第6話 中心街へ
6話です。第1部第2章スタートです。よろしくお願いします。
ロキが街に繰り出します。
秋の暮れの決意から2ヶ月が過ぎる。
シャトーディーン王国に、冬が訪れた。
ロキは、ミョズの仕事の関係でシャトーディーン王国中心街へと訪れていた。
中心街に住むというお得意様へ注文された刀剣を配達しに行くとのこと。
因みに、王国中心街とは読んで字の如くシャトーディーンの王国中心部にある街である。
王宮から同心円状に広がる商店街である。
中心街の外れにあるミョズの鍛冶場からだと距離は遠くない。
故に、毎日多くのハンター達が鍛冶屋に訪れているのだが、それが冬になると段々と客足が鈍くなる。寒いのにわざわざ街外れへと買い物をしに行くのが億劫なのだろう。
そこでミョズは、冬の販売促進のために、刀剣の配達業も行っている。
シャトーディーン王国のあらゆる場所から送られた依頼を見て、刀剣を製造、さらには、配達まで行うというのだ。
故に、冬は鍛冶屋の業務が多忙と化していた。
第6話 中心街へ
「寒いなあ……」
手袋越しの両手に息を吹きかけ、僅かな暖を取ろうとするも、効果は微妙。
ロキは、溜息を吐く。家の暖炉が恋しくなる。
シャトーディーンに訪れた冬の寒さは、厳しいものだった。
冬も夏と同様多湿な故、豪雪が日常茶飯事。
因みに、今日は幸い、雪は降っていない。
どんよりとした曇り空が、天から人々を俯瞰している。
中心街を歩くロキは、厚手の手袋に、獣の毛皮でコート、さらにはマフラーを首に巻いていた。いわゆる、完全防備である。
魔界でもここまで寒くなかったぞ……!
いけない、ウトウトしてきた、走馬灯を幻視しかける。
だが、すんでのところで、我に返る。
ロキの溜息に、隣を歩くミョズが、
「大丈夫だよ。寒さにはいずれ慣れるから」
と、励ましの言葉をかけたことで、ロキの意識は完全覚醒。
だが。
……いずれ、というのはいつだろうか。
寒さに慣れるための、ほど遠い道のりを見据え、ガックリと肩を落とし盛大に落胆してみせるロキ。ミョズの苦笑が横から聞こえた。
対するミョズは、背中にリュックを背負っている。
パンパンに膨れ上がったリュックサックは、彼女に不釣り合いだった。
まあ、それ以前に、リュックサックを背負った幼女(ミョズのことだよ!)というのは、眼福だと思うのはロキだけだろうか。
何故だろう、その姿を眺めていると父性愛があふれてくる。
あくまでもミョズでの子供であるのに関わらず、だが。
彼女のリュックの口からは、注文の品である刀剣の柄が2本3本、突き出している。
「あと、もう少しで1軒目だよ」
「ちなみに、今日は何軒回るの?」
「ざっと30軒」
「うぅぅ……」
涙目になるロキ。
依頼の数から逆算される仕事時間が尋常じゃない。
これまで、何回か配達業務を経験してきたロキだが、
……実際のところ、30軒への配達はざらにあった。
依頼の『数』には慣れているのだが、問題はそこではない。
――1軒1軒配達に回るのだが、その度、ミョズが客と立ち話をしてしまうのだ。
1人の客に対し、少なくとも30分。多いときは、2、3時間。
故に、短時間でできる作業をあえて長くしている。
待っている身も考えてもらいたい、と文句を垂れたいところだが、案外立ち話に付き添っていると、簡単に情報が集まってくるのだ。タダでこの世界のニュースを知れるんだ、活用せねば――そう思っているのだが、毎日重大なニュースに巡り合えるわけでもない。
たまに、退屈になるときがある。その時は、街の散策に耽る。
そして、ロキとしては、今日は、退屈なことこの上ない長話が続くような気がしていた。
勘でしかないが。
だが、その勘故に、今日は1つ提案してみることにした。
「ねえ、母さん。俺の分の配達が終わったら――中心街を見て回ってもいい?」
ミョズから快諾をもらい、単独行動に出て、瞬時に依頼をこなした。
30軒のうち、半分の仕事を済ませて、ロキは街へと駆り出した。
こうしておけば、散策が終わると同時に、ミョズが仕事を終わらせているだろう。
親を息子が管理しているということに、気が狂うのだが。
ミョズとは、中心街の真ん中にある『噴水広場』で合流することとなっていた。
「まずは、本屋……古書店にでも行くか」
前世でも勉強熱心だったためだろうか、仕事を済ませるとまず、決まって彼は古書店に行くことにしていた。そして、仕事以外でも時たま中心街へと訪れては、古書店を訪れている。
お蔭で、今では古書店の常連となった。
「さて、古書店に行くまでに面白い情報とか落ちていたらいいな……っと」
手を頭の上に組み、古書店への道のりを進む。
町の中心にある『噴水広場』から北へ進み、呉服店、雑貨店を通り越して3件目がロキのお墨付きの古書店『ガンダールヴ古書店』がある。
現在、ロキは噴水広場から東の位置にいる。
前方の道に広がる5軒の店を通り越せば、噴水広場だ。
だが、
「遠回りするのも何だし、ここはひとまず――裏道を使うか」
裏道の存在については、今回から遡り、3回前の来訪で気が付いた、薄暗い路地裏を警戒しながら通り抜け、見事古書店へと辿り着いたのである。
実際、その後の来訪では位置的な関係で使うことはなかったのだが。
が、今日は運が良い。裏道のある道に出ていたのだ。
故に、あえて遠回りをする気はなかった。
ロキは駆けだす。そして、暗鬱とした路地裏へと歩みを進めたのだった。
一方、ミョズは、3軒の依頼をこなし、4軒目で立ち話をしていた。
4軒目の依頼主は、シャトーディーンの貴族であった。
とは言っても、位は貴族の中でも中の下らしいが。詳しいことまでは詮索していない。
また、その依頼主からは過去にも幾度となく注文を受けており、その依頼主の家族とは仲良くなったものである。
「それでね――」
「そうですか――あはは」
玄関とミョズと談笑するのは、依頼主の奥さんだった。
依頼主の男性は、王宮へと仕事で赴いているとのことだ。
故に、依頼主に変わってその妻方が注文の品を受け取っていたのである。
彼女は、ミョズと特に仲が良い人物であった。
ミョズは、注文の品の代金を頂いた後、彼女と立ち話に明け暮れていた。
長話を続けていると、話はある方向へと向く。
それは、暗いニュースであった。
「ミョズさんは、聞いたことがありますか?
ユグドラシル公国の、貴族の子供が家系から離脱させられ、
……今、このシャトーディーンのスラム街を彷徨っていることを」
「聞かない話だねぇ」
相槌を打って、ミョズは怪訝そうに眉を顰め、俯き、呟く。
許しがたい出来事である――と、あくまでも他人事だと思って耳を傾ける。
「最近、よく聞くけどね……貴族の子供、それも2人目以降の子供が次々と捨てられるということは」
「確かに、そうですねぇ」
お淑やかな依頼主の女性も困ったような表情を見せる。
貴族である彼女は、自分の身辺でこのような卑劣極まりない行為が起こりやすい身だ。
故に、他人事とは考え難いのだろう。
「意図的にやったことなら、許されざる行為ですよねぇ」
「だけど、国も承認で子供を捨てているらしいし」
全く、非人道的であることこの上ない、と呟き、深く溜息を吐くミョズ。
「最近の格差社会は酷いものです。――貴族の私が言うべきことじゃないと思いますが」
「大丈夫だよ。あなたは差別とかしない人間だし、旦那さんも差別に関しては人一倍敏感だし」
「夫は、元々農民出身で、差別に関する憤りが誰よりもあったので」
「まあ……シャトーディーン王国は、差別を取り締まる法が無数に作られているから、生来差別は行われない筈なんだけどねぇ」
「どうも、他の国は貴族を優先しているようで。
特にユグドラシル公国は酷い」
「確か、噂でも聞いたけど、あの国は、奴隷制度も一般化しているらしいよね」
「全く、おかしいことです。この国でそんなことやったら、即処罰だっていうのに」
シャトーディーン王国は、他を圧倒する平和尊重国である。
治安維持に重きを置き、また、法律の制定、改廃が過去に幾度となく行われていた。
故に、人々の協調は、永らく行われていて、それが途絶えることはなかった。
貴族だろうが、農民だろうが、奴隷だろうが――結局は、1人の人間。
差別する理由は存在しないはずだった。
「……あなたの身の回りでそんな過酷なことが起きたら、私でも相談しなよ」
「ふふ、ありがとうございます。その機会がありましたら」
まあ、そんな機会、望むようなものではないのですが、依頼人の奥さんは顔を上げ、どこか遠くを見る目線でそんな言葉を吐くのだった。
確かに、シャトーディーン王国は治安維持に徹底した国である。
街は何人もの騎士が見回りを行い、必要ならば争いを止め、悪事を未然に阻止する。
だが――治安にばかり目を向けている王国にも重大な欠点が存在した。
貧民の救済である。
現に、中心街の外れにあるスラム街は、無数の貧民が群がり、
時たま喧嘩が起こり、
また、金品目的で盗みに働く者もいた。
裕福な者を狙って、身ぐるみを剥がす者もいた。
金がない、故の暴挙。
仕方がないという言葉で全てを済ますのは、不可能だと思われた。
そして、ミョズがこうして暗いニュースに耳を傾けている間。
ロキは、――スラム街の者が身ぐるみを剥がそうとする瞬間に遭遇していた。
「あれはまずいだろ……」
たまたま、路地裏を抜けようと思ったら、5人の不良少年が1人の幼い少女を囲んで暴力をふるっていた。服装が、冬だというのにボロ布一枚の薄手であることから、貧民であると推測。
――盗みに働いたか、身ぐるみを剥がすか。
魔王候補時代の経験を思い出し、状況を確認。
多分、今は後者であろう。
裏路地は、複雑な細道で構成された『迷路』である。
その複雑な地形を応用し、手近にあった煉瓦造りの建物の陰に隠れることができた。
状況把握が終わったところで、助けるための作戦を立てる。
言っておくが、ロキの脳内に、『助けない』という選択肢は皆無。
いつだって、変わらない。彼の正義に対する執着は、並大抵のものではない。
また、ロキはロキであって『ルキフェル』でもある。
不良から少女を守れないのなら――ローザを救い出せない。
愛人への意思は揺るがない、故に行動を起こそうとする。
(残念ながら、俺は木剣を持っていない。
――魔導を使うにしても、広範囲に渡るものの使用は避けたいところだ)
それだけの確認で充分。
恐らく、5人だったら余裕をもって対処できる。
ドールグとの特訓を重ねてきたロキには、5人を相手にすることなど造作もないように思えた。
魔導さえ使えれば、敵はいないと自負している。
だから、彼は表に出た。
途端。
不良の1人と目が合い、それを皮切りに一斉に他の不良がロキへと視線を向ける。
「ンだ、テメェ」
最初に目が合った不良がロキに向けて放つ。
啖呵を切ったか。
だが、ロキは動じず応える。
冷静さを欠くことはない。
傷だらけになった少女がロキを見つめ、ボロボロと大粒の涙を零している。
全く、女を泣かすとは――こいつ等は、屑だ。人間の屑だ。魔獣だったとしても屑だ。
「弱い者いじめは宜しくないと思うぞ」
「カッ、ガキが! ヒーロー気取りか!?」
別の不良が嘲笑する。その場にいた不良の中では、一番発育がいい男だった。
筋肉質な両腕が見事、露わになっている。
つられて、他の不良も爆笑、哄笑を始める。
――気に障る。癪に障る。
こめかみに、ビキ、ビキと青筋が浮かび上がる感覚。
だが、爆発しそうな気持ちを抑える。
まだ、爆発してはいけない。
怒りを最大まで溜めよ。
勇ましく、ロキは、叫び、宣言する。
「たった5人の雑魚を相手にすることなど――造作もない!
1人でお前らに勝ってやろう! 逃げるなら今のうちだ!」
あえて、不良たちの癇癪玉を爆発させるような台詞を吐く。
これで――乗ってくれればこちらとしては万々歳だ。
どうやら、口技を利用する冷静さは残っていたようだ。
不敵な笑みを――およそ6歳児に不似合いな笑みを見せると、1人の不良が、行動を始める。
「オォ、そうかガキ。だったら、倒してみろよ!」
……相手が馬鹿でよかった。
内心の安堵。
と同時に、5人の不良が一斉にロキへと襲い掛かる。
が、ロキはその場から動かない。
縦横無尽、ナイフが飛び、拳が唸る。
ロキは、前方から放たれる衝撃に対抗するために、
言葉を紡ぐ。
最大限の怒りを――放出、爆発、爆散させる!!
「水よ、緑よ、呼応せよ――濁流草薙!!」
直後、水流と、旋風が、路地裏を揺るがした。
6話ご読了感謝申し上げます。
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