第3話 悪魔に関わるな~はじまり はじまり~4
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桜の木は葉を落とし、枝には雪を積もらせている。
「あっはっはっは。マジ、チョーウケる」
日向の隣にいるギャルが声を上げて話している。
「え?今から?行く行く。チョー行く」
「チョー行くってなんだよ」と、日向は心の中でつぶやく。
「おまたせー」
日向のところにやってきたのは、ギャルでなければ、栗原でもない。轟沢だ。
「こんな、騒がしいところを集合場所に指定しないでくれ」
日向の顔は少しだけ疲れているように見える。
「そうか?だってここ有名なとこだぞ」
犬の銅像は堂々とお座りをして、駅の入り口を見つめている。
「あれ?お前こんなところにホクロあった?」
日向は右の目元を指差した。
「ああ、このホクロ?二個あるやつ?」
轟沢の右目もとに小さなホクロが二個ついていた。
「なんか、気持ち悪いな」
「おいおい、そんなこと言うなよ。まあ、俺も知ったのこの間なんだけど…どうやら、これからも大きくなりそうなんだ」
「え?現在成長中みたいな?」
「らしい」
「なんか、気持ち悪いな」
ふと、轟沢は視線を感じた。たまらず、日向に小声で話す。
「おい」
「なんで小声なんだよ」
日向もつられて小声になる。
「そんなこと、どうでもいいだろ。とにかく、お前の隣、見てみろよ」
そう言われて、隣を見る。
そこには、さっきまで騒がしかったギャルが轟沢のことを訝しい顔して見ている。ようするに、睨んでいる。
「な、俺のこと見つめているぞ」
興奮している轟沢に日向は呆れて言った。
「あれは、見つめてるんじゃない。睨んでるんだ」
二人は集合場所から、少し歩いた場所にある、有名チェーンのカフェに入った。
何が悲しくて、男二人でこの町に来なくちゃいけなかったのか。日向はそう思っている。
轟沢はそうは思っていない。
今回、日向を呼んだのは重大発表をするためだ。きっと驚くに違いない。そう思っている。
テーブルの上にコーヒーが二つ。それを挟んで男が座る。「あいつらもしかして…」と言われても、しょうがない状況であった。
本題に入る前には前座が必要だ。そういうことで、轟沢は一冊の本を取り出した。
「なあ、この本知ってるか?この間からブームになっているやつ」
「なに?」
「『私は蚊帳の外』っていう小説なんだ」
「へー。誰が書いているんだ?」
「え?ちょっと待てよ」
「こいつ、読んでないな」轟沢が著者を確認する姿を見て、日向は思った。
「あー、そうだそうだ。〝末沢甚八〟っていうやつだ」
「末沢甚八?聞いたことないな」
「だろうな。こいつ新人だもん。新人だからか、〝読みやすい!面白い!〟っていう意見もあれば、〝新人のくせして、世の中知ったようなこと言ってるんじゃねえ!〟っていう意見もある。そんなやつ」
「その作家はさ、後者の奴らに対して〝じゃあ、お前は世の中を把握しているのか!〟とか言いそうだな」
「だな」
二人のコーヒーがもうすぐ無くなりそうになった頃、結局轟沢は小説を読んでいないことが判明した。だから、二人とも内容は分からなかった。
「事実の隠ぺいは政治家がすることだぞ」と日向が攻撃すると「一郎だけど政治家じゃない」と轟沢は反撃した。
そろそろ本題に入ろうか。轟沢は日向を呼んだ目的を忘れてはいない。
重大発表だからだ。絶対驚くに違いない。
「なあ、俺…彼女出来たんだ」
「えっ、マジで?」
驚いた。何故お前が?そう思った。轟沢が。
日向の顔は少し綻んでいる。
抜け駆けか?抜け駆けなのか?俺が言おうとしたことを先に言われたぞ。いや、俺はまだ付き合っていないから、向こうの方が先に進んでいるな…。やはり、抜け駆けだ。
轟沢は混乱したほどではないが、少し頭の中が落ち着かなかった。
「へ、へー。奇遇だな。俺も同じことを言うつもりだったんだゼ」
「え?そうなんだ!相手は誰だ?」
日向は知ってか知らずかグイグイ攻める。
「ま、まず、お前の方から言えよ」
轟沢は日向の攻めをかわした。
「ああ、俺か…」と、にやける顔を見て、轟沢は負けた気がした。事実、負けているから仕方がない。
「次はお前の番な」
轟沢はそう言われ、携帯電話を取り出し、操作して、SNSサイトに繋いだ。
「このサイトで知り合ったんだけどさ…」日向にその画面を見せた。画面が表示していたのは日本では有名なSNSサイト〝めくしー〟だった。
「この子だよ」
轟沢はある女の子のプロフィール画面を見せた。
そのプロフィールには写真が載っている。プリクラ写真であるため、多少の加工はされていたが、特徴は伝わる。
金髪でロング。肌は色白。ニックネームはSAKURA。
「今日会って、告白するんだ。告白する前にお前に報告しようと思って」
「告白してから、報告しろよ」
と、日向は冗談を言った…つもりだった。と言うことは言っていない。
日向は何故か一瞬だけ寒気を感じた。
「ん?どうした、ちょっと顔色悪いぞ」
轟沢にそう言われハッとする。
「いや、別に…」
「ははーん。分かったぞ。俺の彼女がお前の彼女より可愛いんだな」
轟沢のいやらしい笑顔に日向は答える。
「まだ、お前の彼女じゃないだろ。それに…」
「それに?」
「俺は、ロングヘアの子はあまり好きじゃない」
「なんだそれ」と轟沢は笑った。が、日向は笑えないでいた。
「大体、おかしくないか?」
「何がだ?」
「ネットだぞ。ネットで知り合った相手だぞ。そう簡単に会えるのか?」
「もうすでに、告白する段階まで来ている。そこは問題じゃない」
「じゃあ、何故、告白する段階まで行けたんだ?」
「それは、成り行きだ」
「ネットの世界は見えない。騙されているかもしれないんだぞ」
「何が言いたいんだよ」
「俺はその女に…」
日向は頭の中で自問自答を繰り返していた。最終的にこのSAKURAに恐怖を感じていることがはっきりとした。以前、栗原が言っていた言葉を思い出す。
『怖いものほど見たくなる!みたいな?』
この怖いものとは霊的なものであって、今、日向自身が感じている怖いものは霊的ではない何かだ。
「なあ、お前、さっきからどうしたんだよ。そんなに、俺に彼女ができるのがショックかよ」
「それもある。だけど、それだけじゃない」
「それだけじゃないって、どういうことだよ」
日向は目を閉じた。そして、息を整えた。自分に、轟沢を止める勇気はあったのか。いや、無い。
ここまで、考える必要はないと判断した。日向は目を開けた。そして、口を開いた。
「別に、何でもない」
カフェを出た二人は歩いた。
もうすぐ、SAKURAに会える。その興奮を轟沢は隠せないでいた。
「花とかあった方がいいかな?」轟沢は話すが日向の耳には入らない。
集合場所近くの信号が赤に変わった。横断歩道を前に二人は止まる。
「あっ」
轟沢は気が付いた。続いて日向も気が付いた。
横断歩道の先にSAKURAがいた。〝めくしー〟に載っていた写真と同じ外見をしている。
向こうはこっちに気付いていない様子だ。
信号が青に変わった。
「これより先に進んではいけない」
日向は轟沢を止めようとした。が、止まらなかった。轟沢の視線は先にある。
『あなたが今蒔く種はやがて、あなたの未来となって現れる』
日向の頭によぎる。轟沢は横断歩道の上を進むが、日向はその場に立ったままだ。
「それ以上進むな」
日向はそう言った。言ったが轟沢には聞こえなかった。そもそも、本当に言ったかどうか日向自身分からなかった。
立ったまま、轟沢の背中を見つめた。
だんだんと小さくなる背中を見つめ、轟沢がどこかに行ってしまうのではないかと、不安になる。不安と言うより恐怖に近い。
見つめたまま、日向はつぶやいた。
そいつに関わるな