第19話 夕刻と執事と王女
19話です。よろしくお願いします。
何とか、書けたぜ……!
シャトーディーン王宮内は、豪壮な造りであった。王宮、とは言うが外観は紛れも無く城であった。中心街のどの建物よりも巨大な城壁を見上げながら、城門を抜けると、王国内で最も高くそびえ立つ城がある。
城壁は、煉瓦を何重にも重ねた挙句、純白の塗装を施され、城門を抜け、まず豪壮な印象をもたらした巨塔の屋根は、槍のように急勾配で群青に塗り潰されている。塔からは、見張り番だろうか、兵士の数名が城の芝で埋め尽くされた地上を監視している。
ロキは、正直――懐かしさを感じていた。何せ、こうして城へと入り込んだのは、魔王城以来なのだ。意外なことに、王国の城が、魔王城と告示していたこともノスタルジアに起因するものかもしれない。
「……す、凄いね、お兄ちゃん……、ざっと、魔王城の2倍程大きいんじゃないかな」
「いや、さすがに2倍はないと思うが、確かに凄いな。こうして見ていると、古き日々日々が思い出されるな」
「そう、だよね。魔王城で、わたしとローザとお兄ちゃんと、3人で過ごした日々がまだ、昨日のように感じるよ」
時の流れは、尋常じゃない程に早く、いつしか彼らは12歳となった。ロキが生誕し、マリアと出会い、もとい再会し、エルフの友人シグルーンと相対し、互いを分かち合い……そして、今、城内へと足を運んでいる。
無論、日常も充実していた。ローザについての手掛かりが未だに発見できないことは、不本意極まりないのだが、剣技を習うことで恐らく前世よりも遥かに強くなった気がしている。また、鍛冶屋での多忙な日々もいつしかライフワークとして体内に埋め込まれていた。
王宮内には、彼らの他にも少年少女達が群がり、ごった返し、曖昧な列を為している。その列の行き着く先は、塔の真下に建てられた王宮の門である。2人の門番が超過して王宮へと流れ込もうとする人々を堰き止め、等間隔で列の最前列に立たされた少年少女を送り込んでいる。
因みに、ロキとマリアは残念なことに最後尾だった。太陽が昇る前に到着したはずなのだが、時既に遅し。仕方なく、2人は長らく待つことにしたのだった。初夏とはいえ、暑さによる疲労は、徐々に蓄積するものだ。
……母さんが水筒を手配してくれて助かった、と半分安堵、半分労苦の既に疲れたかのような溜息を吐く。正直なところ、憂鬱であった。数を見積もって、1000人の若人達が、一斉に集結したのだ。かつ、最後尾となると――、夕方まで並ぶ羽目になるのではないか?
「なあ、マリア……、この列が終わるまで、中心街で遊んでいないか?」
「お兄ちゃん、いつもの頼り甲斐ある姿をどこかに捨てたような台詞を吐いて、余程滅入っているようだね。ちなみに、わたしはここで待機しているけど。――お兄ちゃん、1人で遊んでくれば?」
「……何か、いつもより冷たいような気がするな、先日行った古書店で自己啓発の本でも熟読したのか?」
「うん。本の名前は『クーデレ妹の重要性-これであなたもクールな妹分-』だったような気がする」
「タイトルから地雷踏んだと思うのは俺だけか!? ってか、普通にしていろ、ふ・つ・う・に・し・て・ろ!! 何だかこちらの気が狂いそうだ」
「そのまま、気が狂った勢いでわたしを襲っちゃってください」
「いつも思うが、お前の変態脳はいつになったら改善させるんだろうな!!?」
わーきゃー喚くロキを傍目に置いて、マリアは凛々しさの混じった視線で、列の先にある王宮を眺める。――因みに、凛々しさの混じった視線である理由は、未だクーデレ妹を演じているからだ。
王宮の本殿は、塔を囲むような同心円上の建築様式だ。だが、何と言っても城壁が広い範囲に広がっている割に、極小サイズの王宮である。これもまた、平和の一因なのかもしれない。王が豪華な暮らしを控えることで、無駄な差別問題を解消しているのだ。
……にしても、と唐突にマリアは呟く。
「クーデレって案外疲れるんだね、お兄ちゃん」
「だったら最初からやるなよ!」
結局、数分も持たずにクーデレ妹マリアの存在は、遥か彼方へ消失していった。飽きやすいことこの上ないという率直な感想が相応しいだろうが、ロキにとってみたら、安心感を高める以外の何事でもないのだった。
やはり、俺の妹のクーデレラブコメは間違っている。
第19話 夕刻と執事と王女
時の過ぎ去りは早く、昼が過ぎ、西日が王宮へと差し込んでいた。
もう、夕刻である。昼餉はさすがに腹が減ったのか、マリアも賛同し、中心街へ赴いて子供の僅かな小遣いでやりくりをした。
だが、さすがに小遣いが足りない。ろくに満足な飯に食らいつけられなかった。毎日マリアの作る手料理の素晴らしさを改めて痛感するも、決して口には出さない。本当は、素直に評したいところだが、マリアのことだ。この場で褒めたら興奮で卒倒とかあり得てしまう。
そして、ようやく彼らの番が訪れた。既に、後ろに人は居らず、日中の喧騒はどこへやら、王宮には閑寂さが滲み出ていた。
塔の簡素的な色使いが寂寥感を上乗せする。2人は、門番の許可が下ると、空腹で限界間近の腹を抱え込むように足を引きずるように王宮へと立ち入る。
途端、眼中に飛び込むのは短い廊下に、如何にも荘厳な霊気を放つ木彫の大扉だ。ざっと、平均的な身長の人が2人、縦に並んだ高さに等しいだろう。何にせよ、ロキとマリアにとっては大きすぎる扉だった。
取っ手に、手を掛ける。そして、前へとひたすら、全身全霊をかけた最大出力で圧しに掛かる。ギ、ギ、ギ……、と扉の噛み合う部分が軋む音があった。
軋みの音を立てながら、鈍く扉が開いていく。が、角度が開いてくると、負荷が徐々に蓄積し、半分開いた地点で最初と比べ負荷が倍増した。
だから、半分の地点からは、マリアも扉を支え、2人で開けていく――最初からそうすれば良かったものを、とは思ったが後悔に打ちひしがれるよりは、現状に満足したかったため徹頭徹尾、無言を貫く。
不意に、扉の金具が咬み合って勢い良く前へ回る。
勢い余って。ロキとマリアは前のめりになり、転がる――までではないが、前に1歩、2歩つんのめる。後ろにいたマリアが、ロキに衝突しそうになるも間一髪均衡を保った。日頃の鍛錬が意外なところで役に立ったらしい。
して、玉座の間だ。部屋の中は、一面、幾何学模様の絨毯が敷かれていて、その中央に玉座が屹立している。
玉座の右で静かに棒立ちしている燕尾服の青年がいる。執事と思われた青年は、耳に掛かる程の黒髪を整髪剤で整えている。長身はロキの身長より僅かに高い玉座を軽く見下ろせる程。… それ以外は、至って目立った様相ではない。
視線が移る。座に座るのは純白の軽快そうなロングドレスを纏った女性。
歳は、ロキよりも4つ程歳上の容貌で、この世の技術でとても再現できないような端正な顔立ち、ウェーブがかかった茶の髪が腰丈まで伸びている。絶世の美女と例えるに等しい女性だった。いや、女性というよりはまだあどけなさが残っているような気がする――少女とも例えられた。
――この女性が、シャトーディーン王国現王女、クレアゾット・ヴァニールということか。
心中でロキは、その名を呼ぶ。
クレアゾット・ヴァニール第一皇女、現シャトーディーン王国王女。この国の王を務め、魔導の発明したヴァニール家の末裔。そして、先代のクロノコルフ・ヴァニールの没後誕生した王国初の女王である。
ロキが、女王の姿に目を奪われていると、カツカツと脇腹を小突かれる感覚があった。
あえて見入る必要はない。
グルルルル、と唸りを上げるマリアの声がロキの耳元に入っていたからだ。
絶対に、彼女の仕業だ。我が妹(仮)の所業を脇腹に感じ、さすがにくどいと感じたのか、眉間に皺を寄せようとしたロキ。
不意に。
「――君達、悪巫山戯はやめたまえ!」
前方からの怒鳴り声。
気が付けば、玉座の右で静寂を保っていた青年執事が、こめかみに青筋を浮かびあげていた。
憤怒の感情が顕になって、その場の空気が物理的に冷やされる。
魔導とは、体外の魔力因子を利用するものだ。故に、因子を利用して気温を変化させることなぞ、動作もないのだ。
「王女様の目の前では、惨めな格好をするのではない!!」
「まあ、まあ。タクトさん。落ち着いて」
おっとりとした口調で制止に掛かる声は、玉座から顔をタクトと呼ばれた執事へと向けた王女、クレアゾットだった。
執事が王女を注意する場面なら想定はできるが、その逆というと中々想像できない。執事の沸点が低いだけか、もしくはわざと怒りを爆発させたふりをしてあえて叱られることで快感を得るマゾヒストか……。
後者が想定し難いのは置いておこう。
「っ……、すいません。いつもの癖で」
「仕方がないことです、癖なんですから。にしても、タクトさん。――以前よりも怒りやすくなったような気がします。毎日の仕事がご多忙だったことは私もわかっています。
今度、休暇でも取って温泉郷にでも赴いてみたらどうでしょう?」
「クレア様の気配りには感無量の喜びを感じ、謝辞の言葉も浮かびません。
……ですが、俺は大丈夫です。あなたの執事なのですから」
タクト執事の熱が冷めていくと同時に、周囲の気温が元に戻る。
にしても、王女様は女神に等しい存在なのだろうか。目下の執事にも気配りを利かせる律儀な王なんて、このご時世にそうそういない。
『差別社会? なにそれ旨いの?』な健全平和大国シャトーディーンだからこそ、王女も女神級に穏健なのだろう。
執事をなだめ終わり、ようやく事が始まる。
「……あらあら、私達の茶番に付き合わせてしまってすいませんね、あなた達。
――そうそう、名前は?」
「俺は、ロキ。ロキ=レイヴァーテインです」
「わ、わたしは、アルマリアです。アルマリア=レイヴァーテインと申します」
2人の兄妹は揃って、よろしくお願いします、と声を合わせる。
返ってきたのは、柔らかな微笑み。
「うふふ、兄妹で仲が良いのは、いいことです。
長話も疲れるでしょうし、早く私に近づいてください」
言われるままに、ロキとマリアは王女の目の前まで進んだ。
「さて、手短に済ませたいのですが、あなた達は魔力色相の儀についてご存じですか」
首肯。双方、本については三日三晩読み耽っていたので、魔力色相の儀についてなら答えられないことのほうが少ないと自負している。
「知っていたのならば、先に儀式を行ってしまいましょう」
「「はい」」
応じる返事を聞くとすぐに、王女は2人に向かって、左手を伸ばした。その掌は、目一杯に開かれている。脆く、触っただけで壊れてしまいそうなくらい華奢な手指が露わになる。
途端、クレアゾット王女は、ある術式を紡いだ。
――だが、その術は、ロキにしてもマリアにしても、未知のものであった。
「――魔力色相――」
銀鈴の音と共に、放たれるのは、真白の光。
王女の眼前に立つ兄妹を一瞬にして貫いた。
――だが。痛みは感じられず、そもそも光が身体を浸透していく感覚も皆無だった。
光は、しばらくするとボロボロ、と消失し、そしてロキとマリアの胸の前にそれぞれ1つの光が現れる。
そして――王女は。
「……な、なんですか、これ……。こんな色の濃い変化は初めてです……
ましてや、君達のような特別な人間の中でも更に、貴重な存在かもしれないです!」」
ロキの眼前に映ったのは――漆黒の光。ボウッ、と燃えたぎる物体が浮遊している。その姿は小動物を眺めているようで可愛くもあった。
また、マリアの発達して間もない胸に疼く光は虹の彩りを見せていた。こちらの光はロキと違い優雅で繊細な美しさを感じさせ、煌めいていた。
だが、更に気にすべきことは、驚愕の表情を浮かべた王女のことである。
――色の濃い変化?
――君達のような特別な人間?
――貴重な存在?
ロキには、王女の呟いた意味不明な言葉の羅列が、複雑に絡み合い、結論への配列を成していく気がした。
そして。
王女によって放たれた1つの『答え』によって、結論は、考証ではなく、完全無欠な事実となりゆく――。
「唐突ですが――ロキ=レイヴァーテイン、あなたは、継承者です。
さらに、アルマリア=レイヴァーテインは、継承者補佐の天職が与えられました」
明らかにいきなりな事実に2人の少年少女の目が点になる。
結論へと辿り着いた王女の声は、王座の間に刹那の静寂をもたらすのだった。
――――ゼロ式魔導の継承者、ロキ=レイヴァーテインはこの日をもってシャトーディーン王国に君臨したのだ。
NEXT……3/21 PM11:00




