第17話 懸念と熱意と過去
17話です。よろしくお願いします。
かくして、ロキは12歳になった。
聖術学園に進学するのは、13歳になったら、だ。
一応、7歳の時に学院へ進学したい、とミョズに自らの希望を打ち明けたのだが、その時は、確か、『まだまだ焦る必要はないよ』と軽くあしらわれていた。
まだ時間があるから、ゆっくり考えればいい、なんて悟られもした。
――まあ、悟られようが、ロキの信念は歪められないのだが。
彼は、7歳――シグルーンとの別れから、毎日、家業の鍛冶仕事や剣技の特訓を繰り返しつつ、自室の本棚にある分厚い書籍の数々を読み漁った。
シグルーン曰く、聖術学院には座学と武学の試験があり、どちらかの試験に合格すれば晴れて学院生の仲間入りだ、とのこと。
要は安全策である。
一方のテストで不合判定が出ようが、もう片方で合格すれば文句は不要なのだ。それに、学院では多種多様なカリキュラムが練られているらしく、入学後に授業スピードに追い付くためだ。
用意周到な性格は、前世から寸分も歪まんでいないのである。
第17話 懸念と熱意と過去
時に、場面は晩餐の後。
食卓をロキ、ミョズ、ドールグが囲む形で腰を下ろしている。
因みに、マリアに関しては日頃の疲れからか、夕食後にベッドへ直行だった。
――まあ、マリアがいない方が話をしやすいし、万々歳なのだが。
実のところ、ロキは、学院へと進学する際に、マリアを置いておこうと思っていた。
噂によると、ユグドラシル公国は、平民と貴族の格差社会が激しいらしい。
シグルーンに噂を鵜呑みにするな、といった身が確証できないことに怯えるのは間違っているかもしれない。だが、今は細かいことに目を向けている暇ではない。
レイヴァーテイン家は、平民の類に入る家系だ。
とどのつまり、貴族による差別の対象である。
――まあ、ロキの場合は自分を貶す相手に無関心になれるのだが、マリアの場合、感情的になりやすい。感情が憤怒、もしくは慟哭に蝕まれて平穏な生活が望めなくなるかもしれない。
それこそ、勇者の一件の時と同じように、だ。
同じ過ちは繰り返したくない。そんなロキの本心により下った決断である。
「ロキ、オマエは聖術学院に入学したいのか?」
確認の問いを取るのは、ドールグ。
両親の視線の先にあったロキの瞳には、既に意志が宿っている。
「ああ。俺は、ユグドラシルへ行って、もっと多くのことを学びたい」
因みに、この理由はあくまで取って付けた表面上のものだ。
本当の理由は、ローザの居場所を特定するため、である。
ついでに、この世界の諸情報について収集しておけば後々の捜索活動に利益を被ることとなることを加味して決断に至ったのだ。
だが、あくまでも本当の目的を知られてはいけない。
ロキ自身と同じ境遇にある転生者が全くいないとは一概には言えないからだ。マリアが良い例である。案外近くに、前世持ちの転生者が存在している可能性は無きにしもあらずだ。
そして――もしもの話だが、ロキの知る人物が転生者で、かつ――勇者、だとしたら?
彼はもちろん、マリアや、下手すればレイヴァーテイン家が廃退の危機に瀕することになるかもしれない。自分の機器に目を向けるのは大事だが、何より、12年余り自らを育ててくれた父母に、そして前世からの仲間を失うことは、最悪の場合だったとしても、あってはならないことだ。
「……オレがいちいちオマエの人生に口出しする気はねえよ、ロキ。その熱意溢れた眼から、オマエの決意は伝わった――オレは、許可を出そう。
で、ミョズはどうなんだ? さっきから唸っているが」
ドールグの承諾の後、話の続きをミョズが請け負うこととなる。
ロキは、ただ、唸りを上げて苦悶しているミョズを見つめた。
ふと、唸りが止み、母親の口から、
「――正直なところ、行かせたく、ない、ね」
途切れ途切れの否定が放たれる。
否定の後、間髪入れずミョズは言葉を並べる。
「公国の差別社会は、甚だしいものだよ。それはもう、シャトーディーンの綺麗で安穏な空気を吸って生きてきた身では、窒息死するくらいに苦しいし、血肉の腐臭に塗れたように汚染された空気だよ。」
「……だけど、俺は、やるべきことがあるんだ。
もちろん、マリアを巻き込むなんてことはしない。あいつがいない時間を図って、進学の話をしているんだ。その理由は、俺が言わなくても、母さんは分かるだろ」
「――まあね。伊達に母親やってきたわけじゃないんだから。
マリアは繊細な子だから、公国の空気に馴染めないと思う。ロキは、あの子を置いていくつもりなんでしょ? その考えには賛同できる。
だけど、ロキ――あなたはどうなの? 実際に、公国の空気を感じずに、そこに馴染めると思っているの?」
「そうだ。俺は心の底から本気だ。母さんが心配してくれる気持ちも充分理解できる。レイヴァーテイン家は確かに平民の位置にあるのかもしれない。俺が貴族の同級生に酷い扱いを受けるかもしれない。問題なんて想像できる範囲だけでも、無数に存在している」
だが。
「俺は大丈夫だ――父さんに教わった『強さ』、母さんに教わった『優しさ』、そして俺自身の魔導が枯渇しない限り、公国に馴染もうとすることができる。
格差社会にだって抗えるさ。
大丈夫だよ、母さん。
――俺は、紛れも無いミョズヴィトニル=レイヴァーテインとドールグ=レイヴァーテインの子供だ。両親の想像以上な存在になってやるよ。
だから――もうそろそろ、頃合いだ。俺は、親離れして強くならねばならない」
「…………」
無言で言葉を受け止める、ミョズ。文句もなしに、ただ、己の子息が織りなす決意に耳を傾ける。若干、その顔には陰りが見えた。――思い詰めた様子だっということは、ロキの感情にズキズキとした痛みをもたらした。
だが――今のままでは弱いままだ。
――そう、今の俺は、まず強くならなければならない。
ローザを救い出すためには、親なぞに頼っていられない。
戦う手数は、多いほうが有利だが、この国に引きこもってばかりでは、動きが起こらない。
だから、まずは――外の世界へ征かねばならない。
「――なあ、母さん」
「――、何?」
応じたのは、震える声。
悲痛、憂虞、憂患、憂慮……、想いあふれるのを堪え、ミョズは、俯きがちだった、顔をやおらに上げる。ロキを視界に入れる。覚束無い瞳が彼を捉えた。妙な威圧感、ゴクリと息を呑むロキ。
だが、威圧に気圧されながらも、少年は語らう。
「5年前に、シグルーンに聞いたんだけど、母さんは昔、聖術学院に通っていたんだよな?」
「そう……だよ。だけど、その話が、ロキの進学に関係するわけ、な」
「ない、とは思わなかったよ、少なくとも俺は。
母さんも、最初は、平民生まれだったから、虐められていた――って」
「うっ…………や、やめてよ」
呻きを上げるミョズのこめかみに脂汗が滾る。
先程よりも震えが酷くなっている。
このまま、話を続けるべきか――鬼畜じゃあるまいし。
だが、ロキが次の選択に移る前に、遮る声が1つあった。
「やめとけ、ロキ。これ以上、母さんの過去を詮索するならば、オレが容赦しないぞ……!」
「……冗談だ、父さん。俺が、安直だったよ」
睨みを効かせるドールグが制止にかかる。
一言一句から、怒りを醸し出しているあたり、ミョズへの一途な想いが強く感じられる。
「母さん、俺が言いすぎてしまったよ。ごめん。
……だけど、母さんの悲痛な過去にだって、続きがあるってことぐらい言わせてくれよ」
ドールグに意志の塊と化した圧のある声を放つ。
無言の頷きで彼は応じ、共に、ロキの雄弁が始まる。
「……母さんが虐められている時に、父さんとスルーズさんが助けてくれたんだろ?
父さんも平民出身だったけど、スルーズさんは、純粋に貴族の家系のはずだ。
――要は、誰かしら守ってくれるんだ。甘い考えかもしれないけど、俺はそう思っている。
でなければ、相手より先に行動するくらい俺は賢明に行動するぜ?」
流れるような動作で食卓から立ち上がり、破顔一笑をミョズに向けて見せつける。
母さん、俺は大丈夫だ――精一杯に頑張るから。
心中から、ほとばしる熱意秘めた視線を向ける。
そんなロキに目を奪われ、ミョズの表情は徐々に緩やかなものに変わっていく。
やっと、震えが収まったようだ――内心の安堵は隠せず、はにかみとして表に出てしまう。
「母さん――、俺、ユグドラシルへ行く」
再びの決断の声――。
だが、逡巡は不要だったようだ。
「いいよ。……ロキの気持ちが溢れる程、伝わったから。だけど、行くからには妥協はしないでね。自分の出せる限りの全てを見せつけてやりなよ」
ああ、と軽い言葉で応じ、再び座り食卓へと体を向かせる。
と、その時。
だけど、1つ条件がある――その声は、ミョズ、だけではなく、ドールグの声も重なりあっていた。
――一体、何が?
2人は、声を合わせて、これから旅立とうとする我が子へと、最後の課題を下す。
「ロキ。旅立つ前に王宮へと向かいな。
そして――――『魔力色相の儀』を受けてから、この国から旅立ちなさい」
最後の課題、それは――魔導の適正値を測ってくることだった。
NEXT……3/19 PM11:00




