第14話 公国貴族の剣戟
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第14話 公国貴族の剣戟
剣閃が、ロキの右頬を掠めていく。
冷ややかな風圧を肌に感じ、顔をしかめる。
眼下にシグルーンを捉え、振るわれた木剣を一瞥した後に、足の付根へと蹴りを入れる。
体幹のバランスを乱したところを狙うつもりだったが、その蹴りにシグルーンは動じない。
即座に振るわれる2撃目。今度は、左へ。
すんでのところで躱し、すかさず腹を穿つ左拳・ストレートを放つ。
拳の速度が、シグルーンの適応速度を上回る。
腹へ放たれた攻守逆転のカウンターは、見事ぶち当たる。
――これでおあいこだ。心中でそう呟くも、だが、まだ終わりではない。
油断の隙はない。腹部殴打に関わらず、シグルーンは動きを止めず、今度は右から腿へとドロップキック。ロキは、半回転、翻り、一旦引き下がる。
既に、2人の戦いは、中盤へと差し掛かっている。
未だ、両者一進一退の攻防を見せている。
「おう、シグルーン! 少しばかり、剣速が落ちてないか!!?」
「そういうロキ君こそ! 僕には追いつけてないね!!」
伸びる剣先が衝突する。
ガキン!! という打突音と共に、両腕へと鈍く響く衝撃。
周囲の風が、唸りを上げて吹き荒れる。
剥げた地面を両足で捉え、衝撃をカバー。
同時に、前方への力を増幅させる。
踏ん張った右足を、半歩、前へ。
衰えることを知らないシグルーンの腕力をはね除けるように、鍔迫り合いの渦中にあった木剣を真横に薙ぐ。
……さて、ここからが攻勢の切り替えだな。
そう、自覚すると共に、踏ん張っていた左足で、勢い良く地面を蹴りつける。
シグルーンの無防備な脇腹へと下方から、剣を振り上げる。
鋭利な角度で、真下から抉るような一撃が放たれる。
確実に当たった……!
ロキの確信は本物だ。
だが。
振り上げた剣先に手応えは感じられない。
軽い。まるで、人を斬ったような感覚がない。
目下を見据える。――そして、衝撃に穿たれた。
――俺の剣筋を見極め、淡々と避けた挙句、既に次の動きへと入っているのか!?
目線の先には、片膝立ちのシグルーン。
腰の高さに木剣を降ろし、振り回そうと構えをとっている。
ロキは、不発の攻撃による反動が働き、咄嗟に受身の態勢を取ることができなかった。
完全な見落とし、しくじった。
無論、その見落としを――シグルーンは、見落とすことなどなかった。
直後、ロキの顎に鈍い痛みが走る。
――右腕のアッパーカット。
剣を使わずして、ダメージを追う。
先手を打たれてしまった、喪失したものは、大きい。
宙へと飛ばされた後、身構えを取り地面へ着地。
ロキは、残心を取り、すかさず先駆する。
木剣を体の右、腰の高さで構え、ただひたすら疾走する。
対し、シグルーン。彼もまた、次の構えを取っていた。
迎撃するかのように、ロキと同じ構えである。
――面白い!!
口元に僅かな笑みを浮かべ、躊躇なくシグルーンの胸元へ。
ロキの速さに適応しているシグルーン、横に構えた木剣を既に振るっている。
最速でロキの腰へと打ち込まれようとした一撃。
だが――その一撃は、次の瞬間。
「拮抗せよ、離反聖令!!」
胸元でロキの口から紡がれた術式――ゼロ式魔導、離反聖令。
直後、ロキの腰へと衝突しようとした木剣は、力の向きの真反対へ、振るったときと同等の力で引き離される。それは、磁石の同極が退け合うかの如く。
引き離された衝動で、体のバランスを崩し、真後ろへと飛ぶシグルーン。
攻勢は、シグルーンからロキへと変化した。
引き下がったシグルーン目掛けて突っ走る。
再び、胸元へ。眼前に、シグルーンの美貌が映る。
頬を掠め、耳元に口を近づける――そして、囁く。
「――鎮静せよ、重鎮反煩」
――まずい!!
反射的に、シグルーンの脳内へ警報が響き渡る。
一度、金切り音が高鳴る。風を切り裂くような爆音が炸裂する!
だが――即座、鎮静した。
空間には変化がないように見て取れた。
シグルーンの目の前、ロキは、恍惚とした笑みで空いている左手を前へと掲げている。
指を、握りしめた状態から一本ずつ開いていく。
人差し指が1、中指の2、薬指で3、小指は4、そして親指が5本目である。
その行為は甚だシグルーンの心中に疑問を残すものだった。
ロキの動きは止まらない。
五指を前へ掲げたまま、口を動かしている。
――何かを喋っている……、だけど、こちらには届いていない。
ますます、奇怪。咄嗟に、シグルーンは叫ぼうとしていた。
だが。
「――! ……!」
叫んでみるものの、その声は掻き消される。
今更だが――周囲の風音がことごとく消されていることに気が付く。
そこで、やっと1つの結論へと辿り着く。
先程の術は、周囲の音を無力化するものだ、ということだ。
しかし、再び疑問。――この術の及ぶ範囲について。
音が無効になったことにより、詳細を聞き出すのが不可能となった。
……まあ、いい。
思考を切り替えて、剣を握る。
上段に構え、再びの猛突。
地面を削り取り、ロキへと一直線。
こちらも負けてはいられない。
ここは、賭けに出ることにしよう。
突進を仕掛けながら、シグルーンは声にならない叫びを上げる。
――意味ある術を紡ぎだす。
「――――!!」
直後、バリンッ!! というガラスの割れるような炸裂音がシグルーンの周囲から発せられた。
音が力を有する。周囲の風音がそれを物語る。
賭けは成功した。シグルーンは、最大出力の聖術で、周囲の働いた魔導の力を、内側から瓦解させたのだ。
「さすが、エルフだな! 聖術に関しては、右に出るもの、なし、か!!」
「はは! そうさ! エルフは強いよ! 人間なんて、木っ端微塵さ!!」
魔導を打ち破かれるも、ロキの表情は嬉々としている。
戦闘の開放感に浸りながら、右手の木剣を力の限り、振り回す。
そんな彼にシグルーンは、一突き、木剣を力づくに眼前へと穿つ。
シグルーンの表情も若干緩んでいる。アドレナリンの放出、故の闘争心か。
剣同士が、打突し、反動で両者の剣が翻る。
だが、懲りずに無駄なく構えて、上段から思うままに振り下ろす。
鈍い木々の打突音を目前として、2人の少年は、笑顔だった。
戦いというものに恐れは無用――必要なのは、好戦的な態度。
鍔迫り合いは互いに一歩も譲らず、徐々に距離を縮める。
隙がない。
どちらかが、攻めることで、もう一方は防御を取るしかない。
まさに、1つの動きに重きを置く戦いだ。
ロキは、正直なところ――眼前のシグルーンという少年に興味を抱いていた。
――まさか、この少年、ドールグを有に超すだろう潜在能力を秘めているのでは? という仮定が脳内で為される。
それ程までに、シグルーン=ヴァルキュリアの強さは異常だった。
鍔迫り合いから一歩前へと躍り出たロキ。
即座、攻守の役割が与えられる。
逡巡なく、木剣でシグルーンを押し出す。
僅かな隙を見つけた、左の膝がガラ空きだ。
――チャンスは、目前。
無心になり、ロキは剣を横に構え、流れるように剣を薙いだ。
もう、周囲から発せられる音など、皆無である。
ただ、ロキの一撃がぶち当たる瞬間を、息を呑み見守っているようにも見える。
シグルーンも即座に、ロキの動きに適応。剣を構える間もなく、迫る木剣へと叩きつけるように斬りつけた。
再び、鍔迫り合いに追い込めば、自分のターンがやってくる――彼の選択肢は、いわば安全策だった。
打突の瞬間が2人の視線に入る。
……そこで、シグルーンは気が付いた。
どうしてロキは、この打突の瞬間――してやったと言わんばかりの顔ができるのだろうか。
ロキは、戦闘という美酒に酔っていたのだろうか。
ロキは、もう既に勝ちを確信しているのだろうか。
――恐らく、後者のはずだ、とシグルーンは推測する。
何があって、勝ちを確信したのか。
その理由を彼は知らない。
故に。次の瞬間――打突の場所が、彼の手首だったことを予測できるわけもなく、
また、その一撃を躱すことなど、限りなく不可能だった。
ゴミュ!! 石を肉へと打ち付けたような不気味な音がシグルーンの耳にこびり付く。
直後に襲ってきたのは――、皮膚から肉体へと徐々に浸透していく鈍痛。
木剣を振り払った後、やはりロキは、悪巧みをしでかしたかのような悪い笑顔を放っていた。
奇術――というに等しい一撃。
シグルーンがそのタネを明確にすることは、できない。
眼前の衝撃が、思考を閉鎖させる。
だが、咄嗟に口先だけは動かしていた。
「……どうして、どうして――君の一撃は、当たったんだ!? 確かに、さっきの剣戟は僕の剣で防いだはずだ!」
「…………至極、未熟者だな」
短く返すロキの口調は若干呆れ混じりだった。
博学多才さを思わせる口調で、ロキは短く説明を始める。
なお、残心は既に取り、不意打ちにも対応が出来る状態であった。
「俺は、当てるべくして当てたんだ。種も仕掛けもありゃしない。人って言うのは、難儀なものでね、等差数列ないし階差数列のように均等、均一に動くようなものではないんだ。
故に、当たるという確信はやめた方がいい。
俺に当てる100通りがあるなら、俺が避ける100通りも同じく存在するんだ」
当たり前なことを淡々と述べる。
だが、シグルーンは納得できなかった。
――何せ、打突の瞬間を彼は目撃していたからだ。
確かに、剣と剣は重なりあっていた。
剣からの衝撃は感じていた。
だが、気が付いた時には、手首に剣が打突していたのだ。
自分の目を疑いたくなるが、それ以上にロキの剣技についての猜疑心が高まる。
「僕は、確かに剣の動きを瞬き1つせずに注視していた」
「ああ、それはわかる。だって、そうじゃなければ、俺の肩にお前の剣がのめり込むことがなかったからな」
「――どういう……!?」
ロキの告白で、ようやくシグルーンは、気が付くことができた。
――ロキが纏う麻の衣服の右肩を見やると、その部分の生地が一直線に断たれている。
断たれた生地の奥で、赤く腫れ上がるロキの右肩が露わになっていた。
「俺は、お前の手首へと打ち付けた。
だが、シグルーン。――お前の一撃も俺は痛覚した。
――要は、おあいこだ」
「……どうやら、そのようだね。
実際、認めがたい部分の方が多いけど、戦いに難しさは求めたくないや」
それでいいんだ、とロキは返す。
残心を取っている姿勢は、一寸足りとも揺るがない。
そんなロキを間近で見て、シグルーンは、再び身構える。
脇に剣を構えて、余力を放出。
次の一撃は、確実なダメージを与えるために。
「さて、おあいこということで、とりあえず振り出しだな」
「そうだね。――だけど、次に駒を進めた方が、勝ちをもぎ取れるはずだよ」
「ああ。この通り、既に俺らは、ボロボロだな」
いつしか、ロキの麻の衣服は、ボロ布同然までにズタズタに引き裂かれ、痣が痛々しく表へと出ている。シグルーンについても凛々しかったタキシード姿も今は微塵もなく衣類の生地が敗れた隙間から掠り傷や、打撲が生々しく浮き出ている。
「次で、最後だよ、ロキ=レイヴァーテイン」
「ああ。そのつもりだ、シグルーン=ヴァルキュリア」
互いに互いを呼名する。
周囲の温度が、徐々に低下していくのを、双方感じていた。
無論、感覚的な体感温度の差異なのだろう――いや、違う。
感覚的ではない、むしろ物理的に気温低下が始まっていた。
まるで、ロキとシグルーンの両者が周囲の熱を吸収したかのように。
そして彼らは告げる。
最後の一撃、会心の一撃による勝利予告を。
「さあ、行くぞ!!」
「望むところだ!!」
直後、吸収されていた熱が、爆散する。
地面を蹴った音は、ほぼ同時。空間へと溶けるような高速で、両者1秒足らずで間合いへと躍進する。
自身を動かした速さに剣の軌道を乗らせる。
そして、瞬息の後――袈裟斬りのロキ、逆袈裟斬りのシグルーンが衝突する。
躊躇なく振るわれた故の豪快な剣速が、双方の胴を抉り取る軌道で進撃する。
退避は不要だった――目指すは、相手を打ち砕く己の剣のみ。
剣と剣、重なりあう。
「「うああァァァァァァ!!」」
彼らの叫びが重なる。
力と力とが正面から向かい合う。
互角な力である事は確か。
だが――それでも、ロキは、叩き割るように剣を振り下ろす。
力が押してくることに危機感を覚え、対するシグルーンも振り上げの力を増幅させる。
踏ん張る両足は、地面へとのめり込んでいた。
そして、次の瞬間――死闘に動きが見られた。
「行けェェェェェェ!!!!」
ロキの喉を潰す勢いで放たれた一際大きい叫びと共に、ロキの剣が、シグルーンの剣を打破する。
元々剣であった、バラバラに散開した木材の奥でシグルーンは、驚愕で目を見開いていた。
予想外の出来事に目を疑ったのだろうが、その躊躇いは、戦闘に支障をきたす。
ロキは、動きが完全に静止したシグルーンを直視する。
そして、動けなくなった彼に一言――ロキは告げる。
「俺とお前では、互角だったが――しかし、運は俺、ロキ=レイヴァーテインに振り向いてくれたようだな。……怨み辛み無しで、俺の一撃を与えてやる」
直後。
逡巡の猶予なく――ロキはシグルーンの胸へと抉るような剣戟を与える。
鈍く響く衝撃音の余韻に浸りながら、ロキは剣を振りぬいた。
シグルーンの体は一瞬にして、ひれ伏し、腹ばいになった。
気を失ったのは言うまでもない。
そして、シグルーンが倒れこむのと同時に、ロキは瞳を閉じた。
彼もまた、シグルーンの横へと倒れ落ちる。
ガタリッ! と、膝が地面へと落下した音を最後に聞いて、ロキの意識も断線された。
ロキ=レイヴァーテインと、シグルーン=ヴァルキュリアの一戦は、死闘の末――。
両者倒れこむことによる引き分けで幕を閉じたのだった。
「って、わたし……立会人として、必要だったかな……」
白熱した戦闘を始終、間近で観戦していた、マリアは最後にそんな愕然としたような口調で、誰もが答えぬ疑問を口に出す。
――とりあえずは……引き分け、だね。
一応、勝負判定を下し、即座――倒れた2人の少年へと駆け寄る。
「起きてくださ……、って多分無理だよね」
ボロボロに成り果てた2人は、恐らくしばらくは意識を取り戻さないだろう。
人生諦めが肝心だ、と開き直ったマリアは、最近覚えたゼロ式魔導の術式を紡ぐ。
「浮いて、無効重力」
途端、倒れた少年達が、浮遊する。
マリアは、2人の少年の手をそれぞれ握って、とりあえずは鍛冶場の正面玄関へと運ぶことにした。ふと、マリアは、こんな苦言を漏らした。
「あっちの母親同士の口喧嘩は、もう、終わっているよね……」
てか、むしろ終わっていてくれ――と心中で懇願するのだった。
まあ、結局のところ。
マリアが正面玄関へと向かってみると、修羅場の雰囲気は、怒気で塗りつぶされていた。
故に、玄関の端から、ロキとシグルーンを運ぶ羽目になったのだが。
「全く……、今日、一番の苦労人はわたしだよね!?」
不幸極まりない!! という叫びと共に自らの功労を讃えたのだった。
NEXT……3/16 PM8:00
追記 投稿時間をPM11:00に変更しますm(__)m




