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長期休暇で魔境制覇  作者: 篠原皐月
第三章 陰謀

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(8)聖女の威光

〔はっ、最初から大人しくしておけば良い物を、手こずらせやがって! 無様なものだな、ウィラード!〕

 勝利宣言以外の何物でも無いそれに、周囲を武器を持つ男達に囲まれながらも、ウィルが憤怒の形相で異母兄を糾弾する。


〔バーン、貴様……。よりにもよって、もぐりの封魔師なんかどこから連れて来た! 少なくとも我が家の領地内には、そんな奴は存在しない。やはりオランデュー家か!?〕

〔そんな事、お前が知る必要は無い。知る暇も無いだろうしな。これまで妾腹って事で、散々煮え湯を飲まされてきた分、最後までいたぶって殺してやるぞ〕

 その言外に含む物を悟ったウィルは、チラッと背後を振り返ってから、冷静に確認を入れた。


〔邪魔な俺はともかく、殿下やアイリ殿まで殺す気か?〕

〔当たり前だ。お前は当然だが、そいつらは悉く、あのお方の邪魔をしやがったんだ。もう存在自体が目障りだから、確実に殺せと指令が出ているしな〕

〔……貴様〕

 語るに落ちたとはこの事で、バーンの後ろで糸を引いている黒幕が居る事、更にそれが高確率でオランデュー伯爵、もしくはアメーリアである事が藍里達に推察できた。それを連中も察したのか、覆面の人物がバーンの腕を軽く引き、何やら注意を促す様に声をかける。するとここで、予想外の声が上がった。


「ちょっと! そこの子供の数しか誇れる物がないあんぽんたん!」

〔何だ? 小うるさい女だな〕

 堂々と日本語で呼びかけた藍里に、バーンは煙たげな声を返したが、彼女はそれに構う事無く、来ていたシャツの前ボタンを上から順に外しながら、威勢良く言ってのける。


「大体、何を言ってるのか分かるけどね、これを見てから同じ事が言えるんだったら、言ってみなさい!!」

「アイリ様、何をする気ですか?」

〔おい、何をする気だ? この期に及んで、その貧相な体で色仕掛けでもする気か?〕

 バーンはせせら笑い、ウィルも彼女の意図が分からずに問いかけたが、喉元からボタンを三つ外した藍里は、そのシャツを勢い良く左右に広げながら恫喝した。


「さあ! あの聖リスベラ様がお持ちだった紅連三日月と、全く同じありがた~い聖紋よ! とっくり拝んでからさっきと同じ台詞を、言える物なら言ってみなさい!!」

 その藍里の叫びの意味は全く分からなかったものの、それを目にした男達は、元々バーンが引き連れていた者、後から加勢に来た者共に、軽い恐慌状態に陥った。


〔おっ、おいっ!! あの女の胸元、聖紋があるぞ!〕

〔ほ、本当だ!! 本物の聖リスベラ様の生まれ変わりだ!〕

〔これは一体、どういう事ですか!?〕

〔あの女は偽者で、このデスナール領に災いをもたらそうとしているんじゃ無かったんですか?〕

〔う、五月蠅いっ!! あれは偽者だ! アメーリア様も、そう言っておられただろうが!!〕

 リスベラント語で喚いた台詞でも、当然固有名詞は聞き取れた藍里は、胸元を肌蹴たままおかしそうに笑った。


「へえ? やっぱりアメーリア様と繋がってるわけだ。大方あの人が、適当に皮膚に聖紋を描いてる偽者とか言ったのかしらね。それなら本物って、証明して差し上げるわよ」

 そう呟いた藍里が、胸元を自分の掌でゴシゴシと些か乱暴に擦り始めた為、周囲の者達は何事かと静まり返って事の推移を見守った。すると暫く擦った後でも、周りの皮膚が多少赤くなった程度で、聖紋自体はそのままであるのを確認した者達が、再び騒ぎ出す。


〔擦っても消えないぞ!〕

〔やっぱり本物だ!〕

〔騙されるな! 魔術で模様を見せているだけだろうが!〕

〔だが、こいつらの魔力は、封じているんだろう? だからその女の髪と瞳の色が変わったんだろうし〕

〔やっぱり本物じゃないか!?〕

〔どうするんだ! 聖リスベラの神罰が下るぞ!?〕

 益々その場の収拾が付かなくなってきたのを見て取った藍里が、ここで余裕綽々で口を開いた。


「さあってと。何となく私が本物の聖紋持ちだと理解してくれた様なので、一応こちらから尋ねてあげる。さっきの雰囲気だと、殺す云々とか言ってたみたいだけど、聖紋持ちの聖女様の生まれ変わりを殺したりしたら、天罰が下るわよ? あんた達そこの所、ちゃんと分かって言ってるんでしょうね?」

 まるで連中の台詞をきちんと理解している様な物言いに、ジークは思わず噴き出しそうになったが、何とか真面目な顔を取り繕って、重々しい声で通訳した。


〔因みに今の彼女の言葉を要約すると、『聖紋持ちの聖女の生まれ変わりを殺したら天罰が下るが、その覚悟はできているのか』と言っている〕

〔ひいっ!〕

〔そんな!〕

〔騙されるな! はったりに決まっているだろうが!〕

 バーンの叱責の声が虚しく響く中、今度は藍里の怒声が轟いた。


「言っておきますけどね、あたしの連れに同じ事をしても同罪よ!! って言うかあんた達、言霊って知ってる? そういう信仰が無ければ知らなくて当然だけど、あらゆる言葉には霊力が宿っているのよ。少しでもあたし達に危害を加えようとするなら、その瞬間、あらんかぎりの悪口雑言と呪詛を並べ立てて、地獄に落としてやるからね!!」

 怒りまくっているのが分かる藍里の恫喝に、意味が分からないながらも何人かの男が腰を抜かしかけ、ジークはご丁寧に淡々と解説を加えた。


〔本来の容貌を見れば分かる通り、彼女はリスベラント人の血と同様に、遥か彼方の東方の異民族の血も受け継いでいる。彼女の生まれ育った地では魔術は無いが呪術は盛んでな。これ以上俺達に危害を加えたら、当地の言葉での最大限の呪詛を発動させて、生きながら地獄を見せてやると言っている〕

 藍里の発言に多少アレンジを加えてジークが述べると、殆どの者は顔色を無くしたが、バーンはまだ悪あがきをしてきた。

〔ふっ、ふざけるな! 魔術の発動が封じられているのに、そんな事ができる筈が無い!!〕

 しかしそれにも、ジークが最大限のはったりをかましながら言い返す。


〔封魔師の能力は、魔術の行使は確かに抑えるだろうが、他の未知の能力についてはどうかな? ここでお前が俺達を殺して、呪いが自分の身に降りかかるかどうか、試してみれば良いんじゃないか? 俺は一向に構わないが〕

〔このっ……〕

 明らかに小馬鹿にしていると分かるジークの口調に、バーンが歯軋りしていると、更に彼の神経を逆撫でする声がかけられた。


「ほらほら、武装解除って言うなら、これは外さなくて良いの? できるものならやってみなさいよ!」

〔何だ?〕

 藍里がそう言いながら、交互に自分の腕を軽く叩いてみせた為、バーンが怪訝な表情になった。その為ジークが、事情を説明する。


〔彼女があのシャツとズボンの下に装着している籠手と脛当ては、立派な武具だ。『武装解除と言うなら、さっさと腕と脛から外してみろ』と言っている〕

〔おい、お前達。外して来い〕

〔……はぁ〕

〔分かりました〕

 バーンの一番近くにいて指名を受けてしまった二人は、一瞬嫌そうな顔になったものの、大人しく頷いて藍里に歩み寄った。そして一人は藍里が無言のまま大人しく上げた両腕のシャツの袖を捲り、もう一人は足元で片膝を付いてズボンを捲り上げ、紅蓮を露わにする。しかし順調に見えた作業は、すぐに驚きの声と共に中断した。


〔え?〕

〔何だこれは?〕

〔どうした?〕

 訝しげにバーンが声をかけたが、藍里の側で作業をしている二人は、狼狽しきった声を上げた。


〔は、外れません!〕

〔それに繋ぎ目も無いのに、どうすれば良いんですか?〕

「そりゃあ、外れないでしょうね。あなた達の知る魔術で装着しているわけじゃないし」

 相手が狼狽しているのが分かった藍里が、意地悪く日本語で突っ込みを入れ、それをジークが冷静に訳して伝える。


〔先程も言ったが『その武具の装着には、お前達が周知の魔術を使用しているわけではないから、封魔師の術の影響下でも外れる事は無い』と言っている〕

〔ううう五月蠅いっ!! そんな事を言っても、死んでしまえば喋れないし、何もできないだろうが! お前ら、さっさとこいつらを殺せ!! 死体を持って行けば事は足りる!!〕

 そこで喚き散らしながら部下達に言いつけたバーンだったが、ここで予想外の抵抗が生じた。


〔冗談じゃ無い!! 殺したければ、あんたが殺して呪いを受ければ良いだろうが!!〕

〔そうだ! そもそも俺達は、公爵様を誑かす偽者の聖紋持ちを捕らえると聞いてたんだぞ!〕

〔しかもウィラード様まで殺すなんて聞いてないぞ!〕

 盛大に反抗されて、バーンは再度怒りに任せて怒鳴りつけた。


〔お前達、金は要らないのか!?〕

〔こいつらが彼女の呪いを受けて死んだら、こいつらに金を払う事も無くなって、お前にとっては良いことずくめだな。上にはしっかり自分の手柄として報告できるし、自ら手を汚す事もない〕

〔…………〕

 ボソッとジークが付け加えた台詞で、バーンと周囲の者達との亀裂は決定的な物となった。


〔そんなにこいつらを殺したければ、あんたが勝手にしろよ〕

〔ちゃんと報酬を貰うまでは、もう何もしないぞ〕

〔本当にお貴族様ってのは、平民の事を虫けら同様に思ってやがるな〕

〔はっ、自分は妾の三番目の子供のくせに、何様のつもりだよ〕

〔爵位の継承権も無い癖に、威張りくさりやがって〕

 白け切った目で、口々に侮蔑的な台詞を投げかけられたバーンだったが、やはり自分で藍里達を殺す程の度胸は無かったらしく、暫く怒りで顔を真っ赤にしながらも、吐き捨てる様に周囲に命令した。


〔お前らの処置は、一応上の判断を仰ぐ必要がある。そいつらを連れて、屋敷に戻るぞ! 武器を取り上げて、手だけ縛っておけ! お前達も下手な抵抗はするなよ! いいな!〕

 取って付けた様な言い訳にルーカス達も呆れかえった視線を向けたが、取り敢えず当面の危険は回避できた為、ここは了承しておく事にした。


〔まあ、それ位なら、妥協の範囲内だな。皆、良いな?〕

〔分かった〕

〔了解〕

〔承知しました〕

 そして藍里にも、日本語で言い聞かせる。


「アイリ様、取り敢えずすぐに殺される危険性は無くなりました。手だけ拘束して移動しますので、抵抗はしないで下さい」

「黒幕の所に?」

「恐らくは。私達の処遇を決めるとかほざいていますし。確かにこの臆病者では、決断できないでしょう」

 皮肉を込めてジークが述べた為、藍里は問い返した。


「そんなにビビってんの?」

「それなりに」

「ふぅん?」

 そしてチラッとバーンに目を向けた藍里は、ジークに不敵な笑いを見せた。


「それなら結構腹が立ったから、隙があったら一撃だけお見舞いしても良いかしら? もっとビビるんじゃない?」

「……駄目ですと言っても、やりますよね?」

「分かってるじゃない」

 機嫌良く頷いた藍里に、ジークは説得を諦めた。そして彼女から離れるとすぐに、両手首を縄で縛られながら、バーンに詰問される。


〔何を言っていたんだ?〕

〔手首を縛りますが、大人しくしていて下さいと言う話を〕

〔それにしては長くなかったか?〕

〔それなりにご立腹なので、宥めてご理解頂くまで少々……〕

〔はっ!! やはり状況判断もできない馬鹿らしいな〕

 そして全員の手首を縛ったのを確認して、自分の優位を再度認識したのか、バーンが藍里に歩み寄り、尊大な口調で言い放った。


〔ふん、このまま大人しくしてろよ、小娘〕

「大人しく縛られてあげたんだから、これ位は我慢しなさいよね!?」

 当然感銘を受けたり、大人しく頷く彼女ではなく、容赦なく相手の股間に必殺の蹴りを入れた。そしてバーンが反射的に身体を折ったところで、その顎に容赦なく二撃目を蹴り込む。


〔ぐあっ!! ぐがっ!!〕

〔うわっ!!〕

〔ひいっ!!〕

 顎を蹴られた時に一緒に舌でも噛んだのか、変な呻き声を挙げて地面に倒れ込んでから、バーンはピクリとも動かなくなった。それを見た周囲の男たちは揃って青ざめたが、藍里は平然と彼らを見回しながら要求を繰り出す。


「さあ、どうやって移動するの? 徒歩? 馬車? 馬だとこの手じゃ乗りにくいんだけど。さっさとしてくれない?」

〔彼女が、どうやって移動するのか聞いている。馬だとこの手では乗りにくいが、徒歩か馬車か? まさか辺境の森の奥から屋敷とやらまで、ずっと歩かせるわけではあるまいな。さっさと馬車を準備しろ〕

 即座にジークが通訳したが、男達は変わらず互いの顔を見合わせて狼狽するばかりだった。


〔ば、馬車と言われても……〕

〔全く……。何もこんな所で、貴族が使う様な上等な馬車を用意しろとは言っていない。どうせその男、暫く馬には乗れないだろう。転がせて乗せる荷馬車が必要だろうしな〕

 ジークが舌打ちしながら指示を出すと、周囲が弾かれた様に動き出す。

〔おい、早く馬で行って、一番森に近い家から借りて来い!!〕

〔分かった!〕

 何人かが馬に飛び乗って森の外へ抜ける道を疾走していき、何人かはバーンに駆け寄って介抱を始め、他の物が藍里達から取り上げた武器を一か所に集め出すなど、各自がそれぞれ動き出した。すると二人の男が、恐る恐る藍里に向かって歩いてくる。


〔その……、お嬢様。そのベルトに付けている布袋は何でしょうか?〕

〔武装解除をお願いしていますので、それもこちらで保管させて頂きたいのですが〕

 先程までの態度とは打って変わって、かなり及び腰の申し出に、指さされた袋を見下ろしながら、藍里が反射的に尋ね返した。


「ひょっとして、この白虹が入れてある袋が欲しいの?」

「はい、そう言っています。武装解除して貰っているので、連中が保管したいそうです」

「ああ、そう。この人達に、これは私の住む地域に伝わる旅のお守りで、無事に帰れるように通った道に置きながら進む物で武器じゃ無いけど、それでも欲しいのか聞いて貰える?」

「……分かりました」

 未だに詳細は知らされていないが、一応白虹が来生家から渡された武器の一種だとは聞いていたジークは一瞬変な顔をしたものの、相手には平然と藍里の述べた内容のみを通訳した。


〔この袋に入っている物は武器ではなく、彼女の一族に伝わる旅の無事を願うお守りの一種で、無事に帰れる様に通った道において進む物だが、それでも欲しいのかと言っている〕

〔旅のお守り?〕

〔お前、それを開けて、中を見せてみろ〕

 言われた通り、ジークは縛られた不自由な手で何とか藍里のベルトに括り付けてあった布袋を外し、更に男達に底を持って貰いながら、閉じてある紐を解いた。更に中に手を入れて、指の間に一つ白虹を挟んで取り出して見せる。


〔ほら、別に危険は無いだろう?〕

〔ああ……〕

〔確かにな……〕

 木々の間から差し込んでくる光を受けて煌めくそれを見て、男達は一瞬見とれた様だったが、すぐに気を取り直して勿体ぶって言い出した。


〔だが一応、上に報告して、判断を仰がないと。やはりこちらで管理させて貰う〕

〔彼女にそう言っておけ。珍しいし、それなりに貴重な物らしいしな〕

〔勝手にしろ〕

 どうせこいつらで山分けでもするのだろうし、危険性など知った事かと、ジークが冷たい事を考えながらその場を離れる二人を見送っていると、この間黙って様子を窺っていたルーカスが、若干恐ろしい物を見る様な目つきで藍里に尋ねた。


〔アイリ……。お前、あいつをどれだけ強く蹴りつけたんだ?〕

「どれだけ強く蹴りつけたと、聞いていますが」

 ジークが律儀に通訳すると、彼女は事も無げに答えた。


「どれ位って……。勿論、渾身の一撃をお見舞いしたわよ。手加減なんかするわけ無いじゃない。性根の腐った男には、相応の報いよね」

〔…………〕

 咄嗟にバーンに同情し、無言になったジークを見て、ルーカスが溜め息を吐いてから静かに声をかける。


〔ジーク、何も言わなくて良い。雰囲気で分かった〕

〔そうですか〕

 そんなやり取りを目の当たりにして、当面の生命の危機は去ったものの、今後の展開が全く予想できなくなったウィルは、不安しか覚えなかった。



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