第29話 無敵とは――。
29話です。よろしくお願いします。
さて、事件が一段落したところでロキを始めとする5人は食堂【ディリス】へと向かった。
ロキとマリアの貸家である【ペリドット】の裏手にある食堂のことだ。
ただし、今回はヴァレオに先導されて、付いていった形だ。何せ。
「ぼくの家は、食堂をやっているんだ。良かったら、今日のお礼として食べに来ない?」
と、当の本人が誘ってきたのだ。
気が付けば、差し込む光の少ない影の路地に彼らは歩みを進めていた。
先日、ロキとマリアが訪れた古びた食堂。
その姿とヴァレオを交互に見て、兄妹揃って面食らった程だ。
「まさか、この食堂がヴァレオの家だったとはな……」
「はは、驚いた?」
健気な子犬が笑みを漏らす。
一同は、それぞれ料理の注文をし、弛緩された空気の中話を始める。
美味そうな焼ける肉の匂いが厨房から流れ込む。
「ええと……改めて。今日は本当に感謝ですわ、皆様」
畏まった様子でクレオネラはお辞儀をする。
先程、彼女は度が過ぎた貴族の連中によって、危機に直面していた。
事前にマリアの聖術を埋め込んでいたのが正解だった。《清明の降臨》の多重発動により、一難が去ったのを目処として、サイシスに矛先を向け、2戦目で勝利した。
かくして、襲い来る脅威から彼女を守ったのだが、その後、この場でも彼女の表情は曇っていた。要求ばかりしていて何の役にも立てない自分を情けないと軽蔑しているのだろう。
「何、別にたいしたことじゃない、気にするな」
「わたし達は大丈夫。それより、クレオネラの方が心配だよ」
そうだな、とクレオネラ除く全員が頷く。
彼らの優しさに、彼女の瞳から大粒の涙が次々と溢れでていく。
多大な恩による涙、或いは自分の情けなさに対する悔し涙だろう。
否、両方か。
「ほら、泣かないでクレオネラさん。僕のような女の子でも惚れてしまいそうな笑顔が台無しだよ」
「よ、良かったらぼくのハンカチ使って!」
異口同音に、1人の少女を励ます。
ヴァレオが懐からハンカチを差し出す。彼女は涙を拭く。
厨房から料理が運び込まれてくる。
豚の足をまるまる剥いだ骨付き肉や、王国周辺で採れる貴重な山菜――恐らく、ロキの故郷では到底食べられないような美食が次々と運び込まれ、テーブルに積み上げられる。
「本当にこんなに良いのか……ヴァレオ?」
「はっはっ、気にするでない若造よ!」
返してきたのは、ちょうど厨房から姿を現したヴァレオの父親だった。
そういえば、一昨日に一度訪れた時にはお目にかかれなかった。
白の柔らかそうな毛並みに狼を連想させる鋭い双眸、犬歯。
ヴァレオの毛質は、父親譲りなのだろう。
ありがとうございます、隣のマリアと兄弟揃って礼を言う。
ヴァレオ父は、快活に「おう! 兄妹は仲良くしろよ!」とだけ残し再び厨房へ潜り込んだ。
ふと、ロキを挟んで、マリアの反対側に腰を下ろしたクレオネラがネガティヴな発言を口にする。
「やはり、ロキ様のような方は、生徒会役員程度の器じゃないですわ。
――ロキ=レイヴァーテイン様、どうか学院の生徒会長になってくださいまし!」
「それは、大それた話題だな。そもそも、クレオネラがやらないと意味が無いだろ?」
「と、申しますと? ……わたくし、先程の戦いで全てを悟りましたの」
「どうせ、自分が弱いです、だから変えてくれって言うんだろ」
図星だ。眼を見開く少女にロキは嘆息の1つを漏らした。
「あのな、クレオネラ。自分が弱かろうが、体力面で、勉学面で、精神面で、社会面で、何かしら劣っていようが意志だけ揺らがなければそれこそ一番の無類の強さだ。無敵だ、お前は」
「無敵? そんなわけ」
「あるんだよ。知っているか、無敵って――『敵』が『無』いってことだ。つまり、意志という武器さえ持っていればお前は誰にだって負けねぇよ」
だけど――。と反論を述べようとした彼女の言葉を遮る。
立ち上がって、ロキはその場の一同へと目を向けて放った。
もし、お前が負けそうになっても――――。
「俺がいる」「わたしもいる」
「僕だって、ね」「もちろん、ぼくもだよ!」
一斉に意志を紡ぐ。
その言葉は、とどのつまり、支えだった。
クレオネラという生徒会長になる意志を秘めた少女の唯一無二、無比な贈り物だった。
「み、な――さん」
本当に、ありがとう――。
その言葉が終わる前にクレオネラの態勢は崩れた。
涙のダムが決壊する。
「さあ、クレオネラ。泣いてばかりいないで夕食にするぞ。早くしないと、せっかくのご馳走が冷めてしまうぞ」
「は、い……わかりま、した」
涙を拭き取って、盛大な笑顔を作ってみせる少女。
百人が全員、お人形さんのようだと形容するだろう美少女の顔が綻んだ。
これで、ようやく事が済んだのだろうな。
「ロキ様。では、これからもわたくし、次期生徒会長立候補者クレオネラの生徒会長側近候補者としてよろしくお願いします」
「ああ、改めて――よろしくな」
差し出された少女の華奢な右手を、優しく握り、結託する。
――常々考えるが、やはり、俺には『候補』の役職がお似合いなのかな。
瑣末なことを脳裏に浮かべながら、夜闇の晩餐が幕を開ける。
できるだけ早めに書きます!(文字数は2000,3000字程)
ここでChapter2-1がターニングポイントを向かえました。




