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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第二章 学院騒乱
32/50

第32話 暗躍する奇人

32話です。よろしくお願いします。

 教室では――また、1つ問題が起きていた。


「う、あ……、おじいさ、まが……」


 先程のランセルとは打って変わって困窮に陥っているのは、クレオネラ。床に伏して、大粒の涙を際限なく流している。お祖父様――というと学院長のことだろうか。兎にも角にも彼女の精神状態が不安定であることは目に見えていた。


「一体何があったんだ?」

「――クレオネラは、さっきの放送を見て、それから、ね」


 言葉を濁して伝えるのは、マリア。

 先の放送――レベリオンのものだと瞬時に察する。

 で、何故、彼女が微塵もなく哀れな姿で号哭するのか。


「……つまり、そういうことか」

「うん。レベリオンの爆破予告場所に、学院長室が含まれていたの」


 成程、道理でクレオネラが泣き叫ぶわけだ。だが、なりふり構わず、校内放送が流れる。緊急の下校指示だ。だが、このまま彼女を放っておくことはできない。自らの祖父が狙われたのだ――失意は大きく鳴り響く。


 他の生徒達は途端に帰路の用意を済ませ、教室から出て行く。取り残されたのは、5人だ。ロキ、マリア、シグルーン、ヴァレオ、そして――クレオネラ。


 静寂を打ち破ったのは、ヴァレオだ。


「まず、この場から離れよう。そうだな、ぼくの家だったらゆっくり話ができるかもしれない」

「そうだね。まあ、僕達に残された時間は少ないようだけど」

「ああ――その言い様だと、もう既に選択は決まっているようだな」


 うん、と同時に頷くヴァレオ、シグルーン。無論、ロキも賛同することとする。


「もちろん、わたしも忘れないでね!」

「――みなさん、また……前と同じように……」


 手を差し伸べるマリア。しかし、その手を取ろうとしたクレオネラの靭やかで、白磁の手腕は僅かに震えていた。再び、誰かに手を差し伸べてもらった――自分の無力さを嘆きたいのだろうが、その暇はないし、無力を悲嘆しようが、現状は維持されたままだ。


 だから、彼らは手を差し伸べる。あくまで、未来を変革するために。


「今は、俺らがお前のために動こう。嘆くのは、その後だ」


 声と同時、マリアはクレオネラの手を取り、握る。

 弱々しかった力で握り返される。

 さて、方向性は固まった。――決して、この事件が他人事ではなくなった。


『戦うべき理由があるなら、誰しも奮迅せねばならない』


 確か、この言葉も先代魔王直伝のお言葉だったな……、と場違いな過去を思い出す。

 だが、そんな格言に頼る程、ロキの中で魔王への忠誠心は計り知れないものだったのかもしれない。







第32話 暗躍する奇人







『まさか、俺様の計略を知る奴なんか居るわけがないよなぁ……?』


 どこかで『誰か』が嘲笑う。通信用聖術ごしに肯定のみを求めてくる。


「ええ。貴方の考えは見事です。――目的の達成は確実と見込めます」


 応え敬いの意を示す少女は、学院の最奥――中央棟最上階、生徒会室から逃げ惑う生徒たちを俯瞰していた。薄茶の革製ソファに腰掛け、監視下にある少女はあくまで平静を装っていた。蟻の如く逃避する者共を憐れみの視線で捉えている。身動ぎの一つでもしてみせろ、彼女の首は両断されるに違いない。


『君もつくづく罪な女だ。何せ、この俺様の執行に付き従うのだから』

「貴方を畏怖し、畏敬した結果です」

『――ハハッ。言っておくが、建前の敬意など不要だぞ?』


 ああ、虚構の敬いだ。少女は、唇を噛みしめる。

 残虐な主従関係に充分に怒りを隠せていないようだった。

 失態。だが、形成を立て直す。


「それで、次はどこを狙いましょう?」

『ああ、そうだな――少しばかり、“下”の連中を動かすとしよう』 


 カハッ! と絡みつく嗜虐の口調で『誰か』は告げる。


『狙いは――生徒会室だ』

「!? ――何の冗談で――――!!」


 突如、少女の体が、真上に飛び上がる。

 ジグジグ……と足元から恐怖の時の刻みが木霊する。

 既に爆破のカウントダウンは始まっていた。


 ――まずい、まずいまずいまずいまずい!! 


 少女は、飛び上がった直後、真後ろの前開き扉に手を掛ける。

 すぐさま、脱出せねばならない。取っ手を乱雑に掻き回す。

 だが。無慈悲に、扉は開かれない。


「――!? 何で、何で!!??」

『アハハッ! どうだい、俺様に裏切られた感想は?』


 これも全て計略下であったとでも言いたいのか。


「騙された……のですね、あたくしは」

「酷い言い掛かりだなぁ。君は元々俺様の実験台モルモットでしかなかったのだよ。君もこの結末を予め想定した上で――賭けに踊り出たんだろう?」

「――! ですが!」

『ですが、何だい?』


 言葉が出なかった。大蛇の如く絡みつく『誰か』の一言一句に吐き気が催される。

 寒気がした。物理的に、精神的に凍傷するような、凍えるような感覚。

 揺蕩う意識に気が付き、少女は、目を閉じまいと意識を断続させる。


『全く、姉妹愛故の突発的な行動とは、何とも哀れだ。俺様には分かり得ないな』

「別に、分かってもらいたくないですわ」

『クハハ、言葉が棘棘しいなぁ。いいよ、もっと刺を向けろ、罵倒しろ。まあ、俺様には快楽しか伝わってこないがな』


 その快楽とは、勝者故のものか、罵倒故のものか。


 ――ああ、後者だったら悍ましい。


「で、あたくしを人質にとったところで何をするつもりでしょうか?」

『話が早くて助かるよ、生徒会長さん。そうだ、俺様の論旨は実に簡単。セロージュ家の財産の受け渡しを要請する。拒否したら、君を爆殺するよ、アンセル・セロージュ』

「!? ――いったい、何のつもりです!? あたくし達の財物を剥奪したところで貴方に何の利益がもたらされるのですか!?」


 そもそも。


「貴方は、一体何者ですの!?」


 狂乱と嘆きの込められた疑問に薄笑いを浮かべた『誰か』は淡々と、冷酷に答えを告げる。


『俺様は、サテュアータ=デュートロン。禁忌の魔女を生み出し、公国から追放された没落貴族だ。さて、ここまで言えば、鈍感な君でも俺様の被る収益について、理解できるよねぇ』


 トグロを巻いた蛇――サテュアータ=デュートロン。

 その家名に少女は一種の恐怖を抱いた。


 デュートロン家。10年前まで、公国で1,2を争う財貨の保有家であり、権力に関しては、全世界を揺るがすに等しい程の家系であった。だが、家系に『魔女』と呼ばれる種の子息が誕生したため、ユグドラシルから永久追放されたのだった。


 何故、これ程まで魔女が忌避される存在であるか。 

 その理由は、かつて世界を蹂躙した『復讐の魔女』にある。


『魔王を失った哀しみが憎しみへと転化し、復讐に成り代わる。そして、魔女は世界を滅ぼそうと粉塵したのだろうなぁ……。まあ、敢え無く第二の勇者によって封印されたのだが』


 だが、月日が経ち――デュートロン家の子息に魔女が宿った。


『悲しいかな。俺様達一族は国から追放されて、今は辺境で隠れ身だ』

「それは、お気の毒で」

『クハハハハッッ、身にもない慈悲には侮蔑の意すら湧かないよ』

「で、貴族としての地位を失った眷属は、古来から貴族として安定した地位に就くセロージュ家から財を強奪しよう、というわけですか」


 幼稚な考えだ――そう思った矢先、「いいや、違う」とサテュアータはことごとく否定を重ねる。

 加えて、所述する。


『俺様は、財貨を奪った挙句、セロージュ家に罪を擦り付ける方針だ。この事件に関する証人を皆無とした上で君等の一族を滅ぼし、デュートロン家を再興する』

「――巫山戯ないでください!!」


 憤怒の堤防が決壊し、瀑布の如く、激怒が濁流となって流れ出る。


「あたくしたちには罪など無い!」

『ああ、そうだ。罪なんか関係ない』

「何故、あたくし達が標的になる!?」

『君が学院長の次の権威だからさ』

「こんなの理不尽よ! そう、筋違いよ! 出鱈目で無茶苦茶、滅茶滅茶であって非合法! 異常! 失当! 糞味噌! 言語道断で、沙汰の限りよ!!」

『アハハッッ! 狂っている。君は狂っている! 僕も狂っている! そう――狂っているッ!!』


 暴虐。惨たらしい罵詈雑言は、サテュアータの目の前では治癒薬と等しい。

 おかしい、可怪しい、可笑しい、犯しい、オカシイ。


「貴方……、自分の罪の限り、報われていないようですね……!」


 収まらぬ怒りが圧殺の言の葉を紡ぐ。


『アア、報われない。報われようもない。何せ、神から見放され、魔女に魅入られたんだ。報われ用もない一族、報いようのない俺様。そして、報われるして生まれた魔女。ああ、憎い、憎たらしい。あの魔女が憎たらしい。我が妹として誕生してしまった――あの妹が憎たらしい。憎たらしくて悍ましい』


 ――実に報われぬ男だ。


 総評の言葉を噛み殺し、これ以上の会話は無意味だと判断。

 少女は通信用聖術の回線を切断。術の解除。

 部屋の隅、暗がりに座り込み、両脚を畳む。

 こぢんまりとした姿勢で、小刻みに震える少女があった。


 生徒会室は、公国を一望できる強化ガラスの面に向かって、脚に龍の文様が刻まれた応接の文机と革のソファが並んでいる。陽光が差し込む表舞台から離れてみれば、暗弱な光のみの隅がある。光と闇で埋め尽くされた世界で、少女は闇に縮こまる。恐怖を噛み殺し、助けを求むため、通信用聖術を展開。だが、回線が繋がらない。事前に術を封じられてしまったのだろう。


 行く宛もない。どん詰まりな状況下で――一縷の涙が頬を伝う。


「ごめんね……クレオ」


 彼の妹の名を呟くと同時に、一滴が薄暗いタイル床へと零れ落ちた。







『滑稽だ』


『実に滑稽』


『誰も俺様の』


『意図を無理解』


 ――まあ、それもそうだろうなぁ。

 あからさまに答えを出せる程に、世界は柔な作りじゃない。


『俺様は権威を欲す』


『俺様は地位を欲す』


『俺様は財産を欲す』


『俺様は圧倒を欲す』


『俺様は俺様を欲す』


 欲す、欲す、欲す、欲す、欲す。

 何もかもが俺様の手中にある。

 何せ、俺様はデュートロン家の末裔。

 魔女殺しの先駆け――絶大な『チカラ』を求める。


 ああ、ユグドラシルの神、グランよ。

 我に祝福を。

 神に報われぬ、我に祝福を。

 嗜虐の魔女に、制裁あれ。


『聖術の回路を起動せよ』


『それ故に欠如なく必要となる膨大なる源泉を――』


『神グランに捧げよう』







「先程の予告に不審点が感じられたような気がするのだが」

「……それはつまり、どういうことですの……?」

「爆破犯の狙いについて、動機がなっていない」

「動機がないのなら、衝動的に爆破行為に走ったとでも言うの、お兄ちゃん?」

「それも一理ある。だけど、更に別の意向がある可能性も示唆できる」


 例えば、君が目的物を爆破するならば、その目的は何であろうか。

 怨嗟による復讐か。ただ単に衝動的か、それとも目的物を爆破することで報酬が貰えるからか。

 理由は様々。――だが、何かしらの目的をもって爆破へと至っている場合が殆どだ。

 ならば、衝動的なケースである可能性は低下する。 

 無論、あくまでロキの考えであるが。


 食堂【ディリス】に会した5人は、爆破予告への考察を立てている最中だった。

 窓際の席故に、外が徐々に漆黒と人工灯で照らされていくのを横目に映しながら。

 あわよくば、クレオネラの祖父である学院長を救出しようという考えだ。


「じゃあ、ロキくん。何が不審点なの?」

「……ヒントがあからさま過ぎるんだ。Rebellionの刻印が爆破予告地点ねぇ……」

「確かに。それじゃあ答えを見せびらかしているのと同じかもしれないね」


 肯定の意としてシグルーンは頷いた。


「だけど、それじゃあ他に手掛かりとか共通点は?」

「それが分かれば苦労しないよ、シグルーン君」当然のマリアの発言に苦笑するシグルーン。


 そして、沈黙が訪れる。

 手掛かりは僅少。


 予告地の、共通点は? 相違点は? 関連性は? 背景に隠された意図は? そこを爆破させる意味は? そもそも爆破予告地点は間違っていないのか?


「――ん? あれ、可怪しいな……?」


 鎮静を打ち破ったのは、マリアだった。首を傾げながら、意味深な呟きを漏らし


「……なにか勘付いたか?」

「う、ん。――まあ、単なる偶然かもしれないけど」


 彼女が目線の先においたのは、手元の『硝子窓』。グラスのコースターと似ついたソレに聖術を送り込み、記憶と干渉。窓に移されたのは、爆破予告地点の画像。画質が鮮明であるということと記憶の鮮度は比例する。前世から記憶能力に長けていたマリアである。これくらいの所業など平易容易の朝飯前である。


「みんな、コレ――見て欲しいんだけど」


 手元の窓に映されていた画像を左へと払う。

 人工灯の橙と夜の黒とで染め上げられた夜景に上塗りするように大窓へと画像が移転する。


「Rebellion――確か叛逆の意味の古代語だったかな。その刻印が刻まれているのは確かだよね。だから、その点には触れないよ」


 問題は異同についてだ――当然のことだ、反応は不要。

「鏡がミソかな――なんて思ったんだけど、どうかな?」

 同意を求めるマリアの声に、一同の動きが固まる。

 予告された10箇所の特徴は。


 ――書庫(爆破済み)、破砕された衣装鏡と、Rebellionの刻印。


 ――西棟・大講義室(爆破済み)、古時計(振り子の部分が反射鏡)、Rebellionの刻印。


 ――中央棟・フロント、大理石のカウンター、Rebellionの刻印。


 ――南棟・聖術実験室、反射炉(50分の1スケール)、Rebellionの刻印。


 ――北棟……。――東棟……。――大聖堂……。――西棟……と比較的内容の乏しい箇所が挙げられていく。そして。


「中央棟、最上階――学院長室。Rebellionの刻印……のみ?」

「うん。――学院長室だけ特徴がただ1つなの」


 マリアの首肯に、クレオネラは若干表情を明るくする。

「ということは、お祖父様は狙われていないのですね!?」

「……残念だけど、そうとは限らないよ」


 苦渋の表情でマリアが答えると、再びクレオネラの表情が陰る。


「もしかすると、『仲間外れ』として割り当てられて、集中的に攻撃を加えられるかもしれないし」

「……何にせよ、まだ、安心できるような推理にまで達していないということか」


 言葉を噛み締めたロキは惑いに顔を歪ませている。


「――だが、何で『鏡がミソだ』なんて言えたんだ、マリア? 全ての部屋に鏡が配置されているわけじゃなかろうに」

「……あくまでも推測だけど。例えば、書庫の衣装鏡。例えば、大講義室の古時計の振り子。例えば、大理石のカウンター。例えば、大聖堂のステンドグラス――」

「! ――そういうことなのか!」何かを勘付いたようにヴァレオが獣耳をピンと直立させる。「それらは全て光を反射させることができる!」

「つまり……、Rebellionの刻印があるから爆破されるのではなく、また『鏡』があるから爆破されるのではないということかな。そして――光の道筋が道標となるのかな」

「ご名答だね、シグルーン君、ヴァレオ君」

「成程、技工の掛かったトリックだと捉えられるな。この仕掛けなら簡単に解ける者もいないと爆破犯は踏んだのだろうな」


 だが、未だに残る課題がある。


 ――もし、学院長室が狙われなかったとして、犯人は何を狙っているのか。


 その論へと突入しようとした最中である。


 クレオネラの眼前で、通信用聖術が展開される。

 セロージュ家からの通信――映像添付のものである。


 そして――画面に映った一通の予告状に目を通したクレオネラは。

 全身を硬直させた――額から流れ出る脂汗だけが彼女の冒された絶望を露わにしている。


「? ――何があったんだ?」


 機微な変化にロキは察し、回線が繋がっている聖術の画面に目を通す。


 そして。――嘆く。



「――一体、何がどうなっているんだよッッ……!」



『予告状。

 アンセル・セロージュ 

 オヨビ 

 セロージュ 本家(クレオネラ 除く) ノ 身柄 ハ 拘束シタ

 返還 求ムナラバ セロージュ ノ 財貨 全テ ヲ 俺様 ニ

 受ケ渡セ

 期日 ハ 明日 ノ 昼Ⅲノ刻 ニ 生徒会室 ヘ 赴ケ』



 短絡的な片言だが、充分な狂気に満ちた、至極平坦な文字の羅列がクレオネラの理性を尽く剥奪した。

 クレオネラの意識が途絶えたのはこの直後であった。




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