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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第三章 死神の魔踏祭
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第47話 ワイルドカード

「で、言い訳はそれだけかな? お・に・い・ちゃ・ん!?」


 物凄い剣幕。表情は笑顔だが瞳孔の奥底が笑っていない、憤怒に満ち足りている。ダダ洩れの殺意的視線をマリアから浴びるが、残念かな、ロキには通じなかった。


 が、それに気付いていようともマリアは執拗に笑顔を見せてくる。同情できぬ笑顔だ。嫌悪感が剥き出し――その嫌悪感は先程ロキが引き取ることに決めたフィオナという少女に向けられている。


「ねぇねぇこの女の子、まーさか……誘拐してきたわけじゃないよねぇ?」


 聖術学院近郊に点在する喫茶店、《アリシア》。そこが待ち合わせの場所だった。


 幸いにも全員が揃ったわけではなかったようだ。ちなみに、この喫茶店で集合するのは、ロキとマリアを除いて、シグルーンだけだったか。ヴァレオは家業――すなわち食堂『ディリス』の手伝いとのこと。魔踏祭は無数の露店が出店する。『ディリス』もその一つらしい。連日大盛況を見せるとのことで、ヴァレオ曰く、家業の手伝いと魔踏祭との掛け持ちでこの四日間は地獄を見ることになるだろうと苦笑していた。クレオネラに関しては姉のアンセルと共に先に競技場へと赴いているとのことだ。


 だが、揃っていたメンバーが偶然マリアだったのは、残念ながら運が悪い。


 マリアが足を組みながら喫茶店の屋外テラスから威圧的な視線を向けてくる。彼女の周囲に存在する空気が瘴気を放っているかのように歪んでいる。何らかの術式が無意識に発動されようとしているのだ。――兎にも角にも否定の言葉は必要不可欠。誤解は解けねばならない。


「んなわけない。両者同意の上で引き取ることにした異論は認めない」

「語弊があります。あたしは誘拐されました。強引に身包みを剥がされそうになりました。どうか、救済を」

「何言ってやがるクソガキ。俺に濡れ衣を着せようとするなよ」


 もう、必死だった。このフィオナという少女、黙っていれば可憐だが、中身に至っては相当腹黒いようだ。白地のワンピースが逆立つ。スカートが捲れないように、しかしギリギリ見せつけるような体勢もまた彼女の腹黒さを表しているように思えた。


 さらっと、ロキに罪を着せるくらいには、あくどいのだろう。無論――フィオナの言動に過敏な程に反応したマリアは、全身の毛を逆立てて、お怒りモードである。フシャァァ!! と猫の威嚇の如く臨戦態勢を整えたマリア。猫パンチでの1つの済むだろうか。――だが、それは甘ったれた妄想に過ぎない。相手はマリア。猫パンチ? そんな柔な一撃で済むはずがない。


「ねぇ、お兄ちゃん。一分だけ猶予を上げるからその間に弁明してもいいよ?」

「弁明、ねぇ……。とりあえず、俺が無実であるのは事実。このフィオナ《クソガキ》が誰か氏らに追われている現場に遭遇した。表情からしてかなり緊迫していたから救出。騎士団に身を引き取ってもらおうとしたけど、当のフィオナはそれを断固拒否。……仕方がなく、俺が引き取ることにした。無論、このガキにも労働はしてもらうがな」

「……っていう感じで、いいのかな。え、と――フィオナちゃん?」


 馴れ馴れしく応答を願う。ブロンド髪の少女は一瞬、逡巡の表情を見せてから顔を上げた。


「ふぇぇぇ……ロキさんは大嘘吐きですぅ……。ここに連れてこられる前にあんな如何わしいことや、こんな破廉恥なことを……」


 ぶるぶると声と身体を震わせ、わざとらしい涙目で。この時点で、既にロキの背筋にツン、と冷や汗が迸る。刹那、マリアから放たれる衝撃は腹を抉って、ロキの意識を引きずり下ろそうとする。

 ドロップキックが腹部に直撃。喀血不可避、というか実際に吐血している。不憫な我が身を嘆きながらロキの意識は一度暗転した。







 視界に眩い光が焼き付く。痛烈な橙の陽光を遮るために庇を作る。蒼空が腕の即興的な庇から垣間見える。自分がどれ程の間、眠りについていたのか、見当も付かない。嫌な予感だけが妙に背筋を凍らせにくる。


「ようやく起きたようだね、ロキ君。改めて、おはようかな」

「全く、お早くなさそうだがな」


 ロキの頭上。覗き込むのはシグルーン。ヴァルキュリア家次期当主の少女だ。凛とした表情は、まさに女傑である。ともあれ、現状での時間間隔が掴めないロキはそのまま茫然と虚空に視線を泳がせていた。――と、そこで察したのか、


「大丈夫、魔踏祭開会式まではまだ時間があるよ。軽食は……」


 懐からサンドウィッチを取り出したシグルーン。


「察しが良すぎるな。胸からサンドウィッチが出てくるとは思わなかった」

「ちょっとした発想だよ。如何にしてサンドウィッチを渡す時に異性を驚かせられるか、というね」

「異性、っていうのが妙に強調されていたのは何故だ?」


 細かいことは気にせずにー、とさらっと受け流すシグルーン。故に詮索はやめておく。ロキはサンドウィッチを受け取り、頬張りながら、今更の疑問を思い出す。


「マリアと……あのブロンド髪のガキは知っているか、シグルーン?」

「ん? ――ああ、あの二人なら目の前に」

「目の前、――ああ、そういうわけか……」


 横たえたロキの眼前。――マリアとフィオナが二人して呉服店を見て回っている。あの二人、一体いつの間に仲良くなったのだろうか? 周囲との打ち解けやすさがマリアの素晴らしき点だ、とロキは自負している。それが起因しているのだろう。仲違いが生じるよりは断然仲睦まじい方がよろしいはずだ。仮に一時的に《・・・・》身柄を預かる身としてはありがたい。


「フィオナが安全ならば問題はないな。――そして、唐突に話の舵を取るが。俺は何故、お前の膝で横たえているんだ? 身に覚えはないのだが……」

「細かいことに気にしていたら人生損をするよ」

「それ、エルフのお前が言う台詞かよ……」


 呆れ気味に半目でシグルーンを見つめる。彼女の頬は僅かに紅を帯びている。羞恥心、或いは怒りによるものだろうか。何にせよ、深入りしても先程と同じく受け流されるだろう。だから、ロキは無言を貫いた。


「とりあえず……、もうそろそろ退こうか」


 ロキがサンドウィッチを平らげた後で、シグルーンが紅に染まった頬を隠すように横を向いた。恥ずかしいのなら、やらなければ良いものを。女心とはまさに複雑怪奇だ。


「済まんな」


 短く断りを入れて、ロキは起き上がった。若干立ちくらみがしたが、体が平衡感覚を戻すと同時に、慣れてきた。ロキは喫茶店、屋外テラスの正面にポツンと並んでいる長椅子で眠っていたようだ。背中がジンジンと痛むのは、長椅子が木製であるが為だ。クッションとして機能するはずがない長椅子で眠っていたら、身体が悲鳴を上げるのも無理はなかろう。


 身に纏った学院制服を整え、背後――シグルーンに手を差し伸べる。従順に手を取った彼女を引き上げる。


「とりあえず、もうそろそろ開会式も始まるだろ。店で賑わっている二人を連れて、会場に向かうとするか」


 そして、呉服店で肝心の服を決めかねている二人の少女を連れ戻そうとロキは店に潜った。ロキを察したのか、二人は一目散に寄ってくる。そして――、双方、子供のように。


「「ねぇねぇ! どっちの服が似合うかな!?」」


 呆れすぎてものも言えない。

 フィオナはともかく、マリアはれっきとした学院生だ。

 魔踏祭そっちのけで買い物に精を出せるその度胸と精神はロキには分かり得ない。

 とんだ呆れたものだ、と深い嘆息を吐く。


「てか、まずファッションセンスの欠片もない俺に服を選ばせるとか、何たる鬼畜の所業だよ……。ともかく、もう時間だし買い物はそこまで」

「「えー」」

「ほら、二人して落ち込まない、落ち込まない」


 半ば強引に二人の子供を、店内から引きずり出す。


「さて、急ぐとしよう。魔踏祭は開会式に遅れた時点で失格らしいからな。門前払いで恒例イベントを潰すのだけは勘弁だ」


 そして、四人は聖術学院へと歩き出す。

 若干駆け足交じりなのは、失格だけは免れたいという一心の表れか。


 ……念のためにフィオナの姿は、マリアが術式で不可視化しておいた。可視化の範囲を設定することにより、現状、フィオナの姿を視認できるのは、ロキ、マリア、シグルーンのみ、ということになる。


 駆け足は徐々に速度を上げていく。感情の昂り。祭典への意気込みを表すような地面への一蹴。


 常人よりも体力を持っているのだろうか、フィオナは息切れすることなく、ロキの後を追っている。ロキが半目で振り返れば、真剣な表情で駆けるフィオナが、ジッ、と睨みつけてくる。


 未だに先程の(誘拐染みた)身柄の保護について恨みつらみを抱いているのだろうな――睨む瞳に苦笑で返し、ロキは背後に手を差し伸べる。


 おずおずと、差しのべられた手を握り返すフィオナ。彼女の体温は氷のように凍てついていた。

 冷え性? だとしたら、治療が必要だな――と与太な思考が廻ったものの即座に振り払う。


 人の山で埋まった公国市街を三人プラス一人が疾駆する。石畳の床に激しく反発する革のブーツ。舞い上がる風が鼻梁を抜けていく。ツンとした涼しさ、或いは冷たさを肌に感じた。恐らく露店で氷菓でも売っているのだろう。今日のような真夏日には、清涼な飲食物がよく売れることだろう。一回戦を終えたら帰りにでも寄ってみるか――。


 思考が廻る、巡る。話の本筋とずれた方向に。

 本質を射ることのない私利私欲の考えに飲み込まれていた。

 また、それが迂闊だと、気付いた。が――気付くのが遅かったようだ。


 先程、感じたツンとした冷たさ。周囲まで目が届かなかったロキは気が付くには、数秒の思考の空隙を要した。

 ――いや、氷菓の露店なんて、存在しただろうか。

 もしかすると、もしかすると。


 ――あの冷たさは。


 ツンとした冷たさは、ゾクリと。背筋をなめるような不快な感触。ぶわっ、と汗腺が唐突に緩んだ。緊張感が勝手に解れた。

 その汗は、紛れもなく冷や汗。


 遅かった――そのことに気が付くと同時に。

 背後のフィオナが絶叫する。


「ロキさんッッ!! 真上――ですッ!!」


 警鐘のように彼女の声が木霊する。

 声までの遮断は不可能とされるマリアの術式。

 当然の如く、絶叫が公国市街に響き渡る。街行く人々の足が一瞬だが静止した。

 駄目だ――その場で止まってはならない! と警告を促そうとロキの喉が叫ぼうとした直前。



 ――空中でエネルギーが爆散した。







第47話 ワイルドカード







 黒紫の怪しげな光を纏った球状のエネルギーは爆発と共に無数の人々を弾きだした。

 圧倒的な威力。

 周囲のみが飲まれていく。

 そう――ただ、ロキを取り巻く周囲だけが。


「何が、あったの……」


 足を止めたシグルーンは絶句の後、何とか掠れた声を上げる。その顔に浮かぶのは、疑念と恐怖。前者の印象が優っている。


「人が、弾かれ……だけど、僕達は、無傷で、苦痛もなしに、このまま、立ち尽くすことができている……どうして……?」


 周囲で起きる怪現象も充分に恐怖を根付かせる要素だろう。だが、彼らは場合が場合だった。無傷の自分達にに何が起きているのか全く理解できぬまま。黒紫のエネルギー球が何の前触れもなしに消失した。


「くる…………」


 臨戦態勢と言わんばかりに身構えるフィオナ。

 ロキの腕を振り払い、皆の最前に現れる。


「また……あいつが……」


 気にかかるワードがロキの脳内で反芻される。


「……ねぇ、フィオナちゃん。――あいつらって、なに?」


 その疑問は緊縛した現場にて場違い極まりない問いだ。フィオナは応じない。応じる前に、“あいつ”なる者の存在を自分達の斜め上前方に浮遊している存在だと認識した。


 そして――その名を、フィオナの天敵なる女性の名を告げる。


「慈母星、フレイア・ディアノーグル……! この期に及んで、まだ、あたしを追って……」


 天空で仁王立ちする女性。扇情的な薄手の装束を見せびらかすようにして、フィオナを見下ろし、妖艶に、その姿を嘲笑した。


 ロキは、本能で察した。この女――只者ではない、と。


 ワイルドカードな追っ手の正体を目前とし、ロキは腰に差した魔導剣を引き抜いた。

 全ては先手を取るために。


 未だに、愚弄の視線を真下に送る女性――フレイア。その余裕は計り知れない。


 故に――ロキの脚は地を蹴り飛翔。

 中身の見えない嘲笑に剣戟を加えんと、神速をもってフレイアの懐へ。




 直後。ズゴォォォォォォォォォン!! と。




 剣閃が空気を震撼させ――炸裂した。


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