第33話 闇夜の少女の抗い
第33話です。よろしくお願いします。
「さすがに無理をし過ぎているよな……」
当たり前だ。立て続けに家族を拉致されたクレオネラである。ストレスに押し潰されないわけがない。
――彼女が倒れたのが【ディリス】であったことがだけが僥倖といったところか。
現在、5人は食堂【ディリス】の正反対、貸家【ペリドット】の最奥――ロキとマリアの部屋を訪れていた。気を失ったクレオネラを安静に眠らせるためである。
「別に移動しなくても、ぼくの家で寝かしておけばよかったんじゃない、かな?」
「まあ、それでもいいんだけどな……。彼女が、起きたときの反応が心配なんだよ――多分、起き出した矢先、両親と学院長、そして生徒会長を探しに単独行動しようとするはず。その動きを封じるには、多少手荒な行動になるかもしれないからな。――ほら、お前の家でそんな物騒な沙汰が起きてしまえば、客足減ってしまうだろ?」
いや、それはあくまで建前の理由でしかない。本音を言うならば、『この事件』を公に広めないことが目的だ。一見、それはあくまで学校側の本音に聞こえる。だが、この事件が表沙汰になったところで爆破犯の行動を急かしてしまう可能性がある。無駄な刺激は許されない――少なくとも明日まで。
「確かに、ね……。でも手荒って――具体的に何をするんだい?」
「念の為に、彼女が暴れだしたら、手足を封じる――電流でも流すかもしれない」
「……かなり雑だね。というか、手加減して……よ?」
ヴァレオを瞳が潤み、ロキを見上げた。子犬可愛い――不覚な雑念が一瞬、ロキの脳裏を通り過ぎた。
今のところ、クレオネラは部屋の広間に置かれたロキのベッドに寝かしている。決して、マリアと兼用だとは伝えない、伝えてはならない――そもそも、そんな些末事は場違いであろうが。
「で、クレオネラさんが目を醒ます前に、結論だけ纏め上げておこうか」
シグルーンがその場を仕切って、論考の場が再開する。
「さっき、マリアさんが言ったように、鏡と光が鍵じゃないか――という意見に賛同するとしよう。だけど、その意見だと自然に学院長室が標的から外される。――では、本題だよ」
「新たな標的がどこなのか、だよな」ロキの問いに無言で頷くシグルーン。
「えーと、記憶の限りで映してみたんだけど、どう?」マリアが手元の『硝子窓』に次々と映像を映していく。見事、映された像は細かなブレも許していなかった。学院の中で、部屋数は100近くあるはずだ。無論、見学に回っていない箇所は映せるわけがない――記憶が作用する術だからだ。
次々と写像を入れ替えていく。硝子窓から目を離さず、ロキ、シグルーン、ヴァレオはアテになる部屋を探す。刹那、輝く一室が視線に過る。
「待て、マリア――ストップだ」
「了解―」
「うーんと、4つくらい前の部屋じゃないかな……」
「あった! これだよ、これ!」
眺める――銀面で覆われた世界が、窓の向こうに広がっていた。
「聖術炉……だったか、これ」
「うん。聖術因子は“反射する光に集積しやすい”という性質を利用して全面が鏡でできていたんだと思う。――だけどさ、標的が光を反射することはあり得ないんじゃないかな……。そもそも、わたしは鏡が反射させた光の先に狙いがあるんじゃないかって思っていたんだよ?」
「ああ。それも理解の上だ。――だが、爆破犯が聖術炉を狙うのは、1つ動機があってもおかしくないかもしれない」
「動機……?」
逡巡。しかし、曇っていた表情を晴らしたヴァレオ。ロキの狙いを理解したらしい。
「つまりは、犯人が――聖術の膨大な力を欲している、ロキくんはそう言いたいんだね」
「確かに、道理に沿っているよ」
だけど、と補足を加えるシグルーン。
「マリアさんの考えも正論だよ。この際、狙いを1つに定めるよりも2つに分けた方が良策かもしれないね」
「じゃあ、ヴァレオ前衛でクレオネラを真ん中、後衛にマリアを置いて学院長室に向かうべきだな。俺とシグルーンで聖術炉に向かう」
「ちょっと待ってそれは早計だよお兄ちゃん!」
「何か、不備でもあったか?」
「むしろ、不備しかないよ! 聖術炉の方に重点を置いているんでしょ!?」
「こっちなら心配は要らないよ、マリアさん。2人で戦える。それよりも、学院長室に向かう面子の方を揃えるべきだと、僕は思うんだけどな」
「た、確かにそうだけど……、継承者同士……行動を共にするべきだって言われたでしょ?」
「さて何のことか?」
「しらばっくれないでよ……」
その上目遣いは罪だこの野郎わざとだろあざといぞ。
「心配なのは分かる。だけど、いざというときはお前が前に出なければならないんだ。それこそ、俺の命を預けるようなものだ。――だから、頼む。俺らの方もできるだけ迅速に事を収束させて、マリアの方に向かうからさ」
「……分かった。だけど、多分……学院長室に現れる奴は恐らく――わたしでも歯が立たないくらい強いと思う。今だって、嫌な寒気を感じるくらいに」
「大丈夫、それはただの風邪だ」
「すっぱりと否定された!?」
間髪入れずに突っ込まれた。だが、そうでもしなければ、彼女は緊張に硬直したまま身じろぎ一つできなくなるだろう。
「嫌な寒気なんて忘れておけ。お前は充分、強いんだ。俺が保証する。だから、怖がらなくていい。お前は、お前自身の力を見せるだけだ」
そして、ロキは彼女の頭を撫でる。念押しに「大丈夫だ」と言い聞かせるとようやく静かになった。
「やあやあ、シスコンお兄さん。妹を手懐けるのがお得意のようで」
「止めとけシグルーン。口調が別人だ、凛々しさが台無しだぞ?」
「いいなあ、ラブラブだね……」「おいこら、ヴァレオまで便乗するなよ?」
一旦の談笑で僅かばかり緊縛が解けた気がする――「さて」ロキは一息を吐き。
「こんな具合で、明日は戦うことにするぞ」談義の終止符は打たれ、返ってくる威勢の良い言葉が一室に響き渡った。深更に近づく夜空では一筋の流星が涙のように流れ落ちていった。
『そう言えば、あの『俺様』口調。どこかで聞いたことがあるかな……』
意識の深層で、『誰か』が頭を捻る。
『×××××を捨てたあの人も――確か』
いや、まさか。思い違いかもしれない。
きっと、被害妄想が過ぎたのだろう。そう割り切ることにする。
割り切った直後、再び闇夜に意識が呑み込まれる感覚が『誰か』を誘った――……。
第33話 闇夜の少女の抗い
クレオネラの意識が再び覚醒したのは、夜更けのベッドであった。
「っ……、わたくしは、今まで何を……?」
月明かりが彼女の周囲を照らした。
まず、視界に入ったのは――ベッドに寄り掛かるようにして寝息を立てたマリアだった。
徐々に、明かりに慣れていくとさらに全貌が明らかになっていく。
横に伸びたダイニングテーブルに突っ伏したヴァレオ。ソファに横たわるシグルーン。そして、平坦な床で片肘に頭を乗せたロキ。――そう、皆が会していた。
クレオネラは、穏やかな白光が差し込む窓辺へと体を起こした。
眼前に広がるのは――ユグドラシルの夜の喧騒。
昼夜問わず人の流れで多忙なこの街の姿に終始驚きを隠せない。
彼女は貴族、故に庶民の暮らす土地へ赴くことは非常に珍しかった。
ましてや、夜中など家訓の外出禁止令で身動きが封じられていた程だ。
――だが、今は、彼女を制止する家族が、いない。
「――助けに行かないと……!」
途端、彼女はベッドから跳ね起きようとする。
だが。
「――止めとけ、下手に動くと怪我をしかねない」
「!!??」
時すでに遅し、彼女の手首に微弱な紫電が迸る。
突然なる衝撃で、肩が震える。
「……だから、言っただろ?」
「言うのが遅すぎますわ! ……それに起きていたのですね」
ロキの瞳はいつの間にか開いていた。眼光が白の月光で煌めいている。
「念のためにお前を見張っておくことにしたんだ。ちなみにその術式は発動すると同時に俺の身体にも同じような反応が起こる仕組みだ。――つまり、俺は否が応でも起きざるを得なかった、というわけだ」
「自虐……ですわね。まさか、わたくしが勝手に行動を起こすことを踏んで、術をかけたんですの?」
「当たり前だろ。大体、俺もこんな術式あんまり使いたくないところなんだよ」
でしょうね、苦笑交じりにクレオネラは返した。しかし、次の瞬間彼女の表情は真摯そのものへと成り代わる。
「――身勝手だということは分かっています。だけど、わたくしは今すぐにでも家族を助けなければいけないんです。だから」
「術を解けと言いたいんだろう。無論、俺は断るが」
「では、僭越ですが……この術、打ち破って見せますわ」
バキリ、鎖がたわむような音と共に、ロキの術に干渉を図るクレオネラの術式。
だが、ロキにとってみれば結果など――予想の範疇だった。
「……! どうして、壊せないのかしら!?」
「当たり前だろ。だって――俺は聖術を使っていないんだ。聖術を壊す能力が効くわけがない」
「聖術を使っていない……? では、何を」
「魔導だな。まあ、テストには出ないだろうから覚えなくてもいいぞ」
「茶化しているのですか?」
「いや、全然。これ以上もない程に無表情無感情を貫いている」
それはそれで悲しいですわね、嘆息と共に吐かれた言葉には諦念の意が込められていた。
ゆらりとした力ない動きでロキは起き上がる。そして、ベッドの上に腰かける。2人して、窓辺に目を向ける。
「このままクレオネラだけで突撃したら、最悪の場合命の1つは愚か、お前の家族全員の命が奪われる可能性もある」
「それは……確かに否めないですわ。ですが……」
「今は待つのが賢明な判断だと思う。ここで狼狽え、判断を誤ると取り返しが付かなくなる。それに、時刻指定までもされて、お前は呼び出されたんだ。――きっと、何かしらの理由があるはず」
「理由って……、まさか、家族を皆殺しにした後――わたくしのことを」
「それは最悪だな……考えたくもない。というか、消極的過ぎるだろ」
「仕方ないですわ。人間誰しも危機的状況ではプラスな考え方などできるはずがないですわ」
「それは明らかに偏見だろ……」
不意に、クレオネラがロキの肩に寄り掛かる。
狼狽はなかった。肩に寄り掛かる少女の肩は、震えていた。
ああ、怖いのは分かっている――分かっていたい。
「――大丈夫だ。俺らで何とかして見せる」
「その一言、忘れませんわよ。約束です。破ったら針千本飲ましますわ」
「一体いつのお呪いだよ」微かな笑みを作って見せる。「だが、まあ約束は破れない性質だからな、俺」
「奇遇ですわね。わたくしも約束は必ず果たすタイプですわ」
「それじゃあ、約束をしよう」月明かりが白のシーツを輝かせている。雪のような彩を横目に誓おうか。
「俺は、お前――クレオネラの家族を助ける」
「わたくしは……みんなを信じて戦いますわ」
2人寄り添って誓約を交わす。
明日は、長く苛烈な一日になりそうだった。
『全く……、この安上がりな兵は警戒対象の内にも入らないよなぁ』
学院内を警備していた剣術部員は滅多打ちにされていた。
――ちなみに、身体的な外傷を負っているわけではない。
学院、中央棟。聖術炉へと向かう廊下にて。
『さあ、俺様の子機が仕上がったところで、俺様が表舞台に立つことは1回のみ』
出来として上々。鼻歌が洩れる程に陽気な表情。
ただし、目的は残虐、非人道である。
俺様口調の男――サテュアータ=デュートロンの裏には30を超えるその場凌ぎの『兵』が隊列を為している。心なしか、瞳に見られる正気が根こそぎ吸い取られているようだった。その中には、レスタ・キリングドールの姿が見受けられる。操られている――その例えが適切か。
『剣術部……だったか。まさに子機として操り甲斐のある人種だよ』
君も、そう思わないか? ――学院の廊下は静謐な漆黒に包まれている。だが、その奥から呼応の一声が届く。
『はい、あたくしもそう、思いますわ――サテュアータ様』
闇から月夜の光が照らす窓際へと歩み寄る少女の姿がそこにはあった。
『アハハッ! 君も操ってみると随分可愛いねぇ。一晩中、愛でてやりたいところだなあ』
『そのお言葉に感謝いたします、サテュアータ様』
恍惚で不気味に唇を三日月状に歪ますサテュアータに視線を置き、無表情でその動きを見据える少女。人形らしい――その形容がしっくりくる。容貌的には無論、一言一句、一挙一動がまさに操り人形であった。三つ編みの緑がかかった黒の髪は精密に整えられていた。そして、何より、服装が白のレース生地の、花嫁衣裳であることがサテュアータの興味と愛欲をそそる。
『それでは、参りましょう――我が主、サテュアータ・デュートロン様』
『ああッ! 我が一族の再興のために参ろうではないか――我が姫君、アンセル・セロージュよ』
そして、主の手を取る少女――アンセル。
改ざんされた彼女の記憶からは、既に『妹』の存在が抹消されていた。




