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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第二章 学院騒乱
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第42話 閑話・酒池肉林或いは

第42話です。閑話です。

第42話 閑話・酒池肉林或いは







「いや、まさか……あのマリアがな……」


 あり得ない――というのが、第一のロキの感想である。

 気が付けば、舌なめずりをして、桃源郷を覗きこんでいた。

 眼前の光景は夢か、それともうつつなのか。


 素晴らしきかな人生! と幸福に満ちた叫びを上げたいくらい気持ちが高まっている。実際叫んだところで、周囲から奇異の視線を浴びるだけなので止めておくが。


 朝日が蒼空を照らす時間となり、要件を済ませたロキは速やかに学院から帰宅。事前にクレオネラから”飯のことならマリア様が何とかしてくれる”と聞かされていたので、半信半疑に自宅のドアを開け、食卓へと視線を動かした。


 そうしたら、食卓に広がっていたのは、豪華絢爛なグルメのフルコース。それもプロ顔負けの。煌々としたエフェクトがロキの目線を光で満たす(あくまでもイメージ)。


「す、凄すぎる」


 絶句だった。絶品だった。逸品だった。

 あくまで、外観上は――の話だが。

 見掛け倒しは料理において常套句である。

 だが、当の料理人であるマリアの顔には自身の2文字が浮き上がっていた。


「ふっふっふっ……、わたしを見くびったら駄目だよロキ!」


 ビシッ! と人差し指をロキへと突き出したマリアは豪語する。

 尾長鶏の丸焼き、水牛の燻製、浅葱貝のソテー、瑞々葉の公国風サラダ……。何というバリエーション。食指を動かす逸品ばかりである。ああ、早く食べたい……!


「……おいおいマリア。こんな料理、一体いつ覚えたんだ?」

「さて? いつでしょーか?」


 嬉々とした表情でロキを見つめるマリアの瞳には幸せが溢れていた


。正直、飯よりも美味しい笑顔かもしれない。表情の表現に若干の補


正――誇張を加えてはいるが。


「とりあえず、食べようかロキ?」

「ああ、そうだな。――折角、作ってくれた料理なんだ。冷めない内


に美味しくいただこう」


 待っていました! と瞳をキラキラ輝かせたマリアの口元からは涎が滲み出ていた。少女としての品格が損なわれているような気がしなくもないがそれもまたマリアの仕様である。


 不意に。


 

 ぐぐぐぐぐぐぅぅぅぅ……、きゅるるるるる…………。


 

 と盛大にロキとマリアの腹が鳴る。それがおかしくて、2人は盛大に吹き出す。美味そうな飯の前において腹の虫は正直な反応を見せた。


 マリアの腹もなったということは――成程、マリアは料理をした挙句、俺が帰るのを待っていてくれたのか。――忠犬マリア公の優しさにロキ主人は感涙必至だった。


 食卓に向かい合うようにして座る。笑顔が絶えなかった。

 両手を顔の前で合わせる。食材とマリアに心を込めて。

 何より、腹が減った自分へと言い聞かせるように。


「「いただきますっ!」」


 公国の朝に元気な声が響き渡る。

 再び、公国に安寧とした日々が訪れた証拠だった。







 ――なーんて、幻想、夢に見ちゃったでしょ?


「!!??」


 突如、何の前触れもなく世界が暗転した。

 ロキは、独り、黒の世界に取り残された。


「一体何事だ!?」


 唐突とした出来事に思考が追いつかない。

 困惑で満ちていく心裏。いつからか、身体の震えが迸っていた。

 と、そんなときだった。


「ちょっとばかり、驚かせちゃったかな……?」


 背後から聞こえる声は、戸惑い混じりの疑問形であった。

 この声質は、一体いつ聞いたのが最後だっただろうか。

 割と昔だった気しかしなくてならない。

 ロキは振り返る――声の主は予想的中の人物。

 紫紺の髪を腰まで伸ばしている。白磁の肌は昔と劣らず純潔だ。 


「いいや全然驚いていないし、気にするな……そういえば、久しぶりだなローザ」

「もうそろそろ、私のことなんて忘れていると思ったわよ……」

「それが不思議なことに忘れないんだよな」


 彼の愛する人――ローザが女神の微笑みをロキへと向けていた。

 長い間対面せずとも、彼らは一途に互いを愛していた。


 どちらかが浮気をしても、もう一方が浮気相手を叩きのめす故に、絶対に浮気できないと思われるカップルランキング(IN 魔界)で堂々1位を獲得した恐夫恐妻コンビは前世でよくやったように手を取り合った。


 この流れで、舞踏したいところだが生憎、舞踏曲が流れない。無音だけが2人の間を通り抜ける。

 虚しさだけを胸に隠す。  


「その言い方、”忘れようとしても忘れられない”ってニュアンスで


聞こえる……。何か不愉快だな……」

「何が不愉快だっていうんだ? 俺は単に愛する人を忘れられないっ


て言っているだけだぞ? 不愉快だって言うなら忘れてあげなくもな


いが」

「……ロキ、あなた、昔と比べて結構変わったわね。軽い男になった気がする」


 あくまで個人差の範囲だろ、とテキトーな返事を返すロキ。数年も別人格として生きていれば性格の1つは変わってもおかしくないだろう、というのがロキの持論だ。


「ともあれ、久々の再会だ。乾杯でもしたい……とは思ったが、この


空間じゃさすがに酔えないか」

「そうだね。この暗黒空間はあくまで夢の中。現実で酔うことは不可


能だわ。それに――ロキが現実世界で酔ったとして、どの女にもてを


出しそうな気がするから自重しておくわ」

「おい、俺を節操なしにするな」


 ふふ、冗談よ、なんていたずらっぽく笑うローザもまた愛らしい。

 前世ではこの愛くるしい姿を1日中拝めたのだ。

 古き日の幸福に身を浸らせようとする。

 だが、それ以上に心を蝕む悔しさが滲み出てくる。


 ――できたならば、現実世界で愛撫してあげたかった。夢という仮想空間で収まる自分たちではないはずだ。とロキは自分に言い聞かせる。虚しさだけがこみ上げてくる。


 いつしか自分の無力をひしひしと感じ、唇を噛み締めていた。

 


「……また、過去の懺悔を繰り返しているの?」

「……、」


 また、ということはつまり、ローザは以前のロキも今と変わらぬ状態にあったことを知り得ているのだろうか。


 兎にも角にも唐突で返す言葉がない。図星だった。

 先程もクレオネラに同じことで注意されたのを思い出す。


 だが、これは簡単に治せる病、もとい呪いではない。

 まだ、しばらくはこの状態が続くはずだ。


「私に囚われないで欲しい」

「……、」

「ロキを縛り付ける足枷にはなりたくないの」

「そんなことはわかって」

「わかっていない。いいや、わかるのを怖がっている」


 ああ、そうだ。怖いのかもしれない。


 ローザが自らの足枷になることを怖がり拒む故に、ロキは強くなろうとした。足枷を飾りだけのものにするために。


 そうすれば、愛する人を足枷という枠に収めないで済むからだ。

 実際そのほうが気が楽になる。強くなれば、愛する人を救えて一石二鳥だ。


「強くなろうとして、自分の首を絞めるなら――ロキはそのままでいいよ。私のそばに居てくれるなら私はそれで構わない」

「俺だって……そうありたいよ……! だけど、強くなければ君を救うことは不可能だ。俺の勘がそう語っているんだ」


 強くなければ、釣り合わない。

 強くなければ、切り捨てられる。


 釣り合わないならば、また、強くなかったら、独りローザを置き去りにすることとなる。天高くそびえ立つ聖樹の最上階。世界を俯瞰する少女は磔にされているのだろう。

 独り、ローザが苦しむことは、ロキが許さない。

 たとえ、この身を鮮血で穢そうが――許容できぬ”世界”に立ち向かうだろう。


「俺は、俺に甘えることはない。首を絞めるしか無いんだ。強くなって、ローザを救うその日まで俺は今の俺で在り続けるよ」


 だから、その日まで。


 ――待てとは言わない。

 すぐにでも、辿り着いてやる――と熱のこもった決意を放つ。

 男たるもの、それだけで充分だ。蛇足を付け加えれば、言葉の価値が下がるのだから。


「やっぱり、どこまでも熱い男であることには変わりないんだね。私もほっとしたよ。まさか、内面が惰弱になっていたらって、ヒヤヒヤしていたよ。ロキの熱さに私は惚れているんだからさ」

「それは、ありがたいな。――無意識に熱くなれるあたりは、前世と変わっていないようだな。俺も安心したよ」

「だけど――」


 ぴと、とローザはロキの唇に右手人差し指の腹を当てる。

 そして。


 ――無理は禁物だわ。


 と、言い聞かせた。

 まるで悪ガキをなだめる母親の如く。

 ……それが最後だった。

 明滅する世界と共に、ロキの意識は覚醒した。







 ――……い。

 誰かが読んでいる。

 ――お……い。

 泥沼に引きずり込まれたような眠りから覚醒へと向かう。

 ――おーい! 

 なかなか、うるさいな。この声の人物を蹴り飛ばしたくなった。

 故に。


「ぐわばさっ!!?」


 予告通り、目前からの音源に膝蹴りをくらわせる。

 みっともない叫びと共に声の主が真後ろにぶっ飛んだ。

 そこで、完全完璧に意識覚醒。

 ロキは、自室のベッドに横たわっていた。

 そういえば、クレオネラと別れた後に帰宅してみると、マリアが絶賛ご就寝だったので二度寝をしたのだった。


「ふぁぁ……、おはよう」

「おはやくないよ、ロキ!? もう昼だよ!? お腹減ったよキシャ―!!」


 キシャ―!! とはなんぞや? きっと獣の威嚇だろう。

 ああ、いけない。マリアの奴空腹になると獣っぽい思考に切り替わるんだっけな。徐々に回転を始めるロキの思考回路の中でタスクが整理されていく。まずは、朝食兼昼食を作ってしまおう。


「なあ、マリア――昼食は何がいい?」

「パエリア!」

「ああそうか、パンか」

「いや違うけど!?」

「言っておくが、お前に拒否権はないからな」

「強引すぎるよ、ロキ!」


 寝ぼけ眼を擦りながら、ロキは食卓に無造作に置かれたバスケットからパンの一斤を取り出す。そして、キッチンに赴く。

 ふと。


「結局、夢オチか……。美味しいご飯、美味しい笑顔……」

「…………?」

 

 マリアがきょとんとした顔でこちらを見つめるが無視する。

 あの野郎、夢の中では美味な逸品を量産していたくせに。

 思い出すだけで涎が垂れ落ちそうだ。


 素晴らしきかな、空想世界。――、とトーストに塗るマーガリンを探しながら切実に思う。


 仮想世界を羨み、恨むロキ。いずれは、現実と乖離した空想あのせかいでスローライフを送りたいものだ、なんてイージーモード追求は止しておこう。酷な現実が心を鬱にするだけだ。


 瞳に滲む涙はトーストに挟まれた玉ねぎによるものだ、と定義付けてロキは、千篇一律、平和主義な生活へと帰還するのだった。


(だけど、一度はマリアの手料理を食べてみたい気がしなくもない……。もちろん、握り飯は除くが)

タイトルは見かけ倒しでしたの。

次回から新章入ります。

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