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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第一章 終焉と再臨
16/50

第16話 公国貴族の希望

16話です。3章ラストです。よろしくお願いします。

予告より、1時間早い投稿です。

 結局、その日、ヴァルキュリア家の御一行様は、レイヴァーテインの平屋に泊まっていくことになった。とは言っても、空き部屋の数が足りていないため、シグルーンはロキの部屋に居座ることとなった。


 夕食を食べ終え、神樹刻に則ると夕Ⅱの刻。地平線の彼方に夕陽は沈んでいき、ただいま、静閑な夜が訪れていた。空を見上げれば、無数の星星が煌めいている。


 夕食後、ロキとシグルーンは2人、再び裏庭へと躍り出て漆黒に染まる空を眺めていた2人共、入浴は済ませていて、長袖長ズボンで薄手の寝間着姿だった。


 天球に映るは、無数の星々と大小2つの月である。別段、お月見の季節ではないのだが――シグルーンの趣味が天体観測だったため、折角なので、シャトーディーンの空を眺めよう、という話になった。


 裏庭の最奥はる緩やかな傾斜になっていて、背の低い雑草が無数に生えていた。初夏の季節となれば、草木は茂る――そのため、その傾斜に寝転がると背中から心地よさが伝播するのだ。


 彼らは、2人並んで、傾斜の上で仰向けに転がった。


「さっきは……済まなかったな。あんな、叱るような口調になっちゃって」

「いいよ、僕は別に気にしていないし。それに、僕はあの言葉で救われたよ。

 ――本当は、女の子だから、女の子らしく生きたいなんて想いの残滓が残っていたんだ。その一欠片が消失する前に、君は優しく手を差し伸べてくれた。だから、僕からはこう返すよ」


 ありがとう、と。


 闇夜に順応した瞳が、月明かりに照らされたシグルーンの笑顔を捉えた。

 その如何にも少女らしきあどけなさを含んだ笑顔は、月夜を彩る星々の如く光輝を放っていた。


 吹っ切れたみたいで、良かった――内心で、安堵の息を漏らすロキ。


「じゃあ、暗闇に慣れたところで――星の説明、お願いできるか?」

「任せて、ロキ君!!」


 こうして彼らは、短い夜の間、天体観測を楽しんだ。







第16話 公国貴族の希望







 天体観測を楽しんだ後、彼らは寝室に移った。

 ベッドの上、同じ毛布を掛けて並び、そして横になる。

 天体観測で順応したため視界は明瞭だった。


「今日は特に……疲れたなぁ……」

「はは、僕もだよ」


 短い談笑の刻。既に夜は更けていた。

 初夏の夜は、まだ若干肌寒い。

 毛布を頭まで被って、彼らは話を続けた。


「ねぇ、ロキ君は、聖術学院に行かないの?」

「聖術、学院……? 何だ、それ?」


 疑問符を浮かべるロキに、シグルーンは呼応する。


「聖術学院って言うのは、正式名称、ユグドラシル聖術学院。ユグドラシル公国にある世界最大の学校のことだよ」

「……聖術学院って言う程だから、聖術だけを習うんだろ?」

「いや、そんなことはないよ。学院ではたくさんのことを習うよ。

 あ、だけど、魔導は習わないかな」

「……それは面白そうだな。俺も行ってみたいや!」

「でしょ!!?」


 突如、目を輝かせたシグルーンの顔が近づく。

 気が付けば、両肩が彼女の腕で固定されていた。

 拍動が尋常じゃなく高鳴っている気がする。


「――僕はね、6年後――13歳になったら、学院に入学したいな、って思っているんだ」


 今更だが、ロキとシグルーンは同い年だったようだ。

 ふと。顔を近づけたまま、彼女は独り、話し始める。


「学院に入るためには、試験を受けなければいけない。座学試験――読み書きの試験か、武学試験――剣や格闘技の試験を受けなければならないんだ。そのために、僕は剣技を磨いたよ」

 

 努力故の実力ならば、ロキも納得がいく。

 彼女の剣技は、基本に則して、応用性に富んだものだった。

 とても、子供とは思えない技量に彼は息を呑んだことを憶えている。


「僕はね……学院に行ったらまず、ギルドパーティを作ろうって思っているんだ。

 因みに、ギルドパーティっていうのは、世界の各地に建てられたギルドで認可をもらうことで結成できるグループのことだよ」

「ギルドと言えば、ドールグがマスターとして働いている場所か」


 そうだね、とシグルーンは首肯する。


 ギルド――父親であるドールグとの初対面時に流し聞きした情報によると、地中から出没するダンジョンに突撃し、『魔獣』を狩る『ハンター』が所属する集団のことだったと思う。


 このグラディエメイシアは、魔界の裏側にある世界だということは、これまでにローザから仕入れた情報が物語っている。つまり――魔界で家畜として育てられた『魔獣』が、こちらのものと同一な存在だったら――、元・魔王候補の身としては差し止めたいところだった。


 だが、情報の信憑性が、確証ではない。

 故に今は黙っておくことにする。


「で、シグルーンはギルドパーティを組んでどうするんだ?」

「それはもちろん、魔獣を次々に倒していくんだ。僕、ハンターの人に憧れててさ。

 とっくの昔なんだけど、僕を魔獣から助けてくれた人がいてね」


 懐かしげに、思い出すように事を述べるシグルーン。同時に、彼女はタキシードの右腕を捲った。ちょうど、肘の真下だろうか、深く肉を抉られた跡がある。


「昔ね、僕、間違ってダンジョンに迷い込んだことがあるんだよ。ダンジョンの中は紅の水晶が明かりの役割をしていたから、闇に彷徨うことはなかったんだけど、問題は――魔獣にあったんだ。

 結果として、僕は魔獣に襲われたよ。何せ、壁から這い出るように何匹も魔獣が出てくるんだ。昔はエルフだったこともあって体力がことごとく少なかったから、すぐに魔獣から馬乗りにされた。何匹も、何匹も僕を取り囲んでいた」


 過去を語る彼女は顔を俯かせ、その体は小刻みに震えている。

 肘下の古傷の惨状を見るに――余程のトラウマなのだろう。

 だが、それでも――シグルーンは、話を続けた。

 

「正直言って、その時、僕、死ぬかと思った。死ぬ覚悟さえしていたのかもしれない」


 だけど、と次の瞬間顔を上げて、シグルーンはロキを真っ直ぐ見つめて、


「その時、ハンターの人が助けてくれたんだ。その人が驚いたことに――ドールグ=レイヴァーテイン、そう。ロキ君のお父さんだよ」

「それは、奇遇だな……!」


 正直、ロキも驚きを隠せなかった。


 今し方までシグルーンとの過去の因果関係を見いだせなかったからか、彼女との決闘の意味を曖昧なものとして捕捉していた。

 ようやく、全てのピースが揃ったような気がする。


 ――何故、シグルーンが俺に決闘を申し込んだのか? という問いについて、真の答えが脳裏で完成する。


「――つまり、お前があえて俺と決闘したのは、父さんに助けてもらった過去があるから、か?」

「……実は、理由の1つはそうなんだ。

だけど、僕が決闘した一番の理由は、戦う前に言った通りだよ。

 ――君が、ドールグさんの弟子だからだよ」

「――済まない、大幅な語弊があるのだが」

「何だい、ロキ君?」


 噂というものはやはり恐ろしい……、背中に冷や汗を感じつつ、ロキは確かに断言する。


「俺、父さんの弟子じゃないぞ? 成り行きで教えてもらっているだけだ」

「え、えええええええ!!?? 嘘でしょ嘘でしょ!?」

「……その様子じゃあ、出回った噂を当てにしたな、馬鹿」


 コツン、と彼女の額を握った左手で叩く。「痛っ」と呻き、ふわさっ、と白金の髪が上下に揺れる。  


 そして、涙目の上目遣いでロキと視線を合わせてきた。


「まあ、気にはしないよ。だけど、シグルーンに1つ教える必要があるな。噂は鵜呑みにするなってことだ」


 わかったか? という声に涙目だった少女はぶんぶんと勢い良く首を縦に振るシグルーン。


 これでも、拳骨にしては加減したものだ、なんて内心で苦笑しつつも、親切心でつい、叩いた箇所を擦ってしまう。彼女の目が見開き、僅かに頬を染めている顔が目のあたりになる。


 男装女子も中々どうして悪くないものだな、と心底くだらぬ総評をする。


「で、シグルーンは父さんの弟子になるつもりか?」

「……いいや、さっきまでそのつもりだったけど、やめることにしたよ」

「? どうして?」


 ふふ、と可愛げで柔らかな微笑を見せた後、彼女は答えた。


「ロキ=レイヴァーテインっていう友達、理解者、そして好敵手ライバルと出会ったからだよ。僕は、君ともっと話がしたいや。だけど、夜は過ぎていき明日は必ず来る。

 だから、さ。ロキ君。――僕と一緒に聖術学院に通わない?」


 夜更けの誘い。


 あまりに唐突なものだったが――考えている暇なぞ無かった。

 ユグドラシル公国に行く目的を達成できて、更に無数の学問を学べる。

 おまけに、好敵手がそばにいる。

 利点しか無い――故に、ロキは答えた。


 是非の是を。







 夜は明け、とうとう別れの時間となった。


 朝日が眩い。暖かなコントラストの陽光が、愛馬に乗って帰宅準備万端のシグルーンを照らす。白金で艶めく髪はもちろん、白磁のような肌を照らしている。タキシードが破れてしまったため今は替えのロングドレスで馬に跨っている。正直なところ、タキシード姿よりも凛々しく可憐だ。


「ミョズヴィトニル、昨日はお世話になったな。不覚だが、感謝するぞ」

「不覚とかいらないけど、とりあえず、どういたしまして、スルーズ」


 シグルーンの前方、同じく馬に跨ったスルーズがミョズとの別れの挨拶を済ましている。


 会話からして、どことなく仲が良さそうな気がするのだが気のせいか?


 確か、昨日の夕食も焼いた肉の取り合いから、剣と大槌が交錯する壮絶な大乱闘に発展したのだが。喧嘩する程仲は良いものなのだろうが、とりあえず、喧嘩両成敗の原理に則って、ご自慢の魔導で静粛するロキであった。


「もう、出発だな」

「うん、ロキ君。……昨日は本当にありがとう。お陰で、今まで着るのを躊躇っていたロングドレスを気にせず、着られるようになったよ」

「感謝されることはないな。最終的にお前がそうなりたいって思ったから、今の姿があるんだ。シグルーン自身の進歩だって考えた方がいい」


 それと、と間を置く。


「ロングドレス、似合っているな。――可愛いぞ」

「はぅ……! 不意打ちしないでよ! 可愛いって言葉に弱いんだから!」


 茶化すロキに、羞恥と微量の憤怒に顔を赤くして馬上から彼の頭をぽかぽか叩くシグルーン。


 ヒヒヒィィィィン!!


 突如、威勢の良い馬の雄叫びが、彼らの会話を遮る。

 そして、彼らは最後の談話を終えた。


「またな、シグルーン」「うん、じゃあ、また――今度は、学院で」


 ああ――と、応え、2人は互いに握った拳を叩き合い、再会を誓う。

 ロキは、地平線の向こうまでシグルーンの姿を見送った。


 横のミョズも同じように見送っている。……右手を前に伸ばし、握った掌から親指を真下に突き出す姿勢だ。もしかすると、ただ単に犬猿の仲なのかもしれない。


 去っていった親子を見送り、ミョズとロキは2人残った。再び、静閑な日常が始まろうとしていた。


 だが、その前に。


「なあ、母さん。俺、決めたわ」

「……いきなり、どうしたの、ロキ?」


 ニッと、頬を緩ませて彼は彼なりに宣言をしてみようと思った。


 彼の前には、既に、道が開かれている。


 シグルーンもいずれ自分の夢を宣言する日が来るだろう。


 だから、その景気付けにもなるように、と。







蹂躙せし魔王の異世界譚―魔導継承者は刃を血塗る―

Chapter1-3【rival】 The End.







「俺、ユグドラシル聖術学園に進学することにした」



 ――少年、ロキ=レイヴァーテインの新たな一歩がたった今、踏まれた。

 新たな世界へと、彼は旅立とうとしていた。

NEXT……3/18 PM11:00

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