第31話 唐突ナル襲撃者
31話です。よろしくお願いします。
済まない――俺がこのむさ苦しい男衆に囲まれている理由を誰か教えてくれ。
心の中の懇願は風とともに去りぬ。
丈夫そうな筋骨隆々ボディがロキの眼前に立ちはだかり、その体を挟んでいた。数にして3人。熱苦しい、春爛漫が真夏へと様変わりしている。
日付は代わり、週の初め。クラスに入ると、複雑な視線を向けられて気が付く。――何故か、ロキは男共に囲まれ、嫌な汗を掻いていた。
「えーと、貴方達は――何方でして?」
蒸れて群れるロキの真後ろ、清楚系少女、クレオネラは内心の困惑を思わず口に出した。
すると、男衆3人は彼女の方へ振り返り、巨躯ながら、俊敏とした動きで歩み寄る。
一連の動作に、思わずクレオネラの目が丸くなる。男達は列の揃った集団行動から、一斉に片膝立ち、俯いていた顔をカッ! と上げて、目を極限まで開く。血走る程見開かれた双眸、厳つい顔とマッチして――鬼の形相である。清楚系少女涙目である。
だが、そんなこといざ知らず、男衆の1人、禿頭の者が名乗る。
「済まない! 自己紹介を忘れてしまった! 我等は剣術部! ロキ=レイヴァーテイン殿に入部の勧誘をしに来た」
「――って、それをクレオネラさんに向かって伝えてどうするの……、彼女がとばっちり受けているよ、今にも泣きそうだよ」
いつの間にかロキの背中に潜んでいたマリアまでもが震えていた。一体、いつ潜り込んだのだろうか、この妹は。ロキは、3人の巨体よりも1人の愛が重すぎる妹の方に狂気を感じていた。が、日常茶飯事なので、スルーしておく。
「――残念ですが、俺は部活に入る気はさらさらありません。そもそも、どうして俺を勧誘になんか」
「先日の君の戦いを観ていたから、さ」
必死に男衆を振り撒く言い訳が咄嗟に思い浮かぶも虚しく、落ち着いた様子で答える声があった。
「やあ、ロキ=レイヴァーテイン君。僕の弟の始末に感謝するよ」
クラスの出入り扉に背をもたれる青年の姿があった。金髪でスラっと伸びた長身の細身。彼の言葉から察する。
「サイシス・キリングドールの兄、といったところですか」
「ご名答だ、1年主席君――僕はレスタ・キリングドール。5年生、剣術部の主将だ。弟の無礼に関して今一度謝罪致そう――誠に済まなかった」
深々と礼をする青年、レスタ・キリングドール。
別に身内、それも弟の犯した一件に彼が謝ることではないはず。それに決闘まで縺れ込んでしまうことを未然に防げなかった自分にも同罪がある。瞬時に思い浮かぶが、反論したところで眼前の謝罪を否定することとなってしまう――複雑な気分で謝罪を見届ける。
「こちらも、同罪です。サイシスの決闘の申し出を断っていれば良かったものの安直な考えで受けることにしたのは自分です。――申し訳ありませんでした」
レスタという目上の人間に、慣れない敬語での謝罪を済ませるロキ。決闘直後にはなかった罪悪感が今更のように込み上げてくる。
互いに礼を済ませた後、話が切り替わる。
「で、部活勧誘の話に戻しましょうか、レスタ先輩」
「ああ、そうしよう。とは言っても僕からは唯一つ――剣術部に入部して欲しいとしか言わないんだけど」
でしょうね、そのための勧誘なのだろうし。
あえて口には出さぬ本心。無闇に発言したところで敵を増やしてしまっては今後の学園生活、いや、それ以降――ローザ救出の際にも支障を来す場合も無きにしもあらず。ここは、穏便に事を済ませなければならないし、それに――入部といえば、既に確定事項。大昔に決めてあった――約束があった。
「俺は、別の部活に入る予定なので、誘いについては丁重にお断りします」
「ほう……、そうか。ならば、構わないな」
意味ありげに、頷くレスタを怪訝に思い、ロキは首を傾げた。何か、おかしな事を口走ってしまっただろうか――最善の判断に不慮が生じていたのか、と不安な気持ちが掻き立てられる。だが、その感情は杞憂だった。
「参考として、一応聞かせてもらうけど……君が入る部活は何だい?」
「ああ、それはですね――実のところ、俺の友達が作る、新設の部活なんです。名称はまだ未定です」
「それは、それは。ならば、断られる理由もはっきりしていたわけだ。僕は身を引くとしよう」
どうやら、俺の断りを受け入れてくれるらしい。安堵の息が漏れてしまうのも無理は無い。
「では、俺は授業の準備があるので、失礼します」
その場から逃げるために、ベタな決まり文句で切り抜ける。背中から胴に絡みついてきたマリアと共に男衆に絡まれたクレオネラを引っ張りあげる。足早に3人はクラスの奥、ロキの座席へと足を運ぼうとした。
不意に舌打ちを耳にした気がした。だが、そんな些細な事、気にする必要など無かった。
面倒事は比較的避けるつもりだ。
無理に手助けして、いや、手助けしたふりして厄介事に巻き込まれるのは好ましくない。
たとえ、世界を救った――実際は救った気になっていた勇者でも好き好んで戦いに身を投じる訳ではなかろう。人が良すぎる性格は、時に自分の首を絞める。誰かを救う気なら、自分を犠牲にする覚悟が無ければならない。
「って、魔王候補が勇者を語って、何になるんだっていうんだ……」
危うく前世の記憶がフラッシュバックされるところだった。とんだ苦虫を噛み潰してしまった。嫌な思いをしてしまうなら、過去なんて、忌々しき勇者との記憶なんて――忘れてしまえば、いいのに。無かったことにしてしまえば……。
「全く、なんで昔に囚われているんだよ、俺」
想起されるのは、愛し人。――失くしてしまった、愛そのもの。
歯を食い縛る。忘れろ、忘れろ、今だけは。あくまでも平静を装って彼は席に着いた。ぐったりと手足を放り出し、脱力する。いつになく、疲れが溜まっているような気がした。
「やあ、ロキ君。いつにも増して疲れているようだね。――目の下にクマが!? 一体何があったの!?」
遅れて参上仕ったシグルーンが白金の髪を揺らしながらあわわ……、と驚愕の表情を曝け出していた。
「なに、心配はいらない。ただ、朝っぱらからむさ苦しい思いをするのは、もう懲り懲りだ」
嘘っぱちな苦言を躊躇なく漏らして、机に突っ伏すロキ。
過去については誰かに離したところで無駄だ。
かつて人間の敵と見做されていた魔族の前世など教えたところでロキ側に不利益を被るだろう。――まあ、それは最悪の事態であって、普通ならば、『前世? そんなオカルトチックなお伽話を信じているの?』と笑われかねない。
――精神的には後者の方が傷つく。
「あ、あのー、ロキくん? 寝ちゃったのかな」
おまけに白犬少年、ヴァレオの心配症な震え声までも耳にした。が、意識は深い闇へと飲み込まれていく――泥沼の底へ引きずり込まれる……、と体感した時。
事態は、突然に。
ドグオォォォォォォォォォォォォォン!! と地鳴りをも引き起こすような盛大な爆裂音が、炸裂。
第31話 唐突ナル襲撃者
途端、驚きにロキの意識は再覚醒する。
クラスが騒然となる。
爆音、その間の静寂。
が、刹那、その場が騒然となる。
まずは、驚き、慄き――泣く者あれば、怯える者もある。が、実のところ全員の生徒がその場で立ち尽くしていた。動くことができなかった。
金縛りという現象に似たことが今、このクラスで――いや、恐らくこの学院全体で発生していることだろう。
だが、慣れが生じているのなら、咄嗟にその身体が適応し、即座に行動を開始してもおかしくない。何故なら、現に――ロキ=レイヴァーテインが地面を蹴って疾風迅雷なる一歩を踏み出したのだから。
(全く……予備知識とはいえども、敵の奇襲への対処法は覚えておいて正解だったな)
予備知識というよりかは、反射に近い。つまり、本能的な行動、ということだ。突然の、彼の動きに周囲は怪訝そうな表情を浮かべる。
マリアやシグルーンが驚きと共に肩をピクリ、と震わせたのを一瞥。おかしいな、爆発では動じていなかったはずなのに……。
断片的な事柄を拭い取る。何故、彼は走るのか――その理由は前世のみぞ知り、ロキの最期に帰結する。
二度と、誰かを。失いたくない。
現状、魔族の仲間を殺戮され、ローザを失った身である彼にとって、掛け替えの無いモノを失くしたくない想いはいっそう高まっていた。
(マリア、シグルーン、ヴァレオ、そしてクレオネラもだ。誰かを失ったところで俺は変わっていないことになるんだ)
ロキとして、ルキフェル=セラフィームが果たせなかった願いを、望みを叶えなければならない。もう、2度とやり直しの効かない世界で、彼は生き抜く限り、最善の選択肢を迫られ続ける。その度に、選択を謝ることを許されない。だから――。
「俺は、戦わなければならない。失わないために、そして大切なモノを取り返すために……!」
学院の廊下は喧騒に満ちていた。先程の騒動が原因だろう。だが、なりふりに構ってはいられなかった。人の山を駆け抜ける。
鋭い眼光には熱気と殺意が含まれ、鋭利なナイフを思わせる煌めきを放っていた。華麗でいて、俊敏なステップで人垣を切り抜ける。
進める者にのみ、道は開かれん――そう言わんばかりに、自然に通るべき隙間が生じる。断片的にできた光を頼りに、ロキは屈んだ姿勢で前進する。駆け抜ける。
人垣は終わりを迎えること無く連々としていた。確認のため、ロキは頭上を見上げた。黒煙が狼煙の如く立ち込めている。煙が直立して伸びているため、無風であることに気が付く。消火には時間がかからないだろう。学院の聖術技術を加味すれば、早くて授業開始前に焰は消し止められるだろう。
人の群がりから僅かに弱まる焰が垣間見える。南棟、中央棟の裏が出火場所だった。覚えて間もない学院の敷地についての浅い知識から、その場所が書庫だと断定する。
松明の1本もあれば、焔が勢力を増すのも無理はないと思われる。この場合、松明ではなく聖術を使って、燃やされたのだろう。
明らかな事件である。
故意で悪質。
書庫は当たり前だが、火気厳禁だ。が、そんなことお構いなく火の術を発動してしまうあたり事故である危険性は極めて低い。
――張り巡らされた脳内考察から、一応の曖昧な結論を出す。と同時に、虚空からくすんだ、男のものとも女ものとも言えない音声が鳴り響く。
『アハハ、俺様のショーは楽しんでくれたかな?』
酷く、奇怪な声だったと思う。人の声とは思えない高音はイントネーションが狂っていた。何とか声の域に留まっているような『騒音』だったのだ。
「ったく……何を考えていやがる」
チッ、という軽い舌打ちは場の喧騒――怒気による狂気によって掻き消されていた。
「何がショーだ!」「俺様気取りとか笑止」「こんなの楽しいわけ無いでしょ!?」「誰か、この男を始末しろ!」「ウワァァン、巫山戯ないでよ!」……。
泣き出す者、罵詈雑言を放つ者、憤怒のまま叫ぶ者。対応は様々。そうでもしていないと、感覚と感情が崩壊しかねないのだろう。現にロキも唇を噛み、音源――空中に発動した通信用聖術のパネルを睨みつけているのだから。
『悲鳴は、俺様にとって悦びの1つだからなあ。どんどん罵るがいいよ。で、話を本題に移そう』
刹那、空気が静寂する。気持ちの悪い寒気がこの場を覆う。まるで、何かが起こる前兆のように――。そして、パネルの向こう側から非生命的な音声が響き渡る。
『これから、学院を爆破していく。いつ、どこの教室が火元となるか、それは不規則だ。だが、火元となる場所にはヒントを用意しておいた。それだけは俺様のささやかな優しさだ。受け取るがいい』
何を見下すように。巫山戯た戯れだ、声の主の態度に理性が保てそうになかった。今からでも犯人を八つ裂きにしたくなる。勿論、法には触れない程度で。再び、始まる絶叫。だが、あくまで平静に、淡々に――声の主は告げた。
『では、君達に幸あることを願おうか。言い忘れていたが、俺様は――いや、俺様達はレベリオン。叛逆の徒だ。――この場をもって、学院に宣戦布告する』
ブツリッ! と回線が切れると同時に、遠方、西棟にて2度目の爆破、轟音が鳴り響いた。
時間に限りがある。
いつ、襲撃されるかわからない状況に、皆困惑し狂い始めていた。
雑言により聴覚が支配されている。まともな声がないあたり、先程の通信の効果は絶大なものであったのだろう。
だが、そんな中――誰よりも、狂乱を静めるために声を張ったものが1人。
「皆様! 静粛になさること!!」
その一声は、風を通し、烈風を巻き起こした。まさに、言霊である。狂気への注意が削がれることにより、一斉に視線が声を上げた少女へと向けられた。
火元は既に消火されていた。
現場を背に威厳もって屹立するその少女――ランセル・セロージュ生徒会長は、狂気の沙汰に飲み込まれること無く、叫ぶ。
「皆様、落ち着いてください……! この場で焦っても身を削る行為にしかなりませんよ」
そんなことは知ったことだ――と言いたいところだが、容易に口が動かなかった。聖術で口を縛ったのだろうか。息こそできるものの、言葉は吐けなかった。
「ちょうど今、迅速な処置で先の声の主が話していた『ヒント』なるものを発見しました。こちらをどうぞ」
聖術を発動。
途端、眼前に巨大なスクリーンと共に、焼けただれた書庫の画像が展開される。叢書のほとんどは灰燼に帰し、床や壁も黒く焦げていた。元々置かれていたものだろうか、立て掛けられていたと思われる縦長の衣装鏡がひび割れている。
だが、それだけではない。
「レベリオンの文字が床に刻まれています。恐らく、これがヒントと思われます。先程、解析が終了いたしまして、これと同一の文字が他に10箇所見つかったのです――安心してください、全て特別教室に刻まれていたので、今日の場合ならクラスに篭っていれば安全です」
だが、絶対に安全とは限らない。飛び火だってあり得なくもない。
「対応として、今日と明日は休校に致します。本日は、このまま速やかに帰宅してください。また、クラスに『レベリオン』の刻まれた教室を書いた羊皮紙を掲示しておくので、注視するように。そして、対象とされた教室には近づかないように願います」
適切な指示をくだすあたり、生徒会長という枠から外れ、教師と間違えられてもおかしくないだろう。三つ編みのランセルは一通りを言い終えた後、火事現場へと潜り込んでいった。呪縛開放され、即座、人の波がクラス棟へと引き返していく。
だが、事が早計すぎるのではなかろうか。そんなベタなヒントを見せつけて一体何がしたいのだろうか、レベリオンとやらは。意図の分からぬ犯行に考察しようとて、結局、理解の域には達しなかったのだった。




