって居たわけだし」
「え? 先輩の恋人も居たんですか? っていうか、先輩に恋人なんて居たんですか? 犯罪にならないんですか?」
「……おい。なんでお前は、隕石を見るよりも驚いた顔してんだよ」
まあ恋人は居ないけどさ、と風見先輩。
「だってほら、為末くんの妹。この出会いをきっかけに僕たちのラブロマンスが始まるかもしれないだろ? 恋人になってからの初デートは、もちろんこの記念すべき動物園だな。そうだ……いつか子どもが生まれたら家族みんなで『ふれあいコーナー』に、ってのもありだなあ」
「先輩……こわっ」
ガチです。ガチストーカーです。妄想が暴走です。
「何言ってんだよ虎走、その時はお前も一緒なんだぜ?」
「はい?」
「もし、お前が為末くんと上手くいったらさ……」
「はっ……!」
そ、それはもしや――風見先輩が私の――
「よろしく頼むぜ、お義姉さん」
「ぎゃああああーーー!」
先輩と家族になるのは、怖いです。
+ + +
そんなこんなで、やっぱり私の魔法なんてトラブルしか生み出しませんでした。ただの勘違いで世界を滅ぼしそうになった私。まだまだ未熟です。風見先輩があの場に居なかったらと思うと恐ろしいです。
彼氏の目の前で飛び蹴りを披露したのも、トラブルといえばトラブルでした。
さらには、彼の妹さんへの第一印象も、随分酷いものになってしまいました。まあ、為末くんから聞く限り、「元気そうな彼女さんだね」と笑っていたそうですけど。
「おう、虎走」
あれからしばらくの後。
音楽室へと向かう廊下で、風見先輩とばったり会いました。先輩はひょいと手を上げ、私に声を掛けてきます。
「今日の練習メニュー、どうやらシャトルランみたいだぜ」
「うわ、ホントですか……あれキツいんですよねえ」
「確かにキツいけどさ――」
先輩は遠い目をします。
「でも堪らなく良いんだよなあ、息も絶え絶えになる女の子たちって……」
先輩は不穏な台詞をさらりと言って、うっとり顔になります。
一緒にいた私の友達は、それを見て明らかに引いています。げげっという雰囲気を発しています。確かに風見先輩は、一般人には毒です。まるで有害図書です。
「ですよね。先輩の息が絶えるのは楽しみです」
「ああ――って、んん? なんかニュアンスが違わないか?」
「そんなことないですって。ほら先輩、早くしないと次の授業に遅れますよ」
私は、ピストルを掲げるスターターの格好を真似て、
「先輩! よーい、どん!」
と、問答無用で掛け声を上げます。
すると先輩は律儀に走り去っていきます。ばびゅーんと凄い勢いです。
私はその背中に、
「あ、廊下は走っちゃ駄目ですよ」
と、元も子もない言葉を投げ掛けました。
私にとってはいつもの楽しいひとときでしたが、友達は心配そうな顔で訊ねてきます。あの先輩って何なの――と、怪訝なふうに眉をしかめるのです。
今回だけでなく、あの人と絡んでいる限り、時には私も変な目で見られることがあります。
まあ、それも慣れっこです。
ご愛嬌。
いざという時には妙に先輩風を吹かせてくれて、颯爽と私を助けてくれるのですから、これくらい耐えられなくてどうするんだって話です。――それにまあ、先輩との会話は嫌いじゃありませんからね。
だからこんな時、私はいつも決まってこう答えるのです。怪訝な質問に、笑顔で回答します。
あの人は、風見先輩。
風見爽介先輩。
とっても素敵で、尊敬できる先輩です。
(【風使い外伝】シューティングスターターあぶみ!(4) 終わり)
(虎走あぶみの裏事情 了)




