第26話 巫山戯た貴族への宣戦布告
26話です。お願いします。
第26話 巫山戯た貴族への宣戦布告
「あァン!? 俺らに歯向かうのかァ!?」
いじめっ子不良共は、一斉にロキを睨みつけた。
そして、3人の不良の1人、リザードマンが啖呵を切る。
岩肌のような鱗は蜥蜴ではなく、竜のそれを思わせる。
その体で、学院指定制服を着ているのだから――しかも着崩しているのだから、至極、不自然感が募る。他言無用だ、口にはしないが。
「歯向かうって言うより――歯を擦り減らすのも中々面白そうだな」
「何を言って――」
リザードマンの問いが放たれる前に細かな斬撃が放たれる。
横長な顎を掠めたのは、ロキの拳。
何が起こったのか分からないような蜥蜴の間抜け面が滑稽で吹き出しそうになる。
かくして、蜥蜴は身動ぎの1つもしなくなった。石像の如く硬化している。
だが、挑発は禁物だ。襲いかかってくる奴への始末は容易だが、後片付けが面倒だ。
あくまで、言葉と牽制のみで事をこの場を締めくくるのが妥当だ、と判断。
「もう一度、言ってやろう――見てて苦しいからやめてくれないか、卑下人間君」
言葉で返してみろ、心の中でそう放つ。
まあ、脳なしの暴力少年にそんな戯れ言通用しないだろうが。
報復のパラドクスという論理問題に目を通したことがあった。
『何かにために暴力をする場合、報復のための暴力だったら正当性が高まる』というものだったか。
だったら、――暴力に対しての報復は許されるだろうな。
何にせよロキが不幸になる選択肢はない。
話し合いで解決したら、周囲が平和で事が終わる。
暴力に移されたら? 聞かなくとも分かるだろう?
――――癪に障るので、痛い目にあってもらいましょう。
「ッんだよ、クソ野郎が!!」
今度は、リザードマンの横で腕を組んだ番犬とも見える獣人の少年が怒りの叫びをロキに向ける。語彙力が少ない中、不十分な罵詈雑言お疲れ様です番犬ガオガオ、骨にでも噛み付いていろ。
にしても、退屈だな……もっと、抱腹絶倒不可避のネタ無いのか? 無いんだよな――だったら用なしだ。リザードマンの時と同じように徒手空拳が荒くれた枝毛の体毛を掠める。2発を済ませた後、犬の方も黙った。蜥蜴も犬も人間には到底及ばない。
「さて――残るは、お前か」
ロキの視線は、最後の1人――今度はれっきとした人間――を睨んでいた。高貴に光る金髪を額中央で左右に分けており、肩に掛かるくらいに伸ばしている。紫紺の双眸は殆ど開かれていない。細い唇は、溶けるように歪んでいた。恍惚とした笑いというのが正しい。酔い痴れた表情とも。
まさに、自らの地位に溺れ狂った人間を思わせる。しかも、齢13にして。
「やぁやぁ、君がこいつらに手ほどきをしたのかい?」
「……そうだが」
「アハハ、全く――気にも留めてなかったよ」
その少年は、何が可笑しいのか、笑っている、嗤っている、嘲笑っている。
可怪しい。明らかにどうかしている。ロキの思考が反射的に伝令する。
危険ダ、と。
だが、彼は冷静さを取り繕って、続ける。
こうまでして芝居していると自分の頭の方が狂いそうだ。
「で。いい加減、止めてくれないか?」
「? ――何を、かな?」
冷静な口調で――恐らく、わざと大仰に首を傾げた。
きょとんとした仕草を見せる金髪少年の姿。殺意の波動がロキの理性を蝕んでいる。
が、それを必死に抑止する。
「何をって――お前、コイツを虐めているって感覚がないのか?」
「無いね。何せ、ボクは王族の血筋の人間だからさ。まあ、遠い親戚のようなものだけれど」
「そんなことはどうでもいい。俺は、お前の無神経さに腹立っている。さっさと止めろ」
「止めなければ、何をする気かなぁ? おっと、この蛮族と同じ扱いはよしてくれよ。何せ、ボクは王の血筋にあるものだからねぇ、平貴族の蜥蜴と犬とじゃ張り合わないんだ」
この少年は、王の血を受け継いでいるという理由のみで位の高さを証明しているのだろうか。
無論、王族の親戚ならば、貴族でも中の上から上の下あたりのくらいにあるのあろう。
だか、所詮上の下――王とは程遠い。
それに位が違えども、誰かを虐げる理由にはならない。
もう一度、やめろ――と声を上げようとした。
だが、金髪少年に先手を打たれる。
「……その瞳じゃあ、意思は揺らぎそうにないなぁ。残念だよ。何せ、王族たるボクが君を傷つけるんだから――ええと、君って主席入学のロキ=レイヴァーテインだったっけな」
「ああ。できれば、その腐りかけた口調で気安く読んでほしくないんだが、名ばかり王族」
「おいおい、名ばかり王族って、ボクは正真正銘の王族さ」
面倒くさい早く割愛しやがれ。
「黙ってくれて何よりだよ、ロキ=レイヴァーテイン。じゃあ、本題に移るよ。勿論、君に拒否権はないけどねぇ」
「そうか。俺は構わないが――早く言ってみろよ」
「ハハ、急かすのは良くない。だけど、時間が押しているってことで早速言わせてもらうよ」
一息の間――その後。
「場所を変えて、決闘をしよう。そうだな、中央棟の目の前なら目立つし、そこに放課後集まってくれないかな。条件として君を含めた3人を呼んできて」
「3対3ってわけか……戦闘に出るのが3人なら、それでいいんだよな?」
「観客のことかい? どんどん呼んでくれるとありがたいな」
「ああそうかい――じゃあ、観客として色々呼んでおくよ」
ただし――観客にも種類があるものだろう?
例えば、試合に干渉してくる暴徒化した観客とか。
理路整然とした口調で思考の一寸も表に出さず、策を練る。
ただし、安直過ぎると見抜かれてしまうだろう。一捻りは入れておく。
「じゃあ、放課後、ねぇ――よろしく。念のため、こちらも名乗っておくよ。
ボクは、サイシス・キリングドール。よろしく、ロキ=レイヴァーテイン」
「ああ、放課後だな――よろしく頼む」
それと、俺の名を気安く呼ぶな、王族被れ。
サイシスがその場から離れる。眼光が妙に煌めいている気がした。
まるで、術の展開をしたかのように。くっきりとした紫翠の六芒星を彼の瞳に幻視した。
件の交渉が終わると同時に、ロキ達の騒動に向けられた視線は、散開するのだった。
それにしても――こちらに向けられた視線は、何故だろう、操られているように見えた。
被害妄想かもしれないが、サイシスの眼光も個人的に引っ掛かる。
まさかな、と小声で呟く。妄想が過ぎた。不明瞭な事実に気を取られてしまっては戦いに集中できない。
ロキは考えるのを止め、机上で怯える子犬少年と向き合った。
だが、彼は気が付かない。
その姿を傍目で眺め、薄気味悪く、嗜虐的に頬を歪めるサイシスに。
「大丈夫か?」
「……あ、ありがとう。ロキ君、だっけ」
「ああ。改めて、ロキ=レイヴァーテインだ。よろしくな。君は?」
「ぼくは、ヴァレオ。ヴァレオ・ディリス。よろしく」
そして、彼らは軽く握手をした。ヴァレオの体毛は穢れ無き純白で波の毛布とは比にならない程柔らかく温かい。それにしても、ディリスってどこかで聞いたことがあるような。
「で、さっきの奴らについて話を聞きたいのだが」
「……さっきのは、貴族の奴らだよ。ぼくが数少ない平民出身だからって、自分の身分を主張していたんだ」
「何故、ほったらかしといた? あんなの目障りだろ?」
「それには諸事情があるんだ。この場では、たぶん無理言えないね。――さっき、サイシスが決闘をするとか言っていたけど、それにぼくを出してくれたら答えがわかると思うよ」
「……何か、思ったより奇っ怪なやつだな、お前」
そうかな? ヴァレオが苦笑をしてみせる。人の前で話せない秘匿事項を持っているということか、中々の曲者だと思う。
と、そこで遠くから見守っていたマリアとシグルーンが合流する。
「何とか、初日からの暴力沙汰は回避できたようだね……」
「本当、挑発し過ぎだよお兄ちゃん。こっちまでヒヤヒヤしたよ」
「いや、あれくらいで血が上る方がおかしいだろ。ってか、そんなに心配しているんだったら、止めに入るぐらいしてくれよ」
「いや、だって――ロキ君楽しそうだったから……」
「だって……あの金髪男に視姦されそうだったんだもん」
ドサクサに紛れて何言ってやがる変態妹。
とりあえず、拳骨という名の、渾身の鉄槌を下しました。
「痛い、止めて! わたしを乱暴する気でしょ、成人男性の娯楽文献みたいに!」
「……成人男性の娯楽文献の内容については詮索しないでやろう。だが、もう一発だ」
2度目の鉄槌も異世界で。床に倒れ、身体をよじらせて鈍痛に悶えるマリアからは、目を離しておく。
こちらまで変な気分になってしまう。床で身体をよじらせるってどんなリアクションだよ。
「ぷ、あはは……仲いいんだね」
漫才じみた現場に、初めてヴァレオが吹き出した。
「どうだろうな。一応、兄妹やっているが、仲は良好な方かもな」
「そうだよ! わたしとお兄ちゃんは永遠の愛で満ちているふぐごっ!」
「マリアさん、少しだけお静かに」
驚いたことにマリアの暴走を差し止めたのは、シグルーンだった。
彼女の背中に回りこみ腕を封じ込めると同時にきめ細やかな両手で強引に口を塞ぐ。
「むぁむぇむぇも! みぃむぅむぅーんむん!」
「マリアさん…………周囲の人の迷惑ですよ?」
「むみぃ!??」
笑いながら静かに注意するシグルーン。
だが、目が笑っていない。
恐ろしさから、マリアが失神しそうな程意識を混濁させているのを窺えた。
目をグルグル回しながら、「もぉみぃ、まぁ、まぁまみぃもぉも……ブクブクブク」とうとう失神してしまった。
「やり過ぎだろ、シグルーン」
「え? って、大丈夫ですか!? マリアさん!?」
「この喧騒じゃ、どちらがうるさいのか……」
「本当だね……ぼくもそう思う」
「――って、ほら! ロキ君もヴァレオ君も、マリアさん起こすのを手伝って」
そして、2人の少年も失神したマリアを起こすためにしゃがみ込む。
だが、このくらいの浅い失神だったら。
「おーい、マリア。起きないと置いていくぞー」
「はにゃむ!? え、え、置いていくの!?」
おぉ! とヴァレオとシグルーンの感嘆の声が重なった。
「さすが、兄貴分だね、ロキ君。……できれば、僕のことも起こしてほしい、な」
「期待した上目遣いをしても無駄だぞ、シグルーン。第一、お前は絶賛稼働中だろうが」
「じゃあ、いますぐ寝る」「やめろ面倒くさい」
即座の応答にちぇっ、と舌打ちを打つシグルーン。
その光景に笑いが止まらなくなるヴァレオ。
明るい空気がその場に流れ出す。
だが、その空間に入り込む声1つ――彼らの後ろ、廊下から近づいてくる。
「……貴方がロキ様でありまして?」
その問いに彼は振り返る。
眼前に飛び込んできたのは、聖術学院指定制服を皺1つ付けず、着こなした清楚なイメージの少女だった。
膝丈よりも更に伸びる落ち着いたダークグリーンの髪は透き通っているように見え、左右でそれぞれ1房結っている――いわゆる、ツインテールだった。
きめ細かい肌質や、おっとりとした深緑の垂れ目から温厚な美少女のイメージをもたらす。
「ああ、俺がロキ=レイヴァーテインだが」
ロキの答えに、その少女は幸福そうな笑顔を向けて返す。
その後で、彼女は――。
「お願いです――――わたくしの生徒会に入ってくださいまし!」
威勢よく深い礼をする少女の願いに、終始ロキは唖然とするしか無かった。
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