第24話 命短し恋せよ乙女
24話です。よろしくお願いします。
朱色の日差しの下――、ユグドラシル聖術学院の入学式が挙行された。
ロキとマリアは、皺1本もなく整えられた制服を纏って、式に参加していた。
会場となっている、学院付属の大聖堂はステンドガラスが、鏡のように光を反射させ、彩光を放っている。
因みに、既にクラスは決まっていて、聖堂前に大きく貼りだされていた。
聖術学院のクラス分けは、特異的だとロキは思う。
ⅠからⅩまでのクラスがあるのだが、ⅠからⅤまでが座学試験合格者のクラス、ⅥからⅩまでが武学試験合格者のクラスなのだ。前者は、数字が小さいクラスの方に、後者は数字の大きい方にそれぞれの成績上位者が集められる。
よって、武学試験を主席・主席次点で合格した2人は揃ってⅩのクラスに配属されることとなった。このクラス分けの結果に、現在、来賓挨拶の間も満面の笑みを浮かべるのがマリアである。感情が表に漏れ出している。少しは自重しろ。
ロキは校長講話から、来賓挨拶、来賓紹介、公国国歌(歌詞? なにそれ美味いの?)などそうそうたる(面倒極まりない)プログラムを簡単に聞き流していた。
気が付けば、入学式は終了。
今日はこれで放課である。生徒が次々と聖堂を後にしていく。貴族から平民、人間から亜人と様々な生徒たちが見受けられた。
正午までまだたっぷりと時間は残っている。
さて――どうしようか、と兄妹の中で、話をしていた最中だった。
ふと、ロキの背後から聞き覚えのある少女の声がした。
「――あれ、ロキ君とマリアさん?」
やや、アルトな声だ。――凛とした、と言ってもよい。
呼ぶ声に、兄妹息のあった動きで振り向く。
そして、見事バラバラなリアクションを取った。
マリアは、きょとんとしたように首を傾げる。「コノコダレダロ?」と言わんばかりに。
対し、ロキは――驚きを隠せず、目を丸くする。
咄嗟に、叫び、その少女の名を呼ぶ――!
「まさか、お前――シグルーンか!?」
白金の髪を肩口まで伸ばしたボブスタイルは、昔とは大幅に違って、女の子らしさを醸し出している。翡翠の瞳は、以前の凛々しさを保っている。身体は、以前よりも小柄に見えた。腹部のくびれがくっきりとしていて、セクシーさを強調している。
その少女は、元々――男装だった。別に、そういう性癖や趣味があるわけじゃなく、単に、自由でありたいから男として生きようとしていた。
それを説得したのが、過去のロキである。
「えぇ!? この、この可愛い子がシグルーンくんなの!?」
「うん。久しぶり、マリアさんにロキ君。――ほら、この通り、女の子になったんだ!」
「女の子になったって……、元々女の子だっただろうが。で、この服装ってことはつまり」
「うん――何度も頑張ったんだ」
その会話に、マリアは首を傾げていた。
無理もない、彼女は何も知らないのだから。
シグルーンは、母親との交渉を経て――自分の夢を叶える第一歩を踏んだのだ。
「まあ、何はともあれだ。――おめでとう、シグルーン」
「あはは、ありがとう、ロキ君」
「え? え? ……わたしだけ置いてけぼり感高まっているんですけど!!??」
混乱が興じて、瞳をグルングルン回すマリアに、終始ロキとシグルーンは、吹き出してみせた。
第24話 命短し恋せよ乙女
放課後は、暇を持て余していたので、シグルーンに公国を案内してもらうことにした。
ユグドラシル公国の市街地に建つ広大な敷地の聖術学院から出て、市街地の奥地へと進んでいく。
「……ざっと、シャトーディンの中心街の2倍はあるよな」
「そうだね、わたし達が井の中の蛙だったことがひしひしと伝わってくるよ」
大都会の壮大な光景に目が点になる兄妹。
夜景からもこの都会の広大さが窺えたのだが、日が昇ると更に情景が鮮明に目に焼き付いてくる。
「って、2人とも! これだけで驚いてちゃ、まだ早いって!」
1人前を歩くシグルーンが振り向き、田舎者兄妹の腕を引く。
白金の髪が、都会の暖かな風によって、ふわりと舞い上がった。
――まさか、こんな美少女が数年前まで「男の子やってました!」なんて考えるものがいるのだろうか。……いるわけがない。
「さ、上を見上げて!」
「上って何……だ? あれ?」
「大きな……木。これが、あの神樹なのかな……、シグルーンくん」
「うん、そうだよ――――あれが神樹ユグドラシルだ」
シグルーンは、天空に伸びる1つの巨木を指さした。
雲を突き抜け、空の蒼をも貫くように伸び、枝葉が公国の蒼空に枝分かれして伸びている。
その樹――名を、神樹ユグドラシル。この世界――グラディエメイシアで最初に誕生した生命と言われ、多種多様な種族の起源である。
太陽の下、木漏れ日が街に降り注いでいる。
「本の挿絵でしか、見たことがなかったが……実物は、スケールが馬鹿でかいな」
「はは、百聞は一見に如かずってことだよ。お兄ちゃん」
天高くそびえ立つユグドラシルを見上げて、2人は感嘆していた。
マリアに関しては、元・公国暮らしのため、懐かしむような目線だったが。
ロキは、見上げながら、以前、タクトという元・勇者候補が告げた真実を呟いた。
「あそこに……ローザがいるのか……」
喧騒の街の中じゃ、その呟きは容易に虚空へと溶けていったのだが。
ロキの愛人――いや、ロキの前世、ルキフェルの愛人、ローザ。
彼女は、息絶えるルキフェルの傍で最後を看取った後――人間に捕獲された。
そして、タクトの証言が真実ならば、彼女は今も神樹の奥底で幽閉、もとい、収監されている。
巫山戯るな――彼は、唇を噛み締めて、大仰に枝葉を伸ばす神樹を鋭く睨みつけた。
あれが、敵の牙城。俺が殺戮すべき、人間は、そこにいる。
許されざる人間による魔界侵攻の結果にして、蛮族の手にした戦果が他でもないローザだった。
俺が弱かった故に彼女は収監された――無実の罪で、蛮族の自分勝手で。
タクトの推定年齢と俺の年齢から換算するに、恐らく、魔界侵攻からは10年以上経っているはずだ。俺の生誕年が魔界侵攻直後だったのなら、13年の月日が経ったことになる。
やっと、見つけた、彼女の足跡。逃さない、逃すはずがない、逃せない。
ロキは拳を固く握った。
既に、眼前には目的地がある――戦わねばならない。
今まで待たせてしまった分、死力の限り殺戮しなければならない。
魔王候補として、そして、彼女の最愛の者であるために。
ロキは目を瞑った。直後、彼の耳に聞き覚えのある、懐かしい笑い声が飛び込んでくる。
『あはは! ルキフェル、大好きよ!』
そして、ローザが胸の中に飛び込んでくる。――恐らく、白昼夢だろう。
だが、醒めてほしくなかった。彼女がそばにいるならば、不自由の1つもない。
『俺も、大好きだ――ローザ』
俺は、飛び込んできたローザを強く、強く――抱きしめる。
『消えないでくれ、消えないでくれ……!』
気が付けば、頬に熱を帯びた雫の感触が。
ロキは泣いていた。恐怖、寂寥、悲嘆――彼女を幻視したことにより、過去の思い出がフラッシュバックされる。それにより、感極まった。故の、涙の一滴。
「――うぇぇ? ……ロキ、君……?」
不意に抱きしめられた少女が不意を突かれたような呻きをあげる。その声に呼応して、ロキは涙で赤くなった瞳を持ち上げた。眼前では、白金の煌めきを放つ少女が頬を真っ赤に染めていた。
「泣いてる……の、ロキ君?」
「え、ああ…………、久々の再会だったから嬉しくてな」
咄嗟に嘘を吐いて、彼女から離れる。
気が付けば、周囲の視線の的となっていた。
当たり前だろう、平日の日中に街の中心で抱きしめあっている男女がいれば、釘付けになることは目に見えている。
「とりあえず、この場所から逃げようか、お兄ちゃん、シグルーンくん」
「そう、だな……」「そうだね……」
未だ頬の朱色が冷めないシグルーンの手を取り、ロキは走りだす。
その横を並走するマリアの横顔は、何故だろう――苦渋に満ちた暗鬱な表情を浮かべていた。
かくして、一大事を乗り越えた後の今夜である。
早い時間だが、ロキは既に熟睡している。風呂には入ったものの夕食を食わずに、ベッドに埋まったら最後、深い眠りに就いた。
先に夕食を食べ終えた後、水浴びを終えたマリアは、バスタオルを胸の上から巻いた状態で、ベッドの敷かれた2人兼用のリビングへと足を運ぶ。
ロキの寝顔が目に映る。
普段だったら、征服欲に満たされた想いで彼にダイブするのだが、今日はそんな気が起こらなかった。
――ロキが、初めて泣いた。
その事実がマリアの胸を締め付ける。
苦しくて、彼女はタオルの上から胸を握りしめる。
きっと、ローザのことを思い出していたんだ。
神樹を前にして――彼が最も愛する人を思い浮かべていたんだ。
とある青年が告げた。ローザは神樹に閉じ込められている、と。
その言葉を飲み込んで、ロキは――――。
「いっつも、いつも。1人で抱え込んでる」
悔しくて、切なくて、悲しくて、寂しくて、もどかしい。
マリアの秘める恋心は、恐らくロキには届かない――そんなことはわかっていた。
だけど、そうだとしても、彼の力になることはできるはずだ。
はずなのに、マリアは何もできない。することを許されない。
「お兄ちゃんの……」
ばか、と言おうとして口を噤んだ。
そうじゃないよね。もっと、わたしがするべきことは別にある、と自分に言い聞かせ。
マリアは、バスタオル1枚でベッドに横になって、後ろからロキを抱擁する。真昼に、ロキがシグルーンを抱きしめたときと同じように。
「大丈夫だよ、ロキ。……わたしがいるから」
必死に懸命に、彼を抱きしめるマリアの横顔からは、悲壮に満ちた――涙が雫が無数に溢れていき、ベッドのシーツを濡らすのだった。
叶わぬ恋をする乙女の心は、荒むこと無く、今でも、純粋に彼を追い続けている。
NEXT……4/5 PM7:00
まだまだ連続投稿です。




