第12話 公国貴族の憂鬱
12話です。よろしくお願いします。
「がばっ!!」
短く息が切れ、ロキは地面へと叩きつけられる。
鉄味が口の中に広がる。不快だ。
だが、鈍痛を訴える猶予など皆無。
次の瞬間、腹部を一蹴され、半分に折れたからだが空中を飛ぶ。
ロキの身体は、5秒滑空した後に、鍛冶場の外へ投げ出された。
同時に、唇が切れて更に増す鉄味。
脳漿を刺激する痛烈な痛みに悶えたいところだが、その暇はない。
即座に立ち上がり、残心を取る。即座に臨戦態勢。
動きの速さがずば抜けている。
動体視力で追いついたかと思うと打突が繰り出される。
体が追いつかないという言葉を理解させるに相応しい攻勢である。
既に敵は、もう胸元に近づいていた。
腕には、いつの間にか、使いこまれ、無数に包帯で巻かれた傷だらけの木剣が握られている。
柄の部分が木材の色に混じって錆色で、目立つ。
――血豆の跡が風化したのだろう。
タキシード服の少年は、猛突する。
恐らく、安全装置などという機能を一切に省いた無駄ない走りだ。
初速から終速までも一律して俊敏な一撃が、ロキの真正面からぶち当たる!!
タキシード少年の木剣が横から薙がれる。
速度低下を抑え、無駄になった力を剣先へと伝える。
故に、木剣であろうと、布を断つことなぞ造作でない剣戟が放たれる。
だが、その衝撃をロキは――真っ向から右の素手で受け止める。
ピッ、と肌が裂ける甲高い音がロキの耳に響く。
と同時に、しとどと鮮血が右腕から垂れて、雫となる。
痛覚を刺激する一撃に、片目を強く閉じ、歯を食いしばって耐える。
シグルーン=ヴァルキュリア。
彼の目的は、一体何なのか? 内心の疑問は晴れぬままだ。
――何故、俺がギルドマスターの弟子扱いになっているのか、というのが最初の疑問点である。ロキは慣れ合いで、ドールグに剣技を教わっているだけだ。
噂というものは、風の流れと共に訪れるが、要は、伝言ゲームの要領で噂は流れてしまう。
つまり、最初の噂が周りに広がったとしても、その間で人々の誇張表現が織り交ざって、最終的には全く別物の噂が成立してしまう。
無論、ロキは一度も、弟子入りを志願したことがない。
弟子になったところで、一生父親を師として仰ぐのに躊躇いもある。
それに、何より弟子入りすることで粗方の自由は奪われてしまう。
ユグドラシルへの旅や、ローザの探索がまず不可能になるだろう。
もっとも、ドールグが弟子を募集するのか、という点の方を疑問視すべきだと思うが。
だが、更に問題視すべき事柄が、1つ。
「――――どうして、ギルドマスターの弟子を狙う!?」
ロキが弟子で無いことはとりあえず無視して、目前に迫る少年へと問う。
声は既に荒げていた。
初撃による体力の消耗が激しいと見た。
唇から流れる赤黒い血を右手で拭き取って、眼前のシグルーンを睨みつける。
正直なところ、弟子と戦うことへの理由がロキには分かり得なかった。
それなら、師と対峙した方が、名声という得が手に入るはず――という考えが心中で訴えている。しょせん、弟子を倒したところで、相手には無利益のはずだ。
だが、返答があった。
鮮明に脳髄へと叩きこむように、快活で、威勢の良い声で。
「僕は! 君――ロキ=レイヴァーテインの噂を聞きつけてここへやってきたんだ!
ギルドマスターと戦いたいのではない! 君と戦いたいんだ!」
シグルーンは、木剣を前面に押し出しながら、叫ぶ。
その声は純真な気持ちそのものである。
彼の頬は緩んでいて、若干の余裕が見受けられる。
その表情がどことなく――勇ましい。
先程の、突然の奇襲も相まってか、眼前に、かの『勇者』を見ているような既視感に襲われる。直後、壮絶な吐き気がロキを襲う。
咄嗟に、口元を塞ぎ、俯いた。
過去がフラッシュバックされる。
ルキフェル=セラフィームという前世の終焉は、まさしく勇者なしに語れなかった。
勇者の侵攻も、シグルーンと同じく奇襲だった。
鎖国下の魔界に突如として現れては大量の魔族を殺し、挙句の果てに魔王までも打ち破った存在。元・魔王候補のロキの忌み嫌う相手だ。
「ってことは、俺に対しての宣戦布告か!」
「ああ、そういうことだ! 僕は、君と戦いたいからこの場にいる! 加減は要らない。盛大に戦い合おう!」
言われなくても、と言うと同時にロキはバックステップを取る。
相手が、自分だけを狙っているなら話が早い。既に、戦術が構築されつつあった。
――たとえ、人間が無害だったとしても勇者は、有害だ。
人のくせして人外で、平和な対応なぞ論外な暴君。
ギリリ、とロキは歯を食い縛る。
昔を思い出したからか自然と力が漲ってくる。
憎悪を主にした嫌悪の念が後押しをする。
「まさか、誘導か……!?」
「ああ、話が早いぜ、シグルーン! 早く来ないと、戦いにならないぞ!」
挑発を投げかけるも応じず、一旦シグルーンは、後方へと数歩下がった。
間合いをとったシグルーンは、改めて眉目秀麗だと言わざるをえない。
肩口まで真っ直ぐ伸びた白金の髪が陽の光で輝く。
耳が横に長いことから、種族がエルフなのだろう――と断定する。
エルフ、というのは、聖術使用の点において、他を圧倒する能力を持つ種族だ。
だが、大小として体力面に関しては非常に劣っていて、基本的には座学などインドア派が多いはずだ。――本を読み漁り身につけた知識をフルに活用してロキは分析する。
だが、解析も実践には劣るようだ。
眼前の少年は、未だに聖術を紡がない。
さらに、息遣いを見るに、先程の突進から体力が削がれているわけではなさそうだった。
――相当に鍛え上げたか、もしくはエルフの特殊メイクでもした変わり者か。
まあ、後者は滅多に無いとして、シグルーンの鍛錬は恐らく常軌を逸しているものだろう。
エルフの弱点をことごとく看破している。
恐らく、血の滲むような、いや、実際に血が滲みながらも鍛錬を続けた結果なのだろう。
努力の証は、ボロボロの木剣に染み付き、こびり付いた錆色が物語っている。
「――ちょうどよい。シグルーン、俺と正式な決闘を行わないか?」
「それは、つまりどういうことかね、ロキ君」
「何、簡単な事さ。俺の家には2人で剣を競うには広すぎる裏庭があるんだ」
「ああ、そういうことか。――れっきとした土俵で戦い合おう、と」
そういう事だ、吐き散らし、ロキは頬を緩ませる。
このまま、素手で戦い続けられる自信がないというのが、彼の本心だった。
一度、裏庭へと向かえば、そこには長年使い込んだ木剣が立て掛けてある。
それを使って初めて、『同じ土俵での戦い』――剣と剣とが重なりあう戦いとなるはずだ。
シグルーンは、一度、構えていた木剣を降ろし、杖のように地面へと突き刺した。
左手で、木剣を握り、剣へと体重を移動させながら、彼は告げる。
「裏庭へ行くまで停戦協定だ――だが、ロキ君の用意が出来次第、再戦だ」
「……はは、さては余裕ぶっているな?」
「そりゃあ、余裕だとも。少なくとも敗者の意見を聞き入れるまでには」
「ったく、貴族風情らしいコメントどうも、だ。だが――あまり、自分に自惚れるなよ、勇者風情」
「まあ、その説教口もここまでだ――悪魔風情が」
両者、声を合わせ――啖呵を切った。
再戦の時は、限りなく近い。
第12話 公国貴族の憂鬱
「で、どうしてこんな初夏の清々しい季節にあたしへ注文したのかな? 注文内容が喧嘩だったら、出て行ってくれない? せっかくの清々しさが、鬱憤にまみれちゃうから」
「久々なのに、この言い様ですか、ミョズヴィトニル。発育途上の鍛冶師さんは、駄言しか吐かないのですか?」
「誰が! 発育途中! だって!」
「いやいや、仕方がないじゃないですかー。わたくしのDカップに勝るのですか、勝れないでしょう」
「地味に、自分のカップを晒してくるあたり、更にムカつく!!」
他の鍛冶師を皆、平屋の奥へと退避させた跡、再びマリアは、鍛冶場へと駆けつける。
その時、小さき獅子に、煽りに長けた鷹が対峙している光景が、マリアの脳裏に浮かび上がっていた。因みに、今、彼女の眼前で起こっている口喧嘩のことを充分に表した例えである。
スルーズと呼ばれた女性は、白金の髪を片手で手櫛しながら、ニヤリ、と不気味に笑いながら、ミョズを上から(物理的にも、精神的にも)見下している。
煽ることだけに特化された、まさに能ある鷹である。
対する、ミョズはガルルッ! と言わんばかりに吠えている。
まさに、小さき獅子である。
――というより、もはや負け犬の遠吠え、ネコ科の垣根を飛び越えてイヌ科になる始末である。
「あの……あの! 2人とも喧嘩は」
「あなたは黙っていなさい!」
「マリアは黙ってて!」
ひぃぃ! と毛が逆立つような恐怖に見まわれ、怖気づくマリア。にしても、「黙って」の一言は、見事にハモっていた。
――案外、気が合うのだろう。喧嘩する程仲が良いとはまさにこのこと。
だが、同調した文句は、マリアを怖気づかせるに事足りるものであって、
「う、うぅ……」
呻き、涙声。
正直、攻めにマリアは滅法弱かった。
故に――。
「――ま、マリア、おそと走ってくる!!」
逃げ出してしまうのは、必然であった。
一目散、マリアは鍛冶場から逃げていく。
涙の雫が虚空に舞った。
――鎮静、僅か、5秒。
緊迫の場を中和する成分は、ミョズとスルーズ、双方の気が合った深い溜息だった。
「……ああ、まったく。言い争いも飽きた、飽きた」
「正直、同感です。――そろそろ、わたくしの『本題』へ移るとしましょうか」
「できれば、もう少し早く移りたかったのに」
「仕方がありません。この話は、ヴァルキュリア家の当主と、その直属鍛冶師、ミョズヴィトニル=レイヴァーテインのみが知る話です。決して、広めてはならないですから、このように部外者を排除させてもらいました」
「部外者って……。
でも、自分の子供にくらい、教えてあげればいいのに」
「それもいけません。家訓で決められているので。
まあ、次期当主としてシグルーンが内定したなら、教えても家訓違反にはなりませんが」
「だったら、教えれば」
「子供の言動は、日進月歩していて、さらに昨日と今日とでは千差万別です。
生半可な決意で、ヴァルキュリア当主になると言われても――それを承認する気はさらさらありません」
「うわぁ……こりゃあ、良妻賢母ですなぁ。あたしも見習いたいところだよ」
「恐らく、ミョズのようなお転婆ロリ野郎には、不可能かと」
「何よ何よ!! 誰がお転婆ロリ野郎だこらァァ!!」
ミョズの憤慨溢れた絶叫は、シャトーディーンの隅々まで響き渡るように伝播していった。
それを傍目で見て、スルーズは気味の悪いニヤケ顔を晒すのだった。
「で、本題っていうのは『例の剣』だったよね?」
「ええ。いつもの通りです」
ミョズの、怒りによる熱が放散されたことにより、やっと、本題へと移ることができた。
これについては、10割、スルーズが悪い。一挙一動が、見事ミョズを煽っているのだ。
もう、煽りのテクニシャンの域である。
……ミョズにとってみたら、嫌悪すべき悩みの種であるのだが。
「で、結果はどうでしたか? って、その表情からして失敗、ですか」
無言で頷き、俯く、ミョズ。悲痛の唸り、歯軋りが、鮮明にスルーズの耳へと届く。
――仕方がないんですよ。きっと、わたくし達は、不的確だったでしょう。
そう、言いかけてスルーズは口を噤む。
職人気質なミョズは、そんな慰め、聞きたくないだろう。
彼女なりに精一杯尽力した結果が、望まないものだったとしても。
スルーズの掛ける言葉は既に思い起こされていた。
「ミョズヴィトニル、わたくしの旧友。あなたの御力なしにわたくしは、ヴァルキュリア家に代々伝わる『あの剣』について研究ができなかったと思います。
あなたの、存在自体でわたくしは、救われたのです。故に、落ち込まないでください」
俯いたミョズへと自分の豊満な胸を押し付けて、抱きしめるスルーズ。ライバルであって、旧友――そして、愛友の辛さは背負うべきものだ、と自覚している。故に、自然に体が動いていた。
「…………悔しい、な。スルーズに抱きしめられるなんて」
「ふふ、今は盛大に悔しがってください。でも、もしもあなたが――『この剣』について、真理に触れられたのなら……わたくしのことを抱きしめてください。そして、高笑いで言ってやるのです。目にもの見せたぞ、巨乳野郎って」
「――ちょっと、待って」
「? 何か?」
「巨乳野郎って、あたしが胸をコンプレックスにしているのを知っていてあえて!?」
「ええ、そうですが。何か?」
「――せっかくの、慰めが……台無しよォォォォォォ!!」
ちょうど、手近にあった大槌――ミョルニールを片手で握るが早く、スルーズの脇腹へとめがけて薙ぎ払う。手のひら返しされた反動は大きく、一撃で人骨を圧し折る威力が振るわれる。
だが、間一髪――スルーズは躱してしまう。ひょうひょうとした顔で、大槌を振り終えたミョ図を見下ろす。
「まあ、慰めの煽りとして受け取っておいてください」
「それって誰得ッッ!!?」
おまけに、もう一度大槌が。ブンッ!! と豪快に振り払われたのだが、ミョズにとって思い通り行かず、再び――今度は、楽々に躱されてしまうのだった。
ゼエゼエ、と苦し紛れの声を漏らすミョズ、それを見下ろしクスリ、と微笑するはスルーズ。仕方なく、彼女は、振るっていた大槌を肩に担ぐ。
ふと、ミョズの口から言葉が漏れる。熱気を冷ますように手で自分の顔を仰ぎながら、
「で、『あの剣』――神剣フロッティータ、あれってレプリカ? 剣の材質にしては、異様に軽いんだけど」
「いや、あの重さで本物の神剣です。
ヴァルキュリア家、及びユグドラシル公国の伝承によれば、『魔王を討ち滅ぼすために先代の一流鍛冶師さまがわざわざ創りあげた剣』とのこと。
何せ、誰でも片手で扱えるような超軽量材質なのに――刃が鞘から抜けることがないのです。
その剣を作り上げた鍛冶師曰く、鞘に特殊な聖術を施している故、限られたごく一部の選ばれし者しか扱うことができないらしいです。」
「その後の話は、あたしも聖術学院で習ったから、わかるけど。
確か――今から10年前に『勇者』なる4人の選ばれし者が召喚されたんだっけ」
短く首肯し、腕を組んだスルーズは続ける。
翡翠の瞳がいつの間にか真剣な面持ちとなっている。
「ユグドラシル公国の先代王は、召喚された勇者の1人、剣士の少年に神剣を与えて、他の3人にも神剣級の能力を与えました」
「そして――魔界へと侵攻させた、んだよね」
「ええ。先代の王は、『かつて、人間界へ侵攻してきた魔族への復讐』という名目で、勇者たちを説得。ただちに魔界へと転移させました」
「まあ、その王の真の目的っていうのが『ユグドラシル公国の領土拡大』という私利私欲この上ないものだったのだけれど」
嫌な話だ。ユグドラシルの逸話として有名な勇者伝説は、1人の我儘な支配者の暗躍で成立しているというのだ。思わず、双方から嘆息が漏れる。
「でもって、その伝説は聖術未使用であるシャトーディーン王国には伝承されることなく、人々は素知らぬ顔で平穏な日々を過ごしているんだね」
「公国では、ゼロ式魔導が異端だって騒がれていますし、それが影響したのでしょう」
「聖術による世界支配の速度は尋常じゃない。現に、シャトーディーン王国の民も他国へと出掛けて帰ってきたら、全身ボロボロだからねぇ」
ゼロ式魔導の避難にせよ、勇者伝説の真実にせよ――近頃の独裁的な社会情勢に腹を立てている者は少なくない。だが、たかがシャトーディーン王国のみで、何とか出来るような問題でないのも事実。
「一体、いつからユグドラシルは、聖術は腐敗したのでしょう」
「さあ? まあ、何事もいずれは朽ちるものだよ」
何事も、永久に続くわけではない。
そう、言葉を残して、一旦、その場に鎮静が訪れるのだった。
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