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長期休暇で魔境制覇  作者: 篠原皐月
第四章 燻る火種

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(2)解説

 デスナール子爵領から央都に戻ってからも、藍里達は報告書の作成や詳細についての聞き取り調査に応じた為、そこで三日程を過ごしてから、扉で日本へと戻って来た。

 行きと同様、リスベラント日本支社長室を経由して、来住家へと戻って来た藍里とルーカスは、ジーク達と玄関先で別れて、取り敢えずリビングに落ち着く。


「ねえ、ルーカス。本当に今回の一件で、今年のディルとしての任務は終了したのよね?」

 何日か時差ボケが酷そうだと考えながら藍里が確認を入れると、ルーカスが素っ気なくそれに応じた。


「ああ。少なくても来年までは、煩わされずに済むな」

「それは良かったけど……。もう、本当に酷い目に遭ったわ! それに、あと一週間しか休みが残って無いのに、夏休みの課題が殆ど手付かずなのよ? どうしてくれるのよ!?」

「そんな事、俺が知るか!!」

 急に色々怒りがこみ上げて来た藍里に、ルーカスが怒鳴り返す。そこでいきなり、この場に居ない筈の人物の声が割り込んだ。


「心配するな、藍里。今月中は暇だから、俺が面倒見てやるから」

「え? 悠理?」

「お前、どうしてここに?」

 声のした方に目を向けた二人は、揃って当惑した顔になった。すると悠理が、事も無げに事情を説明する。


「どうもこうも、ここは俺の実家ですから。病院を辞めてきたので、久しぶりに日本でのんびりしようかと思いまして」

「え?」

「なっ!」

 あっさりと報告された内容に、二人は驚いて目を見張ったが、彼は苦笑いしながら旅程についての感想を述べた。


「いや~、お前達より早く向こうを出たのに、アルデインから日本まで、地道に乗り継ぎで十七時間超のフライトをして来たから疲れたぞ。やっぱりあの扉は便利だな」

「ちょっと悠理! 辞めたって、まさかアルデイン国立総合病院を!?」

「そんな馬鹿な!! あの病院が、お前程有能な医者を手放す筈は無いだろうが!!」

 しかし藍里達は悠理ほど平然とはしていられず、揃って彼を問い詰めたが、悠理は苦笑しながら肩を竦めるのみだった。


「それが、俺の治療方針について、某所からクレームが出まして。事態を重く見た院長から、辞職勧告が出されたんですよ」

 淡々と悠理がルーカスに説明した内容を聞いて、藍里は思わず眉間に皺を寄せた。


「クレームって……。悠理、医療ミスとかやらかしたの?」

「馬鹿言うな。俺がそんなヘマをするか。別件だ」

「本当に?」

「当たり前だ」

 まだ疑わしげに尋ねてきた藍里に、悠理は気分を害した様に言い返した。


「同僚や上司達には散々引き止められたが、自分の都合で現場を混乱させる訳にはいかないから、潔く辞める事にしただけだ。周囲に協力して貰って、担当患者の引継ぎも無事終える事ができたしな。と言うわけで藍里。来月から、俺は横浜市内の病院勤務になるから」

「そうなんだ。でも横浜だったら通勤も楽ね」

「ああ。久々の電車通勤だな」

 のんびりとした口調で和やかに話し出した兄妹をよそに、ルーカスは険しい顔付きで立ち上がり、無言のままリビングを出て行った。自分の部屋で、事の次第をアルデインの父親かその部下に確認しに行ったのだろうと容易に見当がついた藍里は、特に引き留めたりはせず、それと入れ替わる様に悠理がソファーに腰を下ろす。


「マール、ラーネ、クェイン。……それで? 本当の所はどうなの?」

 一応ルーカスが戻って来ても聞かれない様に、防音壁魔術を周囲に展開させてから、藍里が単刀直入に尋ねると、悠理は不敵な笑みを浮かべながら説明を始めた。


「聞いて驚け。なんとアルデイン公国トップからのクレームだ」

「また公爵? 今度は何があったのよ?」

 少々うんざりしながら問いを重ねた彼女に、悠理がさり気なく確認を入れる。


「リスベラントに行く前に、俺が電話で界琉に関係する内容を言った事を覚えているか?」

「界琉に関係する事? ……ええと、実は界琉とクラリーサさんが不仲って言うか、界琉の側には恋愛感情が一切ないって事? でも結婚したんだし、そのうちどうにかなるんじゃない?」

 怪訝な顔になりながら意見を述べた藍里だったが、それを聞いた悠理は鼻で笑った。


「未だに指一本触れて無い筈だがな。そんなのがどうにかなるのか?」

「げ……、それ本当? それならそもそも、どうして結婚なんかしたのよ」

「公爵が界琉を怒らせたから」

「は? 何を、どんな風に?」

 益々わけが分からなくなってきた藍里に、悠理は苦笑いしながら説明を続けた。


「お前がディルになったとリスベラント中に知れ渡って、色々と妬んだり邪推する者が出て心配だろうが、公爵として身の安全は保障するとか言ったらしい」

「それのどこが拙いのよ?」

「実際にあの二人の間で、どんなやり取りがあったのかは正確な所は分からないが、裏を返せば公爵家が庇護しているうちは安全だが、そうでなくなったら保証はできないって事だろ?」

「……何よ、それ?」

 明らかに脅しの空気を感じた藍里は、盛大に顔を顰めた。そんな妹の表情を見ながら、悠理は淡々と話を続ける。


「公爵はそう言った上で、界琉にディル位を取る事と、クラリーサとの縁談を迫ったんだ。界琉がそれなりの能力を持ってる癖に、力を出し惜しみしている事を薄々感づいていたみたいだからな」

「そんな事をする意味があるの? そんな脅迫まがいの事を言われて、界琉が大人しく了承する筈が無いじゃない」

「だからそれを逆手に取って、言われた通り大人しくディル位を取って、彼女とも婚約したんだろ? だってあいつ、最高にえげつないし」

「否定はしないけどね……」

 そこで藍里は盛大に溜め息を吐いてから、大きく頷いた。


「それが、父さんの話に繋がるのね。大人しく言う事を聞いて、身内として引きこまれたふりをして相手が油断しているうちに、自分と父さんの政治上の立場を強めない、人事異動を敢行したわけだ」

 それを聞いた悠理は、藍里がちゃんと理解した事が分かって満足げに笑った。


「正解。地位に固執しない父さんや界琉の判断と行動は、公爵にとっては誤算だったろうな。加えて最大の誤算は、自慢の娘に界琉が見向きもしなかった事だ。しかも外面は最高だから、周囲には不仲なんて微塵も悟らせてはいないし」

「クラリーサさんが気の毒ね」

「そう思うなら、界琉に意見しろとか言って来るぞ。あの親父」

「……言われたの?」

 悠理が言外に含んだ物を感じ取った藍里が尋ねると、彼は笑って答えた。


「言われた言われた。手術の合間の、貴重な休憩時間に呼びつけられてな。何事かと思えば、界琉に夫婦仲良くしろと言えとか。笑っちまうだろ?」

「あの界琉が、プライベートに関する事で、人の意見に耳を傾ける筈無いわよね……」

「全くだ。そんなのは夫婦間の問題なので、口出しは差し控えますと丁重に断ったら、二日後には院長から荒唐無稽な辞職勧告を受けたぞ。俺が考え無しにあらゆる症例の手術を執刀しているせいで、周囲の医師の技量向上の妨げになっているそうだ」

 そこまで聞いた藍里は、思わず白けきった目を兄に向けた。


「ひょっとして……。さっきの退職の話って、この話から繋がってるの?」

「またまた大当たり。要するに公爵閣下は、院長に何でも良いから理由を付けて、俺に辞職勧告をしろと無茶振りしたんだろ。大方、そうしないと国からの補助金の全額カットや、周辺国からの医師の留学や出稼ぎを禁じるとか言ったんじゃないか? どうせすぐに自分の差し金だと分かった俺が、頭を下げて界琉に取り成す位はするから、そうしたら院長に辞職勧告を撤回させれば良いと思って」

「界琉に加えて、悠理の性格も全っ然分かって無いわね」

 もう溜め息しか出ない心境の藍里に、悠理は笑顔で語りかける。


「辞めろって言われた物を、無理に居座る必要は無いしな。十分経験は積んだ上にしっかり稼がせて貰ったから、帰国するのに全く支障は無かったから、この際辞める事にした」

「辞める事にしたって、そんなあっさり……」

「正直最近、院長の守銭奴ぶりには、ちょっと嫌気が差してたんだ。金払いの良い外国人が俺の腕を聞きつけて次々指名してくるから、医局では俺ばかりが凄い勤務状況だったんだぜ? 普通に辞めるって言っても放してくれなさそうだったから、どうしたものかと思案していたところにこれだろ? 待てば海路の日和ありって、この事だよな」

 妙にすっきりした顔付きの悠理を見ながら、藍里は一応確認を入れた。


「じゃあ一応、円満退職なわけね?」

「まあな。同僚の医師や病院のスタッフ達が、辞職勧告の理由を聞いて納得できないとこぞって院長に詰め寄って騒ぎになったが、皆を宥めてなんとか説得した。それが大変と言えば大変だったが、医局ですっかり同情されて、これまで俺を目の敵にしてた医師まで率先して俺の担当患者を引き受けてくれて、もの凄く助かったぞ。半月もせずに引継ぎができたしな」

「院長さんも気の毒に。辞職勧告なんてあっさり撤回できないし、スタッフさん達からさぞかし疑念の目で見られたでしょうね」

「どうしてだか、その辞職勧告が公宮の意向で出たらしいって噂が流れて、スタッフ達の他にこれまで俺が治療した患者やその家族、これから俺が執刀予定だった患者やその家族達が、こぞって公宮に抗議の電話や文書を送り付けているらしいな。どこの部署が担当しているやら、気の毒な事だ」

 しみじみとそんな事を言い出した悠理に、思わず藍里は冷たい目を向けた。


「噂、流したでしょう?」

「何の事だ? ああ、それと、母さんはディル位を返上したからな」

「は? 何、返上って?」

 いきなり話題が変わった上、意味不明な事を言われた藍里は戸惑ったが、そんな彼女の様子を見て、悠理も怪訝な顔になった。


「あれ? 誰も言ってなかったか? 聖騎士位は死亡時の他に、年齢や能力の衰えを理由に公爵に返還できるんだ。その場合は無位になるんだが」

 それを聞いた藍里は血相を変え、身を乗り出しながら叫んだ。


「一言も聞いてないわよ! そんなの有りなの!? それに母さんはまだ若いじゃない!!」

「来年もクルーズに行きたいって言ってたし、毎年ディルの任務をこなすのが面倒くさくなったんじゃないのか?」

「そんなあっさりと……、私だって返上したいわよ!」

「お前は無理だろ。まだまだ利用価値があるものな。母さんが船から手配した申請書は、界琉が上手く潜り込ませて誤魔化して、首尾良く公爵に承認の署名をさせたそうだし」

「界琉ったら、どこまで悪辣なのよ!?」

 もう身内の傍若無人ぶりに、頭痛がしてきた藍里は、額を押さえながら項垂れた。


「聖騎士位辞退に伴う御前試合は、挑戦者との一騎打ちじゃなくてトーナメント戦って聞いたな。今頃リスベラントでは、その話題で持ちきりだろうな」

「……暫くリスベラントの話題は止して」

「了解」

 へらへらと喋っていた悠理に藍里が文句を言ってきた為、彼は苦笑いして話すのを止めた。そして藍里が先程周囲に展開した防音壁魔術を解除すると、その直後にルーカスがリビングに戻ってくる。


「ユーリ、お前、本当に辞めたんだな。だがアルデイン国立総合病院に戻る気があるのなら、父上が声をかけてやると言っているが」

 ルーカスのその台詞を聞いて、藍里は(自分が辞めさせる様に働きかけた癖に、恩着せがましいわね)と呆れたが、無言を保った。悠理も似たような事を考えた筈だが、傍目には笑顔を浮かべながらやんわりと断りを入れる。


「殿下。大変光栄なお申し出ですが、公爵のお手を煩わせるなど恐れ多いです。それに既に国内で再就職先を見つけて、来月からの雇用契約も結んでおりますのでお気遣いなく」

「しかし! 国内という事は日本でだろう!? そんなのは宝の持ち腐れじゃないか!」

 若干強い口調で言い放ったルーカスに、悠理はすこぶる冷静に言い返した。


「どこにでも難しい症例の患者はいますし、患者を選り好みする医師にだけはなりたくないと思っております。外科の空きが無いなら、この機会に他の分野の研鑽を積むまでです。それに今度の勤務先には漢方外来もありますのでね。そちらの医師とのディスカッションが、今から楽しみなんですよ」

 それを聞いた藍里は、ある事を思い出して口を挟んだ。


「そう言えば、悠理。リスベラントで生薬の原料の植物とかも栽培してたわね」

「ああ。色々と扱いが難しい物もあったから、この際日本国内で本格的に勉強してみようかと思ってる」

「そうなんだ。こんなに向上心旺盛な悠理は始めて見るわ」

「見くびるな。俺はいつでも知識と技術の習得には貪欲だ」

 そんな風に和気あいあいと今後の話で盛り上がっている兄妹を、ルーカスはただ呆然と眺めるのみだった。



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