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長期休暇で魔境制覇  作者: 篠原皐月
第三章 陰謀

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(13)舞台裏

「実はレイチェル夫人は、八ヶ月位前に体調不良でアルデイン国立総合病院を受診したんだが、そこでかなり進行した癌が発見されたんだ。分かった段階でもう手遅れで、外科手術も無理だった。あと半年早く判明していたら、何とかなった可能性もあったんだが……」

 そこでいきなり沈鬱な表情で語られた内容に、藍里は勿論、他の三人も瞬時に顔色を変えた。


「ちょっと、悠理! それって!?」

「ユーリ殿!?」

 その動揺を、悠理は無言のまま手振りで抑え、再び室内が静まり返ってから、説明を続ける。

「本当だったらまず家族に告知する筈なんだが、主治医の話ではその前後にどうしてもご主人と連絡が取れなくて、本人に説明したとか。冷静に受け止めてくれて、助かったとか言ってたが」

 それを聞いた藍里はちょっと考えてから、確認を入れた。


「それって、偶々デスナール子爵がリスベラントに出向いている時期で、アルデインに居なくて連絡が取れなかったとか?」

「恐らく、そうだったんだろう。リスベラントの貴族は、二国間を行き来して生活している者が殆どだからな。それでその時、彼女は無理な延命措置はせずに、軽度の放射線治療と鎮痛薬の内服で負担を和らげる処置を選んだ。そして主治医には『実家で静かに最期を迎えたい』と申し出たから、彼は地元で継続した治療を受けられる様に、紹介状や治療記録を渡したそうだ」

 そこまで聞いて、藍里は難しい顔で唸る様に言い出した。


「確かに、故郷に帰ってはいるわね。恐らく大量の薬を抱えて。初めて顔を見た時、何か病的な白さだと思ったのよ。それで? アルデインの一般人の主治医とは違って、リスベラント事情も熟知している悠理に、こっそり病状の相談をしていたとか?」

 その藍里の推測に、悠理は大きく頷いて見せた。


「ああ、彼女から懇願されてね。どうしてもリスベラントで死にたいからって」

「その気持ちは分かるけど……」

「病状が進むにつれて鎮痛剤の服用量は増えるし、それに伴って副作用も酷くなる。内密にそのコントロールと、対症療法の相談に乗ってたんだ。実はそろそろ、また服用薬の調整をしないといけない時期だったんだが、彼女からの連絡が途切れてな。どうしようか困っていたら、お前達の捜索隊を派遣する話を耳にしたから、それにかこつけて西部地方へ行ける様に、公爵に同行をお願いしたんだ。普通ならリスベラント内の一人旅なんて、どうしても人目を惹いてしまうから」

 そう白状した悠理を、藍里は微妙な表情で眺めやった。


「へえぇ? 妹の心配そっちのけで、患者の病状の心配をしていたわけか……。まあ、言いたいことは色々あるけど、医師としては間違っていないだろうから、何も言わないでおくわ」

「それはどうも。だがやはり死後の事もあるし、近いうちにご主人にも打ち明けると言っていたんだが……。まさか彼女がそんなに思い詰めてるとは思わなかったな。俺もまだまだ医師としては未熟だったって事だ」

「どういう意味?」

 そこで急に自嘲気味な口調になり、重苦しい溜め息を吐いた悠理に、藍里は不思議そうに尋ねた。すると彼が真顔で言い出す。


「あの女性ひとは、心底ご主人を愛してたんだよ。それと同じ位、自分も愛されている事を分かってたんだ」

「そうよね。子爵は貴族には珍しく、愛人の一人も居なかったみたいだもの。それで?」

「子爵には子供が居ない。彼女が死んだら、当然周囲はこぞって再婚を勧めるだろうな」

「そんなに彼女が好きな子爵が、あっさり再婚するかしら?」

 眉根を寄せて、当然の疑問を口にした藍里だったが、悠理はあっさりそれを肯定した。


「お前の言う通り、十中八九しないだろうな。そうすると異母弟達が益々増長して、自分の子供を養子に押し付けようとしたり、当主の資格無しと引きずり下ろそうとするのが目に見えているんじゃないか?」

 そこまで黙って二人の話を聞いていたウィルだったが、ここで勢い良く椅子から立ち上がり、血相を変えて悠理に問い質した。


「まさかあなたは、今後の憂いを断つ為に、義姉上があいつらを巻き添えにしたって言うのか!?」

「それが本当だったら、とんでもない女優よね。すっかり旦那を蹴落として、義弟と家の乗っ取りを図る、悪女そのものだったわよ」

 思わず口を挟んだ藍里だったが、それに対して悠理は、思わせぶりに言い出した。


「ある意味では演技では無くて、本物の悪女だぞ?」

「どうして?」

「子爵は彼女の死後、再婚するかもしれないし、ひょっとしたら彼女以上に愛する女性ができるかもしれない。それでも手酷く裏切られた相手を、完全に忘れ去る事なんて無理じゃないのか? 本当に愛していた相手なら尚更だ」

 それを聞いた藍里は、驚いて目を見張った。


「自分の存在をどういう形でも、好きな相手に最後まで忘れて欲しく無かったって? だからって、そこまでやるわけ?」

「これはあくまで推測だが。デスナール子爵に公爵へ応援の要請をさせてお前達をおびき寄せ、真相を暴露して関与を印象づけてから頃合いを見て逃がし、無事お前達が央都に駆け込んだら、邪魔な異母弟達と横槍を入れてくる実家を、公爵が一掃してくれる。何かとうるさいオランデュー伯爵家の威光も削げる。失敗しても自分が死ぬだけ。残り短い自分の人生をかけた、一度きりの大博打だ」

「正気の沙汰とは思えないわ」

 藍里が呆れかえった顔付きで正直な感想を述べたが、ここでこれまで無言を保っていたセレナが、静かに呟く。


「結果を……、見届けられませんでしたね」

「それでも悔いは無いんじゃないですか? 白虹の話は伯父達から聞いていますが、あれの爆発に巻き込まれたなら、即死かそれに近い状態だった筈ですし。巻き込まれた周りの人間にとっては、迷惑な事ですが」

 冷静に悠理が評した内容を聞いて、室内全員が押し黙った。そんな気まずい沈黙が続く中、悠理がわざとらしく明るめの声で尋ねてくる。


「とにかく、魔獣は一掃できたんだろ?」

「多分……。魔獣を作り出していたと思われる変な出入り口は、どうしてか分からないけど消失したし。同じ物がまた出てこない限りは、大丈夫だと思うけど」

 自信なさげに応じた藍里に、悠理は明るく笑った。


「それじゃあ一件落着って事で。任務達成ご苦労様。今日一日位は休んで、明日央都に戻るぞ」

「…………」

 確かに任務は無事達成したものの、どう考えても手放しで喜べる状況では無い為、藍里を初めとしてその場全員が、何とも言えない顔付きで押し黙る事になった。


 それから各自与えられた部屋に案内されて、漸く人心地付いた面々だったが、すぐにウィルが同室のジークに断りを入れてきた。

「ジーク、ちょっと抜けるからな」

「……あまり長居せずに戻れよ?」

「ああ」

 ジークは「夜通し働いた筈なのにどこに行くんだ」などと無粋な事は言わず、神妙な顔でウィルを送り出した。


「兄上?」

 すれ違った顔見知りの使用人に所在を尋ね、書斎のドアを軽くノックしたものの、何の応答も無かった為、ウィルは一応断りを入れながら静かにドアを開けて室内に入った。


「失礼します」

 するとやはりジェラールは、正面の執務机で書類に何やら書き込んでいる最中であり、入室した事に気付いている筈のウィルを綺麗に無視した。その取り付く島もない様子にウィルは一瞬怯んだが、意を決して机に向かって足を踏み出しながら、とある事実を口にする。


「兄上、先程ユーリ殿から聞いたのですが、実は義姉上はご病気」

「知っている」

「え?」

「余命幾ばくもない事は知っていた」

「どうして……」

 顔を上げないまま、兄が淡々と言い出した内容に、思わずウィルは足を止め、信じられない物を見る様な目で彼を凝視した。

 一方のジェラールは、静かに手にしていたペンを傍らに置いてからゆっくりと顔を上げ、底光りのする目を彼に向ける。


「二ヶ月程前にアルデインに出向いた時に、向こうの屋敷の留守電に、病状を心配するレイチェルの主治医からのメッセージが入っていてな。彼に直接会って、話をした」

「それは……」

 立て続けに予想外の事実を聞かされて、ウィルが呆然とする中、ジェラールが淡々と説明を続ける。


「当然、リスベラントの事は口にできないから、ちゃんと故郷で医師の指導の元、穏やかに暮らしていると彼に説明して、納得して貰った。治療経過や紹介状は渡したものの、引き継いだ筈の医師からの照会とかが無かったから、不安に思っていたらしい。お前の話だと、どうやらそこら辺を、ユーリ殿が密かにフォローしてくれていたらしいな。事の仔細はどうあれ、後から礼を言わねば」

「兄上……、本当にご存じだったと?」

 これ以上、何をどう言えば良いのか、全く分からなくなってしまったウィルが、呆然としたまま問いかけると、ジェラールは自嘲気味に話を続けた。


「夫婦だからな。心配をかけないように黙っているのだろうが、そのうちきちんと自分に打ち明けてくれると思っていた。アルデインに出向かなくなって、実家に顔を出す頻度も増えていたが、昔馴染みの者達にそれとなく別れをしたいのかと思って、好きにさせていた。まさかあんな大それた事を、考えていたとは……」

「ですが兄上、それは!」

 急に言葉を詰まらせ、歯軋りをしたジェラールを見て、ウィルは咄嗟にレイチェルを庇おうとした。しかしその台詞は、ジェラールの怒声と、勢い良く拳で机を叩く音に遮られる。


「それ位、お前に言われなくても分かっている! レイチェルは私を本当に愛してくれていた。だがこんな事をして、私が喜ぶと思う程度には、愚かな女だったがな!!」

「兄上!!」

 ウィルが悲鳴じみた声を上げると、ジェラールは思うまま怒鳴り付けて力が抜けたのか、両腕を机に付いて俯きながら、先程までとは打って変わった低い声で、恨みがましい呟きを漏らした。


「あの異母弟達が、最初からいなかったら。お前がさっさと結婚して、子供を俺達の養子にしてくれていたら。母や母の実家筋も、親族達も文句は付けなかったんだ」

「それは……」

 何とも言えずにウィルが困惑していると、ジェラールは顔を上げないまま、淡々と言葉を継いだ。


「分かっている。今言った事は、単なる俺の責任転嫁と八つ当たりに過ぎない。だが正直、お前の顔は見たくない。当分、私の前に姿を見せるな」

 その命に、ウィルは素直に従う事にした。


「分かりました。暫くはお目にかかりません。義姉上の葬儀にも参列致しませんので、ご容赦下さい」

「それは気にするな。反逆者の葬儀など、きちんと執り行えるかどうかも分からんからな。レナード達も同様だ」

「……失礼致します」

 暫くは醜聞の矢面に立たされる筈の兄の声から、隠しきれない沈痛な響きを聞き取ったウィルは、未だ顔を上げないままのジェラールに向かって深々と一礼してから、書斎を出て行った。



 ※※※



「以上が、今回の騒動の一部始終です。姉上及びオランデュー伯爵と、デスナール子爵夫人との密約書はこちらです。他に当地に伯爵が派遣した者を三名、生き証人として護送して来ました」

 急ぎアラン達と共に央都に駆け戻ったルーカスは、公宮に到着するなり父親の執務室に直行した。そして洗いざらい報告して反応を待つと、ランドルフが険しい表情で問い質してくる。


「ご苦労だった。それで魔獣の発生源については、確かにアイリ嬢が消滅させたんだな?」

「はい。その筈です。周辺の捜索もさせていますが、今のところ同様の物が存在していると言う報告は上がっておりません」

「それならば良いが、その事象について、もう少し詳細を聞きたいのだが」

 そう言われたルーカスは、一応断りを入れた。


「はい。あくまで唯一内部に入った、彼女の主観に基づいた報告になりますが、それでも宜しいですか?」

「構わない」

 頷いたランドルフに向かって、ルーカスは藍里から話を聞いてきた、不思議な空間の内部についての話を語り始めた。そして話し終えてからも、父親が何やら難しい顔で考え込んでいるのを見て、不思議そうに声をかける。


「聖リスベラ……。魔力の澱み……」

「父上? どうかしましたか?」

「いや、何でもない。それから、そこから出て来た後、アイリ嬢に特に異常は無かったんだな?」

 そこでルーカスは、若干笑いを堪える様な表情になった。


「ええ。今回の事を企んでいた連中の話だと、そこに送り込まれた獣や家畜達は、殆ど凶暴になった上、得体の知れない力を帯びて戻って来ていたみたいですが。あいつは獣以上に、神経が図太いと見えますね」

「…………」

「父上?」

 しかしランドルフが微塵も表情を緩めず、何かを考え込んでいる為、ルーカスは再度訝しげな声で呼びかけた。彼はそれで我に返ったらしく、平然と首を振ってから話題を変えてくる。


「いや、何でもない。それでは、お前の前に姿を見せた以降の、アメーリアの行動は分かっているか?」

 その問いに対しては、これまでルーカスの斜め後ろで控えていたアランが答えた。


「それに関しては、ベルクが確認を取りました。ハールド子爵邸を出てから、オランデュー伯爵領の館に一泊し、更に央都までの他の子爵領の館に滞在しながら、のんびりとこちらに向かって来ているそうです。相変わらず気まぐれに、領民達に慈悲を施しては崇めたてられて、気分良く過ごしておられるとか。央都に到着されるのは、三日後になりそうです」

 それを聞いたランドルフは、重々しく頷いた。


「ハールド子爵領の騒ぎについては、直ちに緘口令を敷いたから、周りの連中も含めて未だに知らないらしいな」

「その筈です」

「全くいい気なものだ……。それで父上。この始末はどう付けるおつもりですか?」

 思わずルーカスが口を挟むと、ランドルフは為政者の顔で断言した。


「オランデュー伯爵については、これから奇襲して引導を渡す。爵位は息子に譲らせて、生涯幽閉だな」

「それでは姉上は?」

「この際、完全にあれの存在を消す」

 面白く無さそうに告げられた内容を聞いて、ルーカスは首を傾げた。


「存在を消す? 幽閉とか、死罪とかではなくてですか?」

 言葉の意味が分からなかった上、この父が間違っても自分の血を分けた娘を死罪になどできないだろうと思いながら、意図するところを尋ねたルーカスだったが、ランドルフは忌々しげに一言吐き捨てて、会話を終わらせる。


「幽閉や死罪など生温い」

「父上……」

 その時、ランドルフの表情を見たルーカスは、内心で密かに生まれて初めて父親に対する恐怖を覚えた。



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