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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第三章 死神の魔踏祭
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第48話 慈母星襲来

 ロキが肉迫した空隙。剣の銀閃が唸った。

 轟ッッ! という凄絶な炸裂音と共に魔導剣が慈母星・フレイヤを捉えた。


 直後、耳朶を震撼させる轟音が辺り一面に巻き荒れる。

 フレイヤの肉体――正中線近辺に集まった弱点を斬撃は全て捉える。

 頭蓋、心臓、呼吸器、内臓器系、頸動脈……。

 それらが描く直線をまるで定規で引いたような剣筋が走っていく。


 寸分狂わず、確実に敵の生体反応を消失せんと唸った斬撃。

 魔導剣から放出された夥しい量の魔力因子がロキの鼻孔を擽る。

 ツンとした、硝煙の匂いがした。


 直後、ザシュリ――と肉を裁断する鈍い水音を耳にする。

 前世の知識を引用するならば――どんな敵であろうと大抵急所の肉を削いでしまえば絶命する。

 殴打で内側の器官を打っ壊すよりもあからさまな殺り方でかつ、最も絶命させやすい殺し方だ。


 銃や弓、ボウガンのような遠距離特化型の武器も存在する。

 だが、残念かな――それらは銃弾が硬質だろうと絶対に限界が生じる。 


 防御機能に特化した種族は銃弾で肉を貫けない。

 それに才能を極めた者だったら、大道芸師の如く、剣戟のみで銃弾を跳ね返してくる。

 なによりも、銃弾は有限であることがネックな部分かもしれない。


 その点、近距離戦闘にのみ特化した刀剣は、刃毀れさえしなければ、無限に使用可能だ。


 肉を穿ち、解き放たれた魔力因子が爆散する。空気が弾け、火煙が巻き立つ。

 影は、眼前で墜落することが無かった。

 しかし、肉を裂いた感触、切っ先から流れ出て右手に滴る液体が、人を斬った感覚を現実にもたらす。

 躊躇はない。危険を脅かすならば、その根源は取っ払わねばならない。

 その為ならば、剣を交えて戦い抜ける。


 ロキは魔導剣を振り払い、刀身を濡らした液体を飛ばす。

 巻き立っていた火煙が、緩徐とした動きで晴れていく。

 斬撃の及ぶ範囲にフレイヤの影を捉えた。

 視界も明瞭なものと化していく。

 ふと、ロキは気付いた。――血液特有の濃い鉄錆臭が全く感じられないことに。


 確かに、斬撃は加えた。

 だが、肝心となる、切っ先の行方は? 

 おかしい、怪訝さにロキの表情が曇る。

 恐る恐る刀身へと目を向ける。

 そこに掛けられていたのは、無色透明の液体。

 水? の割には粘着質だ。

 スライムのようにも思える。

 思考を巡らせ、答えに到達する。


「斬った感触を残しておくためのダミー、というわけか」

「――うぅーんと、それじゃあ、半分しかぁ、合っていないのぉ」


 その声はロキから背後だった。

 完全に行動を読まれ、逆手に取られた。

 相手が容赦ない人物だったとしたら、足音無く接近され背中を不意打ちされていたことだろう。

 余裕を持っていた敵に救われるという無念。


「ちなみにもう半分はぁー、カウンターぁかしらぁ」


 それで、完全回答、百点よ――、打って変わったような冷笑を浮かべるフレイヤの悪魔のような顔貌。


 嫌な、予感がした。

 運悪く――いや、運とか関係なく、まるで(・・・)そうなる(・・・・)ことが(・・・)定め(・・)だったか(・・・・)のように(・・・・)


 刀身の液体が蒸発していることに気が付いたとき、既に、時遅く。

 ロキの身体からは力が抜けていた。


 反攻の暇すら与えられず、己の意思に逆らって筋肉が弛緩する。

 ぶわりっ、と体内から炙られる感覚がロキを襲う。


「この感覚……、体外の魔力因子を吸い取られた!?」


 無抵抗の墜落。ロキには成す術なしだった。


「ああ、本当に――シグルーンとマリアが傍にいて助かった――」


 意識が闇の泥沼に沈んでいく。背中を誰かに支えられる。頭上、マリア、叫び、悲嘆。しかし、ロキには届かない。無念――、僅かに開いた口でそう呟き、ロキの意識は現実と乖離した。







「ロキ君に……何をした……ッ!」


 憤怒が猛る。

 ロキを支える役に回ったマリアを背に、シグルーンが愛剣・聖龍剣ドラグナーを上段に構える。

 剣呑な表情から生み出される殺意が彼女の心を突き動かす。

 ドラグナーに封印されし、二体の式神を顕現させる。


「式神――《龍王》、式神――《龍王妃》。さあ、貴方の相手はこの僕だ」

「ふふっ、可愛い僕っ娘だことぉ。――ああ、食べてしまいたい」


 戯れ事を切り捨てる。

 胸倉への到達速度は一秒にも満たない。

 ロキの件もあって、近距離での戦闘は不利だ。

 だからと言って、シグルーンが遠距離戦闘に長けているわけではない。

 背後でロキの治療にあたっているマリアを護り易いのは、遠距離攻撃。

 マリアの傍を離れないことが先決だろう。


 だが、それでは埒が明かない。

 故に、勝算度外視で先手必勝に懸ける。

 左腕でフレイヤの胸倉を掴んだシグルーン。

 右腕に握った聖龍剣が迸る。


(注視するのは、ロキ君が受けたあの攻撃……)


 粘液の蒸発により、筋力の弛緩が生じる不可解で奇抜な攻撃方法。

 だが、幸いにも、まだシグルーンに粘液が飛び散ったわけではない。


「このまま決着をつける……ッ!」


 突き動かす情動を原動力にし、流れるような剣舞が披露される。

 大動脈を狙いに定め、弱点の箇所を無数に切り刻む。

 伊達にヴァルキュリア家の次期当主ではない。

 剣の訓練を怠ったことのない彼女にとって、現状では、表層だけの強さを誇示していることと同義だ。

 本気じゃなくても勝利はできる。

 それは敵を完全に見くびった状態に等しい。

 慣れは禁物だ。

 艶やかな嘲笑は、見るものすべてを侮蔑しているかのようだった。

 そんな瞳が気に入らぬ。


「《龍王妃》、召喚陣《六芒星魔方陣》発現。――湧き出ろ、《龍脈》」

「《龍王》、召喚陣《五芒星魔方陣》発現。――刃に血塗れ、《龍閃》」


 召喚陣が顕現。つがいの龍が姿を現す。

 咆哮。

 大地を揺るがし、双龍が飛び交う。

 憤怒の表情は、まさにシグルーンの表情を代弁しているかの如く、怒り狂っていた。

 理性をかなぐり捨てた猛獣が、フレイヤを捉える。

 普段ならば、掌サイズで収まっている式神だが、契約者が出力を加えることで、巨大化が可能となる。

 無論、契約者は相当な負担を伴うが。――シグルーンは、気にも留めない。


 怒りが出力の全てを式神に送り込む。

 故に発生したのは、見違える程、巨大な双龍。

 銀の鱗の《龍王妃》、金の鱗の《龍王》――共に硬質な鱗で防御が徹された状態。

 加えて、攻撃も式神の中ではトップランク。

 龍族系式神は、バランスのとれたステータスで全能力値が初っ端から最大という反則級の式神だ。

 それ故に契約を結ぶのは困難を極める。

 実際、シグルーンも多大な苦労の上で契約を為している。


「さあ、《双龍》――――蹴散らして」


 命令に長文は不要だ。

 ただ『殺れ』と唱えるだけでよいのだから。


 シグルーンの命令は至極単純。

 そして、双龍もその命令を事前に察していたのだろう、命令と同時にフレイヤを喰らいに掛かる。

 獲物を貪る獣――蜥蜴の咢から溢れ出る強酸性の涎がそれを物語る。

 だが、それと同時に命令をも遵守する。


 利口で扱いやすい反則級の使い魔。

 シグルーンに勝機が訪れている。

 狙うなら。今だ。

 刹那――フレイヤの左右半身が双龍の咢に噛み付かれ、引き剥がされる。

 ぎちぃぃぃ、と無理矢理布地が裁断される音をだけがシグルーンの耳に入る。


 だが。


「足りない」


 何かが足りない。

 地上から双龍を操作するシグルーンの口からそんな呟きが漏れる。

 逃した――。

 事実を突きつけられ、彼女は舌打ちし唇を噛み締める。

 敗者の血が足りない。


 まだ、この期に及んで小細工を仕掛けたのだろうか。

 だとしたら、確実にシグルーンの理性がこと切れる。

 そうなってしまったら、勝機という勝機を狙えなくなる。

 我武者羅に抗って勝てるような相手ではないのはロキの戦闘から理解していた。


 シグルーンの背後、マリアはロキの治療に専念しながら戦局の行方を予想する。


(勝率は、ロキが敗れた時点で半減している。加えて、剣捌きに長けたシグルーンくんが極めて劣性……逃げるのが賢明な、はず)


 消極的になるべきだ。ここで積極的に敵の首を狙ったとして、返り討ちに遭いかねない。


 だが、ロキの意識だけは戻しておきたいという欲がある。

 シグルーンは満身創痍。

 マリアにロキを背負って走れる程の筋力はない。

 フィオナは幼い、論外だ――。


「あれ、そういえば」


 フィオナはどこだ? 今更気が付く。

 驚愕に目を見開いたマリアは四方八方を見回す。

 マリアの前方で彼女は身構えていた。

 はぐれていない、安堵の息を一瞬だけ漏らし意識が再びロキへと視線を動かす――と。


「う……ぐ」


 呻く声があった。

 ロキのものだ。

 意識は朦朧としていて状況把握に戸惑っているようだ。

 そんな彼の機微な反応にマリアは瞳に涙を浮かべながら呼応する。


「ロキっ……お兄ちゃんっ……よかった……戻ってきてくれたっ」


 身重なロキの上から覆い被さり、確かな温もりを抱きしめるマリア。

 涙は濁流のように勢い衰えず流れていく。


「何が、起こったん、だ? 力が抜け、る感覚、痛くもなく、痒くもなく――ただただ、力が抜け、て」「力が抜け、る……? それってどういう」


 問いの寸前、地が唸りを上げる。

 声を掻き消され、反射的に視線を起こす。

 そこにあったのは、劣勢の二文字。


 ――シグルーンが双龍と共に地へと落下した。


 シグルーンの青ざめた顔が警鐘を鳴らす。

 これは、まずいことになった。

 兎にも角にも、逃げないと。

 だが、ロキとシグルーン――負傷者二人を背マリアだけで負えるわけがない。


 現状で打てる手が、一つに狭まった。


「……だとしたら、とりあえず、時間稼ぎだけでもしないと、ね」


 弱弱しく、震えた小声で、決意し立ち上がる。

 だが、情けないことに足の震えが止まらなかった。

 恐怖による戦慄。

 死地の旋律は、死神の奏でる輪舞曲。

 戦わねばならない。

 戦え。戦うのだ。護るのだ。――無数の鼓舞もパニック状態寸前のマリアの前に儚く砕け散る。


「……リア。マ……リア――マリア!」

「――――!!」


 どこかの誰かの叫び。強く、強く、怖気づかない――マリアの愛し人の叫び。

 鼓膜が震える。


「大丈夫だ、俺は」


 背後からもたれかかるように抱きしめられる。

 優しく、それでいてだれよりも心強い、介抱。

 いつの間にか立ち上がったロキがマリアの背後で囁く。


「とりあえずは、時間稼ぎをしてくれ。その間に俺がシグルーンを背負う。一撃でいい、目眩まし程度でいい」

「でも、その身体じゃあ……」

「俺の心配よりも自分の心配をしろ。……それとも、俺を見くびったか?」


 まさか、こんな窮地で茶化してくるとは思わなかった。

 不意打ち。だが、それもロキらしい。

 マリアの頬が緩む。

 ありがとう、掠れた声で背後のロキに向けて囁く。

 対し、ロキは首を横に振った。


「ありがとうって言われる程のことはしていない。むしろ、こちらは謝りたい程だ。俺がアイツを倒していたら、シグルーンは傷付かなかった、マリアやフィオナが怖がらずに済んだ」


 ごめんな、と。硝子のような壊れかけの微笑で謝罪するロキ。

 今度は、マリアが首を横に振る番だった。


「わたしは充分助けられた。だから、待っていて、お兄ちゃん。シグルーンくんをよろしくね」

「妹のお願いごとだ、絶対に果してやるよ」


 ロキの身体が離れていく。

 直前、耳元で。


「――忠告。魔導剣は使うなよ。あの、フレイヤだっけか――アイツ、剣が通らない。理論は分からないが、とりあえず、剣だけはやめておけ。俺らと同じ目になりかねない」

「了解――ありがとね」


 マリアが天空に居座るフレイヤを睨みつける。


「兄弟ごっこは終わりかしらぁ?」

「戯れ事はここまでよ。とりあえずは、わたしの大切なものを傷つけた対価、払ってもらう」

「あらあらぁ、傲慢な態度ぉ……ああ、本当ぅ――餓鬼のクセして、大口叩くものじゃないわ」


 刹那、マリアの頭上で術式が展開される。

 円形の魔法陣が五色に散らばり、連なる。

 強大なエネルギーが集束していく。

 放たれれば一溜まりもない。

 だが、脚は竦まない。

 右腕を天に掲げ、マリアは叫ぶ。

 彼女は戦う。

 その瞳に、強靭な意志が宿ったが故に。

 彼女は、無敵の術師として――叫べ。


「穿孔せよ――乱撃カレイド爆槍スピア


 刹那――、空中に展開された術式を垂直に穿つ。

 無数の槍が顕現した。

 パリンッ、と音を立てて魔方陣が破砕する。


「ふぅん、なかなか活きのいい餓鬼だこと。だけど、見くびられるのはぁ、勘弁勘弁」


 空中に術式が再構築されていく。

 エネルギー集束を確認。

 だが、マリアの方針は既に固まっている。

 だから――自ら再構築されていく術式に飛び込んだ。

 フレイヤの術式――発動まで三秒もかからない。

 無論、愚弄の絶叫が響き渡る。


「気が狂ったぁことねぇ! もしくはぁ、自害のぉ、時間ですかぁぁ!!?」


 狂乱、嘲笑。

 全てを眼前で捉え、マリアは構築完了した術式の極大な光の中に身を投じる。



 ――その願望に映るのは、してやったりと言わんばかりの笑顔。



 嘲笑を鮮やかに跳ね返す。


「穿孔せよ――乱撃カレイド爆槍スピアッッ!!」



 直後、爆槍は極光を穿ち、霧散させた。

 目と鼻の先に捉えたフレイヤの嘲笑を――マリアの爆槍が鮮やかに穿孔する。

 血肉が撒き散らされる。鉄錆の臭いが鼻孔を掠めていく。


 頬を汚す鮮血を拭い取りながら、マリアは一人、告げる。




「わたしを、わたし達を傷付けた罰――痛みと共に散れ」



 ――――勝敗は決した。

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