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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第三章 死神の魔踏祭
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第45話 Prologue Side:C/殺戮の深淵

第45話 Prologue Side:C/殺戮の深淵







※ ※ ※


或いは、喰らう賊と、賊を喰らう深淵と。


※ ※ ※







「――てなわけで、明日からの計画の確認だ」


 口火を切ったのは、禿頭、筋骨隆々な中年の男。黒縁の眼鏡を直す仕草を見せながら円卓を仕切る。ボロ布のような服装は、公国内で如何に目立たなくするか、という議論の末の結論であった。


「皆も心が疼いていることだろう? もう、半月も狩りができていない。喰らっていない。欲求不満も最高潮だ」


 ああ、そうだ! 異口同音に賛同するは、円卓を囲う者達。誰一人として同じ服装のものはいない。道化、商人、ギルド職員、狩人、貴族、罪人、政治家……。総勢、八人の円卓会議が誰にも邪魔されず、発見されぬ暗室に、蝋燭の光を灯して催されている。


 ただし、この場合――円卓に集うのは英雄ではない。だからといって罪人、咎人でもない。強いていうならば、捕食者。食物連鎖の頂点――その更に上を征く存在と形容すべきか。


「で、具体的にどーするん、アルファきゅん?」


 ボロ布の禿頭――アルファと呼ばれし男に、正面に向かい合って座している道化が話の進行を促す。青白い肌は、濃い化粧によるもの。瞳の筋にはセンスの欠片もない太陽と月の刺青が施されている。蒼空を思わせる眼球には“β《ベータ》”と刻まれている。


「ボクだってー、殺したくて殺したくて堪らないんだからー、話は手短にねー」

「まあ。そう焦るなよ。ベータ」


 道化――ベータの横で頬杖をつく寡黙な女性が制止する。散切りに刈った茶髪。その下にはくすんだ灰色の眼光が光る。胸と臀部を覆う肌着は簡素的かつ露出が多い。格闘用に軽量化されたが為だ。雰囲気と口調から『猫』という印象の少女だった。女性の体付きの割には武骨さが滲みでた胸部腹部。ヘソの右に烙印を刻まれたようにして“γ《ガンマ》”の紋章が明滅する。


「このガンマ様だって。耐えているんだ。だから。少し。頭冷やせ」


 へいへーい、とガンマの忠告を退屈げに聞き流すベータ、呆れたような深い溜息を吐くガンマとを横目に見て、円卓会議は再開される。夜が明ける前の業務連絡のようなものだ、早急に要件と行動の確認を済ませねばならない。


「では――、これから十六夜旅団、二文字ツインズ持ち《マギカ》による会議を始めるとしよう」


 全ては明日に控えた『祭典』がために。喰らうための『祭典』を祝福するために。――『我らが秘蹟に祝福あれ』その場に集った八人の奇人による密談が始まろうとしていた。


 十六夜旅団。

 全十六人で構成された殺人集団。公国ではもちろん、他国でも忌避すべき存在として恐れられている。


 だが、旅団員はありとあらゆる変装をなし人々の中に隠れているため、、見極めるのは困難。故に各国騎士団に連行されたことは今まで一度もない。


 加えて、彼らには秘蹟サクラメントと呼ばれる特殊な能力を所持している。生誕時から身体の一部に紋章が刻まれている。まあ、その紋章が発現する確率はほぼ零割。賭け事をした方がまだ確率は高いだろう。


 ――術式でたとえるならば、聖因子や魔力因子が作用しないまさに夢幻のような術式、人呼んで唯一無二の分類不能術式カテゴリーエラー固有ユニーク術式マギクスだろう。


 紋章として体の一部に刻まれた秘蹟は、使用者に超常的な力を与える。肉体的に、精神的に。また、秘蹟は多種多様な模様が存在しており、同じ紋章は二つ以上も顕現しないらしい。その点、固有術式の似たり寄ったりだ。

 ――しかし、秘蹟には対価とする行動が求められる。


「それが、使用者に猛烈な殺戮衝動をもたらす――、行く末にカニバリズムに埋没する域まで達した私共ですな。飢えた獣がなりふり構わず敵を喰らうことと同じで、今は、私共々飢えた獣に過ぎない。私共を抑止する勢力までも喰らって飢えを満たそうではないか」


 アルファの景気付けに一同が賛同奨励歓喜の声をあげる。外界と隔絶した結界内部での会議だ――空間に紛れ込んだが故に夜分でも目立つことはない。


 酒池肉林、ただし肉林は人肉。狂気じみた言動も十六夜旅団の中だったら至極当然な事象に過ぎなかった。


「ただし――、喰らうだけじゃ、楽しくなかろう。そこで、加えて二つの仕事をするとしよう。なに、私共、十六夜旅団にとって歯牙にもかけないような連中との殺し合いだ」


 殺し合い――そのフレーズに二文字ツインズ持ち《マギカ》一同は固唾を呑む。殺戮衝動が込み上がるのを、どうにか制止して、ベータが問うた。


「……で、その任務ってーのは、なーに?」

「一つは――始神司教への干渉、そして幹部との接触を頼む。もう一つは――察してくれると助かる」


 寡黙なガンマがニヤリと笑みを浮かべた。獰猛な獣の如く双眸で、アルファを見据えている。どうやら、察したようだ。


「成程。つまり。――魔踏祭への乱入。そして。バトってこい。ということか」


 ご名答、正解の合図とともに一同の雰囲気は最高潮に上り詰めた。まあ、本番は明日なのだが、これも景気付けのようなものだろう。


 賑やかな狂乱の円卓。夜が更けていくにつれて、彼らの血肉は厚く滾っていった。それはまさしく飢えた野獣の饗宴の如く光景だった。







「――時に、話は変わるが」


 絵具で塗り潰したかのような黒壇に染まった天蓋を見上げ、男は呟く。黒のローブに包まれた精悍な顔つきは朧月を見上げてながらに無表情を貫く。


 烏の濡れ羽色、とでもたとえるべき男の黒髪は、散髪された形跡がない。無造作に伸ばされたそれは獅子のタテガミの如く、外見に勇猛な印象を付与している。


 ――あくまで、外見の印象に過ぎないが。


「君は、秘蹟、について知っているか?」

「はっ、はははなしはそれだけかっ!?」


 激しく怯えるのは隆々な肉体美を放つ剣奴だ。肉体と相反し、惰弱さがありのまま表れている。腰に携えられていた大剣はいまや、手の届かぬ位置に弾き出されている。


 加えて、最悪なことに“文字通り”術中に嵌められてしまった。打つ手はなし。いくら、物理的防御に長けた身体であろうが、術による遠隔操作で五臓六腑を破裂させられれば一巻の終わりだ。


 故に。


(こここここのままじゃ、つ、詰みじゃねえかっ!)


 焦燥がために舌が上手く回らない。額に刻まれた“ι《イオタ》”の秘蹟が情けなく歪んでいる。手詰まりは承知だった。だが――抗わねばならない。


「だ、だったら俺は黙秘を貫くぜぇっ! 他をあたりな!」


 今更、そんなチンケな言い訳が通用するなんて考えていない。希望的観測に縋るしか最早道は残されていなかったのだ。


 まあ、結果論を述べるならば――“あくまで”希望に過ぎなかったのだが。


 ズシャリ。液体の飛び散る音があった。首筋。触れる。濡れる。月光が、照らす。てらてらてらと。どろどろどろと。ぐちょりぐちょりと珍妙な音を立てる。

動脈、静脈。

鼓動、動悸。

人の温み。

血。冷血。さい帯血。ボンベイブラッド。冷血。古血。末梢血。血糊。凝血。人血。鼻血。鮮血。血。血潮。生血。血汁。ブラッド。生き血。毒血。浄血。血行。血液循環。体液。液体。血の巡り。溢血。出血。内出血。血の気。貧血。血走る。充血。うっ血。血煙。血汐。造血。流血。黒血。紅血。

血。血血、血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血血――。ゲシュタルト崩壊不可避と言わんばかりに溢れかえる紅。

 

 恐る、恐る、剣奴――イオタは己の首筋に触れ、確かめる。受け止めがたい事実に。そして、ドクンドクンと鳴り響く鼓動を確かに感じ――痛覚が蘇る。


「があああああああああああああああああああああああ――――ッッ!!」


 絶叫が木霊する。公国の市街に広がる堅牢な石畳の上でイオタの巨躯が皮脂に悶える。否、悶えようとした。


 だが、生憎術式で封じられた四肢では足掻くことすらできなかった。意識が明滅し、遠ざかる。急激な体温低下と共に、眠気が彼の理性を蝕む。


 混沌とした視界の中で、ローブの男がしゃがみ込む姿を視認する。掠れ声すらも上げられなかったが。


「法螺吹きは生来忌み嫌っているのでね」


 ローブの奥で光る赤熱した双眸が、イオタを睨みつける。当のイオタとしては心臓が静止したかのような心地だった。地獄、まさにそう表現すべき。死神たるローブの男による処刑は既に最終段階へと突入していた。


「風の刃だけで容易に裂いてしまうとは……つくづく人間の体も細緻で勝つ軟弱な作りであるな。まあ――それ故に喰らいたくなるのも道理だが」

「喰らう……? アンタ、まさか、秘蹟の……!?」

「それに関しては、君――貴様と同じく黙秘であしらおう――と考えていたのだが、ちょうど気が変わったところだ。せいぜい、死語への入れ知恵としてとくと憶えておくが良い」


 見下すような口調に変換。ローブの男の唇が三日月状に歪んだ。世にも悪辣で下種な嘲笑。イオタの呵呵とした感情が込み上がるのも無理はなかった。


 しかし、場違い《シナリオ通り》の抗いは容易に己の命を消失させるだけだ。イオタには黙りこむしか道は開かれていなかった。嘲笑止まず、ついにローブの男が口を開く。


「――そうさ。始神司教、五賢司祭『仁星』こと、エディウス・ノーザスハイグは、秘蹟の使い手だ。――いや、そのフレーズだと語弊がありそうだな」


 言葉探しで数秒も不要。


「正式には、八つの秘蹟を狩った秘蹟使いだ」

「……、どうい――うッ!?」


 そこでちょうど二撃目が放たれた。

 風の一迅がイオタの首筋を撫で、そして断絶した。

 首が撥ね落ちた遺骸、その額から秘蹟が霧消する。


 そして、黒ローブの男は右腕に包まれた布を引き剥がす。


 既にその腕には七つの紋章――いわゆる秘蹟というやつが所狭しに刻まれている。それらの僅かな空隙を縫うように新たな紋章――“ι《イオタ》”が刻まれる。


 黒緑色の光を点滅させ、文字列で煩雑とした肌にかがる。


「長話は好きでない。私の癪に障ったのが運の尽きだったな、名も無き剣奴よ」


 じゅう、と焦げる音があった。

 ローブの男――エディウスは指一点に聖因子を込め、死体を焼き払っていた。焦げ臭さが風と共に流されてしまえば、土壌の肥やしとして利用すれども、異変に気付くものなどいるまい。


 彼は死体を完全に焼き払った後に、己のローブを脱ぐ。虚空に拡張。ローブで遺骸を包含した。風呂敷包みの中に死体を詰め込む。立つ鳥は跡を濁さずの道理に則った。ローブの奥は上半身半裸の状態だった。浮き出る引き締まった肉体は多くの女性を虜とするに違いない。


「さて、今日はもう遅い。――眠るとしよう」


 素っ頓狂な欠伸の後、エディウスは地面を一蹴し、天駆ける。僅かな月光が闇に溶け込む殺戮者を白銀に染めていた。その姿は、まさしく銀狼の如くだった。

次回投稿は明日か明後日です。

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