第20話 その男、執事につき
20話です。よろしくお願いします。
ゼロ式魔導の継承者は、代々、魔力色相の儀で『黒』の反応を示す。
魔力因子、というものは魔導として利用される以前、単体として空間に浮遊するときは純粋に黒色の粒子である。
継承者に見られる反応の理由はこれに起因している。
ゼロ式魔導の継承者は魔力因子を他の物質によって変化させず、因子のみで操っているのだ。
他の天職を与えられた者は、いずれにせよ、魔力因子に加えもう一つ異なる物質を操っているのだ。
つまり――純粋な魔導を放つに相応しい者にのみ与えられる天職だ。
「継承者、ロキ。あなたは、自身の天職を誇らなければなりません」
クレアゾットは、眼前に立ち竦んだロキの手を取り、一旦、まじまじと見つめて、瞳を閉じた。
――やはり、純粋な魔力因子の流れが確認できる……。
血液の拍動と似た因子の流動を、皮膚を重ねることで日感じ取る王女。
異性と肌が接触した? そんな色恋沙汰ルートを見据える気はさらさら無くただただ、ロキの体内を駆け巡る因子の動きを感じていた。
――しかし、それにしても。
「貴方の、体内に流れる魔力因子は他を圧倒していますね……」
「……そうでしょうか? 俺としては、何も感じないのですが」
いつもとは程遠い丁寧口調で応じるロキ。
あくまでもしらばっくれていることを周囲に感じさせない所作である。
だが、一見冷静な対応だと思われたものの、古道の不穏な高鳴りが続いていることは否めない。
――まさか、触れただけで体内の魔力を感じ取ったのか……!?
心中にあるのは、疑念。
一般人の身体には僅少な値の魔力因子が含まれているという知識はあった。
だが、ロキ自身の体内に流れる魔力の量は相当なものだった。
表沙汰はしていないが、ロキは魔術を利用することができる。
魔術とは、体内の魔力因子を体外に放出し効果が発揮される能力だ。
つまり――少なくとも、枯渇しない程度の魔力因子を体内に宿している必要がある。
それ故に、ロキの体内には魔族に匹敵する程の魔力因子が蓄えられ、日に日に補給されていなければならない。
「――実に興味深い人です。タクトさんもそう思いませんか」
「俺はクレア様の意見に賛同するのみです」
急に話を回されたタクト執事だが、冷静沈着に、加えて無愛想な無表情で淡々と肯定の意を示した。が、「ただ……」と加えた後、彼はこう述べる。ロキに怜悧な双眸を向けて、
「人智を超えた存在、と例えても可怪しくないか、と」
ロキにとって、それは、縫い針が心臓を貫くような言葉だった。
瞬間、ロキの背筋におぞましい程の悪寒が走った。背中に氷水をかけられたかのような冷たさを全身で体感する。
鳥肌が立つのに長い時間は不要だった。
思考は混濁する。
――この男は要注意人物だ、接点を持つのは避けるべきだな……!
反射的にそんなことを考える。
ヘタしたら全て分かりきっているのかもしれない、という嫌な空想は捨てたいところだが、生憎不安要素のみが思考回路を交錯している。
脳の処理速度が追いつけなかったからか、吐き気を催す。だが、必死に首を横に振り、我に返る。
意表を突いた発言は、あからさまにロキを締め付けていた。
が、そんなこととは露知らず、王女は話を続けた。
「確かに、前例を見ない魔力因子の量からは、『人智を超えた存在』だと言っても過言ではありません。しかし、何年も儀式を続けていればロキのような人材も現れます。それこそ、天才は1人ではないのですよ、タクトさん」
「――承知のうえです、クレア様」
玉座へと身体の向け、軽い礼を向けるタクト。理路整然とした動きには、乱れがない。クレアゾットは、礼をしたタクトの頭を軽く撫で「よろしい」とだけ囁く。何が「よろしい」のか、ロキには知る由もない些細な言葉だった。
そして再び王女は、ロキとマリアへと視線を移す。
「……失礼致しました、話の続きと行きましょう」
前置きし、続ける。
「次は、アルマリアに与えられた天職『継承者補佐』についてです。
先程の儀式で、彼女には虹色の反応が見られました。
継承者の反応が黒一色なのは、魔力因子のみを操っているからでしたね。
では、虹色の場合はどうなるか。アルマリア、答えてください」
「魔力因子よりも他の物質に頼っている、ということでしょうか?」
「ご名答。まさにその通りです。虹色の反応が出るのは、魔力因子以外の物質を操作しているからです。因みに、アルマリアはゼロ式魔導があまり得意じゃなくて?」
「そう、ですね……思えば、魔導を試したことはありますが失敗続きで、使ったことがないです。普段は聖術のみを使っています。
元々はユグドラシル出身だったので」
マリアの体内には魔力が存在していない。
恐らく、転生と同時に失ってしまったのだろう。
故に、マリアは何事にも才能に恵まれているが、魔導だけは無能極まりなかった。
だがしかし、王女はマリアの才を肯定的に捉えたのか、天使の如く笑顔で豪語する。
「――つまりは、そういうことです。魔導に関しての才能は皆無ですが、それ以外については充分な才能があります。そこで、継承者補佐という天職ができたのです。
継承者の能力を補うという名目のもと、その職は存在しています。内容に関しては至って簡単です。――継承者、すなわちロキと行動を共にするということです」
何だ、その内容は? と、ロキが訝しむのも無理がない。『継承者から離れないという簡単なお仕事です』――なんて滑稽な謳い文句を売りとするようなお仕事だ。
「あの、継承者の身から失礼するが、俺もマリアから離れてはいけないってことですか?」
「ええ、勿論です。否定は認められていません」
これは、マズイことになった、とロキは唖然とした様子で口を開けていた。
視点は既にどこへやら、曖昧だった。
とどのつまり、俺はマリアと共に行動しなければならないということではないか。
故に、学院に行くためにはマリアも着いてくるしかない。
もしくは、学院に行かないという手もあるが、それは望まない。
偶然に偶然が重なって、窮地に陥ってしまった。
幸運が過ぎて、不幸になるとはありがたいような気がして、むしろ迷惑だ。
第20話 その男、執事につき
儀式を終え、2人は玉座の間を出る。
ロキは、既に重い足取りだったのに対し、マリアはスキップでもしながら鼻歌を口ずさんでいる。
何故、彼女が幸せそうな素振りを見せているか――先程の儀式の結果が左右しているのは目に見えていた。
「お兄ちゃーん♪」
「――何だ、マリア。今、俺はかなり不機嫌なんだ」
「不機嫌な理由はわからないけど、とにかく! これからはずっと一緒だよ、お兄ちゃん♪」
「確かに、天職で決められたことだが……」
強い言葉を放つ気力も無くなったロキは、ただマリアの鼻歌に耳を傾けることにした。
彼女の鼻歌が、聴くものを癒やす程美しいものだったので、あえて自分の言葉で遮ってしまわないように無言を貫いたのも一因である。
しかし、突如として後方で扉が軋み、開く音があった。
玉座の間を出入りするための巨大な木造のものである。
そして、
「お前ら、少し時間を頂けないか?」
ロキすら遮らなかった鼻歌に1人、干渉する声があった。
2人は振り返る。声の主については理解できていた。
王女の執事――タクト。
黒髪の低沸点な青年がロキとマリアに立ち塞がる。
「何の用だ」先手を取るロキ。「俺らの儀式は既に終わったはずだ。もしくは儀式の結果に不満があるとでも言うのか?」
「いいや、愚痴を吐きにわざわざ来たわけではない」僅かに首を横に振って否定の意を示す。「俺は、お前らの出で立ちについて個人的に詮索しようと思っているだけだ」
「俺とマリアの出で立ちについて、ね。そんなのレイヴァーテイン家の子供というだけで話が済んでしまうだろ?」
「そういうことではない」ゆったりとした歩幅でロキとの距離を詰めるタクト。「俺が知りたいのは、貴様らに――そうだな、前世があるかってことだ」
「前世? ……そんな戯れ言、あるわけないだろ」
即刻、否定。しかし、内心で動揺は隠せない。この、タクトという男は一体どこまで見透かしているのか。どれ程のことを知り得ているのか。――まさに、未知数な存在だった。
「フッ、否定するのも、無理ない、か」
「何が言いたいんだよ……!?」
徐々に苛立ちの意が込み上げてくる。
焦りと共に、喉元に詰まるのは、何だ?
激情が、ロキに拳を握らせた。
「俺が、何を言いたいか、か。そんな分かりきったことを聞くか……。
いいだろう、誰しもグダグダな話は好まないし、簡潔に答えさせてもらう」
タクトが一息吐く間に、柔だった空気が、鋭く突き刺さる刃物へと変貌を遂げる。
青年執事の言葉は、激情が――ロキの喉元から、吐出される直前に放たれ。
そして、
「ロキ=レイヴァーテイン――――君は、魔王候補としての前世を持っているな」
脳漿を震わせる衝撃に、目を見開くロキ。
――まさか。まさか、まさか。
全て、お見通しだった、というわけか。
気が付けば、脚部が痙攣していた。咄嗟に、身体が動くわけがない。
だが、それもまた策略の内なのだろう。
「お前は……何を、どこまで知っているん、だ」
「何をどこまでというと長々しくなるから、幾つかの例示をあげるとしよう。
では、1つ目だ。魔界フォーヴリッグの退廃についてだな。勇者4人に魔族が大敗を喫したんだ。恐ろしくも可笑しい話だ」
「何が、可笑しい……って」
「おっと、質問は後にしてくれ。では、2つ目。勇者の死。これは、とある魔王候補と戦った後に相打ちで亡くなったんだったかな。とある魔王候補っていうのがミソだな」
「……」
「よし、黙って正解だったな。では、最後。因みにこの情報は君でもわからないだろうよ、勇者殺しの魔王候補よ」
何が、どうして、こうなった?
何なのだ、このタクトという男は。
理解し難いのではなく、できない。
理解してはいけないと、全身が警告を促している。
「では、最後の情報だ。――勇者殺しの魔王候補、ルキフェル=セラフィームの愛人、ローザは、神樹の奥深くにある。以上だな。質問は、1回きりだ」
「……何者なんだよ」
僅か、漏れたのは――怯えに似たその言葉。
魔族を侮蔑し、かつ、勇者をも侮蔑したかのような口調で淡々とありのままの真実を垂れ流すこの青年は何者だ?
そして、何故、この男はローザの居場所を特定できた?
「……お前は、何をどこまで知っていて話そうとするんだ!? 俺に何のようだよ!? お前は一体何者なんだよ!?」
僅かにタクトの頬が引きつったように見えた。
だが、低沸点の割には手を出さない。
「……チッ、面倒なガキだ。俺が『質問は1回きり』って言っておいたのがお前の運の尽きだな。もし、お前、ロキ=レイヴァーテインが分割して問う程冷静だったら――今頃、物理的に首を撥ねていたところだ」
「……一体何を」
「何をってそのままだな。怒りのままに俺が魔導を放っていたというわけだ」
………………。
もう既にロキは、どこまでが真実なのか、判別が不可能な状態にまで陥っていた。
疲弊しきった精神は、もう、言葉を発そうとは思わなかった――故に無言となる。
「では、質問に答えるとしよう」
無言のまま、視点をタクトに向けたまま、ロキは静止した。
そんな彼の背中にいつの間にか張り付いていたのは、マリアだ。
――正直なところ、彼女に関しても処理が追いついていない状況だ。
彼女はただ、ロキを背後から抱きしめ、「怖い、よ」と背に顔を埋めて怯えているのだ。
だが、執事の青年に他人の驚愕なぞ知ったことではない。
嗜虐的な笑みを浮かべるわけでなく、憤怒の表情を浮かべるわけではない。
朴念仁な無表情を貫きながら、ガラの悪いくぐもった声で、
青年は、自らの名を告げる。
「俺の名は、タクト・イバラミネ。
異世界から召喚された一人間であり――。
心裏を読みほどく『月詠の眼窩』を体内に宿した――『元・勇者候補』だ」
魔王にも候補があるように、勇者にも候補は存在する。
そして、ロキとタクトの共通点は、『本物』にはなれなかったということだ。落ちこぼれ、というものだろう。
そんな2人が、異質な形で出会ってしまった。
そして――最終目的地、ローザの居場所についても特定された。
この2つの奇跡が何を呼ぶか。
正義から堕ちた『勇者』は、魔王に等しく。
魔界存続のために殺された命は、魔王目前だ。
とどのつまり――これから始まるのは異妙な魔王譚。
候補堕ち達の大物喰らいの始まりは、恐らくこの瞬間と見て取れた。
NEXT……3/22 PM11:00
追記:またも1時間早く投稿します。よろしくお願いします。




