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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第一章 終焉と再臨
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第13話 公国貴族の悲嘆

13話です。よろしくお願いします。

「さて……これで、条件は同じだ」


 裏庭へと舞台は移る。ロキは、平屋に立て掛けておいた木剣を握って、そう言う。

 対面するシグルーンは、ふむ、と頷く。

 条件を飲み込んだようだ。


「で、君はどんな決闘を望む? このシグルーン=ヴァルキュリアが、劣勢にある君に、助け舟を出そう」

「チッ、偉そうに。――大口叩いておいて、後悔はするなよ」

「おいおい、僕を何だと思っているんだい?」

「俺には、お前が小汚い不意打ち野郎にしか思えないな」


 中々の辛口コメントだ、と渋り顔になるシグルーン。


 この少年は、どことなく大人びている、とロキは評する。

 言葉遣いからして、手解きを加えられたのだろうか、洗練された落ち着きのある口調である。

 おまけに、表情も並みの子供よりか起伏が少ない。

 控えめ、という表現が正しいだろう。


 2人は、裏庭の真ん中へと並んで進む。

 案外、歩幅やら歩調やらが似通っている。


 ――まさか、こんな奴と気が合うなんてな……という疑念は心にしまう。


 そして、裏庭の中心。

 地場が削り落ち、禿げている地面で両者、対面する。

 剣を握り、大上段に構える。剣先を合わせて、臨戦態勢をとる。


「――俺の希望……ね。難しくないものだけど、ないわけではない」

「へぇ。僕はもちろんどんな戦いであろうが、君に勝ってみせるよ」

「その自信なら、手加減なしでも大丈夫そうだな」


 硬直しきっていた筋肉が弛緩する。

 若干だが、ロキは勝率というものを見失いつつあった。

 先程の、シグルーンの俊敏さは、恐らく普通では、太刀打ち出来ない。

 例え、前世が魔王候補だろうが、いや、魔王や勇者だったとしても――あの速さに追いつける者は限りなく少ないはずだ。


 まあ、シャトーディーン王国という井の中に閉じ込められた蛙なのかもしれないが。


「じゃあ、単刀直入に言うぜ。

俺は、正直言って1対1であれば、他のルールはこだわらない」

「え? そんな簡単でいいのかな?」

「正直言って、複雑にルール決めていたら日が暮れてしまうだろうよ」

「それもそうだね」


 返し、シグルーンは微笑む。

 その姿は、やはり見間違えなく美少年である。

 翡翠の瞳が、ロキを見据えている。


 目付きは真剣そのもの、だが、その高ぶった感情は、表に出さない。

 れっきとした大人の風格である。

 どこかのマリアさんに見習って欲しい程である。


 と、無駄言までもが浮かび上がった時、平屋の奥から半泣きの少女の声。

 おまけに駆けてくる足音が1つある。


「ロキ~、わたしに祝福を!!」


 噂をしたところで、意味不明な言葉と共に、マリアさん登場である。

 殺気立っていた戦地が、一瞬にして和みを取り戻す。


 マリアのこういうところは、まさしく才能、なのかもしれない。







「……つまり、修羅場を垣間見た、と」

「そういうことなのっ! だから、とりあえずこちらに退避してきたんだけど……」


 涙目になりながらマリアは、自分の立たされていた状況について、慌てた様子で伝えてきた。

 焦っているからか、無駄な情報が無数に散乱した如何にも、聞き取りづらい言葉だったのだが。

 ――要約すれば、母親サイドはあちらなりに恐ろしい、ということか。

 主に精神的にくるものがあるらしい。

 ロキは、そう結論づけて、マリアの一件に終止符を打つ。

 問題解決時間は、およそ30秒。

 効率良く物事を進める。


「あちらの修羅場から逃げてきて――マリア、ちょうどよい所に来たな」

「ふぇ? 何がちょうどよいの?」

「つまり、君が居合わせたタイミングだよ」


 マリアの問いに答えるのは、タキシードのシグルーンである。

 初対面の者でも対等に喋れるあたり、対話能力も絶大だ。

 ――シグルーンの完璧才人度は、もう既に満タン超越して、キャリーオーバーしている。

 初夏の空気は、3人を気にすることなく、悠々とその動きを早めている。

 涼しさ、清々しさが肌から伝う。

 清涼感に満たされると、ロキの中にあった雑念は、途端に無心へと近づいた。


「なあ、マリア――俺らの戦いの立会人、やってくれないか?」


 立会人。勝利と敗北の結果をより鮮明に導き出すために必要とされる戦闘に直接関与しない『傍観者』あるいは『判定者』である。


 わざわざ、剣を持って戦うのだし、立会人の1人を付けて戦った方が公正な試合ができるだろう。一応、マリアもドールグに剣技を習っていた身だ。

 剣を扱うときの作法や規則については、覚えている。

 ――確か、マリアの奴、前世では、暗記については右に出るものがいない程だった。

 故に、単純明快と言える剣技の規則を記憶することなど造作も無いはずだ。

 マリアは、しばらく首を捻り、考えを呼び起こしたと思うと、ピョコンと首を立てた。


「うん、わかったよ!!」


 快活な返事で許諾するマリア。

 ロキは、その頭に手を置いて撫でてやった。

 彼女の満足そうな弾ける笑みを間近で感じ、緩みそうになった頬を一度、ロキは引き締めた。


 さて、ここからは眼前の緊迫感に身を投じる事にしよう。


「さて、面子が揃ったところだ。

……改めて、仕切り直しと行こうじゃないか、シグルーン=ヴァルキュリア」

「やっと、君と剣を交わせると思うと、嬉しくて堪らないよ。

でも。

ここからは、お巫山戯無しだ、ロキ=レイヴァーテイン」


 戦へと身を投じる者2人が、宣言をする。


 ――自らに、勝利を呼ぶために。


 直後、マリアの眼前、至近距離で――木剣同士が振るわれる風切り音が、鳴り響いた!!


 むしろ、こちら側の方が危険な香りがする修羅場だったり!? ――なんて、マリアの心の叫びが、見事的中するような接戦が――始まった。







第13話 公国貴族の悲嘆







 鍛冶場へ、剣と剣とが重なり合い鈍い響きの音が木霊してきた。


「おお、おお。若い2人も楽しんでいるようだねぇ」

「ええ、そのようで。うちのシグルーンもきっと喜んでいますよ。

何せ、あの子、箱入り娘の如く、殆ど外出をさせませんでしたから、同年代の子供と剣を交わしたのはこれが初めてなんです」

「さすが貴族っ子だね。って、スルーズ。少しぐらい自由にさせたって良いでしょうに、何でわzわざ外出禁止なんかするのよ」

「これも、仕方がないんです。家の家訓ですもの」 

「貴族の家訓って面倒だねぇ……。いっそのこと、革命なり何なり起こしちゃえば?」


 そんな脳筋な考え方で通用する程、貴族は甘くないんですよ。

 スルーズは、吐き捨てて鍛冶場に据え付けられた硝子窓から我が子の様子を見つめる。

 剣を振って競い合っている姿――ヴァルキュリア家の屋敷でも剣技の家庭教師と共に剣の技術を研鑽していたが、その時とは、一味も二味も違うシグルーンの表情を読み取って、自然とスルーズの頬は緩まる。


 ――あの子が笑うことなんて、滅多に無いのに。


 そう。

 スルーズから見て、木剣を握っていたシグルーンは、表向きこそ真摯で、真剣なものだった。

 だが、さすがは母親――表情の奥に隠された自然な笑いをも読み取ったのだ。

 シグルーンは、楽しそうに剣技に打ち込んでいた。

 母親にとっては、それだけでも充分な収穫であった。


「さーて、外では若いのが戯れているし、折角だから、神剣について一度、おさらいをしておこうか。加えて、進めてきた調査の中であたしが立てた仮説についても話すね」


 了解の意味で、静かに頷くスルーズを、確認すると、今まで背後の炉に寝かせておいた1つの剣を取り出す。

 金属であるのにかかわらず、ミョズは、その剣を右の手指で器用に回転させる。

 確かに、ミョズは、大槌を扱える程の腕力を兼ね備えている。

 だが、さすがに普通の剣を大道芸の如く、手中で器用に扱うことは不可能だ。

 ――だが、それはあくまでも『普通の剣』での話。


「ミョズ、やめてください。わたくし達人類の宝――神剣フロッティータを軽くあしらわないで。それ以上回すなら、貧乳ロリの烙印を押し続けますよロリババア」

「待って待って、剣回しは止めるから。で、何だ巨乳。再び抗争か? 貧乳と豊乳の抗争か? ならば、貧乳は未来永劫希少なものとされるはず! 天然記念物! 貧乳はステータス!」

「……哀れ、はい、哀れです。自分で自分に風穴を開けるなんて。わたくし、罵るのも躊躇います」

「だろうなぁ!!」


 キシャー!! と毛を逆立てた野良猫の如く吠える、吼える。

 だが、牙を隠した血統書付きの飼猫の如くその場に屹立するスルーズには敵わない。

 体内の熱を冷ますために、何度も深呼吸する。

 徐々に体をリラックスさせていく。


 ――あの女ッッ、次罵ったらタタじゃ置かないんだからねっ!


 これまで何度も自分に言い聞かせてきた台詞をここで、抑止力にする。

 だが、何度罵られてもミョズはこの台詞を唱え続けるのみで、実際に暴力行為へとは繋がない(威嚇ならあるが)。

 それもまた、ミョズの親切心といったところか。

 完全に熱を冷ますと、掌で弄くり回していた神剣を、スルーズへと差し出す。

 かつて最軽量の武器だと謳われたその剣は今になっては宝の持ち腐れである。

 神剣は、使用者を選ぶ。

 一度だけ、神剣の使用者がこの世界に召喚されたことがある。

 その使用者が勇者パーシヴァル。


「あの勇者さまが消息を絶たれてから、公国の方はその処置の1つも為さなかった。

勇者、という存在は結局、人間の謀略の手中にあった手駒に過ぎなかったのですね」

「その通りだよ、スルーズ。あの勇者は、限りなく純粋な心を持っていた。ほら、あたし達も1回だけ、彼と会ったじゃない。……あの子は、いい少年だったね」


 まあ、ドールグに勝るかといえば、そうではないと思うけど。と、ついでに付け足す。


「魔界侵略の手駒として、その生涯を終えた勇者。

――あ、そうそう。その神剣の鞘を見てみて。小さく文字が刻まれているから」

「ん……鞘、ですか――あ、ありました。ええと、どれどれ……」


 目を凝らし、スルーズは刻まれた文字列を読み始める。

 筆跡からして、複数の人数によって書き込みがされているものと思われた。

 1つ、1つの言葉を余すことなく解読していく。


 ――俺等は、いつだって仲間だ。

 ――私達で魔王を倒そうよ。

 ――大丈夫、あたしたちなら怖いものなしよ。

 ――――そうだ。俺らは、勇者だ。人類のために神剣を……。


 最後の文字は、細かな傷によって解読不可能だったが、大方の文章は、読み取れた。

 文体から見るに、勇者の一団は、極めて強い結束力があったのだろう。

 勇者による一団だからか、それとも神剣を持った勇者がいるからか。

 ――結果論、勇者のパーティーは、固い絆で結ばれていた。

 また、過去の史実を加味するならば、無類の強さを誇っていたと言える。


 だが。

 そんな一団が――何故。

 何故――貴き者達の奴隷のように扱われなければならないのだ?


「その文字が今回の解析による産物だよ。スルーズがどう考えるかは別だけど、この文章を見る限り――やはり、勇者は少年だったんだね。決して大人ではない。もちろん、良い意味で、だよ」

「ええ。わかっております」


 気が付けば、スルーズの唇は震えていた。


 その感情は、怒り? 


 その感情は、失望?


 その感情は、狂気?


 否――違う。


「何と、まあ、呆気無い終わりでしたね、勇者さんの最期は」

「うん。魔王を倒した挙句何処かへ消えてしまったんだから。――勇者の一団全員が、ね。そして、結局、消息不明で、未だに行方不明なのよねぇ……」


 分析の進捗が滞ったことにより、躊躇いない深い溜息がミョズからこぼれ落ちる。


 だが、スルーズの唇は、ガクガク、震えたままだ。

 事の核心を突くことが未だに、できていない。

 勇者について、ヴァルキュリア家の当主は全貌を俯瞰したわけではない。


「悔しいです……。勇者の神剣を預かっている身として――勇者達が思うように操られていたことが、わたくしには、許せないことです」

「そう、だね。――スルーズらしくて安心する台詞だよ、それ」

「……?」

「えー。分からないの? あたしが言いたいのはね、スルーズの正義心や、忠誠心、純粋な心は、昔から全然変わっていないってこと。とどのつまり――スルーズも立派な勇者に等しいんだよ」

「わ、わたくしが勇者なんて大役を背負うなんて……無茶ですよ」

「そう、無茶だよ」

「――そこは、はっきり否定してほしくないですが」

「まあ、煽り半分で言ってみただけ。だけど、半分は本気で言っているの。誰でも、最初、勇者になれなんていきなり言われて対応に困るものでしょ。実際に、そんな経験がある人はゼロに近いけどね」


 一息吐く。


 肩に乗せた大槌を地面へと降ろして、ミョズは言う。


「だけど、スルーズは、勇者になれって言われて即座になるような人だと思うよ。

それこそまさしく、勇者のように、ね」

「勇者のような、勇者……ってことですか。なかなか、深いものですね」


 そういうものだよ、返し爽やかに笑ってみせる。


 その童顔からは、何故だろう――母親の優しさ、というものが溢れているようにスルーズは感じた。

 自分の戸惑いに吹き出してしまいそうになる。


 ――心のわだかまりが晴れることにより、彼女はもう一度、硝子窓の外を眺めた。剣を握り、戯れる少年少女へと微笑みの眼差しを送る。


「はは、あの子達もいずれは、勇者になるのでしょうね」

「そうなのかもね……」


 そんな、如何にも母親らしい遣り取りをしながら。


NEXT……3/14 PM8:00

追記 今夜の更新は作者の諸事情により、PM10:00へと延長することになりました。ご了承ください。

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