表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第一章 終焉と再臨
5/50

第5話 元・魔王候補の決意

5話です。よろしくお願いします。


 翌日。燦々たる陽光の下、剣技特訓は、始まった。

 平屋の自宅を後ろに回ってみると、レイヴァ―テイン家所有の庭がある。

 まあ、花や木は植えられておらず、ところどころ、剥げている芝生のみが敷かれている簡素なものだ。

 恐らく、草木を育てるより、芝生の手入れの方が楽なのだろう。

 また、芝生が剥げている理由は、ドールグがこの庭で自主的な特訓を欠かさず行っているからだ。

 庭の大きさは、自宅の面積とほぼ等しい。

 ……2人1組が鍔迫り合いをするに丁度良い広さである。


 そして、まさに今、鍔迫り合いが行われている。

 ロキとドールグは互いに木剣を構えて、間合いを詰めている。


 だが、明らかな攻勢の差が生じていた。







 ……剣筋が見えない。

 …音がない。


 開始早々、ロキは窮地に達していた。

 まさか、最初から、剣を扱った模擬戦だとは思わなかった。

 3歳児には、過負荷だと思われる木剣。

 当然、碌に動けるはずがなかった。

 ドールグが、剣を通じてロキを押し出す。

 態勢が崩れ、後ろへと倒れこむことで鍔迫り合いから、解放される。

 突如、木剣の切っ先がロキの眉間へと飛び込む。

 無駄のない動き、秒単位の速さで剣戟が放たれようとしている。

 重い木刀を、体を横に回転させることによって生じた遠心力で振るう。


 ゴッッ! という鈍く低い衝撃音が木剣を通じて、ロキの両手へと伝わる。


 眉間への一撃は躱すことができた。

 が、態勢は崩されている。

 一方のドールグは、ロキの一撃を受け流していた。態勢には変化なし。

 受け流した剣を、大上段に構え、

 ――ブンッ! と振り下ろす。

 ロキの頭蓋へと目線が置かれている。

 反射で、瞬時に、ロキは両目が閉じた。

 手詰まり――動きが固まった。

 が、剣がロキの頭蓋を叩き割ることはなかった。 

 代わりに、


「よし、大体のデータが取れたか」


 と、冷静に呟くドールグの声がロキの耳に聞こえた。

 ゆっくりと目を開く。頭上に構えられていたはずの木剣の姿は既にない。

 ドールグは、剣を杖代わりにして寄りかかっていた。


「で、ででデータって」

「ん? ああ、これからの特訓メニューに関するものだ」


 淡々と述べるドールグ。

 その目線は前日に増して鋭利。

 右目は、赤髪に隠れているため明瞭に見えないが、左目は確かに確認することができた。


 近接戦闘において、相手の目線は次の一手を予測する判断材料になり得る、というのは、魔王候補時代に魔王様直伝で教わった教訓であった。


 ……まあ、次の手を予測できようが、体が追いつかなければ元も子もないが。


 筋力は、前世から引き継ぎができていない。

 転生時の不満点の一つだ。

 故に、もう一度鍛え直さなければならない。

 ――本来の肉体へと戻すには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 実に、気が遠くなる話だった。



「まず、魔導のテストをするか。

 ロキ、オレが今から放つ言葉を復唱しろよ」

 

 ドールグの言葉にロキは、頷いて応じる。

 それを一瞥し、ドールグは詠唱を始めた。


『穿て、雷閃テュアーノ

 

 瞬間、ドールグの周囲にある空気から、数十もの光の礫が生成される。

 ……いつか、ミョズが俺に見せてくれた魔導と大差ないようだな。

 恐らく、初心者用魔導なのだろう。

 続いて、ロキも詠唱する。


「穿て、雷閃テュアーノ!!」

 

 直後、ロキは、光に包まれる感覚を味わった。

 視界を、蛍光色の粒子が覆っている。

 彼の周囲が無数の光に包まれる。

 その現象を間近で凝視したドールグは、終始唖然としていた。

 やがて、ロキの周りに群がった礫が音もなく消失していき、

 その代わりに、ドールグが驚嘆交じりの声で、


「すげぇ男だな、ロキ。

 ――お前は、これから先鍛え上げれば、恐ろしいハンターになれるぞ……!」


 そして、中一時間。ロキは、ドールグから魔導についての実演講義を受けた。


「魔導には、『通常形態』『応用形態』『最終形態』がある。先程の雷閃テュアーノは、通常形態に属する魔導だ。そして、オレの目測が正しければ、今のオマエなら最終形態まで発動できるかもしれない」

「まさか、そんなに大層な技術はないはずだよ……一応、詠唱については自分で勉強したけど」

「自分を謙遜するべきじゃないぞ。もう少し、特技に関しては胸を張るべきだ」


 表では、謙遜をするのだが、内心、ロキには自信があった。

 自分でも魔導については独学で学んできた。

 詠唱の種類はもちろん、それぞれの魔導の詠唱を覚えている。

 一応、最終形態まで全部覚えたのだった。


「じゃあ、一つテストといこう。今から、オマエが知っている魔導を詠唱してみろ。

 ただし、一番威力が高そうなものだ」

「え? ……うん、わかった。やってみるよ」


 そして、一息吐き――ロキは、詠唱を始めた。



「聖天空よ、崩れよ、堕ちよ――流星流弾メテオシャワー!!」



 その詠唱は、『最終形態』ランクの魔導。

 天から降りそそぐ流星による――50連撃。

 当たる範囲の調節をして、狭い範囲に打つ。

 魔導を放つ前に、ドールグは、その場からバックステップ。

 瞬時に放たれる50の流星。

 火薬庫の爆破の如く、燃える、光る、炸裂する。

 その光景を至近距離で確認し、――ドールグは、短く告げた。


「ああ、これは教える必要ないな。

 ロキ――魔導に関しては、文句なしだ」







 ドールグの特訓を受けること、3年。

 ロキは、早くも6歳になった。

 ドールグに剣技を教えてもらった甲斐あって、以前とは見違えるほど――というより、6歳児とは思えない程引き締まった筋肉質の肉体が出来上がった。

 木刀の素振りも苦にならない。

 動体視力も向上して、ようやくドールグの俊敏な動きを追えるようになった。

 見違える進化、と言っても過言ではない。

 ただし、欠点もある。

 聖術が使えない、ということだ。

 聖術には、体内の聖因子を放出する『放出聖術式』と、体外の霊魂因子もしくは、霊魂因子で象られた『妖精・式神』を媒介とする『祭祀契約式』があるのだが、ロキは、体内の聖因子を放出する技能のコツを掴めず、また、霊魂因子に関しては、見ることができず(普通の人間だったら見えるらしい)、結局、習得を諦めることにした。

「まあ、魔導の才能でカバーできるだろ」と、ドールグは終始楽観的に見ているのだった。

 

 

 ロキは、ミョズの鍛冶場で手伝いを始めた。

 日々の訓練で鍛え上げた腕力で、時たまミョズの大槌ミョルニルというらしいを鉄へと打ちつけている。

 最初の方こそ不格好な鉄屑が出来上がったのだが、

 日増しに、技術が向上し、今では簡素な剣一つ作るのが容易になった。

 ロキの作る剣は、ミョズの鍛冶場に訪れるハンター初心者に好評だという。


 こうして、ロキは、剣技特訓と鍛冶場手伝いの二束のわらじで、3歳からの3年間を過ごしてきた。幼児にしては、多忙な日々である。


 6歳の秋の暮れ。

 多忙な労働、もとい運動を終え、ロキは即時自室のベッドに埋まった。

 瞬間、深い眠りがロキを誘う。







『ルキフェル……、起きて』


 確かに、そのような声が聞こえたような気がする。

 曖昧な意識の中、ロキはその声を一言一句反芻し――異常に気が付く。

 ロキ、とは言っていない。

 確かに、その声はルキフェルを呼んでいた。

 元・魔王候補の、

 そして、

 ローザと結ばれるはずだった――ルキフェルのことを。


「ろ、ローザなのか?」

「――ええ、そうよ」


 条件反射の如く、ロキに応える『声』。

 その声は、銀鈴の如く凛々しいものだった。

 ロキは、――いや、ルキフェルは、確かに、その声をローザのものだと知覚した。

 重い瞼を開ける。

 まず、自分の体を確かめた。

 長身で引き締まった肉体――彼には、この体がルキフェルのものであると瞬時に理解できた。

 次に周囲を見回す。

 豊かな、魔界フォーヴリッグの田園風景が映り、

 そして、最後に眼前に目を向けて、

 ローザが立っていることに気が付いた。

 腰丈まで伸びた紫の髪。

 白磁の肌は、幻想的に輝いている。

 唇の鮮やかな紅は、艶めかしい。

 彼女は、大きく、黒い眼でルキフェルを見ている。

 その瞳に吸い込まれるように、彼はローザと対面する。



 ――勇者との死闘後、死に際のルキフェルに寄り添ってきたときの服で。

 彼女の好みだという、薄手のレース生地の、純白の花嫁と呼ぶに相応しい衣装で。

 あの頃と変わらぬ美貌で、

 彼の目の前に立っている。


「――夢、だよな」

「いいえ、夢じゃないよ、ルキフェル。

……いや、転生してからはロキ、だったっけ?」


 ロキの名を知っているだと?

 ルキフェルは、一瞬自分の耳を疑った。


「まあ、驚かないわけないか」


 ふふ、と貴い笑いを返し、彼女は、ルキフェルの心境を見破った。

 

「驚くだろ、ローザがいない世界で、俺は生まれ変わったんだ」

「うん、本当に良かった」


 ……?

 会話に齟齬が生じている。

 何かがおかしい。

 ――本当に良かったって、何が良かったんだ?


「私の術が、発動してくれて本当に良かったよ。

 お陰で、ルキフェルを助けることができた」

「助けることができたって……、

 何があったんだ、ローザ! 教えてくれよ!」


 俺はお前を助けるべき存在なんだ、と付け加えてルキフェルは叫ぶ。

 その叫びは、怯えが混じっていた。

 何故、怯えているのか、彼は知る由もなかったのだが。

 しかし、ローザは、その疑問を無視して、流暢に話し始める。


「ルキフェル。あなたは、6年の間――私のことを忘れていた。

 生きることに必死で、いや、新たな人としての生を謳歌していた」


 一息置き、続く。


「あなたは、恐らく、この6年で」

 ――――私のことを、忘れてしまったのでしょ?


 凍りつくような、声。

 図星、だったのかもしれない。

 ルキフェルは、ロキとしての人生を実際のところ楽しんでいた。

 だが、ローザの発言に間違いがあるのも確かだった。

 鼓動が高まる、緊張が熱を帯びて彼を苦しめる。

 だが、その苦しみに耐えて、一歩前に出る。

 ――ルキフェルは、ローザの両肩へと手を伸ばし、捉えた。

 強く掴む。離さない。


「何をして――……」

「俺は、この世界をローザからの贈り物だと思って生きてきた。

そう、自分で納得して、生きてきた」


 狼狽するローザの目線に合わせて、腰を屈める。

 耳元に近づき、ルキフェルは、囁く。


「ごめんな。――そして、ありがとう」

「……全くもう、まったく、もう」


 顔を紅潮させて、ローザは俯く。

 その仕草に、ルキフェルは思わず、ドキドキしてしまう。

 久々に、愛人と対面したのだ。

 少しぐらい、欲張りな行動をしたって、許されるだろう。

 ルキフェルは、ゆっくりと目の前にいる愛人に唇を近付けようとした。

 ……だが、その行為は、突如として終わりを告げる。


 バチィッ!!


 突如、ルキフェルの体に稲妻が迸る。

 何事か、彼は、周囲の気配を確認する。

 が、誰もいない。気配を察せない。

 代わりに、両掌から微細な電流を感じる。

 眼前へと視線を移す――そして、彼の表情は、驚愕一色に染まった。


「ローザ、お前、どうして、どうして!」

「あはは、もう時間切れのようだよ」


 紅潮させていた可愛げな顔を上げ、ルキフェルを見るローザ。

 その体は、光を帯び、透き通っていた。

 体が消えかかっているのだ。

 彼女は、諦めの表情を浮かべ、薄らと両の瞳に涙の雫を浮かべていた。


「今、この場所にルキフェルがいるのは、私の術が働いているからだよ。

 そして、もうそろそろ術の効果が切れ始める」

「術が切れ始めるって――そもそも、お前は生きているのか、ローザ!

生きているなら、どこにいるんだよ! 俺が助けに行く! だから、教えてくれ!!」

「……残念だけど、教えることはできないよ。というか、どこに幽閉されているのか分からないし。

 だけど……一つ言えることがある。

私は、あなたが住む世界、グラディエメイシアのどこかにいるということだよ。

そもそも、この世界は、魔界の裏側にあったらしいよ」

「……え、嘘だろ?」


 その言葉は、はっきりとルキフェルに驚愕をもたらす。

 魔界が、グラディエメイシア?

 目を丸くするロキに僅かにローザは微笑んだ。


「私は、嘘を吐くのが嫌いって言わなかったっけ?」

「ああ、確かに言っていたな。だが」

「だが、何?」

 

 躊躇う素振りを見せた後、彼は嘆いた。


「俺がそのことを事前に知っていれば、すぐに助けることができたのによ」

「大丈夫だよ、あなたの所為じゃないよ、ルキフェル。

 あなたは、勇者の侵攻を食い止めてくれた。

 もし、あなたが勇者に殺されていなかったら、今、こうして離すこともできなかったし、

 それに――あなたのプロポーズを聞くことすら許されなかった」


 空気へと消えかかるローザの大きな黒の瞳から、涙の一粒が零れ落ちる。

 しかし、彼女は笑顔をつくった。艶めく紫の髪と対比して、燦々たる太陽の輝きを放っている。

 ローザは、言葉を続けた。


「ルキフェル、もう一度、私を助けて。

 あなたがいないと何もできない、私を助けてよ……!」

「――ああ、とうの昔からそう決めている。おれが護ってやる。

 だから、俺が強くなるまで、待っていてくれ」


 ルキフェルの言葉が終わる前に、ローザは、彼の胸へと体を埋め、盛大に泣いた。

 彼は、その号泣を抑止することなく、ただローザの背中へと両腕を伸ばし、彼女を強く抱きしめるのだった。

 直後、光がローザを完全に包み込み、次の瞬間――彼女は虚空へと消失した。

 その現象を見送ると同時に、ルキフェルは、目を閉じた。

 ――愛する者を守り抜くという、一つの決意とともに、

 彼の意識は覚醒する。



 いつものベッドの上。

 無論、ロキとして、彼は現実へと浮上する。

 しかし、胸の内には、ルキフェルとしての心を宿し、

 愛するローザを奪還する想いは揺るがない。







第5話 元・魔王候補の決意







 これは、一人の少年の物語。

 魔王を目指した少年が、勇者と相打ちになった後の話。 

 少年は、人間として生き返り、再び、魔王を目指す。






蹂躙せし魔王の異世界譚―魔導継承者は刃を血塗る―

chapter1-1【Prologue】 The End.

これにて、5話、およびゼロ式魔導の継承譚第1部第1章が終了となりました。みなさん、ご読了ありがとうございます。これから、ロキがどのような成長をするのか、第2章以降も見続けてくれると幸いです。

誤字、脱字、その他質問などなどありましたら、感想欄に書いて頂けると助かります。修正は、迅速に行います。

至らない点が多々あるので、批判してあげてください。喜びます。

NEXT……3/9 PM9:00

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ