第21話 想いの憧憬
21話です。よろしくお願いします。
文字数少ないです……。
「勇者、候補……」
その言葉を一度だけ反芻するは、元・魔王候補ロキ。
かつて勇者と相討ちになった過去を持つ者だ。
「そう、勇者候補だ。確か、魔界にも魔王候補というものがあったが、勇者の候補というものは、多かれ少なかれ構造が異なるんだ」
素っ気なくタクト・イバラミネは言葉を続けた。
「魔王候補ってのは、魔族の中から選出されるんだってな。だが、勇者候補は根本からして相違している。この世界の人間は、無力極まりないようでな――何と異世界から『勇者』として選ばれし者を召喚するんだよ」
話に、ついていけない。
――ロキとマリアの転生に然り、タクトの召喚に然り。この世界は、そして、人間は何があって無関係の者達を巻き込むのか。無力? だったら戦わなければいいことを、どうして戦う。
富か、名声か。そんな表面的な利益に囚われてどうする――なんて人間に悪態をつく言葉が次々と体内に注ぎ込まれていく。
「勇者として選ばれるのは決まって1人だ。だが、俺が召喚された時はイレギュラーだったらしい。何と勇者として呼ばれた俺以外に2人、計3人が召喚されたんだ。どうやら、俺の召喚に巻き込まれたらしい。
そして、召喚元であるユグドラシル公国の王殿で“この中で1人を勇者とする”って言い放たれたんだ。わざわざ、勇者という烙印を押されていながら、巻き込まれの奴等と競うなんて、と最初は馬鹿らしくてやってられなかったな」
悠々と流暢に――昔を語る。
しかし、その口も次の瞬間唇を噛んでいた。
「だが、残念なことに俺は心外に強くなかった。
異世界人は召喚されるときに1つだけ、『福音』とかいう如何にも厨二心擽る能力が与えられる。俺以外の2人は、造作もなく魔族を蹴散らす程の能力を授かったが、俺は違った。何だよ、俺の視界に入った他人の情報を全て読み取るって。戦闘に役立つ要素ゼロ。巫山戯た野郎共だ、公国の連中は。
更には、元の世界へ返してもらうことも不可能だと。
失望して、俺は、公国を逃げ出し転々と国を回っていたよ。
そのうちに、クレア様に拾われて、こうして執事をしている。
安泰な身分に就くことができたのは満足だが、それでもやはり……」
勇者として俺を召喚した奴らは、今でもブチ殺してやりたい。
最後に残した言葉は、何故だろう、ロキの胸を締め付け。
それでいて、共感すらできた。
この復讐心は、ロキがかつて勇者に抱いたものと酷似していた。
「それは……気の毒だったな」
だから、哀れみの声は自然と出てきた。
かつての魔王候補は、魔王にならずして消失した。その末路は、勇者候補として堕落したタクトの運命と同じ道を辿っている。
無駄な共感かもしれないが、そうだとしても。ロキは、哀れな身を分かち合うくらいの人間だった。
「ああ、自分の口で言うのもなんだが、至極気の毒だな」
「だが、現状が大事だろ。現にタクトは、王女の側近として満足しているんだろ?」
「当たり前だな。この瞬間が永遠に続けば、なんて思っている程だ。
……にしても、お前のようなガキに気の毒と言われるのも癪だな、元魔王候補」
「そうだろうな。癪で結構、元勇者候補」
言葉を残し、ロキは苦笑、僅かに頬を緩めるタクト。
――全てを知り得ながら、共感者、か。
とりあえず、タクトへの警戒レベルを下げる。
「そんじゃ、話が済んだことだ。俺はここでお暇するぞ、タクト」
「ん――、そうだ、これを持っていけ」
タクトは、燕尾服の胸ポケットから、1枚の羊皮紙を取り出す。
そして、左手に紙を、右手の人差指を立てて、何かを書き留めるように紙上で滑らせる。
その動作を終えると、羊皮紙をロキへと手渡す。
紙には、何も書いていない。
「これを受け取っておけ。蝋燭の火で炙れば文字が出る仕組みだ。
お近づきの印、のようなものだ」
「ありがたく受け取っておくよ――それじゃあ、またどこかで」
快くその紙を受取り、後ろへ振り返る。
始終、ロキの背に顔を埋めていたマリアが、真正面に映る。
唐突な動きだったようで、マリアは呆けた顔を露わにし――次の瞬間、僅かに紅く頬を染め、目を逸らす。
「早く……帰ろ」
「ああ、そうだな。飯を食わないと体が保たないしな」
再び、帰路に就く2人。
その背を眺める元勇者は、何故か、口を三日月型に歪めるのだった。
その横顔は、まさに、悪戯っ子が悪巧みをした後の顔だった。
第21話 想いの憧憬
(くそ……あの元勇者、次に会ったらただじゃ済まさない……!)
夕食の後、自室にて蝋燭で炙った羊皮紙に書かれた文字を読み取った後、ロキは青筋を浮かべ、頬を引き攣らせる。
――内容が、酷かった。
あの男に対する警戒レベルを下げた自分が愚直だった――と、今更の懺悔も意味を成さない。
『ロキ=レイヴァーテインは、聖術学院に入学することを義理の妹であるアルマリア=レイヴァーテインに黙っている――……』という序文から始まった羊皮紙のメッセージは、長々と書き記され――簡潔に言おう、ロキがマリアに隠している聖術学院進学について網羅する文章が書かれている。
あの男、速記術の使い手だったとは。我ながら、浅はかだった、と再び後悔の気持ちが湧き出る。
「とにかく、この紙は隠しておこう」
すぐさま、本棚の前へ移動。
手近にあった文献と文献の隙間へと紙を忍び込ませる。
――マリアのことだ、気付かずに事が済んでしまうだろう。
ようやく、安堵の息を漏らすと途端に眠気が襲ってきた。
2年前に新調した低反発のベッドに飛び込む。
意識が暗転するのに長い時間は掛からなかった。
「あれれ、明かりを点けたまま、寝ちゃってる……」
いつものように(夜這いのため)ロキの部屋に訪れたマリアは、現状をありのままに呟いた。
ロキの寝顔が、部屋を出入りする扉からでも鮮明に焼きつく。
――ああ、堪らない。
疼く感情に快感を覚え、普段通り、彼のベッドに忍び込もうと挙動しようとする。
だが、その直前で『あるもの』が視界の端に映る。
普段の部屋にはなかった、異質な存在が気にかかった。
本棚に挟まれた1枚の紙。
その異様な雰囲気を放つたった1枚のそれを取り出す。
2回にして折られていた羊皮紙を開けると、その中にはぎっしりとした文字列が書かれていて。
「……………………やっぱり、わたしが弱いから、お兄ちゃんは隠していたんだ」
何となく、最近のロキは挙動不審だ、と察していた。
前世からの付き合いだ、互いの性格や仕草については見慣れている。
剣技の研鑽に然り、普段の表情に然り、会話に然り。
ロキの僅かな陰りを感じていたマリア。
赤の他人には決して理解できない――絆の象形の影響は果てしない。
羊皮紙に書いてある無数の羅列中から、特に大きく書き殴られた言葉が彼女の眼に飛び込む。
『俺は、マリアまでも背負うことはできない――もう、過去の過ちは犯したくないんだ』
ああ、分かっているよ。わたしが殺されたことも、ローザが囚われたことも全て、すべて、自分の身で背負っているんでしょ、お兄ちゃん。
だけど、自分だけで全部背負い込めなんて、誰が決めたの?
わたしだって、悔しいんだよ。親友を守れなくて、そして、魔界を奪われてしまって。
自分勝手は、いい加減にしてほしいよ――ロキ。
「私は……!」
言葉が吐かれる前に、身体が動いていた。
ロキの部屋から飛び出すと、廊下を駆ける。
――私は、私は。
もう既に、答えは出ている。
独りよがりなロキを引き止めるにはどうすればいいか。
多少の強硬手段を覚悟の上で、彼女は。
「父さん、母さん……!」
広間でくつろいでいる両親に向かって声を上げる。
その瞳には、決意の光が宿り、また――うっすらとした雫が浮かび上がっていた。
彼女は決意を叫ぶ。
「わたしも、聖術学院に入学する! ロキ1人で、なんてわたしが許さない!!」
突如の衝動に呆けた表情の両親を他所に、固まった想いを爆発させる。
瞳の涙が、赤に染まった頬を流れ落ちる。
その涙は決して、悲嘆を起因としたものではない。
――やっと、わたしはロキの横に寄り添うために変われるんだ。
拳を握る。
アルマリア=レイヴァーテインに二言はない。
メラメラとした焔の如く――彼女の双眸は光り輝いていた。
NEXT……3/23 PM11:00
次回で、Chapter1-4を終了させます。
次々回から第2部が始まりますが、一旦休んでプロット書き上げちゃいます。
追記 次話書くことが多かったので、2時間程投稿時間を遅らせます。




