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蹂躙せし魔王の異世界譚  作者: 音無蓮
第一章 終焉と再臨
10/50

第10話 魔女の名を持つ少女

10話です。第2章完結です。

よろしくお願いします。

 ロキとマリアが出会ってもう既に、1ヶ月が経った。

 今は、両者、ドールグに剣技を教わっている。


 ――というのも、マリアがたまたま、ロキが鍛練している姿を見かけて、何故か、感銘を受けたからだ。


「わたしも、ロキと同じことがしたい」などとも言っていたが。


 かくして、マリアが剣を習い始めたのだが、正直なところ――彼女は早熟であった。

 剣の捌き方や、動き方、構えを1回の演習限りでマスターしてしまう。

 さすがのロキも目を丸くしていた。

 ドールグはと言えば、


「これは、ロキがもう1人増えたような感じだな……」


 静かに呟いていた。まあ、マリアの学習能力は、その他もろもろでも活かされたわけだが。







 そして、また、1ヶ月が過ぎる。

 ドールグは、ダンジョンの方へ赴いている。

 マリアは、ダンジョンの存在を知ってからますます鍛錬に打ち込むようになっていた。

 もう既に、剣捌きはロキと互角に争える程。

 今日もまた2人で鍛錬を始めた。


 自宅の裏庭で両者木剣を構え――疾走する。

 躊躇なく穿たれるマリアの突きをしゃがんで、退避。

 突きが放たれたのを悟ると、ロキとマリアで攻勢が逆転。

 ロキはマリアの脚――脛を狙って木刀を差し出す。

 突きで余った勢いのバランスを崩そうと目論んだわけだが――甘い。

 マリアは、脛に迫る木剣を見据え垂直飛び。

 もう既に、剣を上段に構え、振り下ろす体勢にあるマリアを一瞥。

 ロキはすかさず、拳を振り上げ、マリアの手首にめがけて放つ。

 命中。手首を制され、剣がマリアの両手から抜け、彼女の頭上へと跳躍する。

 彼女は笑っていた――全てが予想の範疇だったようだ。

 空に舞った木剣を右手で掴み、勢いのまま振り下ろす。

 風を薙ぎ払う甲高い音が、ロキの左半身スレスレの位置から聞こえる。

 間一髪、安堵の息を洩らす前に、ロキはバックステップを取った。


「はは……マリアは更に強くなったな。

 もうそろそろ、俺の勝利が怪しいか」

「そうだね」キッパリ肯定。「今日こそはわたしが勝つよ」

 燦々の笑顔で彼女は返す。


 それはどうかな――後ろに下がった体勢から、再び前進するロキ。

 剣を横に構える。

 空気を薙ぐ。

 対抗のためにマリアは、腰の横に剣を構え、斜め上、ロキの剣に当てる。

 衝撃。鈍い衝突音が木霊する。

 力は互角。

 両者振り抜き、一旦距離を取る。

 刹那、バックステップの一歩の後、残心を取ったロキが地を削り滑走する。

 ――構えが取れていないマリア。ロキの動きに動揺し、バランスを崩した。

 ロキの動きは早かった。

 2歩前進、マリアの眉間に向かって逡巡なく、剣を衝く!

 彼女の瞳が閉じられるのを確認して、ロキは動きを止めた。

 眉間の僅か手前でロキの剣は制止される。


「今日も俺の勝ちだな」

「あはは、また負けちゃったよ」

「だけど、充分に進化が見られるぞ」

「そうかな……? いつも負けてばかりだけど」

「負けて分かることもある」

「だけど、勝ちたいときは勝ちたいな……」

「大丈夫だ。今は経験の差で俺が勝っているだけだ。――また、鍛錬を繰り返せば、マリアも勝てるはずだ」

「……その台詞を聞いたのも、今まで99戦してきて99回だと思うんだよなあ」


 仕方がないだろ、とロキは溜息を吐くマリアを宥める。

 彼女は軽く涙目だった。

 女を泣かせることは、男としての罪に値する故に、必死になってロキは彼女を元気づけるのだった。――これは、日常茶飯事である。


「ねえ、ロキ」

「……何だ、マリア」


 唐突なマリアの疑問に応じる。

 まあ、この後に続く言葉も日常茶飯事になってしまったのだが。


「前に言っていた、魔王候補のお話、もっと聞かせて」

「俺に、そんな武勇伝を求めるなよ」

「? ぶ、ゆう……でん?」

「武勇伝ってのは、勇敢な人のお話、だな。

 俺は、勇敢でも何でもない。ただの、魔王候補だよ」

「そんな風に、ただの魔王候補だって決めつけられるくらいは只者ではないと思う」

「そうか?」

「うん! で、早く聞かせて!」


 仕方がないな、催促させられてロキは話を始める。


『ルキフェル=セラフィームの魔王候補譚』なるものをマリアに向けて語ることがロキの日課となっていた。

 マリアになら話せる自信がある。

 彼女は、ロキの話を楽しそうに聞いてくれた。

 それに優越感のようなものを感じたのか、ロキは浴場でマリアに自分の真実を告げてから、彼女にだけ自分の秘密をカミングアウトしてきた。

 誇張することなく、ありのままを伝える。ロキは、今の今まで、それを続けてきた。

 剣の鍛錬を終えて、話の時間になると、庭に2人きり身を寄せ合って、談笑する。

 若かりし、ルキフェルもローザという愛人と同じことをしていた。


 ――だが、マリアは恋人ではない。あくまでも家族だ。


 ロキは、割り切っている。何故なら、愛人は他に存在するからだ。

 彼は片時もローザと交わした決意について忘れることが無い。

 決意の忘却は、すなわち、ローザの存在を自分の記憶から削り取ることに等しいのだから。







 ロキは、夕食を食べずに、ベッドに潜り込む。

 鍛錬の後は、毎日のように飯を食わずに眠りこけてしまう。

 たっぷりと日差しを浴びたであろう、ふかふかの毛布が、ロキを包む。

 その暖かさに身を委ねると、ロキを急激な睡魔が襲う。

 深い眠りに就くには、長い時間がかからなかった。


 再び、夢。


「ってか、またまた久しぶりだな、ローザ」

「うん、久しぶり、ルキフェル」


 以前見た夢と変わらず、ローザは田園風景の中に佇んでいた。

 艶めく、紫紺の髪が緩やかな温風に揺られている。

 黒の瞳でロキ――夢の中ではルキフェルを捉えた彼女。

 微笑みが眩しい。


「で、今回も特別な魔術を使って、この夢を作り上げたのか」

「うん。まあ、あまり使いたくない手なんだけどね。――1つ用件があってさ」

「用件というと?」


 少し躊躇うようにして口を噤むローザ。

 ロキは、その仕草を怪訝に思った。


「何か、話しづらいことなのか?」

「まあ、ねぇ……これから話すのは、あなたの新しい家族の話なんだけれど」

「――マリアのことか」


 無言で、頷くローザ。

 真摯な態度だということを、その真っ直ぐな目線で判断する。


「で、マリアがどうしたんだ?」

「――あの子、私と同じ、魔女の血を受け継いでいる」

「ん? 確かにローザは魔女だし、マリアも『わたしは、魔女だから忌み嫌われた』なんて言っていたな。

 だが、マリアは人間の貴族の子だぞ? 

 因果関係は、殆ど無いような気がするのだが」

「それが残念、大アリなの」

「――どういうことだ?」


 眉をひそめ、顎に右手を置くルキフェル。

 ローザは、元々魔女であった。

 魔女というのは、誰よりも魔術に長けた女性のことを指す。

 魔界の中で称号として定められていた。

 魔族の中で魔女になれるのは10000分の1の人材である。

 魔女となった女性は、魔王城に勤めていて、それがきっかけでルキフェルとローザは出会ったのだった。


「魔女っていうのは、魔界で定められた称号だろ? 

 天性の魔術技術を持った女性が魔女になるって言うし、そして何より、遺伝はしないというデータがあったはずだ」

「そうよ、確かにルキフェルの言うとおり。

 だけど、考えを変えてみよう。

 ――もし、魔女としてこの世界、グラディエメイシアに転生した場合は?」

「俺のように、か――。

 ……確かにあり得なくもないな。

 現に俺が今こうして、ロキとして魔術を使えるし」

「そうだね。どうやら、この世界では、新手の召喚術が流行っているらしい」


 フムフム、とわざとらしく呟き、メモに書き残す素振りを見せるローザ。

 わざとだとしても、可愛いものは可愛い。


「新手の召喚術か……、『魔女』であるローザは知っているか?」

「全然。手がかりも何も。

 そもそも、魔術の知識内での召喚術っていうのが、体内の魔力を放出し、ある形の物体を創るなんて定義だから――今、ルキフェルに起こっている現象について説明できないの。

 だから、マリアって子がどのように召喚されたのか、そもそも何者なのか見当がつかないのよ」 


 さらに、事が複雑になってきた。

 魔術に長けたローザでさえ、俺の身に起こったことが理解できないらしい。

 それに、マリアについての疑念も生まれる。

 自分を魔女だ、とマリアは連呼していた。

 ただ単にデュートロン家の儀式で証明された所以のものではなくて。

 実際に魔女だから、彼女は断言していたのだろうか。

 しかし、マリアは確かに自分が魔女であることを認めたくなかったはずだ。

 出会ったときの、苦悩に満ちた表情。

 彼の前で何度か見せた号泣。

 ――あれは、恐らく自分を認めざるを得ないことについての苦悶から生まれた涙だ。

 ロキには、ルキフェルには――そうとしか思えなかった。

 マリアは、純真な少女だ。喜怒哀楽の表情が率直で、誰よりも汚れを知らない乙女だ。


 ……? と、瞬間――ルキフェルの思考が空白に染まる。

 おかしいな、俺。前にも、同じようなことを誰かに言った気がする。


 確か――ローザに言ったのではなく、他の誰かに。

 ルキフェルには、妹のように可愛がった幼馴染がいた。

 前世では、何度も愛の告白を受けた少女でもあった。

 ローザに負けじと、魔女の称号を手に入れるまで必死に自分を磨きあげていた少女。

 ルキフェルは、そんな少女と――前世で関わりを持っていた。


 思考の空白から一転、分断されていた思考のピースが繋がれていく。

 

「――あ!」

 

 そして、いきなりの叫びと共に、思考は顕現する。


「どうしたの、ルキフェル!

 何か思い当たることでもあった!?」

「ああ――大アリさ」


 思わず、彼の頬が緩んだ。

 謎は全て解けた。

 確か、その少女は前世でも黒髪だった。

 髪型については、腰丈まで伸びた髪を左右に1つずつ結ったいわゆる、ツインテールだった。

 歳は、ルキフェルの1つ下で、隣人だったことからか、幼い時から彼を兄のように慕っていた。

 ――ああ、名前もマリアに似ていたよな、と付け足す。


「多分、マリアは、――アルマリア=レイヴァーテインは」


 ルキフェルは告げようとした。

 だが。


「待って、誰かに盗聴されてる」


 ローザの静かな威圧感によって会話が途切れる。

 彼女は、空間の四方八方に目を向ける。

 空間には問題がないと見受けられたのか、ローザはひとまず、ルキフェルに視線を戻す。


「……どこから盗聴させられているか全く分からないから、ここからは音量を下げるね。

 で、私も私なりに検討はしてみたんだけど。

 ――思い当たるのが1人しかいないんだよね」

「ああ、俺もだ。

 ……因みに、思い当たるのは女性で、ツインテールで、黒髪の妹属性付きだよな」

「ご名答。さすがだよ、ルキフェル。

 まさか、あなたと同じ考えだったなんて」

「まあ、思い当たった奴とは付き合いが長いからな」


 両者、苦笑を洩らす。

 因みに、ルキフェルが予想した人物と、ローザとは互いにライバル関係であり、また、腐れ縁のようなもので結ばれていた。

 故に、ローザとの見当が見事的中したのかもしれない。


「まあ、今日は盗み聞きされているらしいし、ここまでにしようか、ローザ」

「うん、そうしよう。

 だけど、ルキフェル――目が覚めたとき、周囲に気を付けてね。盗み聞きしてきた人物はまだあなたの周囲をうろついているから」


 了解だ、とルキフェルは残し――夢の世界が眩い純白の光に包まれる。

 一瞬の光――その後、再び、静寂が訪れる。

 黒の闇夜が、ルキフェルを――ロキを招く。


(で、周りに注意しろ……か)


 すかさず、周囲を見ようとした。

 が、首が動かない――首の後ろ、延髄あたりに生温かさがひしひしと伝わってくる。

 僅かな脈動が身体を伝っていくのを感じた。――誰かの腕か?

 徐々に闇に順応してくる。

 そして、ロキへと向けられた目線を感知。

 また、生温かさが――体中に伝播していることも察知。


 ――――そして、絶句した。


「驚いた、ロキ?」


 ………………………………………え。


 無論、絶句必須だったのだろう。

 甘い声で、ロキを呼ぶのは、嘘偽りなくマリアだったからだ。

 彼女は、ロキに密接し、彼の首の後ろに手をかけて、しっかりとホールドしている。

 故に、ロキは身動きが取れずにいた。


 ――――多分。


 この行為を世間一般では――夜這いと言ったはずだ。


 夜這い?

 夜這い。

 夜這い!!?


「まて、早まるな。止めろ」

「またまたー♪ 本当は嬉しいくせに、お兄ちゃん」

「別に嬉しくも何とも――って、何? お兄ちゃん?」

「うん。だってそうでしょ?

 ――――ルキフェルお兄ちゃん」


 うん、謎は既に解けていた――ロキは心中で断言。

 思っていた通りである。


「なあ、マリア。質問だが、お前は魔女だよな。おまけに前世付きの」

「……なーんだ。全部、知っていたんだ、お兄ちゃん」

「ああ、さっき知ったよ、マリア。――いや、前世の名で言うならアリアか。

 相変わらず、だなあ……」


 えへへと、可愛らしい笑みを創りだすマリア。

 否、前世では、アリア=オラトリオという魔女である。







第10話 魔女の名を持つ少女







「お前も転生したのか……」

「うん! にしても、奇遇だね。まさか、こっちの世界でもこうして巡り合えるなんて。

 これって運め」

「運命じゃあないだろうな、少なくとも」

「そこは、肯定してよ!!」


 闇夜で、体勢はそのまま2人は、同じ境遇にあったことを告白した。

 とは言っても、ロキに関しては毎日、前世のことについてマリアへと話していたため、殆どが、マリア自身の話となってしまったのだが。


「で、マリア」

「今は、アリアにして」

「てか、殆ど変わらないだろ!?」

「それでも。お願い、お兄ちゃん?」

「なんか、このくだりも久々だなあ……」


 ほのぼのとした空気となる。

 前世では、いつもこんな感じだったなあ――と、懐かしむ。


「じゃあ、アリア。1つだけ聞かせて貰うよ。

 ――お前は、転生した時にどんな召喚術を使った?」


 暫しの沈黙。

 そして、マリア=アリアの唇が震えているのが、ロキに鮮明に見えた。


「もしかして――アリアも俺と同じように、1回だけ死んだのか?」

「……うん。

 わたしは、ローザからお兄ちゃんが勇者と相討ちになったことを聞いた後、続々と侵攻してきた人間軍に殺された。

 だから、今では人として生まれたことに後悔しているし、人と関わりを持ちたくないんだ。

 ……怖いよ、お兄ちゃん」

「よしよし、よく頑張った」


 素直に、マリアを褒めるロキ。

 今にも涙が溢れそうな彼女の頭を、軽く撫でてやる。

 再び、マリアの顔に笑顔が宿る。


「だけど、レイヴァーテインの人達は、優しいから――怖くない」

「ああ、大丈夫だ。父さんと、母さんはマリア相手でも優しいから。

 この家にいるときは、安心できるよな」


 うん、ロキに顔を埋め、マリアは静かに肯定する。


「で、マリア。もう1つだけ、問うよ。

 ――ローザについて知っていることはあるか?」

「……っ! ローザ!? ローザがどうしたって!?」

「しー!! 静かにしろ!」


 慌てて制止するロキ。

 マリアの顔には明らかに焦りが滲み出ていた。

 ライバルの行方について、彼女も知らないらしい。

 ロキは、ローザから仕入れた情報について一通りマリアへと伝える。

 話が終わると、真剣な面持ちで、彼女は頷いた。


「ローザは、この世界のどこかに居るんだね?」

「彼女の言い分では。――てか、マリア。お前さっき、ローザの魔術に干渉していただろ。

 ローザの奴、誰かに盗み聞きされてる、って警戒していたからな」

「えへへ……ばれた?」

「バレバレだったな」


 舌を出してウインクするマリアに、ロキは溜息を吐くしかできなかった。


「ローザごとき魔女の魔術なんて、わたしにかかれば、干渉なんて簡単!」

「いや、ローザもお前も五分五分の強さだろ」

「短所を伸ばすより、長所を伸ばすのが私のモットーだから!」

「まんべんなく鍛えていたローザと真反対だな。

 だからこそ、ライバルとして互いを認められたのだろうけどな」


 ローザとアリアは、幾度となく決闘をしたことがある。


 ――100戦して25勝25敗50引き分けだったはず。

 まさに互角! 


 確か、前世では……101戦目で決着をつけるはずが、勇者の侵攻とかで一旦停戦協定を結んで、結局、再戦が為されなかったのだ。

 勝者が決まらないまま、2人のライバル同士は別離してしまったのだ。

 アリアからしてみれば、不甲斐ない結果で終わったことが不満なのだろう。

 そして、ローザも恐らく。


「なあ、アリア」

「何、お兄ちゃん。ラブコールは今のうちだよ」

「知らねぇよ。……で、お前は、もう一度ローザに逢いたいと思っているか?」

「お兄ちゃんを奪った女と会いたいなんて……。そもそも、何でいきなり」

「お前だって、決闘のケリがつかなくて、不甲斐ないだろ。

 まあ、俺はアイツを愛しているから――助けに行こうって考えているけど」

「確かに、101戦目をやらずして、引き分けのまま、決着がついたことには不満だよ。

 だけどさ――今、こうしてお兄ちゃんを寝取っていること自体に、明らかな喜びを感じているのも事実だよ」

「お前は、本当にそれでいいのか?」

「…………」


 マリアは、黙ってしまう。

 呻く声は、明らかに怯えている。

 この珍妙な境遇を未だに拒んでいるのだろう。

 彼女から全てを奪った人間に、彼女自身が生まれ変わってしまったのだ。

 認めざるを得ない現実を、現状でまだ、認めていないのだ。


「――前を向け、マリア」

「…………え?」

「お前は、どうしたいんだ?

 何をすべきか――それは、お前が一番よく知っているだろ?」

「わたしが、したいこと?」


 ああ、とロキは迷いなく頷く。

 マリアは、根から純真な少女だ。

 故に、少しの傷でも癒えるには時間がかかる。

 そんな彼女が、負った傷は深く、心の奥底をえぐるような痛みが今も続いているのだろう。


 だからこそ、その傷を癒すために――決意をせねばならない。


「わたしは――わたしは」


 嗚咽が漏れる。

 マリアは、泣きじゃくっていた。

 ロキの胸に顔を埋め、強く抱きしめて、離そうとしない。

 彼女の感じる恐怖が密着する震えた肌越しに、伝わる。

 だから、呼応して――ロキもマリアを抱きしめる。


 ――許せ、ローザ。お前のライバルを、助けてやるんだ。


 心中で、先程、夢で出会った愛人の名を呼ぶ。


「お前は、どうしたい?」

「……けたいよ」


 最初。

 彼女の声は、空気に溶けそうなくらいか細いものだった。

 だが。



「助けたい!! ローザをわたしの手で!!」



 その叫びは、心の奥底から吐き出された、マリアの、否――アリア=オラトリオとしての本音。

 揺るぎない親友ライバルへの想い。

 ああ、分かってるじゃねえか――心の中で、呟き、そして、ロキは微笑む。


「よし、それでこそ俺の妹だ」


 闇夜の中、泣きじゃくる妹分を、強く抱きしめて、ロキは呟く。

 その声を間近で耳にし、マリアの号泣は、さらに勢いを増したのだった。


「さて、マリア――これから、俺らは戦いに赴くぞ」

「う……ん!」

「お前の親友を助けにいくぞ――」

「うん!」

「だから、マリア――俺に力を貸してくれ」


 ベッドの上、抱きしめあった2人は誓う。


 ――彼らの仲間を取り戻すことという願いを、想いを――彼らは形にするために。







蹂躙せし魔王の異世界譚―魔導継承者は刃を血塗る―

chapter1-2【Witch】 The End.







「うん! わたしは、お兄ちゃんの力になる!」


 彼らは闇夜に誓うのだった。

 

10話、読んでいただきありがとうございます。

誤字、脱字、その他質問などなどありましたら、感想欄に書いて頂けると助かります。修正は、迅速に行います。

至らない点が多々あるので、批判してあげてください。喜びます。

なお、明日から1日1話投稿となります。よろしくお願いします。

NEXT……3/12 PM8:00

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