第3話 ゼロ式魔導
3話です。よろしくお願いします。
今回は、主題にもなっているゼロ式魔導についてです。
ロキとしての意識が覚醒してから、早くも一年が経った。
彼は、2歳になった。
第3話 ゼロ式魔導
どうやら、こちらの世界では暦のことを『聖暦』というらしい。それに従えば、ロキが2歳になった現在は聖暦295年である。
段々と言葉を話せるようになった。乳歯が完全に生えたためである。
お陰で、一人ベッドに横になっているときは、独り言に耽ることが多くなった。
だが、読み書きについてはまだ修練が必要だった。
話し言葉は、苦労なく覚えられたのだが、
話すのと書くことは大幅に違う。
この世界では「アルヴ文字」が共通語になっている。
無論、魔界の言語とは完全に違うものであった。
魔界の言語に慣れ果ててしまった元・魔族にとって、新たな言語を覚えることは、大量の時間を有することだろう。読むのも書くのと同じく難しい。
彼は、母親であるミョズヴィトニル=レイヴァーテインと絵本を読む日々が続いていた。
心の中では、彼女のことを「ミョズ」と呼びつつ、表では「母さん」と呼ぶことにした。
ミョズが「ママ」と呼んでと催促してくる日が多々あったがロキは断固として「母さん」と呼び続けた。「ママ」なんて恥ずかしいこと言えるはずがない。
ロキにも彼なりのプライドがあるのだ。何せ、中身は生粋の19歳。思春期真っただ中の年齢で恥ずかしくて言えなくなるのも無理はなかった。
ミョズとの絵本の読み聞かせは、アルヴ文字を覚えるのに相応しい勉強法だった。
脳がスポンジのように知識を覚えていく。
幼児の学習量は尋常じゃないようだ。
2歳の誕生日を終え(因みにロキの誕生日は冬の終わりだ)、春立つ日と呼ぶに相応しい暖かな日が訪れた。
ロキは、日常茶飯事のように、ミョズと絵本の読み聞かせをしていた。
今日の本は「かみさまのあたえたもの」。
過去に何度か読んでもらった話である。
世界の始まりについて簡単に学ぶことができる歴史書、と言ってもよいだろう、それくらいのページ数があったためまだ全ページを読み終えたわけではない。
…………実を言うと、まだ3分の1も読んでいなかったのだが。
「むかーし、むかし。この世界を作った神様がいました」
ゆっくりとした口調でミョズは語り始めた。
文の構成自体は、お子様使用となっている。
ロキとしては、転生前の18年間、絵本よりも、堅苦しい学問所ばかりを読み漁ってきたからか、絵本の極端に柔らかで単調な語り口は慣れないものがあった。
「その神様の名前は、グラン。
始まりを司る神様です」
「グラ……ン?」
ミョズの言葉を反芻し、脳内の単語帳へとインプットする。
グラン……グラン…………、
何故だろう。語調に独特のカッコよさを感じるのだが。
「うん、よくできました!」
ベタ褒めの言葉の後、ミョズはロキの頭を撫でた。
間近で母の温もりを感じる。
香水による人工的な匂いではない――いわゆる自然的な匂いが母親から感じられる。
……べ、別に童女に褒められても嬉しくないんだからね! と叫びをあげたい身体年齢2歳・精神年齢19歳、身体は子供頭脳は大人なロキの衝動を抑えて、ニコニコとした笑顔をミョズへと向けた。
「ねえ、ねえ。はなし、もっと聞かせて!」
母親を急かすロキ。
まだ、学ぶべきことは山ほどある。
「よしよし、わかった、わかった」
ロキの髪を撫でながら、ミョズは右手で絵本のページをめくる。
次のページには、力強く生き生きとした幹と、それから派生している青々とした深緑の葉が描かれていた。
幹は、雲を突き抜けて高く伸び、鮮やかな緑の葉は、幹を隠す程に生い茂っている。幹の伸びた先には、大小さまざまな果実が実っている。
「……グランは、この世界に神樹ユグドラシルの種を埋めました。
見る見るうちに種から芽が出て、樹は成長していきました。
そして、
世界を包んで、みんなを見守っているのです。
ユグドラシルの恵みを受けて生き物は自分たちの世界を創ったのです。
人々は、自分達で創った世界を『グラディエメイシア』と名付けました」
と、そこまで読んで、ミョズはロキに視線を落とす。
「ちなみに、この神樹ユグドラシルはここからずっと遠くの国にそびえ立っているの」
「ずっと遠くって、どれくらい?」
素朴な疑問を向ける。
中身が赤子でないためだろうか――正確な情報を掴みたいと思っているのだ。
もし、旅をする機会があったとき、危機を切り抜けるための知識として身に付いていれば万々歳である。
ミョズは、困ったように、考える素振りをして、曖昧に答えた。
「ずっと遠くってのは、うーんと、何日も歩かなきゃ着かない位だよ」
「何日も……かあ」
曖昧な回答に、曖昧に返す。
できるなら、方角と距離、地形、気候まで教えてほしかった。
……まあ、ただの2歳児には、難解な知識なのだろう。
(この世界の始まりねえ――、
とりあえず、当面の目標を、ユグドラシルへ向かうことにしようか。
世界の中心、ということは物流も盛んだろうし。
あくまで推測に過ぎないから、まだ調べる必要があるけど)
脳裏で当面のタスクを綴りながら、
「行ってみたいなあ」
本心から、憧れの呟きを漏らす。
「大きくなったら行けるといいね」
ミョズの相槌にロキは笑顔を見せるのだった。
そして、絵本のページがめくられていく。
昼下がりに読み始めたのだが、気が付けば夕方になっていた。
半分以上残っていたページも残り1ページとなった。
最後のページがめくられる。
そこに書かれていたのは、絵ではない。
ある単語のようだった。
アルヴ文字の知識が乏しいロキにとって、解読不可能なものだったが。
ミョズは、高らかに朗らかに――ページに映し出された単語を読んだ。
「ゼロ式魔導の継承者――……」
最初、ロキはその言葉の意味を分からなかった。
魔導に関しては、『魔を導くもの』というイメージが湧く。
直訳すれば――魔を導くものを継承する者、ということになるが。
ゼロ式、っていうのが引っ掛かるな。
「ゼロ式魔導の継承者――」
ロキは、自然と反芻していた。
それに応えるように、ミョズは、
「ゼロ式魔導の継承者、というのは。
あたし達の国、シャトーディーン王国に伝わる伝説。
1000年に一人現れるという継承者は、シャトーディーン王国に伝わる『ゼロ式魔導』を継承し、この国を治めることができる、というものだよ」
「ねぇ……、ゼロ式魔導って何?」
「ゼロ式魔導というのは――魔力を利用して物質を作り出す技術のこと。
――ここからの話は少し難しいけど、聞く?」
「うん!」
快活な返事で了承。
一瞬、微笑みを見せた後、ミョズは先ほどと打って変わって真剣な表情になった。
「じゃあ、話を始めるよ。
まずはあたし達の住む、この国――シャトーディーン王国について。
この国は、ゼロ式魔導が存在する以外、特に他の国とは変わったところが無い国。
ちなみに、前のページに出てきたけど、
シャトーディーン王国以外の国、言えるかな」
「うん!
……ええと、神樹ユグドラシルが根を張るユグドラシル公国、
鉱山都市のアルジョヴルグ、
城砦都市のキャステイユは公国を囲む国、
パセイ・トレ・ダムは宗教都市で、
フェア・ファーヴルは、母さんの故郷で鍛冶都市、
フォントヴリルが温泉郷、
グラヴィーナが隣の国で山林都市、
ジョーゴ・フォールノは司法都市、
ザントヒューゲルがシャトーディーンの正反対にある砂漠都市、だったかなあ」
「――完璧! さすがあたしの息子!」
わしわしと、髪を撫でながら危機とした表情に切り替わるミョズ。
幼いころは、活発体育会系少女だったのかもしれない。
そんな雰囲気が醸し出されていた。
――まあ、今も十分幼いのだが、それは口が裂けても言えない。
禁句であることは、聞かずともわかる。
伊達に、魔王候補をやってきたわけではないのだ。
「で、話を戻すと。
シャトーディーン王国は、他の国とは大幅に違うものを持っている、それがゼロ式魔導。
この王国が、作られた年に本格的な研究が始まったから、ゼロ式って付いているの。
ロキは、この世界に大きく分けて、2つの力が存在しているのはわかるよね?」
「うん、聖術と魔導だね」
「正解。で、魔導のことを別称でゼロ式魔導と呼ぶの。何故なら、この世界に魔導と呼ばれる力は一つしかないからね」
「じゃあ、聖術はいくつか種類があるの?」
「お、いい質問。
そう、聖術には4つの種類がある。――祭祀契約式と放出性術式、応用したもので、剣術と党術がある。……この話は長くなるから割愛するけど、結論として魔導が一つしかないことは覚えといて」
うん、と素直に頷くロキ。
ちなみに、彼は口に出さなかったのだが、
絵本にはさらに詳しく内容が載っていて、それらの説明を彼は、大体理解していた。
……確か。
祭祀契約式は、体外の霊魂因子もしくは、霊魂因子で象られた火の玉状の浮遊物体「妖精・式神」を媒介としたものであって、体内の聖因子を体外へと放つものが放出性術式とのことだったか。
剣術と闘術は、似たようなものだった。剣術が、剣へと聖術を送り込むのに対し、闘術は、自分の体を聖術で強化するものだった。
まあ、長々と説明する気はさらさら無かったし、
さすがに、記憶力の良さに疑念を持たれるのは勘弁だったので、
ロキは、蛇足な説明を省くのだった。
「で、さっき言ったように魔導は魔力を利用するの。空気中には、霊魂因子、聖因子、魔力因子という三大因子が存在していて、魔導は、魔力因子――通称、魔力を利用して色々なものを作ることができるの」
そう言って、ミョズは左掌をロキの眼前に差し出した。
紡ぐ。
「――煌めけ、炎魔」
直後、
ボン!! という破裂音と同時に、掌サイズの火の玉が顕現される。
暖色の焔が目に映る。
メラメラと燃えあがっているそれは、幻覚ではなく、
確かに――実体化している物質であった。
放射する熱によって、現実味が増してくる。
「すごい…………!」
「でしょ? これが、魔導だよ」
(魔術のようだな……)
率直な感想は、胸の内に留め、
しかし、彼が火の玉から視線を外すことはなかった。
魔術。
それは、魔界フォーヴリッグ――通称、魔界に生きとし生ける魔族が利用した術。
魔族は元々、体内に魔力を宿していた。その力を体外へと放出することで効果が発揮されるのが、魔術だ。
体内の魔力は有限だ。
しかし、食糧の補給により体外から魔力を吸収することができる。故に、即時に術を利用することができる。
実際、魔導や聖術を利用していないから魔術との比較材料は皆無なのだが。
ロキは、当面の目標として。
第一に、ロキの体で魔術が利用できるか否かについて。
その次に、魔導と聖術との比較。まあ、習得することが先決か。
と、2つの事柄を定めた。
外へ行けるようになったら、試してみるか――と新たに心のタスクへと書き連ねる。
「ロキもいずれ使うべき時が来るからその時のためにたくさん本を読んであげる」
「ありがとう!」
とりあえずは、外出が可能になるまで、座学に励むべきか――と、悟ったロキなのであった。
その日の夜。
ロキは、ベッドの上で毛布を包み、覚えたことの整理をしていた。
既に、草木が寝静まる夜更けで、月明かりが窓から差し込む時間だったが、気にする要素は殆どなかった。明日の目覚めが悪くなること以外に不利益な点は見られない、はずだ。
(で、今日もたくさん学んだわけだが。
タスクの整理を先決とするか)
天井のシミでも数えながら、簡単に脳内で箇条書きを浮かべる。
・神樹ユグドラシルへ向かう。
・ロキとして、魔術が利用できるかの確認。
・魔導と聖術の習得と、魔術が利用できた場合の比較。
(ざっと、こんなものか……)
気の抜けた溜息の後、
彼は、毛布から右手を出して、顔の前に伸ばした。
夕刻に、ミョズがやっていたことを真似して、術を唱える。
「煌めけ、炎魔」
直後。空間に確かな変化が見られた。
歪み、業!! と炎が吹き荒れる。
臙脂に煌めく火焔が目に焼きつく。
形は明確ではないが――ともかく火の玉が顕現した。
大きさにして、ミョズのものの2倍は優に超している。
これは、才能か否か。
それとも――。
次に簡素的な魔術を詠唱する。
右手は伸ばしたまま。
「歌え歌え、焔の霊よ――」
突如として、火の玉が空間に現れる。
だが、その色は紫紺である。
魔術の詠唱は比較的、対句や、同じ単語が続いて並ぶことが多い。
言葉の意味を強化するため、とのことだ。
無論、例外も少なからずあるが。
因みに、この術は『ファム』。
魔導の閻魔と同じように火の玉を掌状に浮かべるものだ。
火の玉の色は、魔術と魔導の性質上全く違うものになったのだろう、と解釈する。
何はともあれ、ロキの体で魔術を使えるらしい。しかも、魔王候補だった前世と同じ手応えで使えた。さらに、魔導との比較もできた。
体内に魔力が宿っていて、かつ、体外からも魔力因子を吸収できる。
このことは、いずれ応用するべきだ。
一日の終わりとしてこれ以上とない収穫だった。
その日を満面の笑みで締めくくり、ロキは眠りに就いた。
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