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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第二章 学院騒乱
23/50

第23話 学院生活の前日譚

23話です。第2部スタートです。よろしくお願いします。

 赤黒く、満空が染まる。

 夕方のコントラストが、夜の黒に塗り潰されていく。

 だが、喧騒な町並みは昼夜問わず変化ない。

 むしろ、ここからが本番だと言わんばかりに、騒がしさが増しているようにも見えた。

 臙脂色にライトアップされた町並みは、昼と同等に明朗な雰囲気を醸し出していた。


 ユグドラシル公国。


 神樹ユグドラシルを囲む領土を持つ――グラディエメイシア最大の一国。

 市街地には無数の店が並び、日々賑わいを見せている

 その町並みは、神樹に近づくに連れて高貴なものへと様変わりする。


 そんな大都会の中心に、2人のとある兄妹を乗せた馬車が緩徐とした動きで歩みを進めていた。


「やっと……着いたか……。背中が、痛い……、身体が……重い……」


 客車の長椅子から前かがみの姿勢で背を擦り、猫背になりながら馬車の前方に広がる煌々と彩られた夜街に目を向ける少年――ロキは、故郷からの旅路を終えた安楽と、肉体と精神の双方からの疲弊に撃沈寸前だった。

 彼の着る麻の衣も皺だらけとなり、旅の苛烈さを物語っている。

 元々、旅の途中で安宿に泊まれるとの事だったのだが――運悪く3件の宿が定休日、2件の宿が満員だった。

 そのため、公国まで馬車の中で眠ることとなったのだが、椅子の上ではもう妹分に占領されていたため、仕方なく床で夜を明かした次第である。

 本来なら艶めき、整えられた黒髪短髪もこの旅で、荒みきってしまった。

 新居についたら身嗜みを整えたい所存である。


 そして、苦言を吐くロキに寄りかかる少女――マリア。

 ロキに比べたら幾分もピンピンとしている。

 彼女の若さの秘訣は……恐らくクッション性の高い馬車の長椅子を寝床にしていたからだろう――と言うのはロキの推測だ。

 黒髪は前で長さを合わせ、後ろは背まで伸びる長髪。

 身嗜みは普段通り整えられている。

 入学試験前だというのに既に買い込み、たった今着込んでいる彼女の学院の制服は皺の1本も存在することを許されていない。

 ロキと並べてみたら一目瞭然な容姿である。

 もはや、兄妹であるかが疑われるレベルだ(実のところ、マリアは血筋上義理の妹なのだが)。 


 美女と野獣の相対を思わせる兄妹は椅子に腰掛け、活気溢れた公国の市街を一望していた。

 片方は「早く……眠らせろ……!」と怨念じみた唸りを上げて、もう片方は「お、美味しそうな匂い……!」と旅の疲れを全く感じさせず、涎を垂らし、瞳を輝かせて。

 全く、どちらが野獣なのやら。

 そして再び、絢爛華麗な町並みから程遠い虚ろな視線で、今にも倒れ込みそうなロキは、文句を散らす。


「もう……旅なんか、こりごり、だ……」

「だーかーら、わたしの膝枕で寝ていればいいものを! 今ならタダだよ!? わたしの膝枕でそのまま深い眠りに就いちゃって!」


 ロキの慨嘆を耳にし、絢爛豪華な町並みから目を逸らしたマリアが、胡散臭い訪問販売の如くセールスをしてくる。


 この手の商人に善良な者は一欠片もいないぞ、ただ執拗で迷惑極まりないだけだ、とドールグに諭されたことを思い出し、意識を正気に戻す。


 因みに、この勧誘文句をロキは、旅中で数えきれない程聞いてきた。

 耳にタコができるくらいに、だ。


 故に、彼女に返す言葉は全て非の言葉に変換され、無情に口から吐出される。


「――誰が寝るか。旅中で何度も断ってきただろ?」

「……もう! 意地っ張りなんだから! 妹分の膝枕を堪能しないなんて人生の10割損してるよ! 絶対に! あと、膝枕というワードに過敏なのは、急激な意識の覚醒から見て取れるんだよな、お兄ちゃん」

「うるさい、うるさい。俺は膝枕に過敏なわけじゃない。それと、耳元で叫ぶな、ブラコン妹」

「……お兄ちゃんからブラコンって言われるのって何か複雑だなあ。確かにお兄ちゃん大好き人間ではあるけれど」


 すんなりとブラコン認定を執り行うマリア。

 性癖って簡単にカミングアウトするものなのか? ロキは、訝しげに眉をひそめた。

 そんな表情のロキを目の当たりにして、苦笑いをしてみせるマリア。


 ――と、次の瞬間。


 天啓を受けたかのように、目を見開く。「そうだ!」と威勢よく張り上げた。

 だから、耳元で喚くな。もうそろそろ鼓膜が破れるかもしれん。


 でも――何を考えついたのだろうか。

 僅かだが、興味がそそられる。

 彼女の考えることだ、ロクなことじゃないだろう。

 だが、そうだとしても、その珍妙な発言で心が和むことは間違いない。

 たった5日間の旅だが、ロキの心身の枯渇は激しいものだった。

 易い癒やしだろうが、ロキの心を潤すには充分だった。


 だが、安寧を与える言葉は皆無だった。


 ――彼女の取った行動は意外性のみを含んでいたのだ。


 マリアは、揺れる馬車の上で1人立ち上がり、ロキを正面から囲う。

 両腕はロキの肩を強く握っている。

 馬乗りに近い体勢で徐々に顔を近づけるマリア。

 桜色の健康的な唇が、桃色に染まった頬が、目前。

 陶陶とした輝きを放ち見つめてくる両の瞳が――近い、近い、近い。

 何だいきなり!? 不意打ちにも限度がある。

 他愛のない考えが思考回路を錯綜する。


 ロキとて齢12――初な子供である。

 童貞である。

 因みに前世でも愛人と性的な行為に及んだことはない。

 純潔な少年、ロキ。

 もうそろそろ、こじらせて妖精になってもおかしくない。


 彼女の白磁の肌は、僅かに熱を帯びたような赤に染まっている。

 その微細な色彩からは色香が感じられる。

 ほんのり朱に色めいた成長期の胸部が視界を覆っている。


 が、無い胸に埋まることはなく、ロキの眼前にはまな板同然の胸が近づき、押し付けられる。苦しい。

 壁に押し付けられている感じである、というのが率直な感想だが、公言はしない、できない。一番のタブーだから。

 埋められた空隙。

 体内に含まれる酸素濃度が徐々に低下していくのを体感する。このままでは窒息するかもしれない……。


 人生の危機を感じたロキは苦し紛れに、僅かばかり唇を動かし呻く。 


「――何をする気、だ……!?」

「んー。お兄ちゃんをシスコンにするための行為」


 マリアの口調は、あくまでも淡々だ。

 だが、行動が過激過ぎる。


 何が、兄をシスコンにする行為だ? 行動の度が過ぎている。


 言葉と行動のテンションが一致していない。

 彼女の悪い癖が顕になった。

 正直なところ、ロキはその悪癖により、ただいま絶賛瀕死の状態なのだ。


 故にやめろ、とマリアの胸に声の振動が伝う。

 擽ったかったのか、「うひゃい!?」と情けない声を上げ、身体を起こそうとするマリア。


 ――が、時既に遅し。


 咄嗟にロキの両腕はマリアの脇に入り込み固定していた。

 須臾の出来事に目を白黒させるマリア。

 本能的にじたばたと藻掻いている。


 だが、日頃研鑽してきたロキの肉体は、彼女の身体が逃れることを許さない。


「……とりあえず、貸家に着くまではこのままの姿勢にするか」

「えーと、お兄ちゃん。……この体勢ってお兄ちゃんが疲れるような気がするな。

 気の利く妹の言うことを聞いて――とりあえず、この腕を退かしひゃう!!?」


 僅かな抵抗を手先で感じ、反射的に彼女の脇で指を滑らす。

 マリアの口がわなわな震えている。熱された彼女の体温を素手に感じ、妙な背徳感に襲われる。

 あくまで健全に蹂躙する。


 ――躊躇は無用。


 彼女が懲りるまでその仕打ちは続くのだった。







第23話 学院生活の前日譚







「ぜぇ……ぜぇ……」


 荒げた息を上げて、新居の玄関に倒れこむマリア。

 さすがにやりすぎてしまっただろうか、と内省するロキ。

 結局、マリアは擽られながらも強く抵抗してきたので、貸家に到着するまで擽りの制裁を加えてしまった。


 無駄な抵抗はよせばいいものを! ……そうではないか。


 容赦なかったロキにも責任はあった。

 馬車の御者曰く「若いのはいいねぇ!!」。

 何がいいのかはさっぱりだ。

 というか、馬車の中を騒がしくしてしまい、本当にすいませんでした。

 降車時に伝えた謝意を今一度、心のなかで反芻する。


「…………ぜぇ、ぜぇ。うぅ、酷いですよ、醜態晒しまくりでしたよ、お兄ちゃ、ん……」

「……なんかごめん」


 無論、「なんか」という曖昧な表現では済まないだろうが、唐突にロキの口は動いていた。

 度の過ぎたじゃれ合いは双方を傷つける。

 直後、耳に入るのは、ガランとした貸家に響く、マリアの荒げた呼吸のみ。


 ……微妙に妖艶な空気を保っている。


 彼らの新居は、公国の市街地の大路地に玄関を置いた共同住宅――名を【ペリドット】という。

 3階建てで合計30室ある。

 ロキとマリアの部屋は、1階の最奥にあった。

 既に、荷物は運び込まれていて――事前にシャトーディーン王国から配送してもらった――、生活必需品の押し込まれた無数の木箱が弾を為して積まれている。


 さすがに耐えられなくなったのか、いけない、とロキは静謐な状況を打破するため、口火を切る。


「さ、さて、荷物を片付けるか」

「……お兄ちゃんの責任でしょ、1人で片付けて」

「いやだけど、お前の衣服が上に積まれているんだよ」

「お兄ちゃんはわたしの下着に埋もれるのが趣味なんでしょ? 勝手に木箱ひっくり返して、堪能していれば?」

「俺には断じてそんな性癖はない。――ってそうじゃなくて! ああ、埒が明かない!」


 仕方がないから最終手段に入る。


「片付けが終わったら飯だ。マリア、手伝わないのなら俺1人だけで外に食べに行くぞ」

「ごめんなさい! 私を置いてかないで! お腹が空いて今にも倒れそうなの!」


 何たる手のひら返しか。


 返しが早くて残光を幻視するくらいであった。

 瞬刻に彼女は木箱の中身を整理していく。

 手際の良さが光っていた。

 彼女に負けじとロキも作業を進める。


 そして、整理作業は予想よりも遥かに早く終了した。

 2人は夜の街に繰り出した。

 遠出は避けようと決めていたのでちょうど近場に食堂があったことは幸いだった。


 食堂――【ディリス】は【ペリドット】の裏路地に店を構えていた食堂である。

 古い木造の建屋で、老舗の様相である。

 古ぼけた暖簾を潜り店に入る。


 客は少ない。

 新規の客となるとそうそういないのだろう。


 とりあえず、2人は席を確保し、壁に貼り付けられたメニューから適当なものを選択し、注文する。注文と同時に運ばれた冷水のグラスを手に持ち、2人は静かな乾杯をした。


「乾杯」「かんぱーい」


 勢い良く水を飲む、飲み干す。


 そして、2人揃って、「くぁぁ!!」とキレよく息を吐いた。極限まで冷やされたであろう冷水は旅の疲れを癒やすのに相応しい賜物だった。


「ようやく、ユグドラシルに着いたんだな……、まだ実感が湧かないけどな」

「そうだね。肝心の神樹を見れば、実感が湧くんじゃないかな?」

「……ああ、そういえば、マリアは元・公国貴族だっけな」

「うん。あまり良い記憶はないけど……」


 燻ったような暗く淀んだ声と共にマリアは、肩を落とす。

 彼女は、元々公国の貴族として生まれたのだが、3歳の時にとある理由から一族から追放されたのだ。シャトーディーン王国に捨てられていた彼女を救い出したのはほかでもないロキである。


「嫌な記憶を思い出させてしまったな、済まない」

「べ、別にお兄ちゃんが謝ることではないよ。だって、わたしの恩人だもん」


 慌てた口調で、頭を下げようとしたロキを必死で止める。

 だけど、と付け加える。歯を食い縛る彼女の苦渋な表情が窺えた。


「デュートロン家だけは許せない。機会があるのなら報復の1つは許されるよね?」

「まあ、機会があれば――だけどな。まあ、俺の癪にさわる行為をすれば誰かの首1つは飛ばすかもしれないがな」

「……さらっと、爆弾発言してるよね、お兄ちゃん。刑罰が加わらない範疇で行動してよね

 わたしの立つ瀬がないからさ」

「勿論、冗談だ。……って、いやいや、お前が切り出した話だろうが」


 適当なツッコミである。


 と、駄弁っていれば時は光の如く過ぎていき、気が付けばテーブルに運ばれた料理を破竹の勢いで食い尽くし、手持ちの代金を払って、店から出ていた。 


 既に、漆黒に染まっている天球には、星々の1つも見えない。確か、以前知り合った公国貴族の某男装少女、シグルーンは天体観測を好んでいたらしいが――シャトーディーンという田舎に比べ、この都会の燦然たる町並みの中じゃ、星の1つも探すことができない。空に浮かぶのは、大小2つの月のみだ。しかし、今はその月さえも雲で霞み、朧月と化している。まあ、これはこれで風情はあるが。


 2人は、表の通りへと出て、すぐそこの【ペリドット】へと足を運ぶ。風雨に曝されて風化した煉瓦の造りが、古きから伝わる荘厳を感じさせているように見えた。


 その煉瓦造りの共同住宅の玄関――ここは、木造で黒茶の色彩の古風な扉である――から入り、最奥の部屋、彼らの新居に向かった。


 ふと、部屋の前に立ち止まる配達員の姿が目に映る。

 2人が駆け寄ると、配達員の方も気が付いたようでこちらに目を向けてくる。


「すいません。……レイヴァーテインさんでよろしいでしょうか」

「……そうですが。どうしましたか?」


 丁寧な口調でマリアが受け答えをすると、配達員は背後から細長い木箱を取り出す。


「先日のお届け物で1点だけ届け忘れがあったのでお届けに参りました」


 細長の木箱をマリアに渡すと颯爽と去っていく。

 2人古き廊下にポツンと残される形となった。

 とりあえず、部屋に入って木箱を開けてみる。

 そして、2人、目を輝かせた。


 入っていたのは、2本の剣。箱の端には文字の書き込まれた羊皮紙がちょこんと置かれている。

 鍔、刃、柄、鞘――全ての要素がシンプルで、だからこそ、美麗なフォルムを保っている。


 ロキは、羊皮紙を手に取り、そこに書いてあった文の冒頭を読み取る。


『やっほー、母さんだよ! 若干遅れちゃったけど【魔導剣】送っておいたよ!』


 感嘆符が妙に多いような気がしたが気にはしない。

 冒頭を読み終えると、後は魔導剣の説明だった。

 長々しい説明を要約すれば。


「自分の中に秘めた感情を極限までその剣に込めると、剣が呼応して形状が変化する」


 というものだ。

 さすがは、グラディエメイシア有数の優秀な鍛冶師である。

 その子供であることを誇らしげに思う。

 まあ、説明だけで理解ができるような代物ではなかったが。

 これからも鍛錬を続けていけば、思うままに剣を扱えるようになるだろう。

 その時になったら、剣の形状とやらも変化するだろうな――楽観的にロキは捉えた。


 不意に、彼は真横で肩に寄りかかる暖かさを感じた。いつの間にか、マリアは静かに寝息を立てていた。愛嬌ある顔は、眠りながら微笑みを崩さない。俺の妹がこんなに天使なわけがない! と叫びたくなるも自重する。


 何はともあれ、彼女にも疲れは溜まっていたのだろう。特にロキの鬼畜な擽りでエネルギーの大半を削られただろう本当にすいませんでした。内省、外省、土下座したい……。


 だが、まずは彼女をベッドまで運ぶのが先決だろう。日頃鍛えた肉体で、マリアをお姫様抱っこするのは容易だった。持ち上げると、ロキは一応の位置に置かれたベッドに彼女を降ろす。抵抗はなかった。肌の温もりが腕を伝う。彼女の着る聖術学院制服は下の着衣が短めのスカートである。――パンチラ不可避だった。まあ、妹ので欲情する兄ではない――安心し給え。


 彼女をベッドに降ろした後で、どっと疲れが全身に響く。今日は寝よう――その意識はぷつりと遮断され、ロキもマリアと同様、深い眠りに落ちたのだった。







 因みに、この2日後に入学試験があった。結果は即日報告され。

 武学試験 主席合格   ロキ=レイヴァーテイン

 主席次点合格 アルマリア=レイヴァーテイン


 ――――晴れて成績上位で合格したのだった。

 マリアが買った制服が無駄にならなくてよかった、些細な問題に目を向けながら、合格報告を聞き入れるロキであった。

NEXT……4/5 PM6:00

 今日は連続投稿です。よろしくお願いします!

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