第7話 魔女・アルマリア=デュートロン
7話、よろしくお願いします。
やっと、ヒロインが登場です。可愛がってあげてください。
「チッ! ンだこのガキ、魔導使いやがる……!」
「危ねぇ、危ねぇ。あともう少しでガキにひれ伏すところだった」
結局、1回の魔導で倒せたのは、3人まで。
2人の不良少年を倒せていないロキである。
残ったのは、グループの中で一番体格の良い少年と、路地裏へ飛び出したロキを最初に見つけ、接触した細身の少年。
後者はナイフを両手に携えている。
しかも、その刃は刃毀れし、所々が錆びていた。
……過去にもそのナイフを血で濡らした、ということだ。
(さっきの濁流草薙は、魔導で言う応用形態――つまり第2段階のことだ。それで3人まで、か)
手数を減らすべく、初手から最終形態の魔導を発動すべきだったか、という疑念が生まれるも、起きてしまったことだ、今更悔やんでも仕方がない。
と、ロキが次の戦術を組もうとしたところで、相手に動きができた。
体格のいい少年が、ロキの裏へと回りこむ。
ナイフ所持の少年は、ニタリ、と薄気味悪く、残虐嗜虐な笑いを浮かべ、手の内でナイフを弄んでいた。
「なるほど、挟み打ちか」
「オォ、そうだ。よく分かったなあ、ガキのくせに」
後方の少年が答える。
ガキ、という言葉に腹立たしくなる感情を、必死に押しとどめ、平静を装うロキ。
「じゃあ、お前ら、
――――そんなガキ相手に、挟み打ちとか、雑魚同然、だよねぇ!」
怨嗟に満ちた挑発の言葉を放つ。
次の瞬間、動きができた。
後方から迫る駆け足。
後ろから近づく陰に、ロキは振り向かない。
そして、
影が、ロキを覆う、瞬間。
サイドステップ。
バランスを崩した後方の不良少年を一瞥。
その顔面へと回し蹴りを炸裂させる。
普通だったら、所詮6歳の回し蹴りなど、威力を持さない。
だが、ロキは、普通ではない。
3年の過酷な修練に耐えた故の強さがある。
回し蹴りを炸裂させた後、後方の不良少年は鼻血を噴き出し、気絶。
「さて、1対1だ」
「うぐっ」
既に勝利は目前。
が、油断は禁物。
ナイフを弄んでいた前方の少年の眼は、今更だが、さっきに満ち溢れたものへと変わっていた。
まさか、1対1になるとは思ってもいなかったのだろう。
(状況の認識が遅かったようだな)
その一言で、前方の敵を総評する。
だが、まだ戦いは終わっていない。
「クソ、クソがあああああああ!!」
怒り、殺気、怨嗟、怨念に満ち足りた叫び。
直後、腰を低くし、駆け出す敵。
両手に握ったナイフを、逆手持ちし、胸の前で交差させている。
恐らく、ロキの眼前で外へと振り抜くのだろう。
相手の行動が読めた故に、ロキも動き出す。
手前の敵へと駆け出す。
その行動を、契機だと思ったのか、
迫る不良少年は、気持ちの悪い、歪んだ嗤いを見せる。
(……気が付いていない様で安心した。
むしろ、この機会を、チャンスだと捉えているようにも見えるな)
迫る敵。
正面から、向かい合うロキ。
その差は歴然。
戦術の差からして、
体力、筋力、その他能力からして。
ロキは、他者を圧倒していた。
ロキと不良との距離は、僅か2m。
不良少年に動きが合った。
交差させた両手を解放。
両手に携えたナイフを、前へ振り抜く。
その動きにロキは呼応。動く力の向きを前から、右へと変換。
横へ飛び跳ね、さらに不良の裏側へと回る。
振り抜き、両手の動きが無くなった不良に次の一手は、ない。
既に、バランスを崩しかけている敵に、
無論、怯むことなく――ロキは、右足を頭上に上げて、次の瞬間。
その足を、不良の脳天へと打ち下ろす。
ロキが3年間で鍛え上げたのは、剣技だけではない。
近接格闘術も彼はマスターしていた。
故の戦術のバリエーションの差。
攻撃の幅が広かったため、ロキは余裕を持って、勝利を告げる。
「さて、雑魚はどちらだったか、
――これではっきりと示しが付いただろう」
静かに告げた後、最後の不良少年が倒れた。
1対5の戦力差を微塵も感じさせず、この戦いはロキに軍配が上がったのだった。
戦闘が終わったところで、ロキは、不良に襲われていた少女の元へと駆け寄る。
少女は、傷だらけだったものの、意識だけははっきりとしていた。
「……大丈夫か?」
「うぅう、あう」
少女は泣き出していた。
両の瞳から、大粒の涙が滴っている。
――まだ、年端のいかぬ少女だ。
不良との遭遇、そして暴行は、彼女の心身を傷つけるに充分過ぎた。
ロキはしゃがみ、彼女の目線の高さに合わせる。
少女と目が合った。黒く、透き通った大きな可愛らしい瞳。
――ローザに似た瞳だな、とロキはふと、そんなことを思ってしまう。
ローザとこの少女とは、何の因果性もないはずなのに。
「とりあえず、お疲れ様」
ロキは、涙を溢れさせすすり泣きをする少女を軽く抱きしめた。
かつて、自分がローザにしたように、優しく。
直後、堰が決壊したかのように、少女のすすり泣きは、号泣へと変わる。
恐らく、すぐには泣き止まないだろう。
だが、仕方がない。
ロキは、少女を抱きしめ続けた。
……結局。
その少女が泣き止むまでに要した時間は30分。
――今日は、古書店へ行くことを諦めよう、と心の中で静かに誓うロキなのであった。
第7話 魔女・アルマリア=デュートロン
「わたしは、アルマリアと言います。アルマリア=デュートロン」
「ああ、そうか。俺は、ロキ。ロキ=レイヴァーテイン」
やっと、泣き止んだ少女――アルマリアは、嗚咽混じりではあるが、事に至るまでを経緯をロキに教えてくれた。
先程まで、号泣していたから、少女の瞳は赤く滲んでいる。
「へぇ……。アルマリアって貴族出身だったんだ」
「アルマリアじゃなくて、マリア、でいいですよ。
そうです、わたしはデュートロン家という貴族出身です。
……まあ、わたしに関してはもう既に貴族としての地位を失って、遠い異国のシャトーディーンに捨てられたのですが」
「捨てられた? 家族に?」
はい、とマリアは首肯する。その顔は、苦しげだった。まるで、今も、自分が捨てられたという事実を飲み込めていないような、そんな顔である。
当たり前のことだろう。ロキは、彼女の気持ちに同感できる部分が合った。
前世の話になるが、ロキの前世、ルキフェルは、孤児院出身だったのだ。物心がついた時には、既に両親が他界していて、気が付けば、保母さんの下で育てられていたのだ。
いや、完全には同感できないのかもしれない。
ルキフェルは、物心がついた時に両親がいなかったから両親の存在すら危うかった。が、眼前のマリアは既に物心が付き、また、彼女の衣服――高貴そうな、恐らくこの王国中心街でも扱っていないような防寒具ばかりである――や、容姿から、相当可愛がられた後の裏切りと見えた。
裏切りは、ときに人の精神に深刻なダメージを与える。
元々可愛がられたのなら、尚更。
「そっか。
――よく、頑張ってくれたよ。ありがとう」
「そんな……。わたしが裏切られたのは、わたしの所為で」
「いや、違う。マリアはとっても良い子だ。そして、強い子だ。
現に、絶望から目を背けていない」
「絶望から……?」
「ああ、これは絶望に等しいよ。家族に裏切られるなんて、断腸の思いだ。
それでも、お前は、正気を保っている。俺の眼を見てくれている」
それで、充分だ――と、彼女を諭す。
「そう、ですか」
「――あと、畏まった口調をするな。あくまでもマリアがいつもしている口調で話してくれ。なんか、自分だけ乱暴な口調だと気恥ずかしいものだ……」
「――ふふ。ロキさんって面白い人だね」
「ロキ、でいい。って、俺ってそんな面白いか……?」
うん、とフランクな口調へと変えたマリアが答えるのだった。
「わたしの家には、代々伝わる『邪封印の儀』という儀式がありました」
場所は移して、現在は噴水広場のシンボルである、巨大噴水の淵にロキとマリアは腰をおろしていた。
裏路地に残っていたところで、再び、不良に襲われる危険性が示唆されたからである。
巨大噴水は、現在残念なことに動きを止めていて、噴水の周りに溜まった水面のみ、冬のサム風によってゆらり、揺れているのだった。
ロキは、唐突な彼女のカミングアウトに何も答えられずにいた。
が、構わずマリアは話を続ける。
「邪封印の儀。自分の血液を大気中に霧散させることにより、色の変化を伴った反応が見られることを応用して、変化した色によって、デュートロン家の跡取りを決める儀式です」
「で、その儀式を終えた後、マリアはここに捨てられたんだろ。それは、どうしてだ?」
「簡潔に言えば……魔女、の反応が出たからです」
「魔女……か」
ロキは、顎を右手で支え、昔のことを思い出していた。
魔族間での魔女と言えば、魔術の発動に関する技術において非常に長けた女性のことを示していた。――そう、尊敬の言葉だった。因みに、男性の場合は魔術師である。
種族間のカルチャーショックに驚きを隠せない――、いや、そうではない。いまは、そんなショックを抱いている場合ではない。
魔女の烙印を押されただけで、マリアは貴族の家から追放されたのだ。
「何故、魔女だって分かったんだ?」
「それは、邪封印の儀で用いられる反応から説明するべきです。
この儀式で使用する反応――正式に言うと『因子因果反応』では、普通、血液が蒸発すると、周囲の空気が赤くなるの。でも、これだけでは後継ぎとして成立しない。そこで、貴族たちは考えた――もう2つの特別な反応についての可能性を。
その反応――一つ目は、反応時に赤色に交じって金の光が散りばめられる、英雄の反応。そして」
「忌み嫌われるという、魔女の反応というわけか」
「はい。前者の場合は2割未満の者のみが反応し、そしてその反応を見せた者が後継者となるのです。ちなみに、この時点で他の兄弟は用済み。最悪の場合は、地方の都市に捨てられます」
酷い話だ。ロキには、貴族の感情、心理について不明瞭だと思う部分が多々あった。
不満点については、倍以上ある。
自分の子を捨てることに、罪悪感の一つも持たないのであろう。
――無残な行為、ロキは、許すことができないと思っていた。
実際、眼前に立つ可憐な少女も捨てられた子なのである。
恐らく、マリアも嫌なはずだ。
親や、兄弟、親戚に裏切られ、1人で生きていくことを迫られる。
そんな彼女がかわいそうで、切なそうに見えてならない。
「……で、話の流れから、後者は、更に確率が低いってことになるな」
「はい。魔女の反応では、そもそも普通の反応では見られない、血液を持蒸発させると黒色に空気が変色するという反応。つまり、他の人間と根本が違っている。そして、あくまでも過去の事例だけど……魔女の反応を持った子供を貴族の家系に入れておくと、その一族は没落するというものがある」
「――それって、たかが噂だろ!? どうして、マリアは追放されなければならない!」
噴水公園は、中心街を訪れた人で賑わっていた。
だから、ロキから発せられた大声は、憤怒の積もった声は、人々から奇怪な視線を受けるに相応しいものとなったのだった。
痛い視線を浴びて、ロキは黙り、わざとらしく咳き込む。人々の視線の緊縛から解かれ、再び、中心街の日常へと2人の少年少女は溶け込んだ
「怒鳴ってしまって、すまない」
「いいの、別に気にしない。むしろ、わたしのことを考えてくれているって分かったから、嬉しい」
「ったく。こんなに素直で健気で、可愛らしい子を捨てるなんて、どういう性根を持っているのか、疑ってしまうな」
「仕方がないよ。褒め言葉は嬉しいけど、所詮、わたしは魔女。
忌み嫌われる存在なんだよ」
「違う……!」
マリアの諦めに塗れた言葉が終わる前に、ロキの口は、感情は動く。
魔女だから、忌み嫌われる――?
誰が、
誰がそんな差別教育を施した?
正義と悪を定めたのは誰だ、
正義を英雄としたのは誰だ、
悪を魔王や魔女に絞ったのは誰だ。
何が悪くて、何が良い――その立場を固定した愚弄な民はどこにいる。
許すまじ、口の動きだけでそう、呟き。
ロキは、マリアの両肩を掴む。
衝動。彼を突き動かす衝動は、理不尽からくるものだ。
正義という理不尽から、
悪という理不尽から、
そして、
そもそも已然に創られてしまった、この世界を構築する理不尽から、
彼は突き動かされた。
自らが、元・魔王候補として人間の侵攻を受けたことにより、ロキは、正義と悪の判別について理解をし難く思っている。それすらも元は、理不尽の1つに過ぎない。
「誰も嫌われるべくして、生まれたわけじゃない。
マリアだって、同じだ。誰かに愛されるべくして生まれた」
「……わたしは、愛されないの。愛されてはいけないの……!」
マリアの口から洩れる悲痛。
募る想いは、ロキにも充分な程伝わってくる。
だが、いや、だからこそ。
応えるべき言葉は――選ばなければいけない。
「愛されてはいけない、なんて軽々しく言うなよ」
「――!」
その言葉は、マリアの心に重くのしかかり、重複し響き渡る。
言葉を失った彼女に、ロキは更に続ける。
「自分で、自分を定義するなよ。
魔女、だからなんだよ。
忌み嫌われるから何があるっていうんだよ。
……マリア、お前はまだ分かっていない」
「――何が。何が何が! わたしが分かってないって、どうしてロキは言い張れるの!?
だって、わたしは捨てられた! それが証拠だよ! わたしが魔女として嫌われている証拠だよ!」
「たった、そんなことで、か?」
「え…………?」
マリアの動きが固まる。
彼女は明らかに動揺していた。
何せ、この少年――彼女の言い分を全て否定するのだ。
わたしは、間違っていない。
それは、確かなのだ。
間違っているのなら、何故、わたしが捨てられたのか、その理由に根拠が無くなる。
忌避されるべき者の意味が無くなる。
それは、齢6歳の少女にも分かる、簡単な道理。
道の理と書いて、道理。
揺るぐこと無い事実への、揺るがない道筋のことを指す。
だけど、ちょっと待って。
彼女は、一旦、『当たり前』のことを考えるのをやめた。
つまり、ここからが、自分の本心。
魔女として嫌われるべくして生きるはずの少女の、想いは。
――わたしだって、愛されたいよ。
……そうだ。想いは揺るがない。
彼女も、愛されるべくして生まれた、はずだった。
だが、たった1つの儀式で、愛される権利を剥奪されたのだ。
そんな理不尽、マリアは許せるはずがなかった。
ただ、本心を隠して、自分を責め続けていた。
たったそれだけなのだ。
道理は揺るがずとも、本心もまた揺るがない。
彼女だって、人間だ。
魔女だ、と揶揄されたところで、1人のか弱き女の子なのである。
だから――だからこそ。
ロキが次の瞬間放った言葉は――――――――。
「ああ、くそ。ここまで言っても分からないか。
だったら、俺が宣言してやるよ。マリア、お前の目の前で、誓ってやるよ!
お前が、魔女だろうが、世界を壊す災厄だろうが関係ない!
俺が、そばにいてやる。
俺がお前を受け入れてやる!!」
――――――――マリアを救う叫び、希望へと変革したのだった。
――――ローザ、聞こえているか?
心中で、ロキは愛すべき者へと問いかける。
――――今回は許してくれ。俺は、あの少女を無性に助けたかったんだ。昔の俺と似ているような気がして、いや、それだけではない、――ローザ、お前にも似ていたから咄嗟に台詞が前に飛び出してしまったよ。
全く……とんだ浮気者である。
だが、勘違いはしないでほしい。
これは、あくまで彼女への愛の告白ではない。
ただ、手を差し伸べただけの行為に過ぎない――。
ロキは、一考して。
もう既に、結論を出そうとしていた。
噴水広場に、チラリ、雪がぱらつく。
その結晶が眼前のマリアの熟れた赤い頬に落ちて、そして、涙の如く彼女の肌を滑っていった。
今にも、泣き出しそうな顔をしているマリア。
瞳に溜まった大粒の涙は水晶の如く、彼らの世界を映す。
彼は、結論という名の誘いを述べる。
聡明に、どこまでも聡明に。
「マリア……俺の家に来ないか?」
マリアの瞳から、水晶の一滴が垂れ落ちる。
だが、彼女は笑っていた。
健気に、素直に、可憐に――笑い、泣いていた。
その姿は、まるで、雪中に逞しく咲く一輪の花の如く。
彼女は、一切の逡巡を見せず、ロキの誘いに頷くのだった。
7話、読了感謝申し上げます。
誤字、脱字、その他質問などなどありましたら、感想欄に書いて頂けると助かります。修正は、迅速に行います。
至らない点が多々あるので、批判してあげてください。喜びます。
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