第9話 新たな家族、アルマリア
9話です。よろしくお願いします。
「で、事の顛末はこんな感じになるんだけど」
「……まあ、オレが何かを口出しはする気ない」
ミョズが事情について説明し終えた後で、ドールグは素っ気なく吐く。
家路につき、現在食卓を囲むのが、レイヴァーテイン一家プラス、マリア。
4人は、ミョズの腕によりをかけた御馳走を頬張りながら、マリアを家族に招き入れるための家族会議を行っていた。
――だが、是非を唱える前に、結果が出た。
「オレは、別に何人子供がいてもいいし、養子も大歓迎だ。
――護るべき者は、多く持っていた方がいい。
もちろん、家族に限ってのことだが。……ミョズ、変な誤解はするなよ」
「べっ、別に! ドールグが浮気をするとか思っていないんだからねっ!!」
「……おいおい、あからさまにツンデレ感醸し出すのはやめろよ。動揺が丸見えだぞ、ミョズ……」
(父さん、母さん楽しそうだな……)
(ご飯美味しい!!)
夫婦漫才を見ながら、ロキは苦笑を洩らす。
――おいちょっと待て、1人だけ食べ物に目がないんだけど!? と漫才の横で無心にガツガツと御馳走を平らげているマリアに突っ込みたくなるのを内心の安全装置で制御する。
「マリアもよく耐えたよなぁ、あんなに外は寒いのに」
「いやいや、そこまでわたしは耐えてないよ。ここへ来て次の日にロキと出会ったんだから」
「あー。……案外、タイミングが良かったようだな」
「ベストタイミングです!」
「何この出会ったときのか弱き少女オーラを一切合財捨て去った感! いくら何でも、食い過ぎじゃありませんか!? てか、もう俺の食べる分が危うい!!」
暴食少女マリアは、既にパンの1斤を軽々平らげ、食卓に並んだシチューやらグラタンやらの御馳走を隈なく舌で舐めとり終えている。
パンパンに膨れ上がった腹を抱えて、マリアは年季の入った木製椅子の背もたれに寄りかかった。
その顔は満足そうであり、また、それを横目で見て、ロキは頬が緩んでしまう。
ロキは、一旦、顔を前に向けて、夫婦漫才の最中の父母へと目線を向ける。
察したのか、両者、動きを止めて、再び食卓に向かう。
「で、父さん、母さん……結論は?」
「なに、心配はしなくていいよ。――うちで養っていくから」
と、答えが出ると同時、ミョズの言葉に上乗せするように、
「あ、ありがとうございます!!」
椅子の背もたれに寄りかかっていたマリアが食卓へと乗り出して歓喜が含まれた謝辞の声を上げる。――どうにか、この案件は一段落しそうだった。
「だが、一つだけ条件がある……って言ってもマリアにとってのみ重要なことだが」
「? ……重要なこと?」
しかし、ドールグが真剣な面持ちでマリアへと話を持ちかけた。
あくまでも、彼の顔は真剣そのもの。
まるで、この後彼の口から出てくるのが途轍もなく過酷なものだと思わせるように。
「それでは、1つだけ言わせて貰おう」
刹那、場が静寂に包まれる。
何このデジャヴ感――と、ロキが既視感に頭を抱えているのを傍目に、ドールグは告げる。
「マリア、いや、アルマリア=デュートロン。
オマエは、今後――レイヴァーテインの姓を持って生きると誓うか?」
と、静謐に重鎮な声が重なり、その場にいた全員の脳髄に響く。
ああ、この感じ、俺と父さんのファーストコンタクトの時と似ているなと他愛もない考えを巡らせるロキ。
……いや、今はそんな無駄なことを考えている場合でない、と自分を制止し我に返る。
マリアは、迷うことが無かった。
そもそも――迷う理由がない。
「わたしは、元からそのつもりです。
自分を捨てたあの家にもう、戻る気はありません。
だから――わたしは、デュートロンの姓を今、この場で捨てましょう。そして――」
彼女は名乗る。――アルマリア=レイヴァーテインと。
逡巡はいらない。彼女にとってレイヴァーテイン家の存在は、恩に等しい。
デュートロン家では、夫妻、兄弟、姉妹、親戚に可愛がられた。が、それはあくまでも表層的に。
裏切られた今では、デュートロンの姓に名残惜しい気持ちは皆無。
それより、レイヴァーテイン――ロキ、自分を護ってくれた英雄の傍に居られることが幸せでならなかったのだ。
第9話 新たな家族、アルマリア
「さあ、結論に至ったわけだし――ロキ、マリアと風呂に入ってきな」
嬉々とした表情で、ミョズが提案する。
あれはわざとだろ、あからさまにフラグを立てようとしているぞ、とジト目でミョズを睨むロキ。
だが、相変わらずミョズはニヤニヤとした笑みを浮かべている。
全く困ったものだ。
ロキは、隣にいるマリアへと助け船を求めた。
だが。
「お風呂!? ……ねえ、ロキ。一緒に流しっこしよ?」
「ああ、こっちは既に手遅れ、と」
「? 何が手遅れ?」
問題ない、とだけ言うもやはり頭を抱えて唸るロキ。
背に腹は代えられぬか。
まあ、マリアの方は、別に(性的な意味で)誘っているわけじゃなかろうし、こちらが平然としていれば問題は無いはずだ。
身体は子供、頭脳は大人だと、対応に困ってしまうものが多々ある。
風呂なんか、代表例だ。
「まあ、いいか。今日は、入ってやるよ」
「う……なんか上から目線~。じゃあ、わたしは入ってあげないよ」
「勝手にしろ」
「え……ってちょっと、待って!! そこは『入らせてくださいお願いします』のくだりだって聞いたことがあるけど。って待って! ごめんってば! ごめん~!!」
何やら騒がしくしているマリアを置いて1人、浴場を目指すロキであった。
因みに、3秒後マリアに背後からドロップキックを極められて廊下で悶えることとなるが、それは、あくまでも後の黒歴史である。
レイヴァーテイン家の浴場は、――比較材料こそ無いものの、充分な広さを誇っていた。
恐らくそこらの安宿以上はある。
というか、これ程まで大きい浴場は貴族階級の別荘地でも珍しいだろうと思える程のものだった。
正方形の部屋の奥が一面温泉となっていて、手前に石鹸と鏡が並べられ、鏡の上には、温水が流れるレールがあり、レールは鏡の前の位置に小さな穴が開いている。
そして、その穴から温水が流れその水で石鹸の泡を洗い流すという仕組みであろう。
「さて、やっと気を休められる」
一旦、温水で身体を流した後、ロキは湯船に浸かっていた。
ゆったりと1人、湯船の淵に頭を乗せて漂っている。
マリアは、あまりに煩かったので、浴場入り口で足止めしておいた。
故に、1人浸かる風呂を楽しんでいるのだった。
ぼんやりとした橙の明かりが灯る部屋の中、温水に身体を馴染ませる。
「これで、俺が転生して6年か。
何はともあれ、こうして平和に生きているのが一番だな……。
まあ、今の内の休息だろうけど。
――いずれは、ローザを探す旅に出ないといけない。
一刻を争うなら、もう旅に出たいところだけど――生憎、何の手がかりもないんだよな」
苦渋の呟き。
時が立つのは早く、既にローザに誓った決意から3年が過ぎていた。
まあ、そんな年月が過ぎていても決意は決して揺るがなかったのだが。
「早いうちに、まずはユグドラシル公国に行って情報を集めるとするか……」
「――何の情報を集めるの?」
「ああ、何の情報かって――え」
即座に、右へと振り向く。
黒髪をタオルで包んだマリアがたった今、湯船に浸かろうとしていた。
白磁のような肌が露わになっている。
まだ発達していない平坦な胸、引き締まった尻に、ややくびれかけた腰のラインは、何故だろう――6歳の割には妙に色っぽい。
「おいマリア……お前いつから、そこにいた」
「えっと、ついさっき」
「どこまで話を聞いていた?」
「? 話? 何のこと?」
「――いや、気にするな」
疑問符を頭上で無数に浮かべるマリアを一瞥し、ロキは安堵の息を漏らす。
もし、自分が転生した者だと知られたら、下手したら大事に発展しかねない。
それに前世が魔王候補だったことが明るみに出たら――それこそ、平穏が失われるに違いない。
「まあ、そんなことよりだな」
「なーに、ロキ♪」
「絶対に入ってくるなって言ったよな」
「うーん、なんのことかさっぱr」
「とぼけるなよ!」
間髪入れずロキは突っ込む。
全く、行動があからさま過ぎる。
「ったく、仕方がないな。――今日だけだぞ」
「わかった♪」
喜びの表情を見せながら湯船に浸かっていくマリアを傍目で見て、ロキは再び天井へと目線を動かし、自らの考え事に耽ろうと思った。
だが――。
「ねぇ、ロキ」
「ん、どうした、マリア?」
思考をマリアに制止されて、不満げに彼女の方向に振り向く。
湯煙は、彼女の体に纏うようにして漂っていた。
「えーと。さっきの戦いのことなんだけど……。ロキが最後に繰り出したのって何?」
「何てことない、ただの魔導さ」
素知らぬふりして答える。
頑として、魔術であることを知らせてはならぬと思っていた。
魔術とはつまり魔族の術。
――もし、俺が魔術を使えるって勘付かれると、厄介だ。
まず、人外に指定されるのではなかろうか、と良からぬ不安がロキの脳裏に過る。
だから、不安の種は根こそぎ刈るべきだった。
……だが。
「――嘘ついてる」
「え?」
「だーから。ロキ、嘘吐いてるでしょ?」
「いや、本当に嘘、ではない」
何故だろう、マリアが疑いをかける。
ロキは、無論、認めない。
3度そんなやり取りをした後で、マリアは深くため息を吐く。
「隠し事、しちゃうんだ……」
なんて、わざとらしく呟くマリア。
「だから、隠し事なんてしていないって」
「ふーん?」
何故か疑問符。
恐らく、全く信じていない。
ふと、横でざばーん、と温水が流れ、波打つ音がした。
気が付けば、マリアが立ち上がり、ロキを真正面から捉えている。
水の飛沫が、散開する。
きらびやか雫が放物線を描いて、四方八方に落下。
雫がマリアの肢体から流れ落ちるポタポタ、という音が浴場に響いていた。
「あ、えーと……マリアさん?」
「どうしたの、ロキ? 丁寧な言葉遣いはやめよう」
「いや――今そんなことが問題ではないと思うのだが――っておい! 待て、早まるなマリア。俺に覆い被さるな。やばいって、やばい! 見ちゃいけないものが露わになって――」
「?」
首を傾げたマリアは、気が付けば、ロキの体の上で馬乗りになっていた。
あられもない姿、生まれたての小鹿を想起させる、マリアの穢れなき躰。
齢6歳とは思えない程、妖艶な身体つきである。
将来は有望だ。――そうじゃないな。
「とりあえず、退いてくれない?」
「やだ。ロキが隠し事を包み隠さず話すまで退かない」
ああ、面倒臭いことになった。
しつこい奴は、嫌われやすいと思う。
まあ、親切心故にあえて口に出さないのがロキのポリシーなのだが。
「で、早く教えて!」
そして、迷う。
マリアにこの事情を話すべきか。
――まあ、思えば、実際、話したところで夢物語なわけだが。
実際、彼女に魔術の知識があったなら、ただの夢物語では語れない。
さらに、召喚術について理解しているならこの夢物語は、理論付けられるはずだ。
だが――相手は、ただの6歳児だ。
俺の話などサラッと聞き流すのだろう――安易な気持ちになってしまう。
難しく考えすぎたのかもしれない。
「まあ、勘付かれたなら仕方がないか」
「……教えてくれるの?」
「ああ。――他の誰にも教えないのを前提としてな」
そう、俺の思い込みが過ぎたのかもしれない。
相手は、魔導や魔術に振れたことのない1人の子供だ。
「えーと、俺との約束、守るか?」
「うん! 2人だけの約束!」
「じゃあ、言うよ――」
ロキは、自分が前世は魔族で魔王候補だったこと、転生してロキとして生まれ変わったこと、元々が魔族だったからか魔術が使えることなど、洗いざらい話した。
話した後で、清々しい気持ちになる。
まるで、前世のことが悩みとして心の枷になっていたかのような物言いだ。
「――と、こんな感じだ」
「へぇ、ロキ。面白い話知っているね!」
「だろ? これが隠し事だよ」
何てことないだろ、と吐き出しロキは目を瞑る。
これで、マリアは満足したはずだ。
現に、嬉々とした笑い声がロキの耳に入ってくる。
……一応言っておくが、その笑いは嘲笑でも哄笑でもない。
微笑み。ただ単に、彼の話を聞き終わって純真に交わす笑顔だった。
「ありがとね、ロキ」
「おいおい、どうして感謝するんだよ。俺が勝手に吐き出したんだ、ありがたく思うな」
「だけど。それでも――わたしのわがままに付き合ってくれてありがとう」
「いや、別にもう気にしていない。あと、約束は約束だからな」
うん! と、快活な声をあげて、馬乗りになっていたマリアは、立ち上がる。そして、湯船から上がり、鏡の前へと移動したのだった。
鏡を見つめたマリアの頬は弛緩しっぱなしだった。
二八いた顔を見て、石鹸へと手をかける。
ふと、
「ありがとね、ロキ。
いや――ルキフェル=セラフィーム」
先程の話に出てきた、ロキの転生前の名をわざと呟くマリア。
湯船と鏡までは距離があったため、ロキの耳には、入らなかったのだが。
不敵な笑み――およそ、6歳児が生み出せるようなものではない微笑を鏡に向かって見せるマリア。
――鏡越しに、彼女の視線はロキへと向かっていた。まるで、何かを見破ったかのように静かに彼女は嬉々とした表情で笑うのだった。
「やっと、会えたね――ルキフェルお兄ちゃん」
――――――ロキに聞こえぬような、静かな呟きと共に。
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